また一歩
これで完結になります。
長い間ありがとうございました!
「は?」
そう言ったまま、ぽかんと口を開けているヴィンスをサラは笑えない。
何を言っているのかと思う気持ちは一緒だったからだ。
「ネリーの家を建ててくれる職人さんに交渉して、次に俺の家を建ててもらうことになってるんだ。魔の山までは俺たちが安全に連れて行くし、契約金をはずんだらいいって言ってくれたしね」
「おま、え」
ヴィンスが再起動した。
「いやいや、まず結界はどうする? まず、ワイバーンの魔石がないと話にならねえ」
「ほら、これ」
アレンが収納ポーチからジャラジャラと取り出したのは、まさにワイバーンの魔石だった。
「前に、特に大事なところの結界にはワイバーンの魔石を使うってどこかで聞いたことがあってさ」
サラは聞いたことはなかったので、ハンターたちに聞いたのだろう。
「いつか、サラと暮らすところで必要かもしれないと思って、売らずに取っておいた分なんだ」
「これをお前、一人でか……」
いくつあるかわからない魔石に、触ろうと伸ばしたヴィンスの手が震える。
そういえば、サラもアレンもよくワイバーンに遭遇している気がするが、ワイバーンを狩るのはかなり大変なのだ。
「なあ、サラ」
「ふわい?」
ヴィンスと話していたアレンが、いきなりサラのほうを向いたから、驚いたサラは声が裏返ってしまった。
「二人で魔の山に住むんなら、俺、管理小屋は駄目だと思うんだ。いつ、他のハンターが来るかわからないだろ?」
「そ、それは」
サラの顔が赤くなった。
それは二人きりがいいということだろうか?
「自分たちで管理する仕組みを作ったとするだろ? でもサラのことだから、もし管理小屋に自分がいた時に誰かが来たら、面倒を見るに決まってる。そんなの、疲れちゃうだろう」
「あ、はい」
サラは、二人きりになりたいのかと聞き返さずによかったと胸をなでおろした。
「だから、ちゃんと結婚して、夫婦二人で住む家を建てよう」
これは不意打ちすぎた。
アレンとケンカして、それから婚約してもう二年近くになるだろうか。
それでもまだ一九歳だし、結婚なんてずっと先のことだと思っていた。
「こんな、ロマンチックじゃないところでごめん。だけど、お試しで魔の山に行くんじゃなくて、二人で滞在するんなら、サラとの関係をちゃんとした形にしておきたいんだよ」
だからといって、魔の山に家を建てることを勝手に決めるなんてとか、二人きりの時に聞きたかったとか、こんなに早く結婚を決めていいのかとか、サラの頭の中にはいろいろな不満や不安が渦巻いている。
サラはそっと目を閉じた。
サラは心配性で、考えすぎるのはいつものことだ。
ここがハンターギルドだとか、なんで事前に相談してくれなかったのかとか、そういうことは置いておいて、未来のことを考えよう。
魔の山にいて、薬草を採取する自分だ。
緑の高原にはさわやかな風が吹き、そばには高山オオカミが寝転び、空にはワイバーンが舞う。
遠くにはオオツノジカの群れがゆっくりと移動し、森にはコカトリスの白い色が見え隠れしているかもしれない。
そして、いつもそばにはアレンがいる。
サラの描く未来には、二人が一緒にいるのは自然なことだった。
目を開けると、不安そうなアレンがいて、その目には強い決意がある。
「俺と、結婚してくれますか」
サラはしっかりと頷いた。
「はい」
「やった!」
叫んだアレンは、サラを高く持ち上げてぐるりと回った。
「高い高い」
「やった! これでずっと一緒だ!」
「もう!」
アレンに下ろされてふらふらしながら顔を上げると、ギルド長室は涙を流す人でいっぱいだった。
「ええ……。そこはおめでとうと拍手では?」
思わず突っ込んでしまったサラは、鼻水をすするヴィンスに叱られてしまった。
「馬鹿だな、サラ。皆感動してんだよ!」
「よかった、よかった」
「おめでとう!」
涙はやがて笑顔に変わった。知らせはギルド中に広がり、祝福と拍手が広がっていく。
「俺たちのサラとアレンが、ついに結婚だ!」
「おおー!」
「祝杯だ!」
初めてここに来たのも、アレンと一緒だった。
あの時の不安を今でも覚えている。
身元の不確かな怪しい少女を、一人で生きていけるように陰ながら助けてくれたのは、このハンターギルドだった。
ここから西のカメリアへ行き、ストックからハイドレンジアに移動し、今では家族と言えるウルヴァリエの一族と出会った。
王都にも、西のガーディニアにも訪れ、そしてまたローザに戻ってきた。
そして、すべてが始まった魔の山に帰る。
「なあ、サラ。ちゃんとした結婚式は、ハイドレンジアでやらないか?」
思いがけない提案に、サラはきょとんとしてしまう。
「魔の山の管理は?」
アレンはくすっと笑うと、ヴィンスのほうに振り向いた。
「なあ、ヴィンス。魔の山には、一年の半分くらいいたらいいんだよな」
「ああ。半年間、管理人がいてくれたら残りはなんとかなるだろ」
ネリーは渡り竜の討伐のために数か月離れることはあったと言っていたが、半年でもいいらしい。
「半年は魔の山にいて、半年は旅に出よう。王都でもいいし、ハイドレンジアでもいい」
「いいね。じゃあ、ライに花嫁姿を見せられるんだ」
魔の山の管理人を引き受けると、ハイドレンジアの家族に会えなくなるのだけが心残りだった。
アレンはそれも解決してくれた。
サラはお祝い気分の皆を見渡し、ほうっとため息をつく。
トリルガイアという世界に転生させられて、家族と離れたのは寂しかったけれど、健康な体と自由を得た。
そして、どこにいても、ここは自分がいていい世界なんだと思えるようになった。
「もうここは、私の世界なんだ」
「俺たちの世界だな」
アレンの言う俺たちの世界と、サラの思う自分の世界とは違っているかもしれない。
だが、確かにサラは、ここで地に足をついて生きている。
きっと、これからも楽しいことがいっぱいあるに違いない。
「でも」
「でも?」
サラはアレンににっこりと微笑んだ。
「まず、テッドを新婚旅行に連れて行かないとね」
「あいつか」
肩を落とすアレンに、大きな笑い声が起きた。
どんなことにも、一緒に踏み出せる人がいる。
そう思えた、初夏の一日であった。
「完」
「まず一歩」10巻、11月25日発売です。
後日談も入っていますし、なろうにはないエピソードもあるので、ぜひどうぞ。
活動報告に書影と近況をアップしています。




