ジュースで乾杯
「あの子どもがギルドに登録したいのは、身分証のためだけだっていうのは本当だったんだな」
ギルド長は二人が飛びだしていったドアに目をやった。
「サラといったか。ハンター見習いと考えたことはなかったが、スライムをあれだけ、まして迷いスライムを狩れるということは、かなり実力のある魔法師ということになるな。狩りをしているところを見てみたいが」
そこに、鑑定をしていたギルドの職員が声をかけた。
「こっち側のツノウサギ、全部首が折れてるだけで、毛皮には傷一つついてないですから、魔法師じゃないんじゃないですかね。むしろ身体強化に特化してるように見えますが」
「どういうことだろうな」
ギルド長は首をひねった。
「まあ、幸いギルドで働き続けるつもりのようだから、少しずつ様子を見ればいいだろ。そのうちアレンと一緒に、研修と称してダンジョンに入らせてみてもいい」
本来ならもっと不思議に思うべきだったのだろうが、現在ギルド長には頭の痛い問題があった。
「あんな弱っちい一個小隊で、北ダンジョンに行けるわけないじゃん。高山オオカミにパクリだわ」
これである。
「あー、ギルド長、一応騎士団、しかも渡り竜退治に出なくていい身分の貴族の坊ちゃんたちですんでね」
「あいつらじゃ無理だろ。一番暇な俺がついていくしかないじゃん」
「暇って言ったな! あんたにはいろいろ仕事を頼んでたはずなんだがな」
「ま、まあさ。あの様子じゃクリス一人でも行きかねないし、一応俺、ついてくわ」
それしかないのはヴィンスもギルド長もわかっていた。ヴィンスは鑑定の職員が手際よくツノウサギを片付けていくのを眺めながらつぶやいた。
「チッ。仕方ないですが、まあ、騎士隊にケガさせずに戻ってきてくださいよ。できればその、変わった名前のネフェルタリの拾いっ子を連れて」
ギルド長は手元の紙切れを見た。
「イチ、イチノーク・ラサーラサ。一二歳くらいの黒髪の美少女か。きゃしゃで攻撃の一つもできず、魔物を怖がってなかなか小屋から出られなかったから心配で町に連れてこられなかったと聞いたが」
「それを信じるしかない。管理小屋にいてくれさえすれば、結界があるからまだ希望が持てるが……」
うっかり外に出ようものならどうなるかは二人とも口には出さなかった。
「明日、朝一で出る。しばらくよろしく頼む、ヴィンス」
「承知した。あんたも、いや」
心配ないなとヴィンスは首を横に振った。間抜けといえどもギルド長。国内でも最強のハンターの一人なのだから。
「俺、間抜けじゃないからね」
野生の生き物のように勘もいいし、大丈夫だろう。ヴィンスは一人頷くと部屋を出た。
「なあ、サラ。今日はさ、身分証作ったお祝いにさ、どっかでご飯食べて帰らねえ?」
「それ、いいね! でも、私屋台とギルドの食堂しか知らないや」
しかもギルドの食堂の知っているところは厨房とテーブルだけだ。
「おじさんとさ、たまに行ってた食堂があるんだよ。そこなら大丈夫だと思う」
「行きたい!」
異世界初外食だ。アレンに案内されたそこは中央門からちょっと町の内側に入ったところにあった。
しかし、サラの目をひいたのは、にぎやかな街の通りでも店でもなかった。
「アレン、あれは何?」
「ん? 第二のことか?」
「第二? そういえば、東門の人が言ってた。第三に沿ってって」
サラが気になったのは、門の反対側、町の中央に向かったところにある壁だ。それは外の壁ほどではなかったが、おそらく近くに行けば見上げるほど高い。その壁がぐるりと何かを囲んでいるように見える。
「サラはほんとに何も知らないんだな。あれは第二防衛壁。一番外側の第三防衛壁が破られた時用の壁だよ。内側は住宅地になってるらしい」
サラはぽかんと口を開けた。防衛壁って、なにそれ物々しい。
「え? じゃあ第一もあるの?」
「もちろん。町長とか、そういう人たちが住んでるとこだな。行ったことないけどさ」
どうやらギルドとダンジョン周りの人たちは、第二と第三の間か、町の外で暮らしているらしい。
「すごい格差だね」
「普通だろ」
アレンは肩をすくめ、そわそわと店を指さした。
「あそこ。オオルリ亭。肉がうまい」
「よし、行こう」
人ごみを縫って店にやってきた。
「いらっしゃい! おや、アレンじゃないか」
「おばさん! 俺、ハンターギルドに登録できたんだよ!」
「そりゃあよかったねえ。ほら、あっちに座りな」
エプロンをつけて忙しそうに動いていた、おばさんというには若々しい女性は、店の端っこの少し離れた席を指し示した。
サラもアレンにくっついて、二人席に向かい合って座る。
「おすすめはさ、オーク肉か、ツノウサギなんだけど、ツノウサギのほうが高い」
「串焼きもそうだったよね」
「ツノウサギは食べる部分が少ないから、ちょっと割高なんだって」
「それならね」
サラは目をキラキラさせた。あんなにサラにぶつかってきたウサギがどんな味がするのか、ちょっと興味があったのだ。
「「ツノウサギ」」
「はいよ、ツノウサギのセット二つだね! でも、二〇〇〇ギルするんだよ。大丈夫かい」
最後のほうは二人を気遣ってか、小さな声で確認してくれた。
「大丈夫だよ。二人ともちゃんとギルドで買い取りしてもらってきたから」
アレンも小さな声で答え、サラに目で合図した。サラもアレンを見て、ポーチから穴の開いた銀貨を二枚取り出す。
「料理が来た時に支払いだからね! これからひいきにしとくれよ」
店は結構広くて、二人席がほとんどだが、中にはその席をくっつけて四人席にしている人もいて、食事をとるだけでなく、お酒を飲んでいる人もいるようだった。
「ここに来るのは大体がハンターなんだよ」
「そうなんだ」
そう言われて店を見渡してみると、一〇代後半から四十代くらい、そして少し男性が多いけれど、女性もけっこういた。
「いろいろな人がいるんだねえ」
「魔力の多い人がハンターになることが多いからね。身体強化をすれば男女はあまり関係ないんだ。後は経験だよね」
俺たちに足りないものだよなと言ってアレンは笑った。
「はい、お待たせ!」
目の前にどんどんと置かれたのは、肉と野菜のゴロゴロと入ったシチューの大きなボウルと、スライスされたパンだった。
「そしてはい、ハンターになったお祝いだよ」
続いてどんどんと置かれたのは、エールのカップだった。
「エールじゃないよ! ヤブイチゴのジュースを薄めたものだよ。あんたたちにはまだこれがお似合いさ」
おばさんはぱちんとウインクをすると、テーブルの上のお金をさっとポケットに入れてすたすたと戻っていった。
「ジュース嬉しい!」
「だな!」
子供なのだから背伸びしても仕方ない。ジュースが素直に嬉しいお年頃なのだ。
「それじゃ、乾杯!」
「乾杯!」
ぐびぐびとジュースを流し込めば、一日の疲れも流れていくようだ。
「「ぷはー」」
二人は顔を見合わせてニコッと笑った。
「「うまい」」
ツノウサギの煮込みも、ほろほろとほどけておいしかった。
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