魔の山へ帰ろう
お久しぶりです。サラとネリーのお話、再開です。そして書籍化します!
「さっさと門を出てきてしまったが、実は中央門を利用したことはあまりないんだ」
サラとネリーは中央門からローザの町の外に出ると、魔の山で宿泊訓練をするときのように、二人で並んで歩き始めた。するとネリーが突然そんなことを話し始めた。
「いつもは東門から出入りするんだ。あっちのほうが薬師ギルドに近いし、町の外を大回りするよりハンターギルドにも近いからな」
「でも、私がローザの町に来たときには、東門は閉まっていたよ?」
サラはそれで夕暮れなのに中央門のほうまで歩かされたのだから。
「おかしいな。私がローザに来るときは、東門はすぐに開けてくれるぞ」
ネリーはサラのほうを見て首を傾げた。
「あの時は身分証がなかったから、開けてくれなかったのかもね」
「そうだろうか」
たぶんそうではない。おそらく、誰が来ても基本東門は開けないのだろうと思う。しかし、例えば騎士隊が来た時や、特別な時は開けるのだろう。
特別な時。つまり、行方不明の少女を探す時や、ネリーが出入りする時がそうなのだと思う。
「ネリーはもっといろいろなことを話すべきだったよ」
「す、すまん」
ネリー自身も反省しているようだ。
「ええと、だから今」
そうか、とサラは胸が温かくなった。
ローザの町をどの門から出入りするかなんて、ネリーが本当はネフェルタリで貴族の令嬢で、王都に連れていかれてしまった話に比べたら本当に些細なことだ。
しかし、そんな些細なことさえ話さなかったからこそ、お互いにお互いのことをよく知らず、周りを巻き込んで壮大にすれ違うことになった。
だから今、小さいことでも何でも、一生懸命話そうとしてくれているのだ。
「私も遠慮しないで聞くことにするね」
「そうしてくれるか。あまり自分のことは人に話さないで生きてきたから、そもそも何を話すべきかわからないんだ」
「わかった。そういえばね」
サラはローザに来てまず最初に困ったことを思い出した。
「お金だよ! そもそもネリーがお金を置いて行かなかったのも問題だったけど、お金の単位がわからなくて大変だったんだよ」
「お金か……」
ネリーはなぜだか遠い目をした。
「あれは、だいたい一〇万ギル硬貨を一枚出しておけばなんとかなるものだ」
「普通の一二歳は一〇万ギルの硬貨なんて持ってないからね。むしろ一番小さいお金を一生懸命ためておやつとかを買うものだからね」
「そ、そうか」
こういう人だから、怪我をした時のためにと言って上級ポーションをポンと寄こすのだ。
「ネリーったら。計算とか全然苦手でも何でもないのに、なんでそんなお金の使い方をするの? お嬢様だから?」
「お嬢様」
ネリーは思わずぷはっと噴き出した。
「確かに、少女の頃は自分で買い物にも出たことのないお嬢様だったかもしれないなあ。やっていたことは剣と身体強化の訓練ばかりだったが」
「ダンスとかも練習したの?」
貴族の令嬢ならきっとそういう作法とかもやったはずだ。
「もちろんやったぞ。相手がいなくて父や兄とだったが。もちろん、ドレスを着て令嬢らしい振る舞いをすることも、できることはできる。おそらくな」
そう言って鼻の頭をかくネリーはちっとも令嬢らしくはない。しかし、
「すごい!」
サラは目をキラキラさせた。
令嬢教育とは、家事をきちんとできることとは違う。
たとえ食べた後の骨や果物の芯が床に放り投げてあっても、ネリーは令嬢らしい振る舞いをしようと思えばできるのだ。
たとえギルド長の胸倉をつかんでつるし上げる力があったとしても。
サラはいろいろ思いを馳せたが、これ以上考えると混乱してきそうだったので考えるのを止めた。
要するに、強いが、いざとなったら令嬢らしい。素敵ではないか。
「それでも、なかなか嫁に貰ってくれようという人はいなくてな。この年まで独り身だ」
「この年って、本当は何歳なの?」
「たしか……三七歳だが」
「……」
サラは黙り込んだ。詐欺でしょ、と思いながら。どおりでそんな人はいないと言われるわけだ。サラが探していたのは、二〇代半ばから後半の女性なのだから。
聞いておいてなんだが、年齢のことはちょっとスルーしよう。サラは深く突っ込まないことにした。
「ネリーは嫁の貰い手がないって言うけど、それはないと思うよ」
サラの頭の中にあったのはクリスだ。どうやら女性にもてるらしいが、いや、あの人は男性にも崇拝されていたよねとテッドのことを思い出して嫌な気持ちになった。
いろいろ問題が起こるのは本人のせいではないかもしれないけれど、その状況を放っておいて何もコントロールしないのは無責任だとサラは思うのだ。実際にそのせいでだいぶ迷惑をかけられたのだし。
もっとも、もてたことのないサラには、もてている人の苦労などわからないのかもしれないのだが。
そのクリスだが、誰がどう見てもネリーに夢中で、ネリーの歩いたところでさえ崇拝せんばかりだったではないか。
「例えばクリスとかどう?」
「クリス? 友、と言えないこともないと思っていたが、今回のサラの件で正直、がっかりした」
それはかわいそうすぎる。好きと気づいてもらってさえいないうえに、あんなに頑張ったのに評価が下がってしまっただなんて。
確かにサラも、とくにクリスがいい人だとは思わなかった。でも、努力を評価されないのはさすがにかわいそうだ。
「いい、ネリー。よく聞いてね」
「ああ。なんだ?」
ネリーは素直に頷いた。
「まず、倒れたネリーに付き添って王都まで行ってくれたのは誰?」
「クリスだ」
「ネリーから置いてきた私の話を聞いて、わざわざ王都から戻ってきて、捜索隊を出してくれたのは誰?」
「クリスだ。結局見つけられなかったがな」
ちょっと怒ったような言い方をしている。サラはため息をついた。
「そりゃそうでしょ。私はローザにいたんだから。そこまで求められたら、クリスだって浮かばれないでしょ」
「生きているがな」
「もう」
逆に言うと、これだけストレートに感情をぶつけられる相手はネリーには珍しいのかもしれない。ということは、少なくとも、とても親しい感情を持っているということではある。
サラは別にネリーに結婚してほしいとかそんなことは考えてはいなかったが、もっと皆に好かれているということは自覚してほしかったのだ。
だって、町では、いや、少なくともハンターギルドでは、ネリーの評判は決して悪くなかったのだから。
まあ、これ以上クリスに塩を送ることもない。大人なんだから、自分で何とかするだろう。
話をしているうちに、町の壁の外に建っている家がまばらになり、街道と草原が広がっているだけのところに出た。
「ネリー、ここ」
「そうだな。昨日休んだところだな。昼間見るとこんな感じか……。寂しい思いをさせたな」
「寂しかったけど、アレンと一緒で心強かったよ」
ネリーは昨日一緒だったアレンには、好感を持ったようだ。
「ずいぶん魔力の多い少年だったな。手加減はしたが、私の剣を受け止める身体強化ができるものは、大人のハンターでもそうはいないのに」
「ネリー」
「大丈夫だ、ぽ」
「ポーションがあっても駄目なものは駄目です」
サラはしっかりと言い聞かせた。本当に無茶をするんだから。
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更新はどんなペースになるかはっきり言えませんが、次は水曜日を予定しています。「転生幼女」は今まで通り月曜日更新です。