騎士隊へ
活動報告に書影を出しています。
それから、『まず一歩』書籍9巻は、
3月25日と言っていましたが、
よく見たら24日月曜日の発売でした。
よろしくお願いします!
無事二日間のダンジョン研修をもぎ取ったアンは、次の日、なりたてハンターの皆と、無事、初心者向けの低層階に潜ることができた。
「わあ、広ーい。なんで地下にこんな世界があるの? あ、スライム」
はしゃぐアンはエルムが見守っている。
「サラ! 今まで気が付かなかったけど、ここ、薬草がたくさん生えてます!」
「よく気が付いたねえ」
サラの二人の弟子も、新たな目でダンジョンを見ることができている。
「かわせ!」
「もう一度跳ねたところにカウンターだ!」
「やった! ツノウサギを倒せた!」
実は中層階にも少し顔を出してみたのだが、一〇日間の成果が出た残りの子たちが、パーティを組んでツノウサギを倒すことができている。もっとも、保護者抜きではまだ危険はあるので、少しずつ実力を付けながら、挑戦していく約束だ。
その日の帰り、なりたてハンターたちは、それぞれ自分の獲物や採った薬草を売ると、サラたちの前にずらりと並んだ。
「一〇日間、ありがとうございました」
不器用に挨拶すると、わらわらと寄ってきて、握りこぶしを突き出した。
「握手か? それとも雷撃が希望か?」
ハルトがからかうような口調で尋ねると、ハンターたちは真面目な顔で首を横に振った。
「違うんだ。あの、お礼です」
開いた手のひらには、今日稼いだばかりの銀貨があった。
「お前たち……」
驚いて言葉もないハルトたちに、照れくさそうにロッドが礼を言った。
「アンに仕事のあっせんをしたくらい、ほんとはたいしたことじゃないんだ。兄ちゃんたちのやってくれたことは、こんなお礼じゃ足りないかもしれないけど、みんなで相談して決めたんだ。最初の狩りのお金は、謝礼として渡すんだって」
「うおお! お前たち、最高!」
ハルトは涙を我慢するかのように、両手をぐっと握りしめて、上を向いた。
「ハルト! ありがとう!」
「クンツ! いつか盾が作れるようになるよ!」
「アレン! かっこよかった!」
「サラ! 薬草っていいよね!」
わあっと子どもたちが集まってきて、サラも不覚にも涙が出てしまったと思う。
子どもたちだけじゃなく、一〇日間の間に講習に参加した人たちは、受付に何かしらのお礼を預けていってくれていた。
「王都、捨てたもんじゃないな」
利用される自分に苛立って魔の山に逃げたハルトだが、大人になって戻ってみたら、ちゃんといいところだったと言いたいらしい。
「うん。いいところかもしれない」
サラも頷いた。
もしサラが、一二歳のころ、孤独のまま王都で自活しようと思ったら、ローザにいた時のように、つらい思いもしたかもしれない。今だってたまたまいい人に当たっただけで、いやなところもたくさんあるんだろう。
それでも、自分が頑張って付けた力を、惜しみなく人に分け与えたからこその喜びがここにある。
「思い切って来てみてよかったな」
王都に来てさっそく巻き込まれ体質を発揮してしまったが、楽しい結末になったのだった。
そしてついに、アンの入隊の日がやってきた。
と言っても、騎士隊の女性隊員はほとんど貴族の子女であり、王族や高位貴族族の警備につくことが多いという。アンの思うような、警察官のような仕事はできないかもしれない。
「その話もわかったうえでの進路だから。日本みたいに、入社したら絶対辞められないというプレッシャーもないし。サラみたいな薬師は無理だけど、どうやらハンターにはなれそうだから、もし嫌になったら、無理はしないよ」
自分が希望したのだから辞められない、と思っているのではなくてよかったとサラは思う。
そんな真面目な考えの子がリアムの正論に出会ってしまったら、それは最悪の組み合わせで、本人が思い悩む未来しか見えないからだ。
「とはいえ、保護者も一緒にって言ってたから、騎士隊には私も行くんだけどね」
「俺も顔を出せって言われたから、行く」
「俺もだ」
これはアレンとクンツである。
「私こそ保護者だから当然行く」
「俺は面白そうだから行く」
そしてエルムとハルトである。
「ちょっと多すぎかも……」
入学式に親戚中で出かけるようなにぎわいに、アンも引き気味だ。
「騎士隊に入るのは名誉なことだから、このくらい普通だ」
エルムの言葉を信じて、ウルヴァリエの馬車で騎士隊に向かう一行である。
元騎士隊のエルムが、父と兄が騎士隊にいたから、様子はわかっていたものの、常に弟扱いで嫌だった秘話などを話してくれて、行きの馬車はすごく盛り上がった。
「ネリーも妹扱いで嫌だったのかな」
「ネフェルはそういうところは気にしない性質だからな。それより、魔力の圧を抑えられなくてつらかったんじゃないか」
確かにそう言っていたような気がする。
騎士隊に着くと、迎えてくれたのは騎士隊隊長と、副隊長のリアムで、まずは入隊説明からということで応接室に案内された。
「普通は新人はみんな一斉に入隊式があり、入った後は、午前は教養、午後からは体作りに基礎訓練などが行われる。だが、招かれ人の女性が騎士隊を希望したのは初めてなので、今回特別対応で中途入隊となった」
お話はリアムから始まった。
「この後は、共に学ぶ見習い騎士たちに顔見せした後、施設や講義の見学、昼食、午後の訓練の見学の予定だ。そして明日から、見習いたちと一緒の日程となる。ここまでは大丈夫か」
「はい!」
アンの元気の良い返事が返る。
ここで、ゴホンという咳払いと共に、騎士隊長が話し始めた。
「招かれ人として、早い時期に陛下との謁見が入る予定だ。その後も、会食の申し込みが既に来ているので、私と共に出てもらうことも多いが、鍛錬も怠らぬよう、努力するように」
「え?」
ここははい、というべきなのだろうが、アンは何を言われているかわからないというように聞き返していた。
「隊長の言うことには、『はい』一択だろう。エルム殿、騎士隊にいたことのあるはずなのに、何を教えているのかね」
隊長は気分を損ねたように眉をひそめた。
「招かれ人だから陛下との謁見は仕方ないとして、会食とはなんだろうか。私が隊にいたころは、そんなものはなかったが。最近の騎士隊は見習いに会食に参加させるのか」
エルムは隊長にではなくリアムに尋ねている。
「いえ。アンが招かれ人だということで、騎士隊に会食の申し込みが来ているということだ」
「では、保護者として言うが、会食はすべて断っていただきたい。そもそもウルヴァリエに来ている申し込みもすべて断っているのだからな」
気楽な見学に来たつもりだったが、騎士隊が一筋縄でいかないのをわかっていなければならなかった。アンもどうしていいかわからず、おろおろしている。
隊長はどうしようもないというようにため息をつくと、ハルトのほうを見た。
「そうは言うが、これは、そこにいるハルトや今は魔の山にいるブラッドリーの前例をもとにしているだけで、アンが特別なわけではない。むしろ、社交にまったく参加していないサラが特別なだけだろう」
ハルトに視線が集中すると、ハルトは気まずそうに頷いた。
「確かに俺の時は、ギャラガー家の人が、あちこち連れて行って招かれ人として紹介してくれた。俺は招かれ人というのはそういうものだと思っていたし、どこに行っても大歓迎されて、人気者になったようで嬉しかったから、言われるまま会食にも出ていたんだ」
ハルトの社交的な性格なら問題ないのかもしれない。
「だが、ブラッドリーはそれがとても嫌だったと言っていたし、アンについては、本人と保護者の意見を優先すべきだと俺は思う」
ハルトはそうはっきりと言ってくれた。
「前例に関しては本人から意見が聞けてよかった。ウルヴァリエとしては、グライフ家からどうするかはうちが決めてよいと言われているので、基本会食などはすべて断っていただきたい」
エルムもそう言い切っている。
だが、隊長は不愉快そうだ。
「それなら招かれ人を、しかも女子を騎士隊に入れるなんのメリットがあるというのだ。面倒ごとが増えるだけではないか。もういい。リアム、後は任せた」
隊長は席を立つと応接室を出て行ってしまった。
「はあ」
リアムはため息をついて椅子に座り込んだ。
「これでやっと本題に入れる。皆座ってくれ」
いきなり出て行った騎士隊長にあっけに取られていた一行は、思い思いの席に腰を下ろした。
「アンの騎士隊希望がスムーズに通ったのは、まさに隊長が言った理由からだ。私は招かれ人の有能さを知っているから、騎士としての活躍に期待しているが、隊長にとって招かれ人は、都合の良いアクセサリーのようなものだ。もっとも、保護者と本人の意向が反映されるので、先ほどのように断ってくれてかまわない」
リアムも副隊長として、それなりに苦労しているようだ。
「俺が調子に乗って招かれ人アピールしてた影響が、アンにまで来るとは思わなかった。ごめんな」
ハルトがしょんぼりしている。
「全然そんなことないよ。いきなり招かれ人って言われてちやほやされるのは経験済みだし、大切にされるありがたさも、うっとうしさも知ってるから。それに何もわからないことが一番不安で、サラが来ていろいろ教えてもらった時にどんなにほっとしたか」
「俺もブラッドリーがいてくれたから、何とかなったようなもんだ」
二人でしみじみと語り合っているが、ハルトにとっては今回の王都行きは、自分をいろいろ見つめ直す機会になっている気がする。
「アンの後見であるグライフ家とウルヴァリエ家がその方針なら、騎士隊はそれを尊重する」
隊長があんな調子でも、副隊長のリアムがそう保証してくれたので、たぶん大丈夫だろう。サラはリアムのことは苦手だが、タイリクリクガメの時からは、多少なりとも見直しているのは事実だ。
「ここからは真面目な話なのでよく聞いて考えてほしい。サラ、君のことだ」
「え? 私ですか?」
サラは驚いてリアムのほうを見た。
真面目な話も何も、リアムが冗談を言ったところなど見たことのないサラだが、いつもにまして真剣な顔に、気を引き締める。
「ああ。ここまでにハルトやアンの話を聞いて、招かれ人としては君だけが特殊だということをわかっているだろうか」
「ええと、はい」
サラ以外の招かれ人は、皆ちゃんとしたところに落ちて、貴族として扱われている、ということだろう。
「魔の山に落ちてそこで成長し、ローザで家のない暮らしをしてきた。そのおかげで、バリアという特別な魔法を習得し、数々の困難のなか、王国のために力を尽くしてきてくれたことをありがたく思う」
つねづね、レディが簡単に頭を下げてはならないというリアムが、サラに頭を下げていることに驚いて固まってしまう。
リアムは頭を上げると、少し前に乗り出した。
「だが、早くに自立した分だけ、知識に偏りがありすぎる。薬師としては優秀だが、常識がない。招かれ人としても、サラの名前は有名だが、会ったことのある人はほとんどおらず、幻かなにかの扱いになっているぞ」
「幻って」
そんなこと言われても、サラはそんなにたくさん知り合いなど作りたくない。いち薬師でいられればそれでいいのだ。
「サラ、君はもっと学ぶべきだ。少なくとも、騎士隊の見習い程度の知識はあっても困らないだろう」
確かに、サラはすぐに自立しようとしたために、教育は何も受けていない。
「君はもう幼くはないから、私が以前そうしようとしたように、強引に連れ去るわけにはいかない。だから、アンと一緒に、騎士隊の教養の講習を受けてはどうか」
とても意外な提案だった。
「今度は大人として、自分で決めてほしい」
サラは、アレンとクンツのほうを見た。去年、宿題に四苦八苦しながら、騎士隊の授業を受けさせられていたからだ。
「俺は勉強は好きじゃないからつらかったけど、賢くなった気はした」
クンツがそう答えてくれた。
「サラなら、喜んで受ける授業だと、俺は思った」
こう答えたのはアレンである。
「ええと、私だけ年上ですけと、いいんでしょうか。騎士になるわけでもないし」
「かまわない。アンと比べて、君が年上だと思う人はあまりいないだろうしな」
「なっ!」
サラは慌ててアンのほうを見た。
たとえサラより背が高くても、まだぴちぴちの一二歳である。
「私のほうがずっとお姉さんですし。成人してますし」
胸を張るサラに、アンが生温かい視線を向けているのがちょっと腹立たしい。
「二人とも美しいレディであることには変わりはない。大きかろうと小さかろうとな」
そういう問題ではないのだが、冷静になって考えると、リアムはサラに、学びの機会をくれようとしているのだ。しかも、どうするかはサラが選んでいいという。
アンを騎士隊に預けた後、サラは薬師としてダンジョンに潜ろうとしていた。
だが、いまだ王都の薬師ギルドに所属を移してはいない。
ということは、何をやっても自由なのだ。
サラは顔を上げてリアムをじっと見つめた。
最初の出会いのせいで、いや二回目の出会いも三回目の出会いも不愉快ではあるが、少なくともリアムは、私情ではなく、国のことを思った行動を貫いてきた。
それがサラとは合わなくてもだ。
今回のことも、リアムなりの正義なのだろう。
サラがじっと見つめていると、リアムはふと笑みを浮かべた。
「君はいつもそうやって私を真正面から見るんだな。静かで、いつも人の背中に隠れて目立たないようにしているけれど、決して自分を曲げない。だが、今回は信じてくれないか」
笑みは、少し苦いものへと変わる。
「本当に、君のことだけを考えていると」
いつもなら茶化すハルトでさえ、リアムの真剣さに口をつぐんだままだ。
サラは静かに口を開いた。
「前の時だって、その次の時だって、私のことだけ考えてくれてると、わかってました。それでも、それは私のしたいことでは全然なかったから、はいとは言えませんでした」
リアムに悪意があると思ったことはない。
「でも今は、確かに私には常識も知識も足りていないと、素直に思えます。申し出はありがたく受けさせてもらっていいですか」
「もちろんだとも」
リアムはほっとしたように、椅子の背に寄りかかった。
「騎士隊でも、サラと一緒に勉強できるってこと?」
「そうみたい」
「やった!」
大喜びのアンに、サラも嬉しくなる。
アンのために付いてこようと思ったことが、サラに新たな学びの場をもたらしてきてくれたなんて、不思議なことだと思う。
「で、俺たちは、顔を出せと言われたのはなんでだ?」
アレンがリアムを問いただした。
「昨年、リアムに君たちをねじ込まれた時は正直なところ腹立たしかった。だが、君たちと共に学んだ見習い騎士の伸びが、とてもよくてね」
確かに、アレンが身体強化を解禁した時の騎士隊の雰囲気はとてもよかった。
アレンとクンツも、見習い騎士たちにうまく溶け込んでいたようにも見えたしと、サラは去年を振り返ってそう思う。
「それに、クンツの盾の魔法、騎士隊なりに工夫しているのだが、やはり指導者がいたほうがわかりやすいと、君たちのギルドでの指導を見て確信したんだ」
「見に来てたのかよ」
盾の魔法を講習していたのは一〇日間の真ん中の当たりである。
最終日だけでなく、途中もこっそり見に来ていたことになる。
リアムはハルトの突っ込みをさらりと無視した。
「ハルトはサラと同じようなバリアを張れるし、おそらくだが盾の魔法も思いのままだろう。どうだろう。今度はこちらからお願いする。アレン、クンツ、ハルトは、講師として、そして騎士たちと共に切磋琢磨する仲間として、しばらく鍛錬に参加しないか」
「やります」
すぐに答えたのはアレンである。
「お前は、サラのそばにいたいからだろう。もちろん、俺も参加します」
余計な一言を添えたのはクンツだ。
「俺は、どうするかな。俺はまた、余計なことをしてしまわないだろうか」
少し暗い声で、迷っているのはハルトだ。
そのハルトの肩を、アレンとクンツがバンと叩く。
「俺たちがいるだろ」
「なんかあったら、止めてやる」
ハルトは、なにか言いたいことを我慢するかのように口をぎゅっと閉じた後、へらりと笑った。
「お前たちに俺が止められるもんか」
アレンもくくっと笑いを漏らす。
「俺にはサラがいるからな。いざとなったら頼りにする」
「あっ! それはなしで。反則だぞ!」
なぜサラが出てくると反則なのか。
納得できないサラではあるが、明日からまた、皆一緒である。




