アレンは
アレンは一瞬うつむくと、すぐに顔を上げてニコッと笑ってみせた。
「サラ、姉ちゃんが見つかってよかったな。俺、強くなって、きっと遊びに行くからさ」
そうは言っても、現実を見れば、サラの住んでいる場所は、騎士ですら逃げ帰る場所だ。一方で、アレンは、身体強化特化といえど、無理せずに、低層階で着々と訓練を重ねているレベルだ。
サラが魔の山に戻って、いつものような暮らしをすれば、めったに会うことはなくなるだろう。
この数か月、サラを支えてくれていたのは確かにアレンなのだ。
ネリーはアレンを見てから、サラを見ると、
「サラ?」
と静かに問いかけた。
サラは一生懸命に説明した。
声をかけてもらって、ずっと一緒に過ごしていたこと。何もかもアレンに教わったこと。
「ふむ。アレンとやら」
「はい」
ネリーに声をかけられたアレンは固い声で返事をした。知らない人だというよりなにより、おそらくネリーは威圧しているのだと思う。ギルドに緊張が漂っている。
「身体強化に特化しているようだな。よし」
サラは嫌な予感がした。ネリーのこれは、魔の山でよく経験した。
「さ、強化してみろ」
ネリーは腰の剣をすらりと抜いた。
「ば、ネフェルタリ、お前!」
ヴィンスが止める間もなく、ネリーは腰の剣をアレンに振り下ろし、ガッキーンという音がギルドに響いた。
「ギルドでは私闘は禁止だぞ」
「私闘ではない。訓練だ」
突然のことに驚きながらも急いで身体強化したアレンは、かなり押されたようだが無事だった。
「ふむ。渡り竜をも貫く私の剣を防いだか。なかなかやる」
「ネリー、おかしいでしょ!」
「しかし実践してみないと」
このやり取りを、小屋の前で何度繰り返したことだろう。
「ほんとにネリーはもう……」
こんなことでネリーが帰ってきたことを実感するとは思わなかった。
「アレン。それだけの身体強化ができるなら、高山オオカミには早々やられまい。私の圧にも耐えられそうだ。我らと共に魔の山まで来るか」
ネリーはいい人だ。サラのことだって拾ってくれた。きっとこう言ってくれるだろうと信じていた。
「俺、俺は」
ダンジョンに入って稼いで自立する以外のことを考えていなかったアレンは戸惑っている。
「いや、アレンが一人になるのなら、俺が引き取るわ」
「ギルド長?」
アレンが驚いたように振りむいた。
「もともと落ち着いたら二人とも引き取る予定だったんだ。自立したそうだったから、様子を見ていたが」
「いや、二人が普通に暮らしてたから、絶対言うのを忘れてたよな」
ヴィンスの突っ込みが鋭い。
「私でよければ、引き取ってもよいが。もともとサラを引き取るつもりではいたし。剣や戦い方は教えられないが、魔力の圧の調節なら教えられるぞ」
クリスも負けじとそう言い出した。もっとも、サラは少し冷たい目でクリスを見た。だったら最初から引き取ればよかったのだ。どうやらクリスは、ネリー以外目に入っていない残念な人認定である。
アレンは手をギュッと握ると、少しうつむいて考えた。一人で生きていこうと思っていたアレンは、いまさら手を差し伸べられても、どの手を取っていいのかわからなかった。ただ、サラにかっこ悪いところは見せたくないとは思った。
次にサラに会うとき、自分はどんな風になっていたいだろうか。渡り竜をも倒すネリーについていって、サラと一緒に暮らしながら修業をしたいか。きっと毎日が楽しいに違いない。
でも。
アレンは自分の手を見た。確かに身体強化に特化しているために、同世代の子よりアレンはずっと強い。しかし、ダンジョンに入れるようになったばかりの新米だ。高山オオカミや、コカトリスに立ち向かう前に、ちゃんと段階を踏んで修業していかなくてはならないのだ。
そのために必要なのは、まずはローザのダンジョンの低層階からしっかりと攻略していくこと。
それなら、ローザの町にいたほうがいい。
みんなは間抜けだというが、アレンはギルド長を尊敬していた。これだけのハンターが集まるギルドを過不足なくまとめている。一見ヴィンスがまとめているように見えるが、そのヴィンスがあえて下についているということも明らかだった。
毎日、星空のもとで一緒に食べたご飯。交代で見張りながらテントで体を拭いて、おしゃべりして、隣で寝て、おはようを言った。
大丈夫。次に会うときも、きっと変わらない。
アレンは顔を上げた。
「俺、ギルド長にお世話になりたいです」
アレンは一緒に来ない。
サラは力が抜けるような思いだった。だけど、自分のことではない、アレンのことを考えたら、そのほうがいいのもわかっていた。
「アレン……」
「サラ……」
「はいはい」
切なそうに見つめあうサラとアレンの間に、ヴィンスが面倒くさそうに割って入った。
「サラ、お前北ダンジョンに行ったっきり、もうここには来ないつもりなのか?」
ネリーを探すことばかり考えて、その先のことを考えていなかったのは事実だ。
「なに、ローザの町まで来られることがわかったんだ。これからは途中で狩りもしながら、一緒に町まで魔物を売りに来ればいいではないか」
「ネリー。そうだ、私、ちゃんと来れたんだ! 一人で来れたんだよ!」
「これからは私が一緒だから、もっと安全だぞ」
「うん!」
サラがアレンに向けた顔は今度は明るいものだった。
「じゃあさ、これから会うときは、どっちが強くなってるか競争だな」
「しないよ。興味ないもん」
「そうだった」
がっかりしたアレンを見て、ギルドは笑いに包まれた。
めでたしめでたしだ。
「ところでクリス」
「なんだネフ」
「私は、サラに薬師ギルドのクリスを頼るようにと言ったんだが」
笑いは一瞬で収まった。
「クリスが唯一信頼できる人だからと、ネリーはそう言って出て行ったんだよね」
そういえばそうだった。
「ネフ、私のことを信頼していてくれたんだな」
「ネフェルタリ、そりゃないだろ」
クリスとギルド長が同時に叫んだ。
「で、なんでサラは見知らぬ少年と二人で暮らしていたんだろう」
「そ、それは」
「さ、俺、仕事しなくちゃな」
その後何があったかはサラのあずかり知らぬところである。
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