アン、騎士隊入り
『転生少女はまず一歩からはじめたい』書籍9巻、
3月25日発売です。
地下であっても日に輝くような金髪に青い瞳、この人はいつ見ても顔がいいとサラは思う。
そしていつだってなんとなく不愉快な気持ちになる。
「ええと、はい。申し訳ありません」
アンは驚いたようだが、素直に謝った。リアムは、昨年のクサイロトビバッタの事件でガーディニアに来ているから、アンとは顔見知りである。
まずいと思ったのか、エルムがアンとリアムの間に割って入った。
「ああ、すまない。思ったより早くガーディニアを出発することができたから、いろいろな経験を積ませたいと思ってな。最初の予定では、入隊するまで、まだ数日余裕があったと思うが……」
そしてサラはといえば、この緊迫した状況にもかかわらず、じわじわとおかしさがこみあげてきていた。
サラが知っているリアムと言えば、騎士服を着ているか、パーティで着るような貴族の服を着ているかのどちらかだ。それがまるで平民のような格好をして、帽子までかぶっている。おそらく、素性がばれないための変装に違いない。
エルムとリアム、立場が違う人が二人、変装してギルドの地下の訓練所に潜んでいた。
そのこと自体が笑いを誘う。
「そちらはそのつもりかもしれないが、私はガーディニアのグライフ夫妻から、早く出発したので早く着くだろうという手紙を受け取っている」
「ラティったら」
アンがちょっと膨れているが、すかさずリアムにたしなめられている。
「一二歳の娘を自分の手元から手離すのだ。心配するのは当然だろう。ましてや間の山脈が通行止めだぞ。周りがどう感じているのか、少しは考えなさい」
正論である。
とても正しい。
サラも納得したし、確かにその通りだと反省もした。
だが、なぜだかちょっと不愉快である。
「周りも、アンを止めずにどうする。貴族の子女が市井で使い走りなど、保護者なら真っ先に止めなければならないはずだろう。エルム、そんなことであなたは、後見としてふさわしいと言えるのか?」
「ああ、ええと」
「招かれ人の少女が、町で使い走りをしていること、そして同じく別の招かれ人がギルドで特別講習をしていること、それらが王都中の噂になっていることに気づいていたか」
「あー、そうだったか。噂にはあまり興味がなくてな」
年上のエルムにもたんたんと説教をするリアムである。
「問い合わせの入ったマルタ商会、それから混雑したハンターギルド、あちこちに迷惑をかけてまですることだったのか」
「マルタ商会に……」
さすがにアルバイト先にまで迷惑がかかったかもしれないと思うと、アンもうつむいた。
「いや、しかしな」
エルムがアンをかばおうとしたが、そのエルムを止めて、アレンが前に出てきた。
「リアム。それはここで話すことじゃない」
「アレン。君も王都に来たのならば、騎士隊に一度顔を出すべきだろう」
リアムはよほど腹に据えかねていたのか説教の矛先はアレンにも向いた。
「その話も含めて、場所を変えよう」
アレンはてきぱきと話を終わらせると、世話をしていた、なりたてハンターたちのほうを向いた。
「じゃあ、明日は同じ時間に、ハンターギルド集合な」
話を聞いてどうしていいか迷っていたのだろう、不安そうな顔を上げた子どもたちを安心させるように、アレンはニコっと笑いかけた。
「俺とクンツ、それからハルトは必ず来るからな。他は未定。じゃ、今日は体を休めろよ。解散!」
他は未定。けれども、三人は来てくれる。シンプルかつ、わかりやすい連絡に、なりたてハンターたちは今日のお礼を言って、リアムから逃げるように帰っていった。
それにつられて、アンとリアムを面白そうに見ていたハンターたちもいなくなる。
「さて、騎士隊にもタウンハウスにも戻るには遠いから、ギルド長に相談して部屋を借りよう。クンツの家なら近いんだけどな」
「こんな人数、絶対うちに入らないって」
リアムは説教することしか考えず、エルムは言い訳ばかりでごちゃごちゃしていた状況を、アレンはあっという間に整理して次につなげた。
そのまま何も言わずに、サラの手だけ引いて一階に上がると、ギルドの受付に声をかけた。
「ギルド長に用があるんだけど、呼んでもらえないか」
「まあ、英雄アレンに薬草ハンターのサラ。もちろんです」
初日にギルド長のコンラートが大声でやらかしているから、受付の人はアレンのこともサラのこともしっかりと覚えているのが役に立った。その呼び名は不本意ではあるけれども。
受付の人がギルド長を呼びに行っている間に、サラたちの後ろにはアンとエルムをはじめ、クンツにハルトにリアム、それにロッドまでが勢ぞろいしていた。
「やあ、アレンにサラ! 一〇日間お疲れ様だったな。こっちとしてはものすごく助かったって、うわあ!」
うわあがいったい誰に対しての声なのかはわからないが、このままではまた注目を浴びてしまう。
サラが焦っていると、アレンがさっと後ろに手をやってみせた。
「ギルド長、ちょっと部屋を借りたいんですが。こういうわけで」
「わ、わかった。こっちへ」
ギルド長のコンラートは、この間と同じくギルド長室に案内してくれた。
「いやあ、アレンやクンツだけじゃなく、招かれ人のハルトやサラからも講習を受けられるとあって、この一〇日間、誰もかれもが浮足立って、大変だったよ。というか、大変だったな」
ハハハと笑うコンラートは、この緊迫した雰囲気を感じ取っていないのだろうか。
それに、講習をしていてわけではなく、アンにアルバイトを紹介してもらったお礼として、なりたてハンターにいろいろ教えていたはずが、勝手に受講生が増えていただけである。
「あー、俺は席を外していた方がいい、か?」
おそらくリアムの視線を受けての発言だろう。
エルムが首を横に振った。
「いや、いてくれて構わない。サラとアンだけでなく、皆が世話になったな」
「おう、久しぶりだな、エルム。ちょくちょく地下に行ってたのは知ってたが、もっと早く挨拶に来いよ」
「すまない。アンを見守るのに忙しくてな。あと、コンラートに見つかるとうるさいから」
ついに正直にアンを見守っていたと白状したエルムである。それにしても、年こそコンラートのほうがだいぶ上のような気がするが、二人は親しい間柄のようだ。
「旧交を温めるのは後にしてもらいたい。私は、騎士隊に入りたいというアンとその保護者に、騎士隊に入るということはどういうことかを、しっかりとわかってもらわなければならないのだ」
リアムが机を叩かんばかりの勢いで話し出したが、サラから見ると、地下の訓練所で既に言うべきことは言っていたから、これ以上は繰り言にしかならないような気がするのだ。
だが、リアムにも同情の余地はある。
サラは、到着の連絡と入隊の時期を、エルムが既に連絡済みだと思っていたのだ。
グライフ夫妻からは早く着いたと連絡が来ているというのに、本人の姿はなかなか見えず、かと思えば不安な噂が市井から聞こえてくるとなれば、苛立つのは当然だろう。
だが、一緒になって説教を聞かされるのはごめんこうむりたい。
「ええと」
サラは申し訳なさそうな顔をしながらも、続きそうなリアムの話を遮るように右手を挙げた。
本日、初めてリアムと目が合ったので、なんとなく気まずいサラである。
「一二歳で保護者の元を離れるアンの話し相手として、王都に来ました。お久しぶりです」
「昨年以来か。まだ一年たっていないとは思えないな。一段と美しくなった」
女性に対しては必ず誉め言葉を言わなければならない病にかかっているのだろうか。それでも、その礼儀のおかげで、リアムの怒りが少し制御されたように思う。それに、既婚者だと思えば誉め言葉も素直に聞ける。
「ありがとうございます。まず、アンの保護者の一人として、お詫びします。王都に早く着いたにもかかわらず、連絡も入れず、ご心配をおかけしました」
リアムとの会話を聞いて、エルムに任せておいては話がずれるばかりで先に進まないことがわかった。そういうところはネリーとそっくりである。
とはいえ、謝罪をしなければと反省したのは本当のことだ。サラは自分のことを単なる話し相手と思い、保護者としての責任を重く受け止めていなかったのも事実だからだ。心配しすぎるのは問題だが、エルムだけに責任を押し付けず、やるべきことを一緒に確認しておくべきだったのだ。
「謝罪は受け取った。だが、騎士隊としても時季外れの入隊希望者を受けたのは、正直に言ってアンが招かれ人だったからという理由もある」
招かれ人が特別扱いされるのはもう、当然のことだとサラも諦めている。
「だからこそ、勝手なふるまいをされると困るのだ。招かれ人という名前の影響力は、君たちが自覚しているよりはるかに大きい。まして、入隊した後は、特別扱いなどないのだから」
アンがシュンとしているが、当然のことを言われているのだから、ここは叱られて反省しておくおくべきであろうとサラは思う。
だが、ここからがサラの本番である。
「それでですね。エルムの言う、数日の余裕とはいったいどのくらい……」
「三日後だ」
また苛立たしさが増してきたのか、食い気味な回答である。
「ええと、ここまで遅れてしまったのですから、アンは当初の予定通り、三日後に入隊ということで、よろしくお願いします」
サラは座ったままだが、リアムに頭を下げた。エルムにもアンにも確認はしていない。ここは相談などせず、押し通すつもりである。
「レディが頭を下げるものではない。だが、アンの目的は今日で果たされたのだろう?」
どうやらアンが、アルバイトをしてハンター証を取りたかったという情報はしっかりつかんでいるようだ。
「なぜ明日からでも来ない? 入隊を希望したのはアンからだろう」
騎士隊がアンを待ち望んでいるのは確かなようだ。サラにしてみれば、明日からでも三日後からでも何も変わらないように思えるから、急ぐことそのものが不思議なことだ。
「ええと。私」
アンが小さい声で、でもしっかりと話し始めた。
「騎士隊に入りたいと希望したのは私です。でも、私はまだ一二歳で、ガーディニアで二年暮らしましたが、王都のことも、トリルガイアのことも知りません。ダンジョンがあるのに、ダンジョンに入ったこともないんです」
「トリルガイアのほとんどの者は、ダンジョンに入ったことなどないよ。それに、騎士隊にも、ダンジョン講習がちゃんとある。入ってからでも十分経験できるはずだ」
相変わらず、言っていることはとてもまともである。
そして人の話を聞かないところも変わらない。
「違います。騎士隊に入ったら、騎士隊の人としか一緒にダンジョンに入れないでしょ。私は、王都の普通の人の暮らしが知りたいの。あと二日あるなら、その二日をそれに使いたいです」
アンはきっぱりとそう言うと、立ち上がって深く頭を下げた。
「三日後に行きます。お待たせしますが、よろしくお願いいたします」
「だから、レディが頭を下げるものではないと言っているのに、君たちはまったく」
リアムは諦めたのか、ソファの背に行儀悪く寄りかかった。
「隊長に報告する私の身にもなってくれ。休みの日をつぶしてやってきたんだぞ」
「それはすみません。制服じゃないのはそのせいだったんですね」
「それはその、私だとばれて逃げ出されると困るから」
「わかります。エルムと同じ、変装ですね」
リアムははっとしてエルムのほうを見ると、その手にある帽子に気がついて何とも言えない顔になった。それからすっと立ち上がると、自分の帽子をかぶり直した。
「サラ。アンを守っている場合じゃないぞ。ハンターギルドにこそ押しかけてこないよう我慢していたらしいが、ノエルが首を長くして待っていた」
「ああ、薬師ギルド……」
忘れていたわけではない。だが、サラは王都への移籍を決めたわけではなく、どうするか考え中で、今は無職のつもりだったのだ。
リアムは、そんなサラを見てなぜか口の端を上げると、
「では、アンの入隊の当日、保護者も一緒に、待っているからな」
と言って去っていった。
「わざわざ変装までして来なくても、使いの人を寄こせばすむことじゃね?」
空気になっていたロッドがここでぽろっとこぼした言葉に、皆深く頷いたのだった。