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騎士隊が来た

 食堂の厨房の隅っこでサラが芋の皮むきをしていると、なんだかギルドの表側がざわざわ騒がしい。


「マイズ、昼と夜、ちょっと多めに準備しといてくれって、ギルド長が」


 わざわざ受付のミーナが伝言に顔を出して行ったくらいだ。


「何かあったようだな」


 マイズは表をひょいとのぞいてみると、顔をしかめた。


「王都の騎士隊だ。こっちからハンターをかっさらっていくくらい人手が足りないはずなのに、何事だ」


 サラは騎士隊という言葉にちょっとわくわくした。サラの知っている騎士というものは、王家に忠誠を誓うイケメンのことである。後でちょっとのぞいてみようと思った。


 そういえば王都というくらいだから、この世界は王政なのだろうか。サラはそんなことも知らない自分にあきれたが、今は生きるのに忙しいのだからと心の中で言い訳をした。


 そんな騎士隊が来るというわくわくした出来事も、サラにとっての影響と言えば、むく芋の量が増えたにすぎず、いつもより一時間多く働き、いつもより一〇〇〇ギル多くアルバイト代をもらうことになったのはまあ嬉しかった。


 一時間残業したので、今日は売店でのアルバイトはないだろうと思ったら、食堂から出てきたとたんに、ミーナに売店に引っ張って行かれた。


「王都の騎士隊が余計な仕事増やしちゃって、受付が売店を見るのが大変なのよ。一時間でいいからお願い!」

「え、大丈夫は大丈夫ですけど」

「アルバイト代もいつも通り出すから」

「やります!」


 珍しく受付には列ができており、サラが売店のお金とポーションの整理をしている間に、そこからどんどん売店に回されてきた。


「弁当五つ。種類は何でも。あと上級ポーション二つ」

「お弁当は温めますか? 一〇〇ギルかかりますけど」

「温める? そんなのいらねえ」

「空き箱はなしですね。全部で三万五千ギルです」


 最初の一人には断られたけれど、一人が興味本位で温めを頼んでくれたら、その後はみんな物珍しさから温め込みで頼んでくれたので、一時間だけで二〇〇〇ギルほど温め代がもうかった。


「今日もありがとね。交代だよ。おや、今日はずいぶん客がいるね」

「モッズおじさん! 私もよくわからないので、受付の人に聞いてみてください」

「聞く余裕もなさそうだよ。ほんとはこのまま手伝ってほしいけどねえ」

「早く登録できるようにならないと!」


 サラは気合を入れた。


 今日はアレンを待っていると遅くなるかもしれない。


「初めてのダンジョンだし、それにアレンは」


 よく考えたら、もう身分証があるのだから、夜でも町の中にいることができるのだ。


 サラはちょっと寂しくなったが、アレンを待たずに門の外に出ることにした。気にしないようにと思っても、とぼとぼとした足取りになっていたに違いない。中央門の門番がいつもより長くサラを見ていたような気がする。


 今日は晩御飯を屋台で買う元気もない。


「サラ!」


 サラがはっと顔を上げると、アレンが門の外で待っていた。


「アレン!」

「今からギルドに行くと買い取りで時間かかるからさ。今日は行かないんだ」

「でも、もう身分証が手に入ったのに」


 門のほうを見るサラに、アレンはあきれた顔をした。


「ギルドに泊まったって五千ギルするって言っただろ。もう少し野宿して、ちゃんとお金を貯めるんだ、俺」

「じゃあ、今日も一緒だね」

「明日は俺、薬草を採らずに直接ダンジョンに行くから。薬草教えてくれてほんとにありがとな。身分証もらえるのが何日も早くなった」

「うん」


 役に立ってよかったとサラは嬉しくなった。



 次の日、アレンは本当に朝早くからダンジョンに向かっていった。サラはいつものように薬草を採り、いつもの時間にギルドに向かう。もっとも、今日はもう薬師ギルドには行かない。


 ハンターギルドに直接向かうのだ。


 しかし、ハンターギルドのドアを押して開けると、いつもとは違う光景が待っていた。


「人が多い……」


 いつもなら閑散としているフロアは人が行き来し、昼でもそんなに混んでいない食堂もにぎわっている。もっともよくみると、休憩所として利用されているだけかもしれない。


 いつもと違う理由について思い当たるのは、「王都から騎士隊が来た」という昨日のうわさだけだ。ということは、このうろうろしている人たちが騎士だろうか。サラはちょっと目をきらめかせた。


 しかし、よく見ている余裕はなかった。


「サラ!」

「サラ!」

「サラ!」


 三方向からいっぺんに声がかかった。


「え?」


 どこに返事をしたらよいのか。


「サラ! 早く厨房の手伝いに!」

「サラ! 今日は朝から売店に入ってくれないか!」

「サラ! 薬草を出せ!」


 はい、食堂のマイズ。受付のヴィンス。そして最後が金髪イケメン風だ。


 いよいよ薬草が足りなくなったらしい。いまさら何を言っているのだ。


 サラはテッドをさらりと無視して、さっさと食堂に向かい、ヴィンスに声をかけた。


「ヴィンス、売店の件はマイズと相談してください」

「ようし、ベルトを締めなおせ!」

「はい!」


 テッドがいたことに驚いて、騎士をゆっくり眺めている暇がなかったのが残念である。



 サラが熱心に芋剥きをしている間に、表ではテッドがミーナに食い下がっていた。ヴィンスに話しかけるのは怖いらしい。


「なあ、サラに薬草を出させてくれよ」

「あら、サラに事情は聞いてるわよ。何でも薬師ギルドでは薬草は買い取ってくれなかったそうじゃない」


 ミーナは爪やすりで爪を研ぎ、指先にふっと息を吹きかけた。


「それは! 雑草が」

「混じっていなかったわよね」

「うっ。だけど薬草よりなにより、生意気にもクリス様を出せっていうからさ」

「そう保護者に言われてたのを、どうしろって言うの」


 ミーナの声が大きくなった。そして二人は気づかないままギルド中の注目を集めた。


「いい? あの子、薬草が売れないから、ギルドに登録できなくて、毎日ここで働きながら町の外で野宿してんのよ。あんな小さい子がよ! それも薬師の意地悪でね」

「じゅ、一二歳は小さくはないだろ」

「ギルドに登録できる年よね。誰かが意地悪さえしなければね」

「謝るからさ」


 ミーナは椅子をガタンと言わせて立ち上がった。


「じゃあ私にぐずぐず言ってないで、本人に謝ってきなさいよ! あんたが薬草を手に入れられないと、騎士隊は出発できないわねえ」

「くっ」

「薬草を確保できるあてがあるのか、テッド」

「く、クリス様」


 ちょうどギルドの奥から出てきたのは、おそらくテッドが一番知られたくなかっただろう、憧れの薬師ギルド長だった。白髪と見まごうばかりの銀髪を後ろで一つにまとめているのだが、灰色の目と相まって冬のような印象の人だと、サラが見たら思っただろう。


「はい。おそらく」

「それなら、今すぐ確保してきなさい。一分一秒を争うというのに」


 テッドは青い顔をしてミーナの指示した厨房のほうに向かった。


 それを目で追いながらギルド長がクリスに不満をぶつけた。


「そんな事情なら、王都からポーションくらい持ってくればよかったんだ。こっちだってダンジョンに向かうのにポーションを根こそぎ持っていかれると困るんだよ」

「すまない。ネフェルタリが指名依頼を断っていたのは、拾い子を育てていたためとは誰も知らなかったんだ。私でさえな」


 せめて自分には話していてほしかったと、クリスの目はそういっていた。


「北ダンジョンの魔の山に一人少女が残されているかと思うと、女神じゃなくても心配だが。でももう半月以上たつんだぞ」

「言うな! 少なくとも、少女がどうなったかわかるまではネフェルタリも納得せん。そもそも眠らせてネフェルタリを王都に運んだのは騎士隊だ。王都で気が付いてほとんど錯乱しているような状態だったのを、少女の捜索隊を出すからと何とか納得させて置いてきたのだからな」

「お前、心配で思わずついていったものな」

「当たり前だ! 人に麻痺薬を使うなどあり得ないだろう!」


 サラはギルドがにぎわったと思っていたが、実質は騎士隊の一個小隊分一〇人に、数人の冒険者がついてきているに過ぎない。


 確かに大人数で行っても仕方のないことではあるのだが。


「とにかく管理小屋まで往復だ。最短で行き帰りで六日、捜索に一日、計七日。今あるポーションではとても足りないだろう。ギルドからはハンターは出せないか」

「無理だろ。ただでさえこの時期王都の渡り竜に人手を取られてんのに」

「そうだよな。とにかく、薬草の、特に上薬草の在庫が足りないんだ。急がねば」


 二人はテッドが走っていった厨房のほうを眺めた。


転生幼女3巻、1月15日発売です!


感想みんな読ませてもらってます。返信するとネタバレになってしまいそうで控えていますが、励みになっています。ありがとうございます!

区切りがついたら返信しますね!

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― 新着の感想 ―
[一言] 馬岱さん「ここにいるぞ!」 ネリーさんが、相当に用心していたのが伺えますね
[気になる点] 王都滅ぶべし。 [一言] 管理小屋のドアは開いていて、中には誰も居なかったんだ……。 結界があるけど、多分ずっと前から誰も居なかったと思う……。 あの辺りは狼の群れに囲まれて…
[気になる点] テッドさんは土下座の前に先ず陰腹切ろうね。
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