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転生少女はまず一歩からはじめたい~魔物がいるとか聞いてない!~  作者: カヤ
さあ、帰ろう

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やっと魔の山へ

 不思議な大決戦があったとはいえ、コカトリスが全部討伐されたわけではない。かなりの数のコカトリスが、高山オオカミに追われて森に逃げたのを、その場にいた全員が目撃している。


 結局、二手に分かれたハンターたちによって、ローザのダンジョンは三層からコカトリスがいなくなるまで、魔の山はコカトリスが通常の数に戻るまで討伐は続いた。

 すべてが終わったころには、ほぼ一か月近くが経っており、ハンターではないサラは、薬草を採取したり、受付を手伝ったりと、少し退屈な時間を過ごしていた。


「いやあ、大変だったけど、もう次のことを考えなくちゃならなくて、頭が痛いぜ」


 そして相変わらず、ヴィンスは苦労性である。


「コカトリスの件でうやむやになってたが、魔の山の管理人の募集をまた出さなくちゃならねえし」


 そういえば、短期で管理人をしていた八人が、コカトリスの大発生に巻き込まれたのが発端だったとサラも思い出した。 


「じゃあさ」


 アレンが、まるでエールを注文するかのように気軽に提案した。


「俺が行ってもいいけど。魔の山」

「ほんとか!」


 ヴィンスはバン、とテーブルを叩いて立ち上がったかと思うと、すぐに力をなくしたように座り込んだ。


「いやいやいや、サラを何カ月も置いてはいけないだろ。お前たち、婚約したばかりだろう?」


 そりゃいけねえよ、と、周りにいたハンターたちからも声が上がる。


「クンツも一緒に行くとしてもさ」


 アレンとクンツはパーティを組んでいるから、自動的に一組扱いである。


「例えば一ヶ月に限ったとしてもだよ、この貴重な時期にそんなことしたら、振られちまうだろうが」


 いけねえよ、もったいねえよと、合唱のように声が上がる。

 サラは思わずクスクスと笑ってしまった。

 ローザのハンターギルドは、厳しいようでいていつもサラには優しい。


「大丈夫です。私も一緒に行くつもりだから」


 笑みを含んだサラの言葉はギルドに衝撃をもたらし、その一瞬後には驚きの声が響き渡った。


「なんだってー!」


 サラのクスクスは、大きな笑い声になって楽しげに響いた。


「ま、まあ? サラなら? 誰よりも安全に魔の山に行けることを? 俺は知っているが?」



 ヴィンスが、いかにも自分は知っていたというように話しているが、声には動揺が隠せない。

「でもよ、アレンが魔物を狩っている間、管理小屋に閉じこもっていたら、つまらんだろ。だからこそ、あの時魔の山から下りてきたんだし」


 いつか魔の山から自力でローザの町まで行く。

 それを目標として頑張っていた日々を懐かしく思い出す。


「ええと、そもそもローザに来た最初から、魔の山には行こうと思っていたんです。私、今、あちこちで薬草分布の地図を作る仕事をしていて」


 アレンが先走ってしまったが、魔の山には行きたいと思っていたサラは、真面目に説明を始めた。


「ここに来る前には、王都の中央ダンジョンの薬草分布の地図を作っていました。ローザに来た目的の一つが、魔の山の植生を調べることです。だから、アレンがどうとかじゃなくて、私は私の仕事をしに魔の山に行きたいんです」


 驚きに声も出ない様子のヴィンスたちに、サラはにっこりと微笑んだ。


「もちろん、アレンと一緒だと楽しいと思うけど」

「だよな」

「俺もいまーす」


 ひっそりと手を上げたクンツに、どっと食堂が沸いた。


「お邪魔虫じゃねえか」

「お熱いねえ」

「ヒュー」


 言いたいことは様々だが、共通するのは、これでしばらくは魔の山については大丈夫だという安堵感だった。


「私たちもそのうち顔を出すよ」

「そうだな」


 ネリーとクリスが頷いている。


「お前たちは付いて行ってやらないのか?」


 ヴィンスの質問はもっともである。

 サラも、なんとなくネリーとクリスも一緒に魔の山に来るような気がしていたのだ。


「サラもアレンももう大人だぞ。誰も行かないなら、行ってもよかったが、私が行くと、ずるずると滞在を伸ばされそうでな。それでもかまわないと言えばかまわないのだが」


 苦笑するネリーにヴィンスは軽く頭を下げた。


「すまん、否定はできん」


 ネリーには実績があるから、逆に安易に頼ってはいけないことはヴィンスだってわかっているのだ。

「サラ、アレン、クンツ。私たちはしばらく、魔の山のふもとから、東の草原を引き続き探索してみようと思う」


 クリスが自分たちの予定を教えてくれる。


「サラがやっていた薬草講習は、私が引き継いで、不定期に東側で行おうと思うから、魔の山の調査はお願いしてもいいか」

「もちろんです。今回はギンリュウセンソウもですが、特薬草も見てこようと思っています」


 サラは自信ありげに頷いてみせた。

 それからさっきから気になっていたことを、魔の山から帰ってきたハンターたちに聞いてみた。


「すみません、魔の山に、ポーション類の在庫はありませんでしたか?」

「金は支給されるから、管理人が自分で持っていくことになっているんだ。十分用意したつもりだったがまったく足りなかった」

「自分で用意ですか。なるほど」

 サラはうーんと首をひねった。


「これから、魔の山に何人もの人が管理人として入るなら、ポーション類や備品は一定数ストックしておいた方がいいと思いますよ。お金で揃えてね、じゃなくて、支給しておくから好きなように使っていいってすれば、こういう時困らないんじゃないかなあ」


 なぜだか、ざわざわしていた食堂が静かになってしまった。


「いや、それはさすがになあ……」


 ハンターのつぶやきに、ヴィンスも同意した。


「管理人が固定されてないのに、使って自由の収納袋があったとする。勝手に使われるかもしれないし、盗まれるかもしれない。そうなると、いざというときに使えなかったりと、結局当てにならないんだよ」


 緊急時には使っていいが、必ず補充されるという仕組みが成り立つと思う方がおかしいのだと、サラは悟らざるを得なかった。ここは日本ではないのだ。

 そうなると、サラが魔の山に滞在するためには、管理小屋を当てにせず、ポーション類も食料もきちんとストックを作らねばならない。


「サラ、明日から行くか?」

「そうするか?」


 のんきなアレンとクンツに、ノーを言う勇気もサラには必要なようだ。


「無理でーす。一週間後にします。それで大丈夫ですか?」

「むしろ一週間後でいいのかと俺は言いたいよ。ありがてえ」


 ヴィンスがほっとしたように脱力した。

 実は、サラも明日から行くくらいのつもりでいたのだが、ストックがないという話を聞いて、冷静さを取り戻すことができてよかったと思う。


「そう言えばもともとネリーも、リンゴと干し肉と硬いパンで過ごしてたっけ」

「サラ、思い出させないでくれ。その時はなんとも思っていなかったが、今思うと当時の自分がかわいそうで仕方がない」

「食生活という意味では、当時の私もかわいそうだったかも」


 サラとネリーは手を取り合って当時を懐かしく思い出す。


「アレン、クンツ。行き帰りに時間がかかるし、最初は一か月くらいの滞在でいい?」

「もちろんだ」

「狩るぞ!」


 前のハンターが一か月の予定だったというので、それでいいだろうと思う。


「ヴィンス、とりあえずお試しで一ヶ月でいいですか?」

「ああ。助かる! その間に第二弾の管理人探しだ!」


 サラたちに任せっぱなしにしようとしないヴィンスはさすがである。

 そのヴィンスが立ち上がって仕事に戻っていった後、アレンに不思議そうにこう聞かれた。


「なあ、でもなんで一週間も待つんだ? サラはいつでも食料のストックがあるだろ」

「あるにはあるよ。でも、最近長期間のお仕事はなかったから、減り気味なんだよね。それに、そもそも解毒剤とか、特級ポーションとかが足りないんだ」


 特級ポーションの予備は、実はある。

 解毒剤は全部使ったし、解毒剤の材料も使ってしまったが、ここのところ採取もしていたので、作ろうと思えばいつでも作れる。

 だが、ローザに来た状況を思えば、圧倒的に足りないような気がするのだ。


「今までみたいに、とりあえず一〇本予備があればいいやなんて気持ちでいたら、いざという時に対応できないような気がするんだよね」

「でも俺たちは三人だけだぜ」

「うん。でも一か月あるよ。それに、魔の山に行くのが私たちだけとは限らないでしょ?」


 一〇本持っていたとしても、一か月のうち三日怪我をしたらなくなってしまう。

 それに、ローザに来てから既に何回緊、急事態が起きたことか。

 自分の怪我じゃなくても、そんな時に立ち会ってしまったら、薬師としてやるべきことは決まっている。


「一か月も補給しないで山籠もりなんて、これが初めてなんだから、しっかり準備しなきゃ」


 サラはメモ帳を取り出すと、一番上に表題を書いた。


「魔の山一ヶ月計画、と。じゃあ、魔の山でどこに行って何をやりたいかを決めようよ」


 それから、一ヶ月に必要なものの計画を立てて、午前中は終わった。

 野営に必要なものはそれぞれ持っているから、個人的に必要なものは個人で揃えることにして、問題なのは食料だ。

 いつもの役割なら、食料担当はサラである。一か月の滞在だが、慎重なサラとしては、三か月分くらい用意したい。今は狩りの滞在でも、この後長期で滞在する可能性もあるし、何があってもプラス一か月くらいは生き抜ける予備が欲しい。


「一週間で用意するのは結構大変かも」 

「だったらさ、食品に関しては、サラに任せっきりじゃなくて、俺たち三人とも、それぞれが二か月分用意するでどうだろう」


 アレンが珍しい提案をしてきた。


「それはありがたいけど、料理苦手じゃなかった?」

「苦手だ。だから、あちこちの店や屋台を回って、すぐに食べられるものを買おうと思う」

「俺も苦手だ。なあ、一緒に回って三分の一ずつにしないか」

「そうするか」


 サラにとってはありがたいが、いったいどういう風の吹きまわしだろうか。


「ああ、魔の山でもいつも三人でいられるとは限らないだろ?」

「別行動になるってこと?」

「そうだ。何があっても、お互い一人でも生き延びようぜ」


 魔の山の厳しさを知っているからこその発言だ。


「だったら、ポーション類もいつもよりたくさん持たないとだよ」

「それもそうだな」


 そうなると、圧倒的に在庫が足りない。ローザの町の在庫をかっさらうわけにはいかないし、昨日で解毒薬も尽きたからだ。


「じゃあ、私は午前は薬草採取と調薬で、午後からは料理をしよう」

「でも、俺たち宿暮らしだぞ?」

「こんな時のためのテッドでしょう」


 自宅があって、大きい台所がある。


「さっそく行ってくるね!」


 サラは一人で町長宅へと走るのだった。


「まず一歩」10巻、11月25日発売です。

活動報告に書影と近況をアップしています。

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― 新着の感想 ―
こうやって慎重に行動するのが正しいやり方だな。 サラ一人だと自分で調剤するし料理も出来るから準備が最低限でいいとか、一人で山の上で彷徨いて高山オオカミをワシワシしてることが異常だっただけだな。
高山オオカミ「サラ、おかえり。欲しがってた薬草よ」
テッドの使い道が分かってきたサラであるw
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