迷いスライムを狩る少年
それからサラにとっては、同じような日々が続いた。
ちょっと変わったのは、薬師ギルドだ。
いつもよりほんの少し頑張って薬草を多めに採る。取った薬草はテッドや副ギルド長や、時々クリスという人が引き取りに来る。
そのたびに、
「薬師ギルドに入らないか」
と誘っていくのだ。サラはにこやかに笑うと、
「入らないです」
と断ることにしている。
最初、クリスが来たときは正直なところ戸惑った。
最初に会った印象から、サラのことなど覚えていないと思ったのだ。
「君が、私を探していたと聞いて」
そう話しかけてきたクリスは、あの時苛立っていた冬の印象の人とは別人のように穏やかで、なるほど周りに慕われていると思わせる雰囲気だった。
「いえ、もう必要なくなりました」
きっぱり答えるサラに、周りが焦るほどだった。
「なるほど、自分の力で居場所を得たか。強い子だ。ネリーと言ったか、君が探しているのは」
「はい」
事情もテッドからちゃんと聞いてきていた。
「赤毛で、緑色の瞳。よくある色だが、とても美しい人が私の知り合いにいるよ」
「その人は」
「残念ながら、私と同じ年だから、もう四〇に近い。君の探しているのは確か」
「ちゃんと聞いてないけど、三〇歳はいっていないと思うんです」
やはりネリーはここにはいないのだろう。
「行き違いがあって、君と知り合うのが遅れてしまったが、これも何かの縁だと思う。今からでも私が面倒を見よう。いなくなったネフェルタリの子どもの代わりに」
サラには最後の一言はよくわからなかったが、それを聞いてがたりとヴィンスが立ち上がったのが見えた。
「もういいんです。しばらく待って、ネリーが戻ってこなかったら探しに行く。それだけのことでした」
サラは力強く答えたが、クリスは眉を顰めた。
「おそらく、ネリーという人は」
「待て! クリス!」
何か言いかけたクリスをヴィンスが慌てて止めた。
「ネリーは強い人です。きっとどこかで生きてる。絶対私に会いたいと思ってる」
「サラ、お前……」
ネリーに捨てられたと、ギルドの人がそう思っているのは予想がついていたのだ。
サラは薬草をクリスに渡すと、すたすたと厨房に向かった。どう思われようと、いつもの仕事をする。
「よし、ベルトを締めろ!」
「はい!」
今日もサラの一日が始まるのだ。
そんなこんなで、アレンとサラの忙しい日々は続いた。
薬師ギルドの説得も続き、うんざりと年を越して春の気配がする頃、その人はハンターギルドにふらっとやってきた。
「ネフェルタリ! 戻ってきたのか!」
ヴィンスの声に、ポーションの棚を整理していたサラの手が止まった。
「ネフェルタリ。聞いたことある」
特に最近、面白いこともなかったサラは、興味津々で振り返った。
受付で立ち上がっているヴィンスのもとに、疲れたように、しかしきびきびと歩くハンターは赤毛を面倒くさそうに後ろで一つにまとめている。
「もう戻ってこないかと思ってたぜ」
「ヴィンス。ギルド長を呼んでくれないか」
ヴィンスの言うことを歯牙にもかけない、ぶっきらぼうな声だ。本当は優しいのに。
「それはいいが」
ヴィンスが合図をすると、合図を受けた職員がギルド長の部屋に走った。
「魔の山の、小屋の話を聞かせてくれ。実際に小屋に行った者の話を聞きたいんだ。私は信じていない。あの子がいなくなったなんて、これっぽちも信じていない」
「ネフェルタリ!」
ギルド長が奥の扉をバンと開けて出てきた。
「お前」
「根拠は」
ネフェルタリという人が言ったのはそれだけだった。挨拶も何もない。ギルド長はため息をついて、説明した。
「小屋には長く人のいない様子がうかがわれた。ドアはあきっぱなし。本人はいない。小屋の周りに高山オオカミの群れ。これ以上どんな根拠がいる」
「食料は」
「食料は残っていた。どこかに行くなら持っていくはずだろう」
ギルド長は、気の毒だがあきらめろという顔をした。
「どのくらい残っていた」
「どのくらいって、たくさんだよ。ギルドの弁当箱や、パンなんかだな」
「どのくらい、何か月分残っていた!」
その女の人はギルド長の胸元をつかんで締め上げるようにした。
「どのくらいって、待て、離してくれないと、思い出す前に俺、死んじゃうからさあ」
「ちっ」
ギルド長はポイッと放り出された。そうだ、そんな風に力が強くて。
「今思い出すからな。えーと、えーと、一人で食べるとして、おおよそ三か月分ってとこか」
「ああ……」
その赤毛のハンターは、思わずというように床に膝をついた。
それは一見絶望しているように見えた。しかし、その人はすぐに立ち上がった。
「ありがとうございます! ありがとうございます! 生きてる! 生きてる!」
そう叫ぶ赤毛の人を、ギルドのみんなは驚いたように見つめるしかなかった。
「本来なら、二人で三か月分、つまり六か月分あるはずなんだ。それが三か月分しかないってことは、自分の分の食料をもって、ローザの町に向かったということだ! あの子は優しいから、きっと私の分を残して町に旅立ったに違いない」
ヴィンスが気の毒そうに首を横に振り、放り出されたギルド長は、立ち上がると赤毛の人の肩を慰めるようにそっと叩いた。
「ネフェルタリ。騎士隊の奴らでも高山オオカミにやられてた。一二歳の女の子じゃ無理だ」
「そんなことはない! 私のサラはな」
「「サラ?」」
受付の声が重なった。
その時、ギルドのドアがバーンと開いた。
「サラ! 今日はダンジョンから早く上がったんだ! オオルリ亭に飯食いに行こうぜ!」
アレンが走りこんできて、サラを見て止まった。
「サラ? なんでお前泣いてるんだ」
泣いてない。ただ目から汗が出ているだけだ。
「言ったでしょ。絶対にネリーは大丈夫だって。強い人だからって」
「サラ?」
アレンが心配そうに手を伸ばしては引っ込めている。
どういう行き違いがあったのかわからないけれど、そんなアレンとサラを驚いたように見ている赤毛の人は、確かにネリーだった。
サラは大きく息を吸い込んだ。
「ネリー! お帰りなさい!」
「サラ!」
ネリーは風のように一瞬でそばに来ると、しっかりとサラを抱きしめた。
サラもネリーのおなかにしっかりと顔を埋めた。
「ネリーがいつまでも戻ってこないから」
「すまなかった」
「町に来るまでやっぱり五日かかって」
「そうか」
「お風呂にも入れなくて」
「大変だったな」
「薬師ギルドは意地悪だし」
「それは許せないな」
何となくギルドの気温が下がった気がした。ネリーは抱きしめていたサラから、そっと手を離した。
「サラ、顔を見せておくれ」
「うん」
少し涙ぐんでいるようなネリーは、やっぱりきれいだった。
「ああ、サラ、やっと帰ってきたよ」
「うん。お帰り、ネリー」
周りの人はよくわかっていなかったけれど、サラの笑顔だけは見えたから、きっといいことなのだとほっとした空気が流れた。
「迷いスライムを簡単に狩る少年。ネフェルタリの拾い子は、自力で町まで来てたのか」
「そりゃわかんないわ。きゃしゃな美少女だって言ってたじゃん」
そうぼやくギルド長が、ヴィンスに殴られたのは言うまでもない。
明日は更新お休みで、明後日再開です。あと少し!