身分証
「すまなかった!」
サラが芋を剥いている厨房の床に、テッドが土下座して頭を床につけている。
サラは芋を持ったまま唖然としてテッドを見た。
「騎士隊が北ダンジョンに行くのに、どうしても上級ポーションが必要なんだ。お前、たぶん上薬草も持ってるよな」
テッドは必死の形相で顔をあげた。
その横を厨房の料理人が迷惑そうな顔で行ったり来たりしている。
「持ってますけど」
「頼む。売ってくれ!」
正直なところ、意地悪されても、サラだからこの何日か何とか生活できたのだ。結界箱も持っているし、収納ポーチにはサラの元来の慎重な性格を反映して食べ物もいっぱいだ。
そうでなかったら、相当困ったことになっていただろう。
もっとも、野宿しながら日銭を稼いでいるこの状態自体、困っているのだということにサラは気が付いていなかったが。
自分が意地悪されたからって、いつまでも意地を張っているほどサラは嫌な奴ではないと自分では思っている。それにいつまでもテッドにいられると邪魔だし。サラはマイズを見上げた。
「マイズ」
「いいぞ。早く用事を済ませて戻ってこい」
「はい!」
狭い厨房で薬草のやり取りをするわけにはいかない。サラは合図すると、しおしおとしたテッドを連れて厨房から出てきた。
どこで受け渡ししようかきょろきょろするサラをギルド長が手招きした。サラは誰だろうと思ったが、はっと思い出した。
「最初にお弁当を買ってくれたおじさん」
「俺、ギルド長ね」
情けなさそうなその人は、偉い人だった。というか、雇い主ではないか。
「君が薬草を持っているのか。ここに広げてくれないか」
サラの知らない、冬のような印象の人がギルドのカウンターを自分のもののように勝手に指さした。
「どのくらい出せばいいですか」
「どのくらいだと」
冬の人の声が低くなった。
「あるだけ全部だ」
サラはギルド長でなくヴィンスのほうを見た。薬師ギルドについては、どうしても不信感のほうが先に立つ。この冬の人の威圧的な態度も、決してサラを安心させるものではなかった。
ヴィンスが受付のカウンターの向こうでかくかくと頷いたので、サラは薬草をかごごと収納から出した。
ネリーが出かけてから自分が町に出るまでの五日間、不安でたまらなかったサラは、一生懸命薬草を採って気を紛らわせていたから、かごの中には、上魔力草から薬草まで、二段にびっしりと入っている。
「これは」
「おお!」
「すごい」
かごを見た面々は感嘆の声を上げた。
「すまない、とりあえずかごごと借りる! テッド、行け!」
「はい!」
テッドはサラのかごを引っさらうとそのままギルドを走り出た。
待ってという暇もない。あっけにとられたサラに、冬の人は、
「買い取り額は精算してこちらに届けよう。では」
と言うと、テッドを追ってギルドを出てしまった。
「ローザの町は、冷たくて暮らしにくい、か。ネリーの言った通りかもしれないな」
「サラ、お前」
ヴィンスがどうしていいかわからず、手を上げて、下げた。違うと言いたいが、今のやり取りでそれを証明する要素は一つもなかったのだ。
「サラ、大丈夫よ。クリスは薬師ギルドのギルド長だから。今は非常事態だからあんなだけど、約束はきちんと守る人よ」
「あの人がクリス? 別にクリスっていう人がいるんじゃなくて?」
サラは驚いてミーナを振り返った。
「薬師のクリスと言ったらあの人のことよ」
サラがずっと待ち望んでいた人が、あんな人だったなんて。いくらネリーが頼れと言っても、あの人は頼れない。
それがサラの判断だった。
しかし、ローザの町に来て、悪いことだけではなかった。クリスという人が頼れなくても、ヴィンスも、ミーナも、マイズも、そしてアレンもサラを助けてくれた。
その人たちは信頼できるとサラは思うのだ。
「俺、ギルド長ね」
そしてその上司であるギルド長も。
ネリーの言う通りにはならなかったけれど、ちゃんとローザの町で暮らしてるよ。サラは心の中でネリーに語りかけた。
「おーい! サラ! 芋剥き!」
「はーい!」
そしてちょっと忙しい。今日も残業決定である。
「今日も四〇〇〇な」
「ありがとう!」
ちゃくちゃくとお金はたまりつつある。今日は売店はどうなのかそわそわしつつ厨房の外に出ると、アレンが受付のヴィンスのところにいた。
「サラ!」
ぱっと顔を輝かせるアレンを見て、サラは友達っていいなと思った。冷たい大人がいても、夜に町に入れなくても、一緒に過ごしてくれる友達がいるのは幸せだ。
「初めての狩りだから、獲物をサラに見せたくて待ってたんだ」
「ほんと? なんだか嬉しい」
「いや、魔物を見せるとか嬉しいとか、お前らちょっと変だぞ」
ヴィンスがそばで冷静に突っ込みを入れてきた。
「それに、それなら先にサラのほうを済ませちまおう」
「私?」
サラはきょとんとした。
「おいおい」
ヴィンスは肩をすくめた。なんだろう。
「薬草が売れただろ。さっき薬師ギルドから金が届いたぞ」
「そうだった」
何となく寄付させられたような気がしていたけれど、確かに買い取りだったのだ。態度が悪かっただけで。
「えー、明細は薬草五〇〇、上薬草五〇」
この時点で、ギルドにおおっという声が上がった。上薬草は珍しいのだろう。
「毒草、麻痺草各二〇、魔力草三〇、上魔力草二」
今度はしん、とした。
「薬草売ってハンターギルドに登録って、なんの冗談だよって思ってたけど、本気だったんだな、サラ。計十六万ギル。ギルドに登録、できるぞ」
「え」
「登録。身分証。作らないのか」
「作ります!」
背中をパーンと叩いたのはアレンだ。思わずよろけたサラは、それでも満面の笑顔だった。
わくわくしながら書類を書き、身分証をもらう。
サラは思わず身分証を両手で掲げた。
「さ、じゃあ次はアレンの番だが」
アレンがわくわくしたような顔で腰からポーチを外した。しかし、ヴィンスの目はサラを見ていた。
「あー、サラ」
「はい?」
「お前、売るものがあるとかなんとか言ってなかったか」
「はい!」
サラもいそいそとリュックを下ろした。
「待て。二人とも待て。いいな」
ヴィンスはスーハーと呼吸をし、気持ちを落ち着けている。
「結構、あるな?」
「「はい!」」
そして二人の返事を聞いてやっぱりなと肩を落とした。
「よし。ちょっと別室にこい」
そしていつもギルド長の出てくる部屋のほうに連れていかれたのである。
転生幼女3巻1月15日発売!
転生幼女本編の更新は、13日からスタートできれば!
「まず一歩」は、明日はお休みして、明後日11日からまた更新します。