憧れるほどでもない騎士隊
「薬師ギルドに人はやったが、まず事情を聞かせてくれないか。一緒に行ったクリスとギルド長はどうした」
薬師ギルドをと言った騎士が、騎士隊を率いて撤退してきたらしい。仲間を気にかけながらも、ヴィンスの質問にてきぱき答えた。
「北ダンジョンまでの草原は、街道沿いにところどころ結界もあり、順調に進んだのだが、北ダンジョンが難関で」
「北ダンジョンの魔物が強いのは分かってる。それをネフェルタリが普段一人で管理しているんだ」
ヴィンスは皮肉を言わずにはいられなかった。お前たちがネフェルタリを連れて行ったから、北ダンジョンが荒れているのだろうと。とはいえ、数か月放置したところで大きな影響はないはずなのだがとヴィンスは思う。
普段もネフェルタリが王都に行く季節に、魔の山と呼ばれている北ダンジョンを代わりに管理するものは誰もいないのだから。
「ギルド長もおかしなことだと言っていた。だが、まずダンジョンの入口の前の広場から見えるところに、高山オオカミが群れを成してうろついていて」
「馬鹿な。高山オオカミは北ダンジョンの中腹より高いところに住んでいて、森オオカミと住み分けがきちんとできているはずだ!」
「しかし、現にいたんだ。そのオオカミにまず隊員の半分がやられて」
上級ポーションを使って回復はしたが、高山オオカミにやられるような奴は管理小屋まで行ける力はない、足手まといだと置いて行かれたのだという。
「しかし、そのすぐ後に、北ダンジョンに入った我らを、コカトリスが群れで襲ってきた」
「コカトリスは群れないはずだが」
「だが群れていたんだ。我らは身体強化には自信がある。しかし、群れでやってきたところで焦った隊員がコカトリスの麻痺毒にやられて」
騎士は悔しそうにうつむいた。
「もちろん、解麻痺薬を使ったが、微妙に麻痺が残った。それを介抱しながらダンジョンの入口に戻るしかなく」
麻痺が残ったのを見て取ったクリスに、
「騎士隊はローザまで戻って、薬師に見てもらえ」
そう言われ、ところどころ結界の切れている草原の街道を何とか戻ってきたのだという。
「ギルド長、それにクリス様と冒険者数人、そしてわが隊の隊長が今北ダンジョンを登っている、あるいはもう帰路についている、と思う」
北ダンジョン、通称魔の山までは、身体強化を使っても丸三日、馬車を使ってもそれが少し早くなるだけだ。順調にいけば、明日か明後日には、残った者たちも帰ってくることになる。
「ネフェルタリとはいったいなんなんだ。我らが三日かかる道を一日で踏破するという。それにあの高山オオカミにコカトリス。北ダンジョンに住むなど狂気の沙汰だろう」
「その力が欲しくて王都ではネフェルタリを連れて行ったのだろう。立派な騎士隊がいるというのにな」
それを決めたのは騎士隊ではないし、実行したのは彼のいる隊ではない。しかし、ヴィンスの皮肉には、ぐっと黙るより他なかった。
「怪我人は!」
その時駆け込んできたのは、薬師ギルドの副ギルド長を始めとした薬師ギルドの面々だった。
「コカトリスの麻痺が残るものがいて」
「承知した。ヴィンス、簡易ベッドを」
「仕方ねえ。奥の部屋に移動だ」
てきぱきと騎士隊を治療する薬師を見ながら、ヴィンスはため息をついた。
解麻痺薬、解毒薬は、上級ポーションとの組み合わせで効果が劇的に上がる。その分投与された側の体力の消耗も激しく、その見極めと投与の調整が薬師の仕事でもある。もっとも、それをクリスができないわけがないから、体のいい厄介払いをされたのだろうと思う。
「ローザの薬師は優秀な奴らなんだけどなあ。なんでサラに限って下手をうったんだか」
「それについてはすまないことをしたと思っている。クリス様がいなくなるなんて初めてのことだったんでね。何しろ急だったもんだから、薬師ギルドもてんやわんやだったんだ」
副ギルド長がため息をついた。
「本当はサラには、薬師ギルドの専属になってもらって、割増料金を払ってもいいくらいなんだよ。あんなにきちんと一定の数を採取して納められるんだから。そうして、いずれ薬師になってくれたらよかったんだが」
「今はまあ無理だろうな。すっかり不信感を持ってしまっているからな」
「はあ。ハガネアルマジロみたいに態度が固いんだよ」
自業自得だろうと思うヴィンスだった。
次の日に、昨日よく見られなかった騎士たちが見られるかもと思ってわくわくやってきたサラは、いつも通りのギルドの様子に少しがっかりした。
「あら、サラ。珍しく元気なくない?」
「ミーナ、おはようございます。いや、昨日よく見られなかったから、騎士が見たかったなあと思って」
「まあ。あんなにてきぱき食堂の椅子に案内してたのに見てなかったの? でも、小さい頃は騎士って憧れるわよねえ」
「けっ。あんな弱い奴ら、憧れても意味がねえ。まだギルド長に憧れたほうがましだ」
向こう側からヴィンスが口を挟み、それを聞いてミーナが苦笑している。
「騎士は王都からのお客様だからね、ギルドのやっすい宿じゃなくて、第二の内側で町長が丁寧にもてなしていると思うわよ。だからたぶん見られないわねえ」
「残念。じゃあ、いつも通り仕事に入りますね」
今アレンはダンジョンに入るのが面白くて、騎士なんかに興味はない。アレンとは騎士の話ができないので、ミーナがちょっと共感してくれたのが嬉しくて、サラは楽しい気持ちで仕事に入った。
午前中の仕事がひと段落する頃、サラはマイズに声をかけられた。
「サラ」
「はい?」
芋は順調にむいているし、皿もたまっていない。サラは何の用だろうとマイズを見上げた。
「なんだか、騎士が何人か食堂に来てるぞ」
「え、ほんとに?」
「お前、ほら、見たかったんだろ。憧れの騎士とやらをさあ」
別に憧れてはいないのだが、なんだかギルドでは、サラは騎士に憧れているという話になってしまったらしい。
「ちょっと休憩して見に来ていいぞ」
マイズが厨房の入口から手招きする。
「はい!」
厨房からのぞくと、昨日ほど疲れていない騎士たちは、鎧を外しラフな格好をして髪も整え、なかなかさわやかな印象であった。
「騎士服を着て鎧とかを装備しているところを見たかったなあ」
「確かに、ああしてるとただのそこらへんの兄ちゃんだよな」
ひょいと顔を出しているサラの上から、きれいに剃り上げたマイズの頭がひょこっと出る。
「お、給仕担当が何か話してるぜ」
「さすが騎士様。笑顔もさわやかですね」
「北ダンジョンから逃げ帰ってきた割にはな」
意外とマイズが辛辣である。
「マイズ、サラ。何やってんですかあんたたち」
給仕が戻ってきてあきれたように二人を見た。
「憧れの騎士様を見学だとよ」
憧れてはいないが、訂正するのも面倒である。
「第二の内側のお上品なレストランで飯をくっときゃいいのにな」
「そうそう、それですよ。なんだかこのギルドの中、ものすごくほっとするらしいですよ。昨日疲れてここに来た時、この空気に癒されたとかなんとか」
サラはマイズと顔を見合わせ、ギルドをあちこち眺めてみた。普通である。
「まあ、都会育ちだからな。なんか違うのかもしれねえ」
「そうですね」
騎士も見られたので、満足なサラだったが、そんなギルドの平穏な日々は、次の日には破られたのだった。
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とりあえず「なろう」の投稿分を読んでみませんか?