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地元だからね

 ハルトも、おそらく以前王都にいた時のやらかしを思い出してぎこちない態度になっていて当てにならない。


 ここはサラが、そんな暇はないとぴしっと言わなくてはならないと思ったら、あっさりとアレンが断ってくれた。


「すみません。今は時間がないので、また日を改めてでもいいですかね」


 アレンがニコリと笑いかけるのを見て、サラはなんだか懐かしくなった。少年の頃のアレンは、こんなふうに明るくさわやかで、誰の懐にもするりと入り込む子だった。


「今日はダンジョンには入るのか?」

「いえ。今日は様子見で」


 ハルトのせいで目立ってしまったサラたちだが、アンまで目立ってしまったら、これからのアルバイト生活に暗雲が立ち込めることは必須だ。クンツがさりげなく立ち位置をずらしたり、なんとなく話を続けたりして、アンに目がいかないようにしている。


 だが、目ざといギルド長は、受付のところにいるアンに気がついてしまった。


「そこの子、あんたたちの知り合いか?」

「ええと」


 ハルトが何とかごまかそうとしていたら、ギルドの中に、場違いな子どもの声が響いた。


「兄ちゃん!」

「え? その声は?」


 反応したのはクンツである。


「俺がいるって気がつきもしないで、さっさと通り過ぎちゃうんだもんな。追いかけてきちゃったよ」


 クンツと同じ金髪に、クンツと同じ青い瞳。

 クンツをそのまま一二歳まで縮めたような姿は、確かにクンツの弟なのだろう。

 クンツに弟がいるというのは聞いていたが、こんなに年が離れているとは思っていなかったサラは素直に驚いた。


「ロッド! 一気に背が伸びたんじゃないか?」


 嬉しそうな声を聴けば、弟確定である。


「一年ぶりだもん。当たり前だろ」


 正確には一年は経っていないが、去年以来だから、ほぼ一年ぶりと言ってよい。

 突然の乱入者は、スタスタとサラたちのほうに歩み寄ってくると、いきなりアンの手をつかんだ。


「お前、どこに迷い込んでるんだよ。こっちに来いよ」

「えっ」


 アンの声は小さかったから、コンラートには聞こえなかったと思いたい。


 少なくとも、アンが戸惑う姿は、サラとクンツの背中で隠れたと思う。


「兄ちゃん、先にうちに戻ってるからさ。話をちゃんと聞いてきてから来いよ。そうじゃないと、ギルド長しつこいからな!」

「ロッド、お前なあ」


 コンラートもロッドの名前を知っているようなのには驚いたが、それならばちょうどいい。


 サラは背中に手を回すと、アンに向けて背中のあたりで手で丸を作って見せ、その後バイバイをするようにひらひらと手を振った。どうか、行ってよいという合図だと理解してくれますように。


 今ギルド全体にアンが招かれ人だとばれて騒ぎになるくらいなら、ギルド長も名前を知っている、クンツの弟に任せた方がいい。クンツの弟がどういうつもりなのかはわからないが、クンツの家族なら信頼できるはずだ。


「じゃあな!」


 振り返りもせずに、アンをつかんだ手と反対の手をさっと上げると、クンツの弟とアンはあっさりとギルドを出て行ってしまった。


 送り出したものの、心配でぎゅっと縮んだサラの背中を、アレンがぽんと叩いて、耳元に声が届くように少しかがんだ。


「サラ。一二歳の時のサラは、ちゃんと一人でやれてただろ」

「うん。そうだった」

「心配な気持ちは?」

「どこかによけておく」


 よろしいと言わんばかりにニコっと頷いたアレンに、縮んでいた背筋もすっと伸びるような気がした。


「あー、ゴホン。いいかな」


 今度はそんなアレンとサラに注目が集まっていたようだ。


「やっぱり、日を改めると言っても先のことはわからないので、今話を聞いてもいいですか」


 アレンの言葉に、一行はギルド長室に行くことになってしまった。

 アンのアルバイトデビューを楽しく応援しようとしていた一日は、少し違うものになりそうだ。



初めての友だち(アン視点)


 初めてのハンターギルドに興奮する暇もなく、突然外に連れ出されたアンは、ものすごく戸惑っていたし、ものすごく不安だった。


「あの」


 声をかけても止まらない。


 ハンターギルドに連れて来てくれたのはクンツだが、後ろからサラにハルト、それにアレンまで付いてきてくれているのは知っていたし、そんな彼らからどんどん離れたところにいくにつれて不安が高まってくる。


 でも、話を聞いていると、この男の子はクンツの弟らしい。


 さっきちらりと見た顔は、クンツによく似ていたし、後ろから見ても、なんだか頭の形がそっくりだ。

 頭の形がそっくりだとか、どうでもいいことに気がついたことで、なぜか不安が消えてしまったのは不思議だったが、それでも警戒はしてしまう。


 なにしろ、この世界に来てから、他人の中に一人きりというのは初めてなのだから。


 いや、二回目かな、と首をふるふると振る。


 女神様に会って、説明とも言えない説明を受け、死ぬよりはまだ、家族と別れた世界で暮らす方がましと覚悟を決めたはずの転生だった。

 見るからにお金持ちの家に、砂糖のように甘い保護者のエドとラティ。

 招かれ人だからと敬意を払いつつも、距離を取る使用人たち。


 サラが来るまで、見えない糸にがんじがらめにされて、窒息する寸前だったのだと思う。

 優しいエドとラティには申し訳ないけれど、人がたくさんいても、孤独を感じることがあるのだということを知った。


 招かれ人として大事にされながらも、魔力の使い方も知らず、ただ生きながらえるだけだった頃に、サラがやってきた。


 少し日焼けして、生命力にあふれたその姿は、ラティの望むおしとやかなレディではなく、アンがなりたかった元気な一六歳、そのままだった。


 誤解もあって傷つけてしまったりもしたけれど、招かれ人から見たトリルガイアとはどんなものか、そしてどうやって過ごしていけばいいのかを教えてくれたのがサラだった。

 そしてラティの妹のネリーとの出会い。


 体を思い切り使いたい自分には、ネリーのような生き方があると教えてくれた。

 その後にすぐ、クサイロトビバッタの大発生があって、皆に迷惑に思われながらも、魔物が存在するというトリルガイアの実態と、その対応をするハンターの人たち、そして招かれ人の規格外の力を間近で見ることができたのは本当に幸運だった。


 厳密にいえばクサイロトビバッタは魔物ではないらしい。だがひとかかえもある昆虫など、アンにとっては魔物以外の何物でもない。


 一見、消極的に見えながらも、いざというときは人々を助けるために全力で立ち向かうサラに感動し、それでもサラの言うような魔法の工夫はさっぱり理解できず。


 ハンターの大切さを知ったけれども、魔物を狩って生計を立てる自分の姿は想像できない。

 ラティの言うような貴族の領主夫人の生活は自分には最初から向いていないとわかっている。

 それなら、自分がこの世界でどう生きていきたいかと考えた時、騎士隊の姿が印象に残った。


 王国を守る騎士隊は、日本の警察とは違うのだとサラは言う。

 民を守るという名目はあっても、実際は貴族中心で、庶民はないがしろにされることもあると。


 ローザでの経験をプンプンと怒りながら話してくれるサラはとても面白かったが、運動系の部活動をしていたアンは、上下関係や、学年によって変わっていく立場には慣れているし、集団での立ち回りも苦手ではない。


 公務員になると思えば、騎士隊こそ自分を生かせる場ではないかと思ったのだ。

 サラとネリーには、魔法の使い方だけでなく、身体強化のやり方まで教わることができた。

 離れるのは寂しかったけれど、見えない糸はサラが断ち切ってくれた。


 見えない糸とは、自分が知ろうとしなかったトリルガイアの生活であり、招かれ人の力であり、日本での生活への未練であり、将来への不安だった。

 それを一つ一つ丁寧にほどいて教えてくれたサラには感謝しかない。


 糸を断ち切ってみれば、ラティの甘さはちゃんと愛情と変換することができ、エドの距離感は、いずれ子どもは旅立つと知っての厳しさだととらえることもできた。

 だとしたら、その愛情に素直に甘え、サラとネリーに教わったことを生かして、もっとトリルガイアを知り、招かれ人の無限の魔力を使って自分を鍛えていこう。


 そんな一年半を過ごして一二歳になったアンは、王都へと向かうことになったのだった。

 

 そして、よく知らない男の子に手を引かれてここにいる。

 と、その男の子が立ち止まり、くるりと振り返った。


「ここらあたりなら、目立たないだろ」


 ギルドは目に入るが、広場を挟んで、人を区別するには目を凝らさなければいけない程度の距離だ。


「なんだか、兄ちゃんたちが隠してるみたいだったから連れてきたけど、あんた、何?」

「何って言われても……」


 アンにも何がなんだかわからないのである。

 だが、せっかく連れ出してくれたのだから、とりあえず状況を離してみることにした。


「一二歳になったからハンター証を取りたいんだけど、そのお金を少しでも自分で稼いでみたくて、とりあえず仕事があるかどうか、ギルドに聞きに行こうとしてたの」

「そうか。なんだか、注目されたくなかったみたいに見えたからさ。あんたが貴族だから、お忍びだってばれたくないからかと思ったんだけど、なんかそれとも違う気がした」

「貴族」


 アンは自分の服の裾を摘まんで、それから町を歩く人たちの様子を眺めてみた。


 皆の格好と自分の格好がそんなに違うとは思えないが、よく見ると、普通に見えるようあつらえた高級品だということがわかる。


「ベテランのハンターはすごい金を稼ぐから、高い服や装備が悪いわけじゃないよ。けど、ハンターになりたてみたいな子どもがそんな格好してたら、やっぱり目立つことは目立つよな」

「うん」


 だからと言って、お金を稼ぐために、安い服をお金を出して買うのも違う気がする。


「あのな、正直に言えよ。あんた、別に稼がなくても親が金を出してくれるだろ」

「うん」


 親ではないが、お金は十分にある。


「ギルドでも、ハンターになりたい子ども用に仕事は用意してくれてる。だけど、それは本当にお金がない子どものためなんだよ。ハンターになる金を出してくれる、親も身寄りもないようなさ」

「やっぱりそうだよね。その仕事を取ったらだめだよね」


 わかってはいたけれど、やっぱりアルバイトは無理のようだ。


「けどな、俺たちみたいな地元の子は別さ」


 男の子は腕を組んで胸を張った。


「親も地元で働いてるし、ご近所さんもそう。で、大人より仕事ができなくても、大人より安く働いてくれる子どもの手伝いなら、いくらでもあるんだ。子どもの身元が確かならな」

「それなら!」


 自分の身元はウルヴァリエが保証してくる。

 でも、それを話してもいいものだろうか。


「あんた、名前は?」

「アン。アン・グライフ」

「グライフ。ガーディニアか」


 家名から、さっと土地の場所が出てきたことに驚く。


「俺はロッド。クンツは兄さんだ」

「やっぱり! そっくりだもの」


 予想が当たってアンの顔も輝いた。


「兄弟で、ハンターになったのは兄さんと俺だけなんだ。魔法の質も似てるって言われてる」

「もうハンターなの?」


 ロッドはアンと目線が同じところにある。つまり、同じくらいの年だろうと思ってはいたが、ハンターだとは思わなかった。


「ああ。で、あんたは、いやアンは、あれだろ」


 あんたからアンに呼び方が変わったので、なんとなく嬉しい気持ちになる。


「要は働いてみたいんだろ」

「うん!」


 アンは大きく頷いた。


「どうせ兄ちゃんたちの話はまだかかるだろう。俺が地元のよしみで、仕事を紹介してやるよ」

「ほんとに?」


 どうして親切にしてくれるのかわからないけれど、どうやら憧れの仕事ができそうで、大喜びのアンなのである。


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― 新着の感想 ―
ロッドくん良い子や〜(*´∀`*)
兄弟揃って男前な奴らめ(笑)。
いやあ~ さすがクンツの弟くんですね。 アンにとっても良い出会いができたようで嬉しいです。 さてさて、どんなお仕事になるのかな? 更新ありがとうございます。いつも楽しみにしています。
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