ご本人
懐かしいギルド長室に案内されると、これまた懐かしいギルド長のジェイが椅子にそっくり返っていた。
すかさずミーナの小言が飛ぶ。
「椅子に座ってるんだったら書類を片付けてくださいよ」
「ヴィンスが戻ってくるまで落ち着かないんだよ。って、サラじゃねえか!」
机に手を付いて勢いよく立ち上がり、ずんずんとサラのそばにやって来たかと思うと、肩に手を置こうとしてその手をさまよわせた。
「こんなレディになっちまって、どう挨拶していいかわからん。大きくなったなあ」
「はい、お久しぶりです。お元気そうでよかった」
ヴィンスと同じくらい年を取ったのだはずだが、相変わらず少し少年のようないたずらっぽさを残しつつも、かっこいいおじさまだ。
「アレンはどうなった?」
サラの後ろをのぞきこんでも、そこにはドアがあるだけであるが、アレンのことも気にかけてくれているのがとても嬉しい。
「ずっと一緒ですよ。今は護衛として魔の山に残っています。私はクリスと一緒に、一番怪我の重かったルロイを連れて先に戻ってきたところです。全員無事です」
旧交を温めたいところだったが、まずは先ほどミーナに報告したことを、改めて報告した。
「全員無事か」
安堵したように大きく息を吐いたギルド長は、今度はきょろきょろし始めた。
「で、クリスはどうした?」
「ルロイに付き添って薬師ギルドに残りました。私だけここに報告に来たんです」
「そうか、相変わらず有能だなあ、サラは。売店の売り子をしていた頃が懐かしいぜ」
ギルド長はサラとミーナをソファに座らせ、自分も向かい側にどっかりと座り込む。
「クリスにネリー、それにアレンにクンツ。サラまでやって来たときたら、今のトリルガイアでは最強の組み合わせだ。だからサラたちのことは心配はしていなかったが、結局は間に合わないんじゃないかと気が気じゃなくてな」
「少なくとも誰かが助けに行かなかったら、ルロイは危なかったかもしれません。クリスが特級ポーションを使ってなんとか助かった状況です。残りの人たちも、結界箱の狭い結界の中で六人ぎゅうぎゅう詰めでした。高山オオカミの圧にいつまで耐えられたか疑問ですから、行ってよかったです」
「そうか、特級ポーションを使ったのか」
サラが特級ポーションと口にした時点で、ギルド長もミーナもひゅっと息を吸い込んだから、この二人はその重さを十分に理解してくれているとわかる。
「特級ポーションが以前より流通するようになったのは確かだが、使いづらいポーションだからな。ローザの薬師ギルドでは作ってねえし、必要なら取り寄せるしかねえ。そうか、クリスが使ったか」
「はい。うまくいってよかったです」
それから、サラは昨日からの状況と、一行が薬師に合わせてゆっくりと戻ってくることを順番に説明していった。
「なんてこった。ローザの薬師たちは、頭がお花畑なのか?」
「薬師だけじゃない、ハンターもですよ。深層に行けたくらいで魔の山の護衛が務まると思うなんて、夢見がちなお年頃などとうに過ぎたはずなのに、頭が沸いてるとしか思えないわね」
ジェイもミーナも非常に手厳しい。
「そもそもローザに来たのは、クリスにローザのギルド長就任の依頼が来ていると聞いたからなんです。クリスは断るつもりで来たんですが、その、どうせテッドがわがままを通したのだろうと……」
「あー、それはその通りだ。だが薬師ギルド全体がその案に大賛成だったからな。クリスがやる気なら問題ないと思うが?」
サラは首を横に振った。
「本人に聞いてくれればわかりますが、自由でいたいそうです」
「なら手紙で断ればいいだろうに。なんでローザまでやってきた? おかげで滅茶苦茶助かったけどさ」
サラは理由を言うべきか悩み、ちょっと酸っぱいものを食べたような顔になってしまった。
「ええと、あれです」
「どれだ?」
「うう」
クリスが言うべきではないのかと思うが、サラもアレンも、クリスと気持ちは一緒なのは間違いない。
「テッドが困ってるかもしれないと思ったから、です」
「テッドが困ってるかもしれない? 確かに町長になったばかりで、仕事は大変そうだが……」
ジェイもミーナも不思議そうだ。
「そうか。クリスのことだから、弟子であるテッドが心配になったのか。いや、あいつはそんなに情のある奴じゃない。ネフェルタリ以外は目に入ってることすら怪しいんだぞ」
「散々な言われようだな」
苦笑いを浮かべながら、ノックもせずに入ってきたのはクリスだ。挨拶もせずに空いているソファにどっかりと腰を下ろす。
「だってよ、実際そうだったじゃん」
ジェイはそのことに驚きもしない。やっぱりクリスは昔、かなり自由に振る舞っていたんだろうなとサラは遠い目をしてしまう。
「そうだったかどうかは記憶にない。だが、そうだったかもしれないという自覚はある」
ルロイを置いてここに来られたということは、彼の世話は他の薬師に任せて大丈夫だと確信できたということだろう。クリスの表情からは緊張が取れていた。
「なんだそりゃ。やっと自分が変人だってことを自覚したか。なんでこんなポンコツが慕われてるのか、俺にはさっぱり理解できないぜ」
クリスをほめたたえる人よりも、クリスがネリーしか目に入らない変な人だと思っている人のほうが信用できる気がするのはなぜだろう。
「で、テッドが困ってることと、お前がローザまでやってきたことと、どう関係があるんだよ」
「関係はないが、テッドは弟子だ。ただ、心配でな」
ジェイはクリスを見定めるようにじっと見つめ、一つため息をついた。
「そうか、ローザを一緒に出てカメリアまで行ってたよな。その時に何か心境の変化があったということか」
「そうなんだろうか」
クリスは自分でもわからないというように肩をすくめた。
確かにカメリアでのテッドは立派だったと思う。薬師として尊敬できると思った。
けれども、それでクリスのテッドへの気持ちが変わったとは思わない。
むしろ、もともとはネリーへの愛情からかもしれないが、サラやアレンなど周りの人へも注意を向けるようになったことが原因ではないかと思う。
周りの人の存在を意識してみたら、心の中にいた弟子のテッドのことも気になり始めたということではないか。
「たとえクリスがそうであっても、アレンやサラは違うだろうに、なんで付いてきたんだ? ここにいた時、どれだけあいつに意地の悪いことをされたか忘れたのか?」
ジェイの追及がサラにも来た。
「うーん、忘れてはいないんですけど、もうどうでもよくなったというか」
「どうでもいいってなんだ」
「私はカメリアだけじゃなくって、その後王都でもテッドと交流があったんです。その時に親切にしてもらったし、あの時のこと、ちゃんと反省してることが伝わってきたから、もういいかなって」
たぶん、アレンもそうだ。
「まあ、遠い親戚のお兄さんくらいの気持ちなので、困っているようならやっぱり気になるというか、単に魔の山に来てみたかったというか」
「ハハハ。理由がそのくらいのほうがわかりやすいぜ」
ようやっと納得したように笑い飛ばしてくれたジェイだが、ふと真剣な顔に戻る。
「今回のあれこれは、薬師が暴走したのに頭の悪いハンターが乗っかっただけの事件だが、テッドはちょっと面倒なことになってるのは確かだ」
「それが聞きたかった。ブラッドリーの話はあまり参考にならなくてな」
クリスが身を乗り出した。
「あいつは魔の山にこもっていただけだからな。ハンターが魔の山によく来るようになってたくらいしかわかってないだろ」
「そんな言い方は失礼ですよ。タイリクリクガメの時は、大活躍してくれたじゃないですか」
ミーナに叱られて、ジェイは素直に謝った。
「それはそうだった、すまん」
ジェイは言葉を取り繕わないから、いろいろな情報が伝わって来て面白い。
「何事も変化を好まないローザでも、さすがにタイリクリクガメの時は対策に動かざるをえなくてな」
「あの時は壁を作ってちゃんと進路をそらせましたもんね」
「ああ。サラもあの時は助かったよ」
ローザは動かないと言うが、あの時は自分たちで町を守ろうという気概があったと思う。
「その時に活躍したのが、テッドだ。なかなか行動を起こそうとしない町長を説得し、町の重鎮たちを動かして、と言ってもハンターギルドに協力するようにさせただけだがな。そのままの勢いで、なあなあになっていた街道の拡張整備も始めたんだが、同時に町の西側の利用も始めてな」
「町の西側?」
サラたちが今日入ってきたのが東門で、町の西側は、タイリクリクガメの時に町の人を避難させた場所だったくらいしか印象がない。
「町の中ではなく、町の外側だな。東側は暗黙の了解でハンターたちが野営したりしていたが、まずそこが、申告して場所代さえ払えばテントを張る許可が出るようになった。同時に簡素だが水場が用意され、見回りの警備員も雇われることになったんだ」
「それはすごい改革ですね。全然知らなかったです」
「それが西側にも広がっているんだ。おかげでローザに来るハンターも増えているし、屋台も増えた。増えた分、魔の山に目が向くハンターも現れ始めたというわけだ」
テッドがそれだけのことをやろうと思ったこと自体がまず信じられないが、やったとすればすごい成果だと思う。
「ハイドレンジアでもタイリクリクガメの騒動で深層階が一つ増えましたが、それで増えたハンターのための施設の整備とか、ご領主はとても苦労していましたよ。テッドがそれをやったんですか?」
「やった。だが、急ぎすぎて、行き詰まってるとこだ」
「行き詰まってない。ちょっと計画が遅れているだけだ」
ここはギルド長室なのに、誰もノックをしないのはなぜなのか。
「テッド!」
ご本人の登場である。
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