ハルト、ハルト
「転生少女はまず一歩からはじめたい」
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一方、サラたちは、ギルド長室に連れていかれた。
ギルド長室は裏手の奥にあるのはどこのギルドも一緒らしい。
「まあ、適当に座ってくれ」
そう言われて、サラはソファを選んでそっと腰を下ろした。
隣にはアレンが座り、クンツとハルトはそれぞれ一人用の椅子に座る。
「ええと、俺、まだ何にもしてないけど」
いきなりハルトが話し始めた。
「わかってるって。特に騒ぎの報告もないしな」
コンラートはサラたちの向かいにどっかりと座って苦笑している。
「それにしても、すっかり大人だなあ」
「よしてくれ。親戚のおっちゃんみたいなこと言うなよ。俺はたぶん、最強に近いハンターなんだぜ」
「そうか。そうだな」
コンラートは、本当に親戚のおじさんみたいに穏やかな顔でハルトを見ている。
「前なら俺こそが最強だって言ってたのにな。成長したな」
「まあな」
そこで素直に鼻を高くするところがハルトのいいところである。
「それから、クンツとアレン。こっちが勝手に名前を知ってるのは不快かもしれんが、そう呼んでいいな」
「はい。俺はもともとここでハンター証をもらいましたし」
「かまいません」
「俺はコンラートでいい」
渡り竜の会議のとこはほとんど話さなかったと思うが、意外と気さくな人である。
「クンツとアレンは去年も少しの間、ここで活動していたな」
「そうです」
「騎士隊と行ったり来たりしてました」
意外と情報をつかんでいるようだ。
「ここはダンジョンの規模自体も大きいし、ハンターの数も多い。あんたらが問題を起こすとは思えないが、有名どころの動向は押さえておきたいんだよ」
ハルトはともかく、アレンもクンツも有名どころになってしまったんだなとサラは感心する。
「サラもハイドレンジアを拠点にしていたはずだが、今回はどうしてここに?」
「ええとですね」
アンを外に行かせたのは、あそこで騒ぎを起こしたくなかっただけで、アンの存在そのものを隠したかったわけではない。
ガーディニアにいた招かれ人のアンが、騎士隊に入るために王都に来ていること、さっきの子どもがそうであること、そして、その後見としてエルムがしばらく王都に滞在すること、サラも話し相手として王都に所属を移そうと思っていることなどをまとめて聞いてもらう。
「なんとまあ、盛りだくさんだな。そうか、エルムが戻ってきたか」
「お知り合いですか」
「もちろんだ。そもそもお互いに知っているし、ハンターギルドとしては多大な貢献をしてもらっているベテランハンターだからな。そろそろ、どこぞのハンターギルド長に落ち着いてくれるといいんだが、縛られたくない性質だからなあ」
さすがに中央のハンターギルド長、いろいろなことをよく知っている。
「それにしても、招かれ人が騎士隊にか。しかも女性では、初めてではないかな」
「そうなんですね。最初の身体強化は、二年ほど前にネリーから教わっていましたよ。体を動かすのが得意みたいなんです」
「ネフェルタリにか。それは強くなりそうだな」
苦笑するコンラートに、ハルトが強く頷いている。
「アンは強いよ。ガーディニアからずっと訓練を一緒にしてきたけど、向こうでずっと臥せっていた俺と違って、アンは体を動かす基礎ができている。魔法はいまいちだけど、そもそも目がいいし、身体強化はダントツだ」
「ハルトが褒めるほどか」
「ああ。ツノウサギ狩り程度なら全く不安はないくらいだ」
コンラートの眉が驚いたように上がる。
サラやアレンがハンター証をもらい、魔物を売ろうとしてツノウサギを出した時も、そういえば皆驚いていたなと懐かしく思い出す。
「それで、その。あー。その、アンとやらは……」
コンラートは言いにくそうに言葉を選んでいるが、聞きたいのはアンの性格だろう。
「わかったよ、俺が言うよ」
少し不貞腐れたように、ハルトが話し始めた。
「俺みたいに、はしゃいで無茶をするタイプじゃない。体を使うのが好きで行動力はあるけど、人の言うことをよく聞いて素直だ。サラほど慎重でおとなしくはないけど、トラブルを起こすかという面では、まったく心配はない」
「そうか。ほっとした。ハルト、ほんとに成長したなあ」
「うるせえよ」
ハルトの頭をぐりぐりしそうな勢いで嬉しそうなコンラートだったが、ふと真顔に戻ると、サラのほうに目を向けた。
「ハルトがやらかしていたのは事実だが、それは力のある若いハンターなら多かれ少なかれ誰でもやることだ。人を傷つけたり、決まりを無視したりとか、そういうことじゃない」
サラたちは笑顔で頷いた。そんなことはハルトの友だちなら皆わかっている。
「そうか、ハルトにも、対等でいい友だちがたくさんできたんだな」
「まあな」
素直じゃないハルトは、プイと横を向いている。
「やることが派手だから暴風なんて呼ばれてるが、ここで深層階に潜ったり、渡り竜討伐に参加したりして、信頼され、憧れられる強いハンター。それがハルトの評価だよ」
横を向いたままのハルトの耳の先が赤くなっている。
「ハルト、戻ってきてくれて嬉しいよ。そして、アレン、クンツ、サラ。王都中央ギルドは、君たちを歓迎する。最初は騒がしいかもしれないが、すぐに皆慣れるだろう」
両手を広げて歓迎のポーズをとるコンラートを見て、サラはほっと胸を撫で下ろした。
「ところでサラ。中央ダンジョンの薬草分布調査の依頼を受けないか?」
「ええっと」
胸を撫で下ろしている場合ではなかった。
「もう少し、アンの様子を見守ってから、薬師ギルドと相談したうえで考えますので、あんまり当てにしないでもらえると助かります」
「そうか。中央ダンジョンは広大でな。低層階は初心者向け、中層階は中堅向けと、どんなハンターでも入れる場所があるが、深層階はやはり、ワイバーンが出る難しいところだ。ハイドレンジアの環境で特薬草やギンリュウセンソウが育つなら、ここにもきっと生えているんじゃないかと踏んでいるんだ」
確かに、王都で採取できれば、必要な時にすぐに採取できるという利点がある。
「急がないから、検討してみてくれ」
「わかりました」
「それから、小さい招かれ人の件なんだが。落ち着いた性格のようだが、なせハンターギルドに? 騎士隊に入るんじゃないのか?」
それももっともな疑問である。
「ええと、ハンターになるお金を少しでも自分で稼きたいと言っていて、はい」
案内していたクンツが説明する。
「子どもでもできる仕事を、ギルドでも紹介していないか聞きに来ていました」
「そりゃまたご苦労なことだが、ギルドの手伝いは食っていけない子ども用だからちょっとな。俺の書類整理の手伝いとかなら仕事を作るが」
「そうなりますよねえ」
サラもエルムも、自分の手伝いをしてお小遣いをあげるのは提案済みである。
「でも、ちゃんと働きたいんだそうです。そういえばロッド! いつの間にハンターになったんだ」
クンツは弟のことを思い出したようだ。
「数か月前だな。今は地道に、低層階でスライムや大ネズミを狩って頑張っているぞ」
コンラートが細かいことまで教えてくれる。新人まで覚えているのはさすがである。
「ハンターになるなら、俺がサポートしてやったのに」
ハンターになるとは聞いていなかったようで、ちょっとしょんぼりしている。
「小さい招かれ人と同じだな。自分でこつこつ稼いで、ハンターになって、堅実に一人前に稼いでいるぞ」
「さすが俺の弟だ。けど、家にはお金を送っているんだから、それを使えばよかったのに。あ」
クンツがはっと何かに気がついた顔をした。
「アンも同じか」
サラも、クンツの弟という身近な子どもの話を聞いてやっと腑に落ちた。
「そんな面倒なことしなくてもって思ってたけど、ちゃんと独立心のある、しっかりした子に育ってるってことなんですね。私、下手をすると足を引っ張ってたかもしれないんだな」
あれだけ、自立するために頑張っていた自分が、いったん大人になると、子どもを子ども扱いしかしないというのはどういうことだろう。
「ロッドは顔が広いぞ。面倒ごとを避けようとしてとっさに預けたようだが、いい選択だったかもしれない」
「コンラートが大きな声を出すから騒ぎになったんだろ」
ハルトの指摘はまったくもってその通りだが、ギルド長に顔が広いと言われる新人ハンターもたいしたものである。
「そ、それはすまない。だけどな、めったに来ないハンターがいきなり三人だぞ。とりあえず捕まえないと、と思うのは間違っているか?」
間違っていないかもしれないが、迷惑だったのは確かだ。
「ともかく、若くて有望なハンターたちが来てくれて嬉しいよ。よろしく頼む」
ギルド長は、ギルドを出るところまでニコニコと見送ってくれた。
「たぶん、俺のうちに行けば、アンがどうしてるのかはわかると思う」
クンツが自分の家に行くというので、大通りから町の中ほどに入っていく。
「小さい通りまで来たことがなかったから、新鮮。歴史を感じて、風情があるね」
小さい路地があちこちにあって、ハンターではない普通の人が行きかっていた。
「お年寄りも子どもも、たくさんいる」
窓には鉢植えが置いてあり、洗濯物がひらひらと風に揺れている。
「なあ、ハルト」
迷わず足を進めながらも、クンツが沈んだ声を出した。
「暴風ハルトって、かっこいいよな」
「沈んだ声で言うことかよ! いや、かっこわるいって。自分で言い出したんじゃないとこくらいだよ、救いは」
サラも実はかっこいいと思っていたが、言わないでおく。
「俺なんて盾の魔法師だってさ。なんだよ、盾って。盾が出せるからって、そのままじゃん」
「そ、それはまあ。でもさ、アレンのもたいがいだよな、英雄って、クンツ以上にそのままだしな」
アレンもちょっと沈んだ顔になる。
「俺なんて、タイリクリクガメにちょっと剣を刺しただけなのにな。ちょっと剣を刺しただけの英雄ですって、自慢にもならないよ」
二つ名があるというのも楽しいことばかりではないようだ。
「サラなんて、単なる職業名だしな」
サラにも流れ矢が飛んできたが、まったくその通りである。
「私はさ、薬師サラって言われてるのと、あんまり変わらないからよしとする」
そんなくだらない話をしていたら、路地の突き当りがクンツのご実家だった。
そして家の前には、ロッドが寄りかかって待っていたのだった。
「ギルド長、話が長かっただろ」
「まあな。アンはどうした?」
兄弟ならではの短い会話である。
「マルタ商会に預けてきた」
マルタ商会がどこかはわからないが、いかにも手伝いがありそうな名前だ。サラはほっと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、希望通りアルバイトはできるんだね、よかった」
「姉ちゃんたち、過保護だよなあ」
「うん、自覚はあるよ」
ロッドのストレートな物言いに苦笑するしかない。
「まあ、狭いけど入んなよ」
クンツの家なのにロッドの案内でお邪魔すると、確かに狭くて物も多いけれど、温かくて居心地のいい場所がそこにはあった。
「大きい家を買って、引っ越せるだけの金は送ってるのにな」
「必要ないだろ。兄ちゃんたちも家を出て、今は三人暮らしだぞ。俺が独立したら、父さん母さん二人暮らしだ。引っ越す理由がないよ」
「そりゃそうだけど」
「よく考えたら、父ちゃんは今、ローザにいるから、実質二人暮らしか?」
クンツは昨日はタウンハウスに泊まったので、実家には今来たばかりだ。
知らなかった家族の情報に愕然としている。
「ローザで街道の整備をしてるだろ。その手伝いに出てる。そのうち戻ってくるよ」
本当にローザで街道整備がされているのだと、こんなところで実感させられるとは思わなかったサラである。
とりあえず落ち着いて、椅子に座らせてもらう。一つずつ増やしたのだろう。大きさも形もバラバラな椅子が楽しい。
「アンに話は聞いた。簡単に言えば、貴族のお嬢さんが、社会勉強に働きたいってことだろ」
この短時間で話をして、そこまで理解しているということは相当頭がいいのだろう。
「ええと、お金があるのに、ばかばかしいって思わなかったの?」
サラはなんとなく聞いてみた。
「別に。働く理由なんて人それぞれだろ。店は仕事をしてもらえりゃ相手がどんな事情だって助かるんだから、問題ないと思う」
一二歳のころのアレンも大人の考え方をすると思っていたが、ロッドはそれ以上である。
「ちゃんと事情を話して、町のあちこちに行けるような仕事を紹介してくれってお願いしてきたから、大丈夫だと思うぞ」
サラがやらせてもらったように、厨房で芋むきをするといった手伝いもあるはずなのに、わざわざ町を見られるような手伝いを頼んでくれている。
「けどさ、アンにも話したけど、ただじゃあできないよ」
ただではできないと言いながらも、もうすでに面倒を見てくれているのはどういうことか。
「条件は?」
ずっと黙っていたアレンが、静かに口を開いた。
「俺に、俺たちに、狩りのやり方を教えてほしい」
ロッドの条件は、意外なものだった。
コンラートによると、ロッドはすでにハンターとして実力に合った階層で着実に稼いでいるはずだ。
「兄ちゃんもわかると思うけど、ハンターになったはいいけど、なかなか力が伸びないんだよ。俺はもっと小さい頃からハンターギルドに出入りしてるし、兄ちゃんの弟だって知られてるから、魔法師の人に頼み込んで、コツみたいなものを教わることもある。けど、教えてくれるハンターだって、初心者に教えるより狩りに行きたいだろ。教わって工夫しても、土と風の魔法じゃ、なかなかツノウサギは倒せないんだ」
「ロッドは魔法特化型なのか」
クンツが驚いているが、ずっとハイドレンジアにいて王都から離れていたから、無理もない。
「身体強化もできることはできるけど、魔法のほうが使いやすい。父ちゃんによると、ハンターになったばかりの頃の兄ちゃんと同じくらいの魔力量はあるらしい。それなら、魔法師としてやってみたいと思ったんだ」
職人らしく、レンガをいくつ作れるかとか、そういう単位で魔力量を推定するらしい。
「そうなのか。まさかロッドがハンターを目指してるとは知らなかったよ。それなら手紙でも寄こせよな。みずくさいぞ」
「だってさ。離れてるし、去年だって、来たと思ったら騎士隊になんて行って忙しくしててさ。頼みにくいじゃんか」
口を尖らせるロッドは年相応に見えた。
「そんなの、交換条件じゃなくたって教えてやるよ。今回、俺は何か依頼があってきたわけじゃないから、どうせダンジョンに行こうと思ってたんだし」
「ほんとか!」
話している二人に、兄弟の絆を感じてほっこりしていたが、話は急展開した。
「じゃあさ、ハンターなりたて仲間の、俺の友だちも一緒にいいか?」
そういえば、俺たちって言っていたなと先ほどの会話を思い出す。
「もちろん、いいさ」
クンツは安請け合いしたことを、この後ちょっとだけ後悔したと思う。
いろいろ忙しくて更新を飛ばしていたため、
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