敵か、味方か
活動報告に書影を出しています。
それから、『まず一歩』書籍9巻は、
3月24日月曜日の発売です。
よろしくお願いします!
とはいえ、サラは直帰ではない。
薬師ギルドに顔を出さねばならないからだ。
特に、いつからと連絡していたわけではないので、サラはおそるおそる、薬師ギルドの売店に顔を出した。
前回来た時は指名依頼書を印籠のように抱えて、堂々と入ってきたのになと苦笑しそうになったが、結局は依頼書がなくても堂々と入ることにした。
「あの、あっ!」
「サラ! やっと捕まえた!」
普通の売り子かと思ったら、ノエルが待ちかまえていたからだ。
「どうして普通の職員入り口から入ってこないんですか。サラは、というか王都に属している薬師ならいつでも出入り自由なんですから」
さりげなく、サラは王都所属なのだと主張されているような気がする。
「兄さんに言われていたし、絶対こっちから入ってくると思って待ちかまえていたんですよ。伝言だけで済まそうとした可能性がありますからね」
「そ、そんなことはしないよ?」
「どうだか」
ふんと鼻息荒く言い切られつつ、そのままギルド長室に連行される。
昨年からまた背が伸びたノエルの迫力に、たじたじなサラである。
「ギルド長! サラです!」
「やっと顔を出したか」
「す、すみません」
あきれ顔のギルド長だが、ノエルほど鬼気迫った表情ではないので、サラはちょっと安心した。
「それで、今度の招かれ人は、落ち着いたのかね」
「はい。ちょうど今日、騎士隊に入隊だったんです。それでですね」
サラは、リアムから提案されたことを話し、当分は騎士隊に通うことになると説明した。
「本当は、ハンターギルドのコンラートから、余裕があったら中央ダンジョンの薬草分布を調査してほしいと言われているんですが、それも当分は無理そうです」
「コンラートめ。そっちが口出ししなくても、こちらで依頼しようと思っていたのに」
そんなところでライバル意識を発揮しないでほしいサラである。
「僕だって、サラが来たら一緒にやりたいことがたくさんあったんです。深層の薬草調査だって、サラと一緒に行けばきっと新しい発見がある」
ノエルはよほど楽しみにしてくれていたようで、とても悔しそうだ。
「こちらとしても、ハイドレンジアからの特薬草の入荷が滞っていて困ってはいるんだが、リアムの言いたいことはとてもよくわかるからな。特薬草は急がないし、学びは大事だ」
「確かに、サラはちょっとこちらの世界の常識に疎い面がありますからね。だからこそ、今まで誰もやったことのないことができるのも確かなんですが。さすが兄さんです」
ギルド長は納得顔だし、ノエルはサラだから仕方ないと言わんばかりにため息をつく。
「ですから、今はフリーの薬師として、どこにも所属しないで活動しようと思っているんです。クリスみたいに」
これはちゃんと言っておくべきことだとサラは思う。
「いや、王都所属でいいだろう。王都所属の上、活動は本人に任されている、という立場でいなさい。騎士隊で勉強していたとしても、そもそもが薬師なんだから。もちろん、日給は仕事をした時だけになるがな。ちゃんと申請してくれよ」
「そんな勝手な働き方でいいんですか?」
「なにが問題だ? 君は自分で考えて動ける薬師だろう。自由にしてもらっていた方が、こちらにも利がある」
サラはありがたくその話を受けることにした。
「ダンジョンに行くとか、よそに出るとか、あるいは所属を変えるとかそんなことがあったら連絡してくれ」
「はい」
「ダンジョンに薬草調査に行くときは、必ず僕と一緒ですよ」
ノエルに念を押されて薬師ギルドを出ることになった。
「こんなに自分に都合がよくていいのかなあ」
「いいんじゃないか。よくはわからないが」
サラの独り言に答えたのは、外で待ってくれていたアレンだった。
「よくわからないのに、いいの?」
「都合がいいんだから、いいんだよ」
訳もなくおかしくて、笑いながらタウンハウスに向かおうとしたら、アレンに屋台に寄っていこうぜと誘われる。
「王都に来るときは、こんなふうになるなんて思ってもみなかったよな。俺、サラが薬師ギルドで働いて、俺とクンツはダンジョンに潜って、夜はタウンハウスでアンの話を聞いて。そんな暮らしとしか思ってなかった」
「うん。私は薬師ギルドにはこもらずに、薬草分布の調査を自主的にやろうと思ってたから、ダンジョンには行ってるつもりだったけど」
「俺とサラでさえちゃんとわかりあっていなかったんだな」
「突然のことだったしね」
のんびりと屋台に立ち寄り、おしゃべりしながら帰ったら、自分も行きたかったとアンに叱られてしまった。保護者失格だろうか。
それから数か月、サラは真面目に騎士隊に通い続けた。
ローザにいたころから、なんならガーディニアに行ったあたりまで、サラにとって騎士隊はなんだか信頼のできない嫌な感じの存在だった。そもそもが、騎士隊がネリーに麻痺薬を使うという暴挙に出たせいで、離れ離れになってしまったのだし、それで苦しい思いをしたのだから。
だが、サラは大人になったし、騎士隊も少しずつ変わってきたように思う。
クリスが竜の忌避薬を開発してとても喜ばれたように、一番は渡り竜を騎士隊中心で対応できるようになったことだろう。それまでは、ネリーやブラッドリー、ハルトという、特別に強い存在に騎士隊は甘えてしまっていたし、自分たちの都合のいいように使うことに何のためらいもなかった。
しかし、サラが一緒に授業を受けたのは、サラよりも年下で、タイリクリクガメが王都にぶつかるかもしれないという危機を経験した世代の子どもたちだった。
彼らにとっては、アレンは平民の英雄だし、サラやハルトの活躍もまだ耳に新しい。何しろ、サラとハルトの作った壁と物見の台が王都の南にどん、と立っているのだから。
「あの滑り台は、本当に面白くて」
という見習い騎士は感想と共に、あちこちに滑り台が作られたと話してくれた。
それを聞いてサラとハルトは天を仰いだ。
招かれ人のもたらしたものが滑り台って、そこはかとない情けなさがある。
平民風情がとか、招かれ人だから国に尽くして当然とか、そんな考えが定着する前の少年たちがサラたちに向けるのは好奇心であり憧れでもある。そんな招かれ人と近しいアレンとクンツも同様だ。したがって、バリアや盾と言った珍しい魔法も素直に受け入れようとする。
そうなると、年かさの騎士たちもそのままではいられない。何のためらいもなく新しい魔法を受け入れ、魔法の盾を使いこなす見習い騎士にしてやられることも増えたらしい。それを許せるはずもなく、鍛錬にまい進した結果、騎士隊の実力が底上げされつつあるという。
授業のあと、ハルトとアレン、クンツが乱入してきて、午後の鍛錬にも連れていかれることになってしまった。
「えっと、私は午前の部で解散かと思ってた。だって、講師とか頼まれてないもん」
「そういえば頼まれていなかったな」
ハルトがリアムの説明会を思い出してそう言った。
「けど、バリアの説明のためにはサラがいたほうがいいんだけどな。ほら、ハンターギルドではそれが効率的だっただろ?」
「それはそうだけど」
午後の部の参加は頼まれてはいないけれど、顔を出してもいいかもしれないと思うくらいには、騎士隊の居心地は悪くなかった。
「さて、今日は、臨時講師に来てもらった」
昨年も来た記憶のある練兵場に、かなりの数の騎士が整列している。
「まず、招かれ人のハルト・ギャラガー。数年ぶりだが、渡り竜討伐で共に働いてくれたこと、記憶にある騎士も多いだろう。今回は講師として参加してもらう」
ハルトが前に出ると、懐かしいという温かい空気が広がったように見える。
「それからハンターのアレンとクンツ。昨年一緒に研修をしていたから、これもまた知っている者も多いだろう」
アレンとクンツが前に出ると、若い世代を中心に盛り上がりを感じた。
「そして、招かれ人、薬師のイチノーク・ラサーラサ。後見はウルヴァリエ伯爵」
「それですか?」
サラは思わず突っ込んでしまった。
後見がすぐに決まらなかったせいか、そういえばサラは、正式に呼ばれるときは、ちょっと区切りのおかしい日本名で呼ばれていたのだった。しかし、サラの突っ込みはさらりと流されてしまう。
「それから、同じく招かれ人の、アン。グライフ。こちらは今日から騎士隊の見習いだ」
アンは精一杯胸を張っている。リアムに、こういう時は頭を下げないものだと言い聞かされていたから、サラも頭は下げなかった。
「今回の講習内容は、昨年クンツが披露した盾の魔法だ。既に身につけている者もいるが、精度としてはまだまだだ。そこで、盾の成り立ち、考え方をはじめ、基礎から教え直してもらうことになる」
正直、不満な顔をしている騎士たちもいる。特に身体強化型の騎士はそうだろう。
「では、クンツ、始めてほしい」
「俺ですか!」
「ギルドでやっていたようにすればいい」
サラはこっそりリアムのほうを見上げた。
「毎日見に行っていたからな。悪いか」
「いえ、悪くないです」
やっぱり毎日来ていたんだと、ちょっとニヤニヤしてしまっただけである。
年かさの騎士たちは、いまさら若い、しかも平民に魔法を教わることに抵抗があるのではないかとサラは思っていた。
だが、そこはハルトの存在が大きかった。
というより、サラのバリアの存在が大きかったというべきだろうか。
サラのバリアは、今まで、自分や皆を守るものであって、人に対するものではなかった。
騎士の何人かは、サラが麻痺薬を弾いたのを、ヌマガエルの進行を防いだのを、それからクサイロトビバッタを防いだのを知っている。
だが、そのバリアを間近で見て、どういうものなのかを知っている人は、リアムを含めてほとんどいなかったと思う。
「バリアに盾と同じ色を付けます」
サラとハルトを丸く包むバリアに、クンツの盾と同じ色を付けて見せると、騎士たちの反応がガラリと変わった。もっとも、ハルトは色を付けるのが苦手なようで、クンツとは微妙に色が違ううえ、ふらふらと色が変化していて面白い。
「これを見せたかったんだ。目に見える形で」
思わずこぼれ出た言葉が、リアムの本音だろう。トリルガイアの人も、魔法を使っているとはいえ、結局は目に見える物のほうが説得力があるのだ。
「ハンターギルドと同じように、攻撃させてみてもいいだろうか」
「かまいません。ただし、自分の攻撃がそのまま戻ってきますから、怪我をしない程度の強さでお願いします」
とはいっても、ハンターギルドでの講習と同じように、次第にむきになり、怪我をする人が続出したのは、戦いを生業とする人の特性なのかもしれない。
がくがくと震えて膝を付き、ポーションをあおる騎士たちを横目で見ながら、アレンがカップを持ってすっとバリアに入ってきた。
「サラ。ちょっと水分を補給しろよ。喉が渇くだろ」
「ありがとう」
「俺にもくれよ」
隣で同じようにバリアを張っているハルトが手を差し出す。
「仕方ないな」
自分で飲めよとは言わないアレンが優しい。
「ちょっと待て。俺たちの攻撃は弾くのに、なんでアレンの出入りは弾かないんだ」
目ざとい騎士が声を上げると、騎士たちの視線が集中し、アレンの口の端がニヤリと上がる。
「アレン、お前わざとだな」
あきれたようなハルトの声を無視して、アレンは騎士に答える。
「サラのバリアは、敵味方判定をする。敵は一切入れないが、味方とみなされれば、出入り自由だ」
「だからあの時、騎士隊は阻まれたのか。敵認定だと。そんな……」
改めて崩れ落ちた騎士は、おそらくカメリアの作戦に携わっていた騎士だろう。
サラは、あの時の自分の気持ちを説明するべきだと感じた。
「今はこうしてここにいますが、私は、何年も前、騎士隊がネリーに、人に麻痺薬を使ったことを、今でも許せていません。カメリアでの作戦に騎士隊が麻痺薬を使った時も、魔物への安易な使用は、きっと問題を起こすと思っていました。それは薬師である師匠のクリスも同じです。だから、あらかじめ解麻痺薬の準備もしていました」
あの時の作戦に加わった騎士が、この場に何人いるだろうか。
「案の定、魔物だけではなく、ハンターが何人も麻痺しました。それに、町を守ろうとした私を邪魔したのも騎士隊です。私にとっては長らく、騎士隊は私を守ってくれる味方ではなく、私と私の大事な人を害する存在だったんです」
敵、とまで断言したわけではないけれど、招かれ人にとって、騎士隊が味方ではなかったというサラの発言は、少なからず騎士たちに衝撃を与えたようだ。
「魔物を効率的に排除する努力は正しい。でも、そのためにハンターを使い捨てにするのは正しいですか。親のない子どもを保護することは正しい。でも、その子どもが自活できて、保護を求めていないのに無理やり連れ去るのは正しいですか。リアム、どう思いますか」
招かれ人のバリア講習だったのに、いったいどうしてこうなってしまったのか。
長年抱えていた思いが、ついに口からこぼれ出てしまったサラである。
みんなの前でリアムを問い正す形になってしまって、サラ自身も気まずい。慌ててうやむやにしようと口を開いたら、その前に返事が返ってきた。
「私は、私のやったことが間違ったことだとは思わない。魔物を効率的に排除できるなら、努力は惜しまないし、自分の手の届くところに助けられるものがいたら、手を差し伸べずにはいられないだろう」
騎士たちがあちこちで頷いている。
「だが、サラと出会い、何度も邂逅を繰り返すうち、守るべきものにも意思があり、たとえ正しい道を進まなくても、本人が幸せならそれでいいのかもしれないと理解した。たとえ正しい道を進まなくてもだ」
二回も繰り返されるほど、間違った道を進んだ覚えはない。
「リアムには正しく思えなくても、それは私には正しい道だったんです」
サラもまっすぐに言い返した。
「騎士隊副隊長にこれだけ物を言える女子はそうはいないな。サラは隊長にもはっきり言うしな」
面倒な状況だと思うのだが、のんきなハルトの言葉で少し気が抜けた。
リアムも肩をすくめると、口元に少し笑みを浮かべた。
「当時に戻ることはできないが、もし、同じことがあったとしたら、ちゃんと相手の話を聞くと誓おう」
リアムの目の挑戦的なきらめきは、話は聞いても、それに従うとは限らないと言っているように思えた。
サラも引かないし、リアムも引かない。
これが二人の関係なのだと思う。
「どうぞ。試してみますか」
サラも挑戦的に目をきらめかせ、リアムに右手を差し出す。
敵か、味方か。
なぜか練兵場が沈黙にのまれるなか、リアムは一歩、二歩と歩み寄る。
バリアは一瞬ためらうように揺れた後、すっとリアムを通した。
サラの伸ばした右手が、リアムの右手とがっちりと握り合う。
「判定。味方、か?」
「かろうじてですけどね」
浮かべた笑みは苦笑いだったけれど、練兵場が歓声に包まれた。
「いや、ただのバリア講習会だっただろ」
ハルトの突っ込みがかき消されるほどに。
騎士隊が間違っていると思えば、サラはこれからも止めるだろうし、騎士隊が完全に味方になったとも思わない。
それでも今までのように一方的に敵視するのではなく、よくわからないながらも拍手しているアンのためにも、ちゃんと考えて行動しようと思うサラである。
まさか騎士隊で、今まで知らなかったトリルガイアの歴史を習い、地理を学び、文学作品に触れることになるとは思わなかった。だが、同じ知識を共有していないせいで、自分がだいぶずれた言動をしていたのだということが理解できた。
「自分が常識に欠けると言われていた理由が、やっとわかったような気がする」
騎士隊に通い、お休みの日はアンやノエル、それに皆とダンジョンに潜り、薬草分布を作る。
深層階で、特薬草を発見した時には、薬師ギルド長のチェスターが興奮して大変だったが、残念ながら、いまだにギンリュウセンソウは発見できていないのだった。