大きくなって
ネリーが来てから三日後、サラたちは超特急で王都を出発したが、サラ自身はちょっとへこんでいる。
「いやあ、ノエルがあんなに怒るとは思わなかったよ」
「そりゃあ、明日には王都を出るって聞いたら、誰だって驚くだろ」
「ううう。その通りです」
サラは王都の薬師ギルドの所属だが、自由に働いていいとは言われていた。
だが、ローザに行くのは違うでしょうと言われれば、その通りである。
じゃあ、いったん王都の所属を外してフリーで活動すると言ったら、それも急すぎるでしょうと。
中央ダンジョンの薬草分布調査が一区切りついたから大丈夫かと思っていたが、正直なところ自分勝手だったと思う。とても反省はしている。
「僕だって、魔の山でギンリュウセンソウを見たかったのに!」
「どうして私が見に行くってわかったの?」
「サラは薬草ハンターですよ? 薬草ハンターじゃない僕だって見に行きたいのに、サラなら当然でしょう!」
その見幕を見たら、自分は薬草ハンターではありませんとは言えなかった。
ギルド長のチェスターと副ギルド長のヨゼフが、苦笑いで許してくれたのが救いだった。
「さすがクリスの弟子だ」
と言われたのが誉め言葉だったのかどうかはわからない。
「だが、私にローザからこんな要請があったことを、チェスターも知らなかったようだし、ますますテッドの独断の可能性が出てきたな」
サラと一緒に薬師ギルドに顔を出し、チェスターと話してきたクリスも暗い顔だ。
「実際そうだったらどうするんです?」
「どうしたものか。テッドも気になるが、現ギルド長のルロイのことも気になっていてな」
サラにとっては、そのルロイは、テッドの意地悪におそらく気がついていたのに、何もしてくれなかったし、すべてが解決した後に、謝りもしてくれなかった人なので、ふーんと言う感じである。
「ローザ出身の薬師だが、腕はいい。十分ギルド長になれると思って任せてきたが、私がローザを旅立ったのも急なことだったし、迷惑をかけたことは間違いないからな」
今回の旅は、期限が切られているわけではないから急がなくてもいいのだが、問題が起こっているかもと思うとのんびりもしていられない。
観光はせず、できるだけ急いで移動することになったから、こうして話ができるのは休憩の時か宿に入ってからのどちらかだ。
「行ってから考えればいい」
「ネリーは行き当たりばったりなんだから」
珍しく悩むクリスに、いつもと同じくあまり悩まないネリーの組み合わせである。
「魔物相手ならこぶしで解決できるのにな。人というのは難しい」
「ほんとだよな」
同意するアレンを見ていると、さすが師匠と弟子という感じがする。
とはいえ、ネリーの言う通り悩んでいても仕方がない。
街道を急ぐサラたちと一緒に春も北上し、たどり着いたローザを囲む草原は一面、目に鮮やかな緑に包まれていた。
だが、町には春らしいのどかさだけでなく、そこはかとない緊張感が漂っていた。
なにより、町の入り口の門番がピリピリしており、屋台街を急ぎ足のハンターがダンジョンへ向かって走っていくのが見える。サラがいたころよりだいぶ数も種類も増えた屋台を、今は楽しむ余裕もなさそうだ。
クリスとネリーは顔を見合せ、かすかに頷くと何も言わず足を一歩踏み出した。
サラたちも黙って後に続く。
この状況なら、行き先は薬師ギルドでもテッドの家でもなく、ハンターギルドだ。
バーンとドアを押し開けると、案の定中は大騒ぎだった。
「他にベテランはいねえのか!」
「この時間、皆ダンジョンに入ってしまってるから、夕方までは捕まえることはできないと思うわ!」
こんな時だが懐かしい。
普段なら退屈そうな顔をして受付の机に座っている二人だが、今はカウンターの外に出てきて指示出しに忙しそうだ。
「チッ。仕方ねえ。ジェイが戻ってきたら二人で行くしかねえか」
最後に会った時から五年分年を取ったヴィンスとミーナがそこにいる。
無精ひげの残る疲れたような顔は相変わらずだが、引き締まった体はいまだに現役だろうということが、今のサラならわかる。
「ベテランならここにいるが、手を貸そうか」
慌てているのか一行に気づかなかったヴィンスが、ネリーの声にこっちを向いた。
「はあ? なんで女神が?」
サラは思わずくすっと笑ってしまった。
赤の女神と、あるいは死神と呼ばれていたのをネリーだけが知らなかったことを思い出したからだ。
「っと、お前はサラか! アレンもか! そっちはクンツだな。それにクリス……。クリス! お前!」
ヴィンスはいきなりクリスに詰め寄った。
「薬師ギルド長に戻るって本当なのか! あ?」
今にも胸元をつかんでつるし上げんばかりの勢いだ。
「落ち着け、ヴィンス。そういう手紙が来たが、断ろうと思ってやってきたんだ」
クリスは敵対する意思がないことを示すためか、両手を上げている。
「お、おう。そうか、すまなかったな。そもそもあんたのせいじゃないってのによ」
肩を落としたヴィンスが、すごすごとミーナのところに戻った。
いった何があったのかと聞く前に、ヴィンスがミーナに肘打ちされた。
「いてっ! なにすんだよ!」
「なにすんだじゃないでしょうが! 女神が手を貸そうかって言ってくれんのよ! 魔の山に行くのに、ネフェルタリほど頼りになるハンターがいるとでも思ってんの!」
「そうか! 頼む! ネフェルタリ!」
こんなに慌てているヴィンスを見たことがない。サラは懐かしさに浸っている場合ではないと気合いを入れた。
「落ち着いてください。まず、いったい何があったのか簡潔に説明してください。そして、どんな手助けがいりますか」
「サラ、立派になって」
ミーナが一瞬涙ぐみそうになったが、そんな場合ではないと頭を振っている。
「薬師ギルドの一行が、ギンリュウセンソウを探すと言って魔の山に入ってしまったのよ」
サラは何の問題があるのかと首を傾げたが、はっと気がついた。
つい数日前まで、王都のダンジョンでノアと薬草分布の調査をしていたサラは、薬師だけでダンジョンに入るのが難しいということについて、すこしばかり鈍くなっていたようだ。
「薬師に誰かバリアを張れる人がいたとか?」
「そんなでたらめな薬師はサラくらいだ」
すかさず突っ込みを入れるのはやめてほしい。
「じゃあ、だいぶしっかりした護衛をつけたとか?」
「ベテランの護衛は付けたはずだ。が、こっちに依頼を出したら止められるのがわかってたんだろう。直接雇った護衛は数が足りないうえ、数人が怪我をして魔の山で動けなくなっているとさっき連絡が来てな」
ヴィンスが目をやった先には、椅子にぐったりと座り込むハンターがいた。
サラが確認するように振り返ると、仲間たちは誰もが迷いのない顔をしている。
「救援に向かってほしいということですね」
「そうだ。こんな真昼間にいきなり動けるベテランなんているわけがねえ。行ってくれるか」
「ああ」
ネリーは顔色も変えず頷いた。
「テッドが護衛を付けてギンリュウセンソウを取りに行ったのは以前に聞いたことがある。最近のローザでは薬師が簡単にギンリュウセンソウを取りに行くようになったのか? あれを自分で取りに行けるのは、ハイドレンジアでも私かサラくらいなのだが」
クリスの疑問にヴィンスが首を横に振った。
「あれはテッドだからできたんだ。金に飽かせて、優秀な護衛を相当数連れて行ってやっと可能になった。だから、ギンリュウセンソウの納入は定期ではなかっただろう」
「確かに。ということは?」
「戦力不足での魔の山での無茶な採取。そのため、管理小屋まですら行けてねえ。結界箱で身を守っていると聞いたが、魔物に慣れない奴らが平静を保てているかどうかはわからない」
いくら大丈夫とわかっていても、例えば至近距離に高山オオカミがいたらパニックになってしまう気持ちはわかる。
「俺たちはすぐに行けるぜ」
クリスとヴィンスの話をアレンが遮った。今やるべきことはなぜ起きたかを話し合うことではなく、すぐに行動することだ。ずれがちな話を引き戻してくれるのはいつでもアレンなのだ。
「必要なものを準備してくれ。ヴィンス、あんたも来るんだろ?」
「ああ。そのつもりだ」
「じゃあ、詳しい話は途中で聞く。ミーナ、準備を頼んでもいいか?」
「もちろんよ! アレンも立派になって……」
今度こそ本当に涙ぐみながら、ミーナがてきぱきと準備を始めようとしている。
「できれは連絡要員も……」
「それは俺かクンツでいい」
「ポーション類は……」
「私とクリスがいます」
ミーナがその手をぱたりと止めた。
「最強のハンターと最高の薬師が複数人。サラが料理もできるし、何も準備がいらないじゃない!」
こんな時だが、小さな笑いが起きる。
「ジェイに報告を頼む。連絡があるままで、追加の人員の投入は不要だ」
受付から、ハンターの服装へと着替えたヴィンスが、唯一の準備と言えば言える。
「じゃあ、出発……」
ヴィンスの掛け声をさえぎるように、ギルドのドアがバーンと開いた。
一目見てわかる。テッドだ。




