スライム、スライム、ツノウサギ
ドアを開けると廊下で、さらにその奥にギルド長の部屋はあった。
「おう、なんだお前ら」
「ギルド長、ちょっと場所貸してくれねえ?」
「いいけどよ。見てていいか。面白そうだし」
「もちろんだ」
ヴィンスはスーハーとまた大きく息をした。
「よし。まずアレン。出せ」
サラが出すものなんてツノウサギとスライムの魔石かくらいしかないので、まずはアレンの出すものを楽しみに見学だ。アレンはどんどんポーチから獲物を出し、ヴィンスが鑑定していく。
「ほう。スライムの魔石な、そう。ダンジョン一階の定番だよな。うん。で、いやちょっと待て、お前何個出すんだ? え? 叔父さんとの旅の途中で狩った? ま、まあいい。それで終わりか。次?」
ギルド長は面白そうに机の向こうで腕を組んでその様子を眺めている。
アレンは次に、バスケットボールより大きい丸い塊を次々と取り出した。
「それ、ハガネアルマジロ。群れで襲ってきたから殴ったら死んだ? そいつら、当たったら大けが必須だから、初心者は避けるようにと言われてるよな。身体強化あるから大丈夫? おいおい」
サラは思わずプッと噴き出した。何でも身体強化で済ませてしまうところはアレンもネリーと同じだ。
「次。フレイムバット。空飛んでただろうが。炎吐くだろ。身体強化だから平気? 近くに来たところを殴ったと。へえ。平気なわけないじゃん」
ヴィンスの突っ込みがいちいちおかしいので、サラは笑いをこらえるのに必死である。
「シルクラット。これは定番だな。で、おい。何匹狩ってるんだよ……」
今度は数が多いらしい。ギルド長の部屋は、ゴロゴロしたものやモフモフしたものでいっぱいになった。応接セットのテーブルの上には、スライムの魔石が並んでいる。
結局ヴィンスはあきらめて、鑑定して片付ける係の人を呼び出していた。
「これだけの物持ってて、ギルドに登録できないから売れないって、ギルド長、なんかシステム的におかしくないですかね」
「おかしい気もするけど、俺そういうのよくわからないから」
そういえばネリーが、一度ギルド長について何か言っていた気がするとサラは思い出した。確か、
「ギルド長も、いや、あいつは間抜けだから……」
だった。思わずフフっと笑いが込み上げたサラに、ヴィンスの目が向いた。
「そうだ、サラ、お前もだった」
「あ、私」
スライムの魔石はともかく、ツノウサギは場所ふさぎなので売れたら嬉しい。
サラはリュックからウサギを取り出した。
「ツノウサギだと!」
「町に来る途中にいっぱいいて」
「確かにいっぱいいるけどさあ!」
確か一〇羽以上拾ったはずだ。
「えーと、これでおしまいです。一五羽もいた」
「そうだな。いっぱいだなー」
「次に」
「まだあるの?」
サラはそのヴィンスの声に、腰のポーチから出しかけていた、スライムの魔石の入った袋をそっと戻そうとした。
「俺が悪かった。いいから出せ。な?」
サラはとりあえず一袋だけ、テーブルの上にざらざらっとあけた。
「おう。スライムの魔石か。スライムね。スライム、よくいるよな、ダンジョンじゃなくてもさ、そこらへんにさ。まあ、普通の少年は狩らないけどな。危険だからな。いや、ちょっと待った!」
ヴィンスが叫ぶと、ギルド長も机の向こうでガタンと立ち上がった。
「こ、これ、サラ、お前」
ヴィンスの手も声も震えている。
「ま、迷いスライムの魔石……」
サラは頷いた。
「坂の途中の岩山にいたので」
「そうね、よくいるよね、岩山にさあ」
ヴィンスはにこやかに頷いた。
「でも、狩るのが大変なんだよね、これ」
そういって迷いスライムの魔石を取り上げた時は、真顔になっていた。
「はい。見ないようにして、魔法でシュッと」
「魔法でね。シュッとね。簡単そうだな、サラ」
「慣れると結構簡単です」
サラはにこにこした。
「そんなわけないんだけどな」
簡単に狩れるようになったので、いちいちネリーにも報告してはいない。
「じゃあもしかしてもっとあるのかな」
「はい」
サラは迷いスライム用の袋を一つじゃらじゃら言わせながら取り出した。分けるのが時々面倒で普通のスライムの魔石と一緒に入っていたりもするのだが。
「それ、全部か」
「はい」
一袋に二〇個くらいだろうか。それが何袋か。そして魔石には大きいのも小さいのもある。
「出さずに、袋の口を開けて見せてくれ」
「はい。どうぞ」
ヴィンスは袋をのぞき込むと、目を閉じて天を仰いだ。
「ぜんぶ迷いスライムの魔石だ。ははは」
うつろに笑うと、サラに袋を戻させた。
「いいか、サラ。迷いスライムの魔石があることは秘密だ。そして、一か月に一回、せいぜい数個、俺を通して、人に見せずにこっそり売ることにしよう。今全部売ると、その、いろいろバランスが崩れてしまうからな」
「はい」
魔石は場所を取らないから、すぐに売らなくても大丈夫だ。
「アレンが今までためていた分も売って、二百万。サラがとりあえずあるものを売って、七〇万。お前ら今日から町で暮らせるレベルで金ができたけど、どうする? ギルドの宿屋はあいてるぞ」
サラはアレンと顔を見合わせた。サラはギルドで働けるなら、夜は町の外でもいい。人の悪意がない分だけましかもしれないくらいだ。
「俺はしばらく町の外でいい。でもサラは」
「私も町の外でいい。でも、お金ができたから」
「「テントがほしい」」
そろった声が、わけもなくおかしくて、二人は笑い転げた。
「ああ、まあな。はしゃぐよな、そりゃ」
「まあ、アレンが一緒なら外でも大丈夫だろうよ。ここまで強いとは思わなかったが」
二人が落ち着くのを見計らうように、ヴィンスが尋ねた。
「それで、アレン。明日からは」
「もちろん、ダンジョンに入ります」
「サラもか」
「え? 私はダンジョンには入らないですよ」
サラは最初からダンジョンに入るつもりはない。
「薬草は買い取ってもらえそうだから、薬草を採って、それからできれば食堂でそのまま働いて、ネリーが戻ってくるのを待ちます」
「ダンジョンに入る気になったら俺に言えよ。一緒に連れてくからさ」
「うん。アレン、ありがと」
どうしても余分にお金が必要なら、薬草を探すし、それでも足りないのなら、草原を歩き回ればいいのである。わざわざ地下のダンジョンに行く必要なんてないのだ。
こうしてサラは、やっと町にいる権利を得たのだった。
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