ローザ四日目
「サラ、手伝いどうだった?」
「うん。食堂と売店合わせて、一日で四〇〇〇ギル稼げたよ」
何の力もない一二歳が一日でこれだけもらえたのは運がいい。ハンターギルドは思ったより親切なところだった。
「俺も魔力が少なかったら接客できるんだけどな。仕方ないから、外仕事しかないんだ」
「そうなんだ」
魔力が多いと大変らしい。
「けど、昨日と今日の薬草を売ったお金と、雑用で九万二〇〇〇ギルになったんだ。あと二日。いや、薬草はいつ売れなくなるかわからないから、あと四日あればきっと」
サラとアレンは、二人で中央門を抜けながら、そんな話をしている。
「でも、ギルドに登録したとしても、町に泊まるのにはお金がかかるよね」
「うん。ギルドの一番安い宿屋でも五〇〇〇。町の宿屋に泊まろうとすると、一万はかかる」
「ギルドに登録したからって、いきなりそんなに稼げるの?」
「稼げると思う。スライム一体だって、倒せば魔石は一〇〇〇ギルするんだ。もっとも、しばらくは町の外で野宿のつもりだけどな。そうしてちゃんとお金を貯めるんだ。そうしないと」
アレンがへにょりと眉を下げた。
「いざというとき何にもできないんだ」
叔父さんのことを思い出しているのだろう。稼げば稼いだで、お金を利用しようとする人は出てくる。結局は本人次第なのだが、しっかり稼ごうと思っているのはよいことだとサラは思う。
「それにさ、俺、ギルドカードもらったら、サラの薬草を代わりに売るからさ」
「それはいいよ。ネリーも基本は駄目だって言ってたもん」
サラは首を横に振った。
「着替えと体を拭くのにテントを貸してくれたら、それでなんとかなると思う。でも、テントほしいなあ」
「王都なら中古で安くテントを売ってたけどなあ」
「食べ物があるのがまだましだけどね」
「その袋にどれだけ入ってるんだよ」
五か月分とは何となく言えなかったのだった。
次の日も二人は薬草を摘んだ。
「別に秘密にしていないのに、他の人が薬草を採りに来た気配はないねえ。もっとも、範囲も広いけどね」
「俺らはこうして壁の外で寝泊まりしてるから気づかないけど、町住みの奴らは壁の外に出てくるのが怖いんだよ」
「結界があるのに?」
「結界があっても、強い魔物には意味がないってこと」
強い魔物と言われてもサラにはぴんと来ない。
「私の結界箱は、ワイバーンもはじくけど、ワイバーンより強い魔物ってなに?」
「ワイバーンをはじくやつか。お前、貧相なのに持ってるものは一流品だよな」
アレンもたいがい失礼である。
「昔ローザの壁が崩されたのは、タイリクリクガメの集団移動に巻き込まれた時、それから何かのドラゴンを怒らせた時って聞いたけどなあ」
「それ、そこの草原にいる?」
「たぶんいない」
じゃあ心配ないのではないか。
「でも、怖いものは怖いんだよ。誰もがハンターを目指すわけじゃないし、たいていの人は、町の中だけで一生が終わるんだ。ほら、見てみなよ」
アレンは町の結界に体を向けた。
遠くにモフモフした羊の群れが見え、手前にはツノウサギが跳ねている。
平和な光景だ。
「あ、町の結界にぶつかった」
ツノウサギはどうやら結界の中にいるサラたちを狙ったらしい。やっぱり平和ではなかった。
「な? 街道を通ったら、あんなのをもっと間近で見ることになるんだ。結界があるってわかってても怖いんだよ」
確かに怖いかもしれない。サラは収納リュックに入っているウサギを思い浮かべたが何十羽入っているかわからない。実は結構大きくて、サラの体の半分くらいあるのだ。
「身体強化ができれば問題ないけど、身体強化もずっと維持しているのは大変だからね」
「アレンはどうなの?」
「俺は問題ないと思う。ダンジョンに入れない分、叔父さんにはこういうとこでさんざん修業させられたから。今だってツノウサギは何羽か持ってる。売れないだけで」
「身体強化ができたか。じゃあ、草原に行くぞ、って言われなかった?」
サラはネリーの言葉を思い出して思わずつぶやいていた。
「サラ、お前、なんで叔父さんの言ったことが分かったんだ?」
「うちのネリーもそうだったから」
だからと言って、オオカミにかじらせてみようと言われたとは言えないサラは、遠い目をし、それを見たアレンも何かを悟った眼をした。
「でもアレン。おじさんは魔法師だったんでしょ? なんでアレンは身体強化が得意なの?」
「ああ。向き不向きの問題だよ」
アレンによると、体を強化するという感覚は、勉強では得るのは難しく、生まれつきの才能によるところが大きいのだという。
「なるほど」
アレンの説明は分かりやすい。そんなに身体強化が得意なら、アレンがダンジョンに入っても大丈夫かもしれない。
サラはちょっと安心した。
「さあ、今日もテッドにいやがらせだ!」
「サラ、お前……」
そして結局、サラの分は今日も買い取ってはもらえなかったのだった。残念。
しかし、今日は魔力草をさらにたくさん見せびらかしてきた。
しかも、昨日は一人、そして今日は別の人に、テッドがやっていることを目撃してもらえた。薬師全員がテッドみたいな人ならどうしようもないけれど、そのうちまともな人が出てきて、買い取ってもらえるんじゃないかなとサラは楽観視していた。
なにより、今はアルバイトとはいえ定職についているのだし。
「これで明日も買い取ってもらえればなあ。明日で登録できるのに。いやいや、甘いこと考えちゃだめだ」
ハンターギルドの前で気合を入れるアレンと別れた。
「おはようございます」
「よーう、サラ。アレンは?」
相変わらず一番端っこのカウンターで退屈そうに座るヴィンスが、サラの後ろをちらりと見てアレンの行く先を聞いた。他のカウンターの人たちも挨拶してくれて、サラはテッドの対応で疲れた心が癒される気がした。
「そこで分かれました」
「そうか。今日もよろしくな」
「はい!」
袖をまくりなおして、食堂にいく。
「おはようございます!」
「おう! シャツの裾はズボンに入れろ! ベルトを締めなおせ!」
「はい!」
マイズの掛け声とともに、今日も芋剥きが始まった。
ローザについてから、四日たっていた。