表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
279/287

発見

 前にここに来た時には、高山オオカミが出迎えてくれたなと懐かしむ間もなく、草原の終わり、街道の結界が外れて始まったツノウサギの猛攻を、サラのバリアでしのぎ、あっという間に魔の山に入った。


「ここからはバリア全開で行きます。魔物のことは気にしないでください」


 魔の山で怪我をするような人は一人もいない一行だが、今は魔物を殴り飛ばす暇も惜しい。

 列全体を覆っているサラのバリアは普段より大きいため、魔物を弾くだけでなく、道の脇の木の枝をバキバキと折って意図せずに道を広げてしまうほどだが、緊急事態ゆえ仕方がない。


「あまり気にしたことなかったけど、ここもダンジョンだから草木の成長も早いんだよね」


 だから気にしない気にしないと唱えつつ、さすがにワイバーンまで跳ね飛ばされた時は、


「もったいねえ……」


 とヴィンスが嘆いていた。跳ね飛ばしたワイバーンには高山オオカミが群がっていたような気がするが、見なかったことにする。


 そして急いだおかげで、すっかり日が暮れてしまったあとではあるが、道の先に揺らめくランプの明かりを見つけることができた。


 かなりの強行軍でさすがのサラたちにも疲れはあるが、ワイバーンに襲われたという油断のならない状況を聞いていたので、最後の力を振り絞って見え隠れする明かりの元へ急ぐ。


「ガウッ」

「ガウッ」


 明かりが見え隠れしていたのは、たくさんの高山オオカミに囲まれていたからだった。


「どいて!」

「キャン!」

「キャン!」


 かわいい高山オオカミだが、今はそんなことは言っていられない。

 サラは容赦なく跳ね飛ばし、結界ごとバリアで覆う。

 結界箱の狭い空間に、人が六人詰め込まれていた。しかも一人は寝転んだ状態だ。何かの拍子にそこから転がり出たら、すぐに高山オオカミにやられてしまうだろう。


「状況を報告!」

「クリス様!」


 喜びの声が聞こえるが、クリスは無視してもう一度叫んだ。


「報告!」

「はい!」


 報告と叫びながらも、結界に飛び込んだクリスは、迷わず寝かされている薬師のもとにかがみこんだ。

素早く結界の中を確認したサラは、服が破れて血がにじんではいるものの、怪我の跡は残っていない数人を確認し、治療の必要はないと判断した。それから、怪我人を挟んでクリスの反対側に膝を付き、一瞬だけ悩んだ後で、収納ポーチから特級ポーションを取り出す。


 クリスは患者の息を確認して眉をひそめると、頭からつま先まで急いで怪我の具合を確認し始めた。

そのクリスに、若い薬師がどもりながら説明を始めた。


「ワイバーンに襲われて、ひどい怪我をしました。目に見える怪我はポーションで治療したのですが、意識が戻らず……」

「時間は」

「朝から既に一〇時間ほどはたっているかと」


 怪我人から顔を上げたクリスの目には苦悩が浮かんでいる。その目がサラの手に握られた特級ポーションに移った。


「使うべきなのはわかっている」

「はい」


 サラが直接診察したわけではないが、クリスと一緒に、目で追ったからわかる。

 自分一人だったら自信はなかったが、クリスの顔色も見ていたからこそ伝わってきた。

 このままでは、おそらく明日の朝までもたないだろう。


「親しい者に使うのは、本当に苦しいな」


 サラの手から、特級ポーションを受け取ると、クリスは迷う心を断ち切るかのように、一瞬天を仰いだ。

 サラはそんなクリスに声を掛ける。


「私も、半分背負います」


 アレンの時はクンツとエルムがいてくれた。けれども、二人はハンターだし、そもそもエルムはアレンのことを知らなかった。だから、アレンの命の責任は自分一人で負わなければならず、それがどれだけつらかったことか。


「ありがとう。そして、もってくれよ、ルロイ」


 クリスはルロイと呼んだ怪我人をそっと抱き起こすと、口を開かせ、少しずつ特級ポーションを流し込んでいく。


 特級ポーションは、飲み込まれずに口からあふれ出た。サラはそれを見て念のためにともう一本を手に取る。


 だが、しばらくして、ごくりとのどが動いたのが見えた。


「よし。ルロイ、いい子だ。もう少し、もう少し」


 クリスは根気よく特級ポーションを口に含ませ、やがてルロイはゴホッと少しせき込むと、大きく息を吐いた。

 ゆっくりと胸が上下し始めたのを確認して、クリスはルロイをそっと地面に横たえる。

 サラはその間ずっと、自分がアレンに特級ポーションを飲ませた時のことを思い出していた。

 あの時はちゃんとできていただろうか。


「アレン。見てたか」

「ああ」


 サラの後ろ、少し離れたところからクンツの声が聞こえる。


 振り返ると、ヴィンスとネリーが結界箱を複数設置し、ぎゅうぎゅうに詰まっていた人たちをそちらに移動させていた。拓けた場所だったからワイバーンに襲われたのも確かなのだが、だからこそ広く休憩場所も取りやすい。


「お前が怪我をした時も、サラはああして薬を飲ませていたよ。今にも呼吸が止まりそうで、注いだポーションが口からあふれてさ……」


 話をするクンツの声が震えていた。


「飲ませたら、助かる可能性もあるけど、死ぬかもしれないんだ。クリスでさえさっき、迷ってた。そのくらい大変な決断を、サラはしたんだぞ」


 アレンの返事は聞こえなかったけれど、背中に歩み寄る気配がして、膝を付いていたサラの肩に、アレンの手がそっと載せらせた。


「ありがとう」

「うん」


 アレンの手に、サラも手を重ねた。

 温かい。

 あの時ちゃんとできていた結果が、この温かいアレンの手だ。

 振り返ってもいいけれど、悩むのはやめよう。

 それより、今すべきことをするしかない。


「クリス。患者は移動させますか?」

「いや、朝まではここで安静にさせて様子を見ようと思う。それに、他の者も、この闇の中、高山オオカミに囲まれて移動する余裕はなかろう。特に薬師はな」


 サラが顔を上げると、座り込んだまま動けない薬師や、足を延ばして寝転がっているハンターが見え、狭い結界の中で緊張し疲れ果てていた様子が伝わってきた。


 なんとか一つだけ、結界を設置できて怪我人を運び込めたが、すぐに高山オオカミに囲まれ、新しく結界箱を置きに外に出ることもできなかったという。


 強者の気配を感じ取ったのか、高山オオカミは距離を取ってはいるが、まだ周りをうろうろしている。


「では、野営の準備ですね」


 まずサラがバリアでルロイを持ち上げている間に、マットを敷いてもらい、寝床を整える。

 何もない空中にルロイが浮かんでいるのを、薬師もハンターも驚愕の面持ちで見ているが、今はかまってはいられない。


 怪我人はクリスがいるからいいとして、今度は夕食の支度だ。

 といっても、こんな時に一から料理などしない。


「どーん」


 サラが収納ポーチから取り出したのは、スープの鍋である。

 そして次から次へと、調理済みのご馳走を出していく。


 食後のお茶用のお湯を沸かすのも忘れない。


「さあ、ひとまず温かいご飯にしましょう。みんなぶんありますから、遠慮なくどうぞ」


 春だからこそ日が沈んだらどんどん気温が下がる。

 魔の山に来るくらいだから、各自防寒対策はしっかりしているようだが、体の中から温めるのも大事なことである。


 最初はおずおずと寄ってきた薬師たちも、遠慮なく来たハンターたちも、温かい食事に緊張が緩んできたようだ。怪我人がなんとかなったからという理由も大きいだろう。

 食後のお茶を配ったところで、今まで様子を見ていたヴィンスがやっと口を開いた。


「護衛依頼にハンターギルドを通す必要は、必ずしもない。ただし、その場合、ハンターギルドが助ける理由もない。それはわかっているな」


 もともとは薬師の無謀なチャレンジが原因だろうが、ヴィンスの管轄はハンターギルドだ。

 だからなのか、まずハンターたちから事情を聞こうとしている。


「わかってます。それなのに助けに来てくれて、感謝もしてる。俺たち、クンツの盾ができるようになったから、何とかなると思ってたんです」

「ブフォッ」


 クンツがお茶を噴き出しているが、こんなところで自分の名前が出てくるとは思わなかっただろうと、サラは気の毒に思った。ヴィンスも微妙な顔をしているし、ハンターたちも、まさか盾の名前のもとになった本人がいるとは思っていないだろう。


 ハンターギルドでぐったりしていた一人はよく見なかったのでわからないが、ここにいるハンター二人はクンツやアレンより何歳か上くらいの、若いハンターである。


「クンツの盾を使えば、魔力を減らすことなく防御ができる。そのおかげで、ローザのダンジョンでも深層まで行けるようになった。だったら魔の山だって問題なく行けるって、そう思ったんです」


 確かにローザのダンジョンの深層には、ワイバーンも出るし高山オオカミもいる。

 だが、ダンジョンには階層の間に安全地帯があって、危険を感じたら逃げ帰ることもできるし、安心して休むこともできる。


 魔の山はまるまる深層階のようなもので、ふもとこそ安全地帯のようになっているが、いったん入ったら、管理小屋まで安全地帯はない。身体強化なしなら三日はかかる距離だ。そのうえ、出てくる魔物の数も多い。

 ヴィンスはそれをたんたんと話して聞かせている。


「そもそも、ダンジョンの深層での護衛の経験はあるのか?」

「ありません……」

「護衛対象も一人ならともかく、四人だぞ。一人を護衛するのにも最低二人、四人なら六人以上は必要だ。たった三人なんて、何を考えているんだ」

「すみません……」


 何を言われてもうつむくしかないだろう。だが、ヴィンスは責めているだけではない。次にどうするかの授業でもある。


「私たちが悪いんです」


 同じようにうつむいていた薬師の一人が、勇気を振り絞ったのか顔を上げた。


「そうだな。お前たちが悪い。だが今は黙れ」


 ヴィンスはその薬師を、にべもなく切り捨てた。

 その後も、指導という名の説教はしばらく続き、ハンターたちは完全に打ちのめされていた。


「じゃあ交代だ。クリス」

「ああ」


 そして今度は薬師の番だ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>列全体を覆っているサラのバリアは普段より大きいため、魔物を弾くだけでなく、道の脇の木の枝をバキバキと折って意図せずに道を広げてしまうほどだが、緊急事態ゆえ仕方がない。 タイリクリクガメ編でダンジョ…
>かわいい高山オオカミだが やっぱりかわいいって(今となっては)思ってたんだ!w ってによによしてたら >クンツの声が聞こえる。 拙者、こういうのに弱いの侍。
サラのバリアは汎用性が高くて、ワイバーンが突撃しても壊れないほどの強度もあるけど、消費魔力が途方もないから転生者にしか習得不可能技能だよねぇ。 結界師のサラだから、薬草集めにダンジョン深層までとか気楽…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ