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ジュニアスクール

 アンは、お昼前に目をキラキラさせてハンターギルドに戻ってきた。ロッドがそこを集合場所にしていたらしい。


「配達のお手伝いをさせてもらったの。ほら、私、身体強化で足が速いでしょ?」


 午前中の数時間だけでも、よい体験をさせてもらったらしい。


「ちょうど忙しい時期らしくて、明日から一〇日間、九時から三時まで。お昼も出してくれるって!」

「それで給料はどうなんだよ」


 職場は紹介したが、条件までは知らなかったらしいロッドが、気になるところをちゃんと聞いてくれた。


「ええと、お昼休みを除いて四時間か五時間で、一時間五〇〇ギルだって。だから、一〇日間ちゃんと行ったら、二万ギルになるの。ほら、これ見て。おうちの人に、働く許可をもらってきてくれって」


 アンは手に握りしめたお金を見せてくれた。


「こっちの銀貨がね、一〇〇〇ギルで、こっちの丸いほうが一〇〇ギル。今日の分は一五〇〇ギルでした!」

「プハッ」


 噴き出したのは、アレンである。


「一番最初のサラとおんなじだ。サラもお金を見たことがなくて、『これがお金なんだ』って言ってたんだよな」

「知らなくても仕方ないでしょ。魔の山ではお金なんて使う必要がないんだから」


 それに関しては、今でもネリーをちょっとだけ恨んでいる。

 サラとアレンを横に、ロッドはうんと頷いた。


「子どものお手伝いとしては適正な額だな。よし、マルタ商会で決まりでいいな」


 まるで派遣の元締めみたいで頼もしい。


「私、何をお返ししたらいい? できればお金以外がいいんだけど」


 アンも、ロッドの親切に頭から甘える気はないようで、こっちも頼もしい。


「ああ、それは兄ちゃんたちからもらうからいいんだ」


 兄ちゃんたちと言わなかったか。

 サラの頭にはてなが飛ぶ。

 すると、突然ロッドがギルドの入り口に向かって大きく手を振った。


「おーい、こっちだ!」


 すると、ロッドと同じ年ごろ、つまりアンと同じ年ごろの子どもたちが、ぞろぞろと集まってくるところだった。

 剣や短剣を腰に差し、小さいながらも動きやすい格好をしている様子から、ハンターなのだろう。男女半々くらいだろうか。


「いち、に、さん、おいおいおい」


 クンツが小さいながらもあきれたような声を上げる。


「全部で九人? ロッドも合わせたら一〇人か。まさか俺たちって……」


 クンツの予想は当たりだった。


「最近ハンターになって、伸び悩んでる子たちなんだ。そして、こっちが俺の兄ちゃんのクンツ、それからハルトに、アレンにサラ」


 紹介されたので、サラは子どもたちに笑顔を向けた。


「アンは一〇日間、働くって言ったよな?」

「うん」


 ロッドがアンに確認している。


「じゃあ、兄ちゃんたちがアンの面倒をみなくてすむようになった一〇日間、俺たちを鍛えてくれ。さあ、みんな。四人に挨拶だ!」

「え?」

「え?」

「え?」


 思わず声を上げたのはサラたち三人である。


「よろしくお願いします!」


 そろった声に、聞いてないよとは言えない三人であった。


「すまん、アレン、サラ、ハルト。そういえば、あいつ小さい頃からちゃっかりしてたわ」


 クンツが頭痛がすると言わんばかりに、頭を押さえて天を仰いだ。


「俺、嫌いじゃないよ、クンツの弟」

「俺もだ」


 アレンとハルトは了解したというしるしなのか、苦笑しながら子どもたちに手を挙げ挨拶している。


「私はハンターじゃないから役に立つかわからないけど、まあ、いいんじゃない」


 サラも、さも最初からそのつもりだったというように、にこりと頷いてみせた。


 明日の九時前に集合することにして、その日は解散した。


「クンツ、家に帰らなくていいのか?」

「ああ、帰るのは明日にするよ。せっかく講師役を引き受けたんだから、ちゃんと四人で話し合っておきたいんだ」

「そうだね。私まで入れられちゃうとは思わなかったけど」


 サラは薬師だ。ハンター証は持っているけれど、ハンターではない。ちなみに薬草ハンターもハンターではないと思う。


「ロッドも入れて一〇人いたけど、魔法特化型は二人か三人だろ」


 子どもでも身体強化型の戦い方をする者は、やはりしっかりとした体つきをしている。少し言い方は悪いが、ほっそりしていたり、姿勢が悪かったりすると、魔法頼りなのかなという気はする。


「伸び悩んでるって言ってたけど、結局は金を稼げていないってことだと思うんだよな」


 クンツはかなり頭を働かせているようだ。


「アンもわかったと思うけど、子どもを一日中働かせはしないし、子どもの手伝いじゃ、稼げても一日二〇〇〇ギルだ。食べていくことはできるが、食べていくことしかできないとも言える。家がちゃんとあることが前提だしな」

「はい」


 アンも真剣に聞いている。


「それなら、薬草を採るのに向いている子もいたら、そのほうが稼げるんじゃないかと思うんだよな」

「待ってました!」


 サラは勇んで声を上げた。


「せっかく四人で見るんだから、初日は適性を見てあげようよ」

「だな。それから、騎士隊で習ったみたいに、魔力操作の基礎を毎日やって」

「その後で適正に応じて振り分け」

「最後は魔法の見本を見せるのってどうだ? 見てわかることもあるだろう。俺の雷撃とかさ」


 話はどんどん決まっていく。


「後半は実際にダンジョンに入って講習だな」

「場合によってはパーティを組ませようか」


 大体の方針が決まったところで、アンが口を尖らせた。


「いいなあ。私も参加したかった」

「気持ちはわかるけどね」


 サラはアンの膝をポンポンと叩いて慰めた。


「なんでもやるのは無理だよ。やりたいことは絞らないと」

「はーい」


 サラだったら、一〇人もの知らない子どもたちの間に入ることそのものが怖かったと思うので、アンの積極性はうらやましいとさえ思う。


 そうして次の日、いったんギルドに向かった後、アンは改めてマルタ商会に向かい、サラたちは一〇人の新米ハンターと向き合うことになった。


「よーし、まずは適性の確認だ。草原に向かうぞ」


 ぞろぞろと子どもたちを引き連れて、ギルドから草原に向かう。そもそも中央ダンジョンは街はずれなので、ちょっと歩けばすぐ草原である。


 そして王都の周りの草原には、薬草が生えているのをサラは知っている。


「はーい、それではまず薬草採取の素質から見ます。さて、この足元に映えているなにげない草、これが薬草です」


 薬草採取と言われてざわつく子どもたちをそのままに、さっそく足元から薬草を採取する。


「嘘だろ……」

「こんなとこに薬草なんて生えてるの?」


 ざわ、ざわと子どもたちがざわめく。

「え、薬草採ったことある人いないの? 一人も?」


 子どもたちはみんな、首を横に振った。そういえばローザにも薬草はたくさん生えていたけれど、町の人は採取していなかった。よく考えたらハイドレンジアもそうだ。


「いい? 薬草は草原にもダンジョンにも生えてるから、覚えたら食いっぱぐれはないからね。地味だけど」


 早くもやる気を失っている子たちがいるのは仕方がない。ハンターになったということは、狩りがしたいということでもあるのだろうから。


「薬草をよく見てください。この特有の葉の形をおぼえて、上から五節分、つまりこのくらいの長さで摘み取ります。はい、集合!」


 アレンに、そしてモナとヘザーに、つまり友だちになら教えたことがあるが、知らない子どもたちに教えるのが初めてのサラは緊張もしたが、楽しくもあった。


 採取の適性というのを、なんとなく、薬草の区別が付けられるかどうかだと思っていたサラは、教えているうちにそれだけではないことがわかって驚いたりもした。


 地面に伏せるようにして、じっと目を凝らすことを恥ずかしいと思わないこと。同じ作業を続けていてもへこたれない忍耐力。


 サラの見立てでは、薬草採取に向いているのは一〇人のうち二人。男子と女子二人ずつだ。


 三人は素質はなくもないという感じだが、残りの五人と一緒に早くアレンとクンツの指導を受けたくて気もそぞろだ。ちなみにロッドは、素質はあるが気もそぞろ組である。


 ほんの一時間くらいの講義だったが、驚くくらい適性のあるなしがはっきりした。


「じゃあ次は、ギルドの訓練室に行くぞー」


 クンツの力の抜けた掛け声に、草原からギルドに戻っていく。

 ギルドの訓練室は、地下にあって自由に使ってよいことになっている。

 もちろん、ケンカはご法度だ。


 魔法と身体強化の適性はどう見るのかと言えば、アレンとハルトは組手をしてみているし、クンツは初歩の魔法を出させている。

 さっき、薬草採取にすぐ飽きた子に、忍耐力がないなどと評価を下していたサラだが、見学にそうそうに飽きしまい、反省した。


 興味のないことに集中し続けるのは難しいものだ。

 だが、アレンとクンツも難しい顔をしている。


「思ったよりできが悪い」

「一〇日間でどこまで教えられるか」


 本人を前に出来が悪いなどとはっきり言うアレンは珍しかったので、サラは驚いてしまった。


「なんでそんなこと言うんだよ! みんな同じくらいにハンターになった同期なんだぞ! 俺は一人も落ちこぼれさせたくないんだ!」


 ロッドは兄弟の気安さからか、腹を立てて文句を言っているが、他の子どもたちは遠慮しているのか下を向いたままだ。


「ロッドの気持ちはよくわかるけど、こいつらからは、ハンターで身を立てたいという気概があまり感じられないんだよ」

「気概って……。なんだよそれ」


 リーダーのような役割をしているからか、ロッドは子どもたちの中では頭一つ抜けた力があるようにサラには見える。


「自分が将来どういうハンターになりたいかがはっきりしていたら、そこを目指して努力するんだ。強くて稼げるハンターになるんなら、ツノウサギは通過点に過ぎない」


 サラもにも、アレンの言うことは少しわかりにくい。


「ロッドはどんなハンターになりたい?」

「俺は兄ちゃんみたいに、魔法で魔物を確実に倒して、いずれ盾の魔法なんかも覚えて、稼げるハンターになりたい」


 ロッドの将来は明確だ。


「じゃあ、そこのお前は?」


 アレンが一番近くの子を指名した。


「ええと、俺は今よりもっと稼げて、もう少し楽な暮らしがしたい」

「ハンターとしては?」

「強くなる?」


 ここでサラにもわかった。

 将来が描けないと、どう強くなるかの道筋が描けないのだ。


「いいか、皆よく聞くんだ」


 クンツがみんなを集めて話し始めた。


「明日からは、集まったまずら魔力操作の訓練、身体強化の基礎、剣の素振りをやる。それから薬草班、魔法班、身体強化班に分かれて訓練をするから、その覚悟でいるように」


 出来が悪いから見捨てられるかと戦々恐々としていた子どもたちから、安堵の息がもれた。


「で、明日までに、それぞれ自分がなりたい理想のハンターを探しておくように。ギルド長のコンラートみたいになりたいとかでもいいぞ」


 ここで笑いが起きて、ほんの少し和やかな雰囲気になった。なるほど、目に見える手本が必要というわけだ。


「さ、昼飯はおごってやるから、午後からは魔力操作の訓練だぞ」


 今度こそ元気な笑い声が起きた。

 クンツは先生になる素質がある。

 そんな人にずっと友だちとして助けられていたんだなと、サラはなんだかクンツを拝みたい気持ちになるのだった。


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― 新着の感想 ―
二つ名持ちハンター4人を10日拘束だと金貨で何枚吹き飛ぶか。ちゃっかりし過ぎと言うか価値を知らないんだろうな。しかし薬草採集をしてればわりと稼げそうだけどなあ。
サラの見立てでは、薬草採取に向いているのは一〇人のうち二人。男子と女子二人ずつだ。 「ずつ」は同じ数を表すので、「男子と女子二人ずつ」だと合計四人です。
「一〇人のうち二人。男子と女子二人ずつだ。」とありますが、 二人ずつなら四人では? ※男子2人と女子2人で4人 同時期にハンターになったと言っても、それぞれ理由はバラバラだろうし、明確な目標とか理想…
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