黒髪の美少女
「ネフ! 戻ってきていたのか!」
「クリス?」
普通ではない状況だと思ったのか、ネフェルタリの件ならクリスを呼ぶしかないと思ったのか、誰かが薬師ギルドまで走ったらしい。息を切らしてドアから飛び込んできたのはクリスだった。
「体調はどうだ? 麻痺の後遺症は出ていないか?」
サラには目もくれず、ネリーの頬に両手を当てて、顔色をまじめに見ている。
ネリーは一瞬そのままにさせるかと思えば、クリスの手をぺいっと払った。
「うっとうしい。王都までついてきてくれて、治療もしてくれたのは感謝するが、もう治った」
「治ったのならよかった」
振り払われても気にせず、クリスはにっこり笑った。
サラはもしかしてと思った。
「赤毛で緑の瞳の美しい知り合いってまさか」
「サラ? いたのか」
サラなど、クリスにとってその程度の扱いである。
「ああ、そうだ。前に話した同世代の知り合いが彼女なんだ」
なぜそんなに嬉しそうなのか。
「まさかネリー」
「なんだサラ」
ネリーはクリスに対するのとは打って変わって優しい声でサラに返事をした。
「女性にはっきり聞くのは何かと思ってたけど、ネリーって何歳なの?」
「あと少しで四〇だと思うが」
「美魔女か! あと、自分の年なんだからはっきりしようよ」
「す、すまん」
ネリーはなんだかわからないがとりあえず謝っておこうと思ったようだった。
サラはちゃんと聞いていなかった自分に激しく後悔した。年齢だけでもはっきりしていれば、せめてクリスとは、ネフェルタリがネリーかもしれないということは意思疎通できたかもしれないのに。
「サラ、年だけじゃないだろう。お前、ネリーって人のこと、俺たちになんて説明したか覚えてるか」
ヴィンスがやれやれというように口を挟んできた。
「強くて、優しくて、無口だけど話すと面白くて、頼りがいがあるけど少し間抜けで」
サラは確かそう言ったと思うのだ。間違ったことは何も言っていない。
「サラさあ、お前さっきのネフェルタリ見てて、もう一度同じことがいえるか?」
いきなりヴィンスに詰め寄り、ギルド長をつるし上げていたネリー。
強いことは強い。頼りがいもありそうだ。しかし、優しいかとか、面白いかとか間抜けかとか聞かれるとちょっと困る。
「ええと」
「そこは言えると言ってくれ、サラ」
ネリーが情けない声で懇願した。サラは何か言わねばと焦った。
「ほ、ほらね、話すと面白いし」
ギルドを一瞬沈黙が支配し、すぐにしょうがないという柔らかい空気に変わった。
「なんだ。もしかしてサラの言っていたネリーとはネフのことだったのか」
クリスの声に、今度は全員脱力した。まあ、最初のネリーの剣幕を見ていないのだから仕方がないだろう。
クリスはそうなのかと納得したような顔をしたが、急にはっと顔色を変えた。
「待て。ということは、ネフが北のダンジョンに置いてきた拾いっ子というのはまさか」
「そうだ。自分で町まで来れたようだが、これが私が一緒に暮らしていたサラだ」
ネリーはサラの肩に腕を回して胸を張った。
ギルドの面々は、サラの実力を見たことがなくても、ツノウサギの件や、スライムの魔石の件は知っている。つまり、おそらくアレンに並ぶほどではなくても実力はあるのだろうと予想はしていた。
だから、さっきのやり取りから、サラがネフェルタリの拾いっ子だろうということは納得していたのだ。
しかしクリスはそうではない。
「ネフ、お前王都で言っただろう。一二歳くらいの黒髪の美少女だって。きゃしゃで攻撃の一つもできず、魔物を怖がってなかなか小屋から出られなかったから心配で町に連れてこられなかったと」
「何も間違ったことは言っていないだろう」
「はあ?」
クリスは失礼なことにまじまじとサラを見た。
「少女、だったのか」
「当たり前だろ」
あきれたようにそう言ったのはアレンだ。
「話し方も態度も、見かけだって女の子だ」
向こうでミーナがうなずいている。
隣でヴィンスとギルド長が視線を揺らしているのは、まあ、そういうことなんだろう。
だが、厨房からのぞいていたマイズの頭が慌てて引っ込んだのはなんだか納得できないサラだった。毎日一緒に働いていたのに。
「まあ、百歩譲ってきゃしゃで怖がりはいいだろう」
なぜクリスにいいだろうと言われなくてはならないのか。サラはイラっとした。
「騎士隊でも怪我をする北ダンジョンからここまで、どうやって来られたと言うんだ」
どうやってとクリスに聞かれても、サラは何と答えればいいのかわからなかった。
「えっと、歩いて? 町まで来るのに五日もかかって」
「そうではない! 怖がりで攻撃もできないきゃしゃな少女が、どうやってあの魔物をかいくぐって町までやってこれたのかと聞いているのだ!」
美少女が少女へと変わっている。サラはやっぱりクリスという人は苦手かもと思った。もっとも、状況的に、この質問が出てくるのは当たり前であって、もしかすると、クリスが一番この中でまともなのかもしれないのだった。
しかし、サラは困ってしまった。
サラはいつも通り、普通に歩いてきただけなのだ。運悪く死んでしまった魔物こそ拾ったが、ただひたすらに歩き続けたら町にたどり着いた。他の人は違うやり方をするのだろうか。
「サラ、クリスがこう言うのも仕方のないことなんだ。普通のハンター程度では、まず高山オオカミにやられてしまうからな」
ヴィンスの言うとおり、確かに最初は高山オオカミは怖かった。
「面倒くさいことに、それで騎士隊もやられたんだ。ということはだ、ネフ。そのサラという子は、高山オオカミにやられないとでも言うのか」
クリスはそんなバカなことがあるかという顔をしている。
「ああ」
ネリーは当然だというように胸を張った。
「はあ?」
これはクリスでなくても聞き返すだろうとギルドの面々は思った。
「まさか、その子も身体強化が得意なのか?」
「いや、サラの場合、身体強化もできることはできるが、それより結界を作る力が強いんだ」
「やはり魔法師か」
つぶやいたのはヴィンスだ。
「正確にはバリアと言ったか。すべての魔法と攻撃を跳ね返す盾のような、そんな力を持っている」
ネリーはさらに胸を張った。
「なら、心配することなかったじゃん」
向こうでギルド長が脱力している。
「たとえ防御力が強くても、魔の山に愛娘を一人残してきた私の気持ちがわかるか! あんたなら心配しないのか!」
「するけどさあ。そこまで言ってくれといてもよかったじゃん」
「そ、それはすまなかった」
ネリーは素直に頭を下げた。
「あの時は王都の奴らに頭にきて血が上っていて」
「あれはひどかった」
クリスがうなずく。ネリーは肩をすくめた。
「そもそも私はサラを連れて王都に行ってもよいなら、指名依頼を受けようと思っていたところだったのに」
「そうかよ。最初の最初から壮大なすれ違いだったんだな……」
ヴィンスの一言がすべてである。
「なあ、サラ」
サラははっとしてアレンを見た。
「お前、そしたらもう、この町にはいなくなっちゃうのか」
サラはネリーが戻ってきて嬉しかった。でもそれはアレンとの生活の終わりを意味する。サラはいいけれど、アレンはローザの町に一人取り残されるのだ。
1月15日発売の「転生幼女」3巻、好評のようです!
続きを読みたいと思ってくれてありがとうございます!
明日も更新予定です。
 




