温めますか
食堂の手伝いがすみ、三〇〇〇ギルをもらうと、サラは今日もギルドの売店に立つ。
「まず在庫のチェック、と。ん? ポーション類が補充されてないけど、足りるのかな」
気にはなるが、サラの仕事ではない。瓶だけきちんと左に寄せ直す。
「箱のお金は、と。ぜんぶぐちゃぐちゃではないから、昨日よりはまし、と」
さっと硬貨を並べ直す。
「お弁当は、と。これも補充されてないけど、まだたくさんあるからいいか」
まだお客がいないので、サラはヴィンスのところにとことこと質問に行った。
「ヴィンス、ポーションの残りが少ないんですが」
「ああ? 今日の夕方には納品されるとは思うが」
「薬師ギルドにはポーションの瓶は並んでましたけどね」
サラはカウンターの後ろに並んでいたポーションの瓶を思い出してそう言った。
「あいつら……。納品できるポーションはそれほどないって言ってたくせに。どうせ薬師ギルドに買いに行く奴なんてそんなにいないだろ」
「確かに暇そうにしてましたね。それに、少なくとも今朝はアレンが薬草を一〇〇本売ってたし」
サラはここぞとばかりに現状を告げ口しておいた。
「じゃあやっぱり夕方には納品だな。お前、初日にガツンとやられたんだろ」
「はい」
サラはうつむいた。あれは結構ショックだった。まさに異世界の洗礼という感じだったのだ。
「それなのに今日も行ったのか?」
「はい。明日も明後日も行くんだ」
サラは右手を胸の前でギュッと握りしめた。
「お前、なんでそんなことをする。ギルドの中じゃなければ、アレンに預けて売ってもらっても俺は見てないから知らないぞ」
ほかのギルドの受付の人が眉を上げたが、顔をそっとそむけた。聞かなかったことにするらしい。
「どうせ買ってもらえないとわかってるなら、断られても私はつらくもなんともないです。むしろつらいのは、毎日嘘をついて子どもをだまして、しかもほしい薬草を手に入れられない薬師ギルドの方でしょ」
サラはポーチから魔力草を束で出して見せた。
ガタンと椅子を倒して、向こう側の受付嬢が立ち上がった。
「あなたそれ、魔力草じゃない! しかも新鮮採れたての」
「でも、雑草交じりだから、五〇〇ギルでしか買えないって言われたので」
「なら、こっちのギルドで売って! 正規の二割引きになっちゃうけど」
「ミーナさあ、こいつ、金がなくてギルドに登録できねえんだよ」
「薬草を売って、あ」
振り出しに戻るのである。
「売るものはいろいろあるんですけど、登録できないのは痛かったな」
サラはははっと笑った。それでも、アルバイトできるのはよかったし、何よりローザの町で昼も夜も一人じゃないのがありがたかったのである。
「弁当の他にも売れそうなものあるのか」
「はい」
スライムとか、ツノウサギとか。ギルドに沈黙が落ちた。
「あなた、それ」
「ミーナ。よせ。ギルドに入っている奴らじゃなきゃ、俺たちは守れねえ。今売れないものを出させて何になる。トラブルのもとだ」
ヴィンスは若い受付嬢を遮った。でも、最初に売れそうなものはあるのかとうっかり聞いたのはヴィンスだよねとサラは冷静に思った。
そしてずれてしまった最初の話にきちんと戻した。
「なんで毎日薬師ギルドに行くのかって言ったら、困るのは向こうだから」
「いやがらせね。どこかのお坊ちゃまかと思ったら、案外たくましいわね」
ミーナは感心したようにうなずいた。
「あ、せっかくだから」
サラは話に来たついでに、売店のことで考えていたことをもう一つ相談しようと思った。
「お弁当なんですけど、あっためて売っちゃだめですか」
「あっためる? そりゃ、駄目じゃねえが」
「その場であっためたら、プラス一〇〇ギルとかできないですかね」
薬草が売れないのは惜しいが、毎日四〇〇〇ギルも稼げるなんて、それだけでありがたいことだ。でも、ネリーだけじゃなくて、アレンもお茶を温めるのを知らないのを見て、これは商売になるんじゃないかと思ったのだ。
「そういやお前から買った弁当は温かいままだったなあ。あれをダンジョンの中で食べられるのか」
「スープも熱々ですよ。お肉も少し柔らかくなるし」
「まあ、こないだの弁当も温かさはちょうどよかったし、やってみてもいいんじゃねえか。だが、そんなんやる奴いるかね?」
懐疑的なヴィンスだったが、とにかく許可は出た。一日一人しか頼む人がいなくても、二日分あれば200ギルになって黒パンが一個買えるではないか。サラは張り切って売店に戻った。
やっぱり客は少なかったが、カウンターに置いた、「お弁当温めます。一個一〇〇ギル」という紙に目をとめていく人もいた。
「よう。今日もあんたか」
昨日来てくれたハンターの人が、またやってきた。
「この時間、売店の担当をしてます」
「そうか。今日は上級ポーション二本と、弁当三つ」
「お弁当の種類はばらばらで?」
「ああ」
「二万と四五〇〇ギルです。それと」
サラはからの弁当箱を受け取ると、新しい弁当を渡す前にカウンターに置いた紙を見せた。
「お弁当温めます? 温めてどうするんだ」
どうするんだって言われた。サラは途方に暮れた。
「おいしくなります」
「どうやってやるんだ」
「魔法で」
「ふん。一〇〇ギルか。とりあえず一つやってみろ」
サラはいつものようにお弁当箱を開けると、中身には手を触れないで、スープ、お肉、パンと一つずつ適温にしていく。
湯気が立っていい匂いがしたところで、蓋をする。一分もかからない。
「こんな感じです」
「一〇〇ギルか。じゃあ三つとも頼む」
「はい! 二万と四八〇〇ギルになります! すぐ収納袋にしまってくださいね」
「ああ」
サラは温め代三〇〇ギルはきちんと分けておいた。
温めたいい匂いが残っている間に、何人かのハンターが来て温めを試していった。
夕方担当のおじいさんが来る頃には、何とか温め代の一〇〇〇ギルを余分に稼いでいた。
「あと一〇〇〇ギルになったよ! サラ!」
大声でそんな声を上げながら、アレンがギルドに走りこんできた。
「そんなに大きな声で金の話はするな! もめごとに巻き込まれたらどうするんだ!」
そしてヴィンスにさっそく叱られている。
「すみません。嬉しくて」
アレンはシュンとすると、それでも売店に急いでやってきた。サラはおじいさんのほうに振り返った。
「交代でいいですか?」
「いいとも。また明日な」
「はい。さよなら!」
希望に満ち溢れて仲良く並んで帰っていく子ども二人を、ギルドの人たちは暖かく見つめていた。
明日は新しいハンターが誕生する、そう思いながら。
転生幼女3巻、1月15日発売です!