笑顔の明日
活動報告に書影を出しています。
それから、『まず一歩』書籍9巻は、
3月24日本日発売です。
よろしくお願いします!
結局、ワタヒツジはどうなったか。
並んでワタヒツジを弾く騎士たちの前に、渡り竜が降りてきた時はどうなるかと思った。
サラの普通のバリアは、渡り竜のバリアを通してしまうからだ。
「バリアの、変質」
普段は弾かない、音も弾くバリアにする。
ただのバリアなら王都を覆うこともできるが、変質させたバリアは試したことがない。
できる、だろうか。
遠くで、ワタヒツジに跳ね飛ばされた騎士が見えた。
「できるかどうかじゃない。やるんだ」
サラは両手を前に出して、構えた。
「バリア。前の騎士もハンターもすべてその中へ」
ワタヒツジから逃げ出そうとしたハンターが、目の前でサラのバリアに弾かれるワタヒツジを見て固まっているのが見える。
「次に、背中の王都をバリアの中に」
北門から、中央ダンジョンのある南門まで、そしてアレンと歩いた王都の西側すべてを覆う。
目の前には、どすり、どすりと、渡り竜が、一頭、二頭と空から降りてきた。
「バリア、変質。音を弾け。渡り竜が口を開ける前に」
途端にドロドロと鳴るワタヒツジの地響きも、吹きすさぶ風の音も消えていく。
「バリアに色を。そして、目立つように点滅させる」
目の前が茶色に染まり、すぐにそれが消え、また茶色に染まると、騎士もハンターもはっとして後ろを振り向いた。
振り向いた先には、馬車の上に立ち、両手を前に構えるサラがいる。
「サラのバリアか」
「こんな広い範囲を。ああ……」
薄い茶色が点滅する視界で、渡り竜がワタヒツジをどんどん捕食していく。
「私たちは、バリアに出入り自由です!」
叫んだのはノエルだろうか。
茶色いバリアを飛び出て、怪我をした騎士をバリアの中に引き戻す。
「特級ポーションを使います!」
その結果まではわからない。
だが、それをきっかけに、サラが気づかず、バリアに入れきれなかった騎士やハンター、怪我人たちが次々にバリアの中に入ってくる。
竜は咆哮し、ワタヒツジは倒れては捕食される。それでも半分近くは必死に逃げて走り去ったから、ハルトに全滅させられるよりはましだったのかもしれないと思ったサラは、頭を左右に振った。
どうやら疲れて、頭が散漫になっているようだ。少なくとも渡り竜が飛び立つまでは、バリアを維持しなくてはならない。
気絶したワタヒツジを食べ尽くした渡り竜の群れは、重そうに体を起こすと、一頭、また一頭と、空に飛び立ち、南東のほうへと向かっていった。
草原は踏み荒らされてひどいありさまだが、少なくともワタヒツジはもう一頭も見えない。
空を見上げれば、渡り竜ははるか南にかすかに影が見えるだけだ。
「サラ! サーラー!」
遠くからアレンの声が聞こえる。
「ワタヒツジは! 全部南に逃げ去った! あとはハルトに任せていい!」
「ハルトに。そうか、もう大丈夫だね」
ただのバリアなら王都くらい覆えるなんて大きなことを言ったが、けっこう大変だった。
だが、ここで倒れるほど、もう子どもではない。
サラはきっと頭を上げると、もう一度自分の目で草原を確認する。
「ワタヒツジなし。渡り竜なし。バリア、解除です」
魔力はいくらだって供給される。
「でも、気力は自分次第なんだよね。ああ、疲れた」
馬車の上でしゃがみこんだサラの隣に、アレンがひょいとジャンプしてきた。
「大丈夫か」
「大丈夫。疲れただけ」
「肩を貸すよ」
「ありがとう」
ここで抱き上げて運んでもらったらロマンチックかもしれないが、人目がありすぎる。いや、人目がなくても恥ずかしいからやっぱりいいやと思ったサラは、やっぱり元日本人なのである。
騎士隊はその後も、夜を徹しての見回りだったという。
「見習い騎士は帰っていいと言われたので帰ってきたけど、やっぱり騎士は王都を守る仕事だって、改めて思ったよ」
今回の作戦は、アンにも大きな影響を与えたようだ。
「それに、サラのバリア。すごかったねえ」
「今回はバリアを張ってるってわかってもらうために、わざと色を付けたからね。それにしても、渡り竜が襲ってくるとは思わなかったよ。それで、今回の結果はどうだったのかな。私は薬師ギルドだから、怪我人の数でしか様子が分からなくて」
その日の夜には皆が勢ぞろいしたので、情報のすり合わせである。
「俺は群れの先頭にずっと付いて歩いて、群れが散らばらないように様子を見ていたんだけど、渡り竜が飛んだあたりから、ワタヒツジがあっちこっち走り出し始めて、王都方面に行かないようにするのが大変だった程度だ。途中からはワタヒツジの数そのものが減ったしな」
さすがにハルトは前線にいた。
「俺は群れから外れて小麦を食べに来ようとするワタヒツジを、盾でコツンコツンと跳ね返す地味な作業をずっとやってたんだけど、さすがに渡り竜が来た時に動揺が走って、慣れてない奴が一人、崩れたらそこからはグダグダでさ。サラのバリア、やっぱり格が違うよ」
クンツはちょうど真ん中あたりにいたらしい。
アレンは遊撃だったと昨日聞いているし、アンは結界箱の運び屋さんだ。
「薬師ギルドによると、結局特級ポーションを使ったのは三人で、三人ともにちゃんと生還したらしいよ。回復期のサンプルができるってノエルが大喜びしてた」
サラの話は、今日の薬師ギルドの報告で、アレンとクンツが微妙な顔をしている。
「さすが薬師だな」
「クリス系のな」
サラもひそかに同意だったりする。
「怪我人は出たけど、死者はなし。草原は荒れたけれど、薬草類は冬場は他の町とダンジョンに頼っているから問題なし。そのくらいかな」
「騎士隊は、今日は、ワタヒツジの被害がどのくらい出たか、そして群れがどのくらいの大きさまで小さくなって、どの方向に向かったかを調べてるって言ってました」
アンからは騎士隊の報告だ。
「騎士隊って意外とちゃんと仕事をしてるんだね」
身近に騎士隊の人がいないとわからないこともあると、サラは初めて知った。
「ハンターギルドは、ワタヒツジがいなくなったらそれで終わり。今日は通常営業だったぞ」
これはクンツの報告である。ウルヴァリエのタウンハウスに来る前にハンターギルドに寄ってきたという。
「残ったのは後始末だけだな。ハルトとサラ、それにクンツには、今回褒章があると思うぞ」
エルムの言葉の言葉通り、騒動が落ち着いた頃、三人は王から誉め言葉をもらい、いくばくかの金品を賜ったのだった。
ハルトとクンツがお祝いのために実家に戻っている頃、サラとアレンは、南の草原に立っていた。
二人が見ているのは、ハイドレンジアに続く街道だ。
「アレンだって頑張ったのに、褒章もらえなかったね」
「今回、俺は普通のハンターとして働いただけだからな。仲間だからって、そんなに活躍していない奴に褒章を与える方がおかしいよ」
アレンはそういうところに欲はないのだ。
「それより、リアムにはちょっと驚いた」
「うん。両手を握られた時は、どうしようかと思ったよ」
褒章をもらった場にリアムもいて、式典が終わった後、感動したようにサラの両手を握ったのだ。
「王都を守ってくれて、感謝する。サラは王都の守護神だ」
「い、いえ、そんなことはありません。騎士隊や王都の皆さんの努力のたまものです」
守護神なんて嫌だと、サラは心の中で叫んだ。そしてとても目立っているので、手を離してほしいと心底思う。
「正直なところ、サラのバリアが目の前に張られた時、自分はもしかして、阻まれるのではないかという恐怖におびえた」
敵認定された過去が、そこまでリアムに響いているとは思わなかったサラである。
「だが、バリアはためらいなく私を通してくれた。わたしだけでなく、戦ったものすべてが、誰ひとり欠けることなくサラのバリアに通された。騎士隊は、ついに間違いなくサラに味方と認めてもらえたのだな」
うーん、どうだろうとサラは心の中で思う。
リアムの、騎士隊の正義がまた、サラの大切な人を傷つけるようなことがあれば、サラは間違いなく騎士隊を敵認定する。
「感謝する。私もまた、サラの味方でいると誓おう」
「ありがとうございます」
味方でいる。ただし騎士隊の正義と矛盾しない限りは、と、サラは心の中で続けた。
正しさとは単純なものではない。でも、今回、サラのバリアを皆に公開し、理解してもらったみたいに、サラの正義もちゃんと表に出していこうと思う。
そうすることで、お互いに少しずつ変わっていけるかもしれないのだから。
「あ、定期馬車が見えた!」
「相変わらず目がいいね、アレンは」
サラの目にも定期馬車が見えるようになった頃、馬車から人影が飛び降りるのが見えた。
「わあ、きっとネリーだよ! ネリー!」
人影はたちまち大きくなると、赤毛のしっぽを揺らしてサラに飛びついてきた。
「サラ! 元気だったか!」
「元気だよ。あのね、今日ね」
ネリーの後ろからは、ゆっくりとクリスが歩いてくるのが見える。
今回の作戦で、ネリーにもクリスにも依頼は出されなかった。
それもまた、騎士隊の、王都の進歩だと思う。
ワタヒツジの件は伝わっていたはずだから、きっと心配はしていたことだろう。
それでも、ネリーとクリスは焦って駆け付けることはしなかったし、サラもそれを期待することはなかった。
「待て待て。きっと面白いことがたくさんあったんだろう? せっかくだから、最初から聞かせてくれ」
「じゃあ、話しながら一緒に帰ろうよ」
追いついたクリスがサラと手をつなぐネリーの腰に手を回そうとして、叩き落されるのも変わらぬ光景だ。
「さて、私にもサラの話を聞かせてくれないか」
クリスはへこたれない。
「うん。じゃあ、ガーディニアに行くところから」
「いやいや、まずワタヒツジの件からだろう」
四人で並んで歩く道は、まるで離れていた月日などなかったかのように自然だ。
そして何事もなかったかのように続いていく明日に、また一歩踏み出していく。
反対の手が、ぎゅっとアレンに握られた。
「こっちの手は、俺とつなごうぜ」
「私とでもいいんだぞ」
クリスはネリーとつなげばいいのだ。
「私のサラは人気者だな」
明日もきっと、いい日になるに違いない。
……ここまで9巻分です……
最後駆け足でしたが、書籍ではもう少し詳しく書いてあります。
また一冊分描き終えたら更新再開しますので、
しばらくお休みです。




