ワタヒツジ
活動報告に書影を出しています。
それから、『まず一歩』書籍9巻は、
3月24日月曜日の発売です。
よろしくお願いします!
春に来た王都は、いつの間にか寒風が吹きすさび、渡り竜が飛ぶ季節になっていた。
一八歳で王都に来たサラは、いつの間にかもう一九歳だ。
「一年の終わりには、騎士隊でも勉強も終了だ!」
本来は一年の最初から終わりまで一年かけて学ぶ教養だが、サラとアンは春から途中入隊なので、一年前のアレンとクンツのように、最初はたくさん宿題を持たされ帰ったものだった。
「だが、私たちは元日本人なので」
「定期試験も受験勉強も、経験済みです」
サラはアンとハイタッチした。
学ぶことは新しい事柄であっても、長時間の勉強はお手の物である。
すぐに他の見習い騎士たちに追いついてしまい、図書室の本なども借りて読むことができた。
「あんなに本が好きだったのに、読書の楽しさを忘れてたよ」
健康だと、集中してたくさん本が読めることも知った。
「ブラッドリーが本を抱えて魔の山にこもった気持ちがわかる」
とはいえ、元気に動く体で薬師の仕事をするのも大好きである。
年末までアンと一緒に騎士隊に通った後は、本格的に薬師ギルドでの活動を再開する予定だった。
「来年からサラとは別々かあ。寂しいな」
「その分、夜に話をしようよ。皆が別のことをしてるから、きっと話が弾むよね」
アレンとクンツ、それにハルトは、最初の頃こそ騎士隊の講師を頑張っていた。だがもともと身体能力が高いのが騎士である。クンツの盾のコツを覚えてからは、みるみる上達し、それほど指導がいらない状況になるのはすぐだった。
「クンツの盾とか言うのやめてほしいんだけどな」
嘆くクンツの思いとは裏腹に、名前も定着しつつある。
指導が必要ないと判断してからは、アレンたちはすぐさま中央ダンジョンに潜り始めた。
思い切り狩りができない期間がずいぶん続いたのだ。
クンツがアレンと同じ階層に潜れるようになった以上、力をセーブする必要もない。それに加えて、ハルトがいる。
誰にも遠慮する必要のない三人組は最深層を駆け回るだけではなく、週に何日かはなりたてハンターの指導をし、希望があれば盾や招かれ人の魔法の指導もする。
王都のハンターの数は多く、騎士隊のように組織だって訓練したりしないから、実力が底上げされたかどうかはわからない。だが、少なくとも新人のハンターの稼ぐ力は上がっているだろう。
騎士隊の渡り竜討伐も順調である。ハンターに来る指名依頼も、万が一のための監視レベルで、ハンターが手を出さなければならない事態はだいぶ減ったようだ。
「俺がいた時は、俺とブラッドリーと姉さんにばかり、めちゃくちゃ頼ってたっていうのにな。今じゃ眺めてるだけだ」
依頼を受けているハルトがぼやくくらいには暇な様子だ。
年の終わりには、ネリーとクリスもやってくるという。それが楽しみなサラである。
「何事にも巻き込まれてないなんて、こんな順調な年は初めてだよ」
「やめろ、それはフラグだ」
すかさずハルトに止められたが、順調なことの何が悪いのか。
そう思っていた日もありました。
「ローザから緊急の連絡があった」
見習い騎士たちにも、授業の終わりに通達があった。
「ローザの東の草原で、ワタヒツジの群れの拡大が見られたそうだ」
サラは懐かしくなって思わずにっこりとした。
アレンと一緒に、若いハンターたちを助けに行った思い出がよみがえる。
「ワタヒツジの群れが真冬に拡大するのは珍しく、しかもばらけずに群れを拡大しながら南下している様子だとのことで、王都への注意喚起が行われる。万が一王都に接近した場合、見習いといえど作戦に参加することもあるので、心構えだけはしておくこと」
その通達に、見習い騎士たちは少し困惑気味だ。
「ワタヒツジって、ヒツジ飴のあれだろ」
「注意喚起するほどのものかな」
そういえば、春にガーディニアからユーリアス山脈を越えた時に、ちょうどワタシツジのトラブルに巻き込まれたばかりではないか。その説明もしようと思った時には、既に食堂への移動が始まってしまっていた。
「王都の近くは平地だから、道が壊されて通れなくなるようなことはないと思うんだけど……」
「でも、移動の途中に街道や農地があったら、滅茶苦茶になってしまうかも」
「心配だね」
「うん」
順調だと油断していたせいか、突然の問題発生に不安が隠せないサラは、とりあえずハンターギルドに向かってみた。
平日の昼は、皆ダンジョンに行って閑散としているのに、その日はいつもより人が多く、掲示板を見ている人もいれば、あちこち集まって話している人たちもいた。
掲示板に行ってみると、やはりワタヒツジ警報が張り出されているが、まだ依頼という形にはなっていない。
「よう、サラ。今日はノエルは一緒じゃないのか?」
サラがハンターギルドに来ると、いつもどこからともなく現れるのがギルド長のコンラートである。受付からギルド長への素早い連絡には頭が下がるというか、規模が大きいだけもめ事も多いんだろうなと思ってしまう。
「いえ、ワタヒツジの群れが来るかもしれないって聞いて、気になってきてみました」
「皆がサラみたいに情報に敏感だと助かるんだがな。だが、ワタシツジって聞いただけでよく来る気になったな。そうか」
コンラートはサラへの質問にさっさと自分で回答を出した。
「ローザにいたことがあれば、ワタヒツジを見たことがあるか」
「はい。ワタヒツジの群れに取り残されたハンターを、アレンと一緒に助けに行ったことがあって」
サラは少し笑みを浮かべて自分の体験を語ったが、うるさいくらいににぎやかなコンラートからはいつまでも返事が返ってこない。
疑問に思って見上げると、口をぽかんと開けたまま動きが止まっている。
「ええと?」
「お、おう。サラがローザにいたのは確か六、七年前だな。おいおいおい、ハンター証を取ったばかりってことじゃねえか。そうか、バリアがあれば、ワタヒツジなんてなんてことないのか」
「アレンは身体強化だけで突っ込もうとしてましたけどね」
「いやいやいや。無茶だろ」
ヴィンスも必死で止めていたなあ、と思い出す。
「渡り竜にも人手が割かれているが、騎士隊主導で対策会議が招集されているから、依頼があったらよろしく頼む」
「私にできることなら、やります」
この場にはネリーもいなければ、アレンもいない。
けれども、サラは考えておきますとも、相談してきますとも言わず、できるならやると即答できた自分に驚いている。
少しドキドキする胸を押さえながら、薬師ギルドに急いだ。
「サラ、ギルド長室へ一緒に行きましょう」
そしてすぐにノエルとギルド長室に行くことになった。
「サラ。ヨゼフから聞いたが、ワタヒツジとの戦闘経験があるとか」
「ひえっ! 違いますよ。ヴィンスにはワタヒツジは自然災害みたいなものだから、戦うものじゃないって言われましたし。ただ、群れに取り残されたハンターを助けに行ったことがあるだけです」
「ふうむ。それはつまり、ワタヒツジの群れに分け入ったということか」
チェスターがうなっていると、部屋にいたヨゼフが、小さな紙袋をひょいっとサラに投げてよこした。
「ヒツジ飴だ。好きだっただろう」
「あ、ありがとうございます」
ワタヒツジの話題だからヒツジ飴をくれたのか、ヨゼフ自身が好きだからいつも持って歩いているのか謎だが、お菓子はいつでも歓迎なのでありがたくもらっておく。
「ワタヒツジの生態と、万が一王都に来てしまった時に、薬師ギルドが備えておくべきポーション類について相談したくてな」
「私は、対策としては避難一択だと思います。薬が必要になったときにはもう、踏みつぶされていると思うから。結界箱は有効だとは思うんですが、そんなに数がそろわないでしょうし」
サラは遠慮なくソファに座りながらそう主張した。
「それが無難だろうな。だが、避難したとしてもワタシツジが王都内に入ってくる可能性を考えると、建物が損壊する恐れもあるだろう。王都を壊されることを上は許さないだろうな」
「となると、全面対決の可能性を考えて、特級ポーションの在庫を増やす必要がありますね。仕方がないですが」
ヨゼフは特級ポーションはあまり使いたくない派なのだ。
結局は、王都をどうするかは王都を守りたい人が考えるべきことではある。
「私はタイリクリクガメの進路をずらした時と同じで、ワタシツジも進路をずらしたらいいんじゃないかと思うんですよね。王都もですが、農地の冬小麦とか、食べられたら困りませんか」
それでも思いついたことを提案してみる。
そもそも、王都や途中の町に近づけなければいいことだ。
「ふむ。どう対策するかは、騎士隊とハンターギルドが主だが、進路をずらすという案が出なければ、薬師ギルドからということで提案してみようか」
「お願いします」
「サラはノエルと一緒に、特薬草と魔力草を中心に採取しておいてくれないか」
「了解です」
ワタヒツジの進路の確認や対策を上が考えている間に、サラは薬師としての仕事を全うするのみである。半日しかない今日のような日は、中層で魔力草採取に行くのがいい。