千客万来
次の日は、まずはハルトに会うために、クンツとはハンターギルドで待ち合わせることにした。
遅れてやってきたハルトに声を掛けようとしたら、ハルトは隣にいる背の高い青年と、話をしているところだった。
楽しそうな様子から、仲がいい人なんだろうということが伝わってくるが、少し声を掛けにくいなと思っていたら、ハルトのほうがサラに気がついてくれた。
「サラ! 今日もダンジョンか!」
知り合いの青年を置き去りに大股で歩いてくるハルトにサラのほうが焦ってしまう。
「ハルト! お友だちと一緒なら、私は後でいいから」
顔の前で慌てて手を振るサラに、ハルトのほうは戸惑い気味だ。
「何を言っているんだ?」
「もうだいぶ会っていないからね。忘れられても仕方がないよ」
ハルトの後ろから穏やかな青年の声がする。
サラは大きく目を見開いた。その声には聞き覚えがある。
「ブラッドリー?」
「おや、思い出してくれたかい?」
ハルトの背中から、いたずらな表情でひょいっと顔を出したのは、招かれ人のブラッドリーだった。
「わあ、お久しぶりです。え、でも、魔の山は?」
ブラッドリーはネリーの代わりに魔の山の管理人になってくれて、一緒に過ごしていたハルトが町に降りてもそのまま仕事を続けていたはずだ。
たくさんの本を、嬉しそうに管理小屋の本棚に並べていたのを覚えている。
「うん。そろそろ下界に降りて来てもいいかと思ってね」
柔らかな微笑みを浮かべるブラッドリーは、もう三〇を過ぎているはずだが、疲れたような表情がなくなったせいか、三年前と、いや五年前ともほとんど変わらないように見えた。
「それにしても、ずいぶん大きくなって。いや、それほど大きくなってはいないけれど、立派なレディになったね」
親戚の子どもを見るような温かな視線と言葉からは、リアムに褒められた時のような不愉快さはみじんも感じない。ただし、大きくなっていないの一言は余計である。
「ありがとうございます。それと、お疲れ様でした」
サラはつい頭を下げてしまった。レディは頭を下げるものではないとリアムにさんざん注意されていたのだが、何年も魔の山で頑張ったブラッドリーをねぎらいたい気持ちが自然に出てしまった。
「こちらこそ、ありがとう」
こちらもお返しとばかり、不器用にぴょこりと頭を下げるブラッドリーと二人、顔を見合せてくすっと笑ってしまう。
「いろいろ話したいこともあるし、ちょっとダンジョンに行かないか」
「ダンジョンに?」
なぜギルドや町の食堂ではなくダンジョンなのかと問う前に、ブラッドリーの提案で、一行は流れるようにダンジョンに出発してしまった。
ダンジョンに入ってしまえば、サラにはやることはない。
時おり足元の薬草を摘みながら、あっという間に深層階まで来てしまった。
「さて、ここらへんにしようか」
ブラッドリーは収納ポーチからテーブルと椅子を人数分取り出し、チェック柄のテーブルクロスを広げたと思ったら、その上に次々と食べ物を並べていく。
「どうにも料理は苦手でね。出来合いの物だが、お茶くらいなら入れることはできるから、席についてくれないか」
空にはワイバーンが飛び、遠くにはオオツノジカの群れが移動しているのが見える。姿は見えないが、きっと高山オオカミが様子をうかがっているに違いない。
その中でのピクニックだ。サラもよくやるが、こんなに本格的ではないので、ちょっとめまいがしそうだ。
「サラはバリアを張ってくれると嬉しい」
「わかりました」
ブラッドリーの言葉に、そりゃそうだよねと逆に安心したくらいだ。
のどかな風景に、ここは危険な場所ではないと危うく勘違いするところだった。
ワイバーンが来ないよう、薄緑色のバリアを張ったサラに、ブラッドリーは目を見張った。色のついた部分がパラソルのようで、ピクニック感がマシマシである。
「こんなこともできるようになったのかい? すごい進化だね」
頭の上は新緑のような緑だが、上にしか色がついていないので閉塞感はない。
「正直なところ、ハルトがいなくなって一番つらかったのは、食事を作ってくれる人がいなくなってしまったことだったよ」
「ひでえ言い方だな。俺だって簡単なものしか作れなかったのに」
ハルトが笑っているが、ちゃんと教えた通り料理をしていたんだなと楽しい気持ちになる。
「さて、まずみんなの近況を聞かせておくれ。昨日ハルトから聞かせてもらったが、ずいぶん活躍しているようだね」
クンツがローザに行った時、修業と称してギルド長に連れ歩かれていたが、その時にブラッドリーとも何度も会ったようで、下手をするとサラよりもよほど親しげな感じである。
みんなの近況を報告し終わったところで、サラは気になるところを思い切って聞いてみることにした。
「あの、ブラッドリーがここにいるってことは、魔の山には今、誰もいないってことですか?」
「ああ、そんなことはないんだよ。いや、今はいないかもしれないけれども」
ブラッドリーはにこりと微笑んだ。
「ネフェルタリがいた時から、あそこの管理小屋を一人で管理することは問題視されていてね。私もハルトがいなくなって一人になっただろう? いずれは交代するだろうということで、ローザのハンターギルドでは管理人を短期で雇うことにしたそうだよ」
「そんなことができたんですね」
中央ダンジョンに潜るようになって実感したことだが、魔の山に入ると、裾のほうこそ中層の魔物もいるが、すぐに深層の魔物が登場するようになる。実力者であることはもちろん、長い孤独に耐えられる力も必要だが、そんな実力者で引きこもりたい人などほとんどいないというのが問題なのだ。
「わかるよ、サラ。引きこもってみて感じたことだが、やはり孤独というのは時につらいものだ。私もハルトがいたことに助けられていたんだな」
「よせよ。あんなにうるさがっていたくせに」
照れたようなハルトの顔からは、言葉とは裏腹に仲の良さしかうかがえない。
「そういうわけで、魔の山では、一人ではなく、パーティ単位、しかも短期間での滞在を試しているところで、お試しで抜けてきたんだ。管理人がうまく回るようなら、王都にこのままいるつもりだよ」
単純に言うと、魔の山の管理人をやめて王都に戻ってきたということになる。
「うまくいくといいですけど」
「東の草原の街道がほとんど整備されたからね。ハンターたちも行き来がだいぶ楽になったから、魔の山に来るハンターも少し増えたんだよ。そうなってくると、面識のないハンターが、約束もなしにしょっちゅう顔を出すのがやっかいでね。さっき孤独が、って言っていた口でなんなんだけど。それに散らかしていくしさ」
ひっそりと暮らしたいが、孤独過ぎても客が多くてもだめ。面倒くさい話だが、サラにはブラッドリーの気持ちがよくわかった。
客が多いときもあるから、サラのいた部屋は家具を取り払って、ハンターの雑魚寝部屋になっているということも聞いてなぜだかショックを受けたりもした。
だが、何より、ブラッドリーが王都に戻ってもいいと思えるほど癒されたことが嬉しかったし、ハルトが喜ぶ姿にも安心したサラである。
「ブラッドリーの話に夢中で、俺たちがどうするか話しそびれちゃったな。それに、テッドのことも聞けなかった」
ダンジョンを出てタウンハウスに向かいながら、アレンが今気がついたというように口に出した。
「ほんとだ。でも、ブラッドリーが帰ってきて、ハルトもしばらくは忙しいだろうし、今度でいいんじゃない? 私も急ぐ話じゃないし、しばらく調薬に戻ってもいいし」
採取も好きだが、調薬も好きなのだ。
「サラが薬師ギルドで仕事するなら、俺はクンツとダンジョンで荒稼ぎしてくるか」
「東か北ダンジョンの下見でもいいんじゃないか?」
「それもありだな」
各自がやりたいことをやってゆるくまとまっている今のパーティの形は、とても居心地がいい。
そう思ってニコニコと二人の話を聞きながら歩いているサラを、アレンが急に左手で制した。
「タウンハウスの前に誰かいる」
「さすがに目がいいな。俺には見えないが」
もちろん、クンツだけでなくサラにも見えないが、目のいいアレンには見えたようだ。
鋭い目でタウンハウスを見ていたアレンだが、すぐに力を抜いた。
「サラ、大丈夫だ。行こう」
「大丈夫って? 知り合いだった?」
「行けばわかる」
アレンは止めていた左手で、サラの右手をぎゅっと握ると、その手を引っ張るように歩き始めた。
「どうしたの?」
「早く早く」
さっきとは打ってかわって急ぎ足になった理由はすぐにわかった。
「サラ!」
その一言にこんなに愛を感じる人は他にはいない。
「ネリー!」
サラの春は、王都でも千客万来である。