中央ギルドにて
野営と町泊を繰り返してきたのでかなりくたびれた格好の一行だが、タウンハウスに着くとさっそくお風呂に入れられ、さっぱりとしてから夕食をいただくことになった。
旅のあれこれを皆で話していると、結局はこれからの予定を立てざるをえなくなる。
今回の旅も、途中は案外行き当たりばったりだったから、ここできちんと、先のことを決めるのがよいだろう。
「アンは一日休んで、王都観光してから騎士隊に顔を出すといい。誰も付き添う時間がないなら、私が行くが」
エルムが、若い人たちが案内したほうがアンにも気楽だろうと考えているのが伝わってくる。
もちろん、サラも一緒に行くつもりだったが、王都のことはほとんど知らないので、クンツ頼みというところではある。
だがそうは問屋が卸さなかった。
「待ってください」
アンが話の流れを止めてしまったからである
。
「王都観光はまた後でやります。今日休んだら、明日からはお金を稼がなくちゃ」
その希望はまだあきらめていなかったんだと遠い目になる。
「アレン。ローザでは、ハンターギルドでお手伝いの仕事を紹介してくれたんですよね」
「ああ、ローザではそうだったけど、王都ではどうだろう。クンツ、わかるか?」
結局王都のことはクンツに聞くのが一番早い。
「うーん、王都は商家が多いだろ。だからら、わざわざハンターギルドに行くより、近所の知り合いや近くの商店で雑用をもらってやってるけど、小遣い稼ぎ程度だよ。それよりサラに薬草採取を教わったほうがずっと早いと思う」
「薬草は……。難しくて……」
体を動かすのが大好きで、身体強化も得意だというのに、なぜだかアンには薬草の区別は付けられない。したがって薬草採取で稼ぐということは早々にあきらめざるをえなかった経緯がある。
思い出してみると、ハンターだからといって薬草採取に興味を持たなかったが、もしかするとネリーも薬草の区別がつかなかったのかもしれない。
「王都はやっぱり地元の子が有利だからなあ」
「ローザは小さい町だったし、地元の子は金持ちばかりで働かなかったから、雑用は結構あったんだよ」
確かにローザでは、サラたちくらいの子どもが第三層にいるのはほとんど見かけなかった。
「一日に一〇〇〇ギルとか二〇〇〇ギルとかだと、相当時間がかかるよ」
「頑張って一日に二〇〇〇ギル稼いだとしても、五〇日……」
騎士隊に入りたいと言ってやってきたアンに、それだけの時間はない。
「金がないからハンターになりたいのに、金がないとハンターになれないって、こればっかりは本当に理不尽だと思ったよな」
お金がなくて、町の壁に張り付くように野営していたローザの頃を思い出す。
「アン、全額、自分で稼ぐことにこだわらなくていいんじゃないかな。私だって、あの時は手元の薬草を全部売って、すぐにハンター証を取ろうと思っていたもの。稼がなくて済むなら稼ぎたくなかったよ」
「でも……」
騎士隊に入る以上に、ハンター証を取るために働くのを楽しみにしていたらしく、アンが悲しそうにうつむいてしまった。
「いろいろアルバイトをしてみたいってことか。エルムじゃないけど、騎士隊に入ったら、ハンターのまねごとをするのも難しいし、町の雑用なんてもっと難しいもんね」
サラはうーんと考えた。
サラだって、やっていたのは雑用ばかりではない。騎士隊一行に薬草を届けるお礼をもらったりだとか、大きな収入もあったし、そもそも収納ポーチの魔石やツノウサギを売ればすぐに一〇万ギルは出せたのだ。
「じゃあさ、アンが買ったツノウサギを担保に、エルムからお金を借りたらいいんじゃない? 私が貸してもいいけど」
アレンかクンツに、と言おうとして、友だちとお金の貸し借りはなるべくしないほうがいいと、保護者のエルムにと言い換えたサラである。そもそもハンター証をもらったら、アンが狩ったツノウサギを自分で売るはずなのだから。
「で、どうしてもアルバイトを経験してみたいなら、残り一万か二万くらい分だけ、頑張って働いてみたらどう?」
アンが、雑用だけで一〇万稼ぎたいから頑張ると言っても、サラは止める気はない。
ほんのちょっとだけ、騎士隊に入るのを邪魔したい気持ちもある。
「それでもいいから、やってみたい」
決意を固めたアンに反対するものは誰もいなかったので、さっそく明日、クンツがハンターギルドに案内することになった。
貴族街から中央ギルドまで、結構な距離を身体強化で軽々と行く。
「お嬢様方は馬車で行くべきなのです!」
と執事が嘆いていたが、アルバイトに行くのに馬車の送迎付きはいかがなものか。
「俺じゃん」
ハルトが自分の初心者ハンター時代を振り返っていたが、
「そのせいで、体力がなくて身体強化を生かしきれなかったんだ」
と、アンに教えることができたのだから、なんでも経験というのは生きるものである。
クンツと並んでギルドに急ぐアンの後ろに、少し離れて、サラもアレンとハルトと一緒に付いていく。
「いやあ、さすがに保護者四人はまずいからな」
「だけど、やっぱり、ちょっとだけでも見てみたいもんね」
「俺はハンターだから、ハンターギルドに行ってもいいはずだ」
要は、ハンターギルドに用事があるふりをして、アンを見守ろうという三人なのである。
特に使命もなく、王都をうろつくのは初めてかもしれない。
早足で通り過ぎるハンターなど、腐るほどいる王都では、サラたちに注目する人は誰もいない。
久しぶりの王都はとても気楽だった。
「王都の中央ギルドだ。あ、アンが入りました!」
かなり離れているから、声は聞こえないはずだが、サラには見つけられないツノウサギを見つけられるアンである。慎重に行かなければならない。
「っていうか、ギルドに入った時点でばれるから。気にせず行こうぜ」
「うん。私、掲示板を見てみたい」
よく考えたら、ハイドレンジアのハンターギルドには普通に行っているのだから、気負わず入ろうと思う。
両開きのドアを開けると、さすが王都の中央ギルド、そこは広い空間が広がり、その広さに見合う分だけの受付が並び、その受付でも間に合わないくらいのハンターが行きつ戻りつしている。
「いや、受付けっこう空いてるね」
「そりゃ朝だからな。混むのはダンジョン帰りだよ」
左手手前には大きな売店、奥には食堂、広いけれど、ギルドの作りはどこも一緒だ。
右手には掲示板があり、そこにはクンツがいてアンの隣で、張られた依頼表を指さしているところだ。
「私も見に行こう」
「それなら最初から一緒でもよかったよな」
「入ったときに別々だと思われるのが大事なんだよ。その後で知り合いと合流するのはよくあることだもの」
その時、受付のほうでガタンと椅子が鳴る音がしたような気がしたが、サラは気にせず掲示板にゆっくり歩み寄った。
「常時依頼:薬草、上薬草、魔力草など。買取は薬師ギルドカウンターへ。あ、出張買取りをしてるんだね。なるほど」
つい自分にかかわるところを見てしまうのは仕方がないことだ。
「で、あっちが売店、食堂、そして受付だな」
「はい!」
すぐそこから、クンツとアンのかわいいやり取りが聞こえてきて、サラはによによとしてしまう。
「じゃあ、受付に行って、手伝いの仕事があるか聞いてみようか」
「はい!」
掲示板には子どものできるお手伝いは貼っていないらしい。
「おい! ハルトじゃないか? それにそっちは、おいおい、英雄アレンか。ということは、こっちが盾の魔法師クンツだな」
いきなり聞こえてきた大声に、ギルドの注目が集まった。
「ハルトだって?」
「しばらく聞かなかったが、戻ってきたのか。暴風ハルトが」
サラは掲示板を見るふりをしながら、耳を澄ませた。
今、暴風ハルトって言わなかった?
「英雄アレン。若いな」
「クンツって誰だよ」
「盾の魔法師って言っただろ。最近若い奴らが使うようになったあれだよ」
暴風ハルト。英雄アレン。盾の魔法師クンツ。我慢しようと思ったが、肩が揺れる。
その肩をがっしりとハルトがつかんだ。
「おい、笑ってるの、ばれてるからな」
「ぼ、暴風ハルト……」
「言うな。若気の至りだったんだ。あと、絶対他人の振りなんてさせないからな。サラも巻き込まれてしまえ」
その言葉と共に、他人のふりをしようと思っていたサラは、掲示板からハルトのほうに振り向かされてしまった。そのせいで、さっきからしゃべっていた人に、目を留められてしまった。
「サラ? ああ、君は、見覚えがある」
「あ」
ライよりは若いが、ザッカリーよりは年上。灰交じりの黒髪を七三に分けているが、前髪が上がっているせいか割とかっこいい。この男性を、サラは見たことがある。
「確か王都のハンターギルド長の」
「コンラート・カサードだ。渡り竜の会議以来だな。薬草ハンターのサラ」
「え?」
サラの頭は、とっさにはコンラートの言葉を理解できず、思わず聞き返してしまった。
「薬草ハンターのサラ。どこからでもあらゆる薬草を探しだす。特薬草は、彼女がいないと採取することさえできないと評判だが」
「あああ。嘘でしょ!」
サラは頭を抱えてしゃがみこんだ。
ハルトがポン、と肩を叩くのがいまいましい。
「ん? どうした?」
コンラートがサラの様子に驚いて聞き返すが、確かにどうしたと言われても仕方がない振る舞いだ。
だが、突然知らない二つ名で呼ばれたら、それは驚きもする。
職業名に過ぎないから気にしなくてよいのでは、という話ではない。
薬草ハンターとは、ダンジョンでもどんな厳しい場所でも依頼されれば採取に行くという、伝説の職業なのだから。
サラにはその自覚はないし、ダンジョンも危険な場所も行きたいとは思ってもいない。
だから薬草ハンターなどと呼ばれるのも嫌だ。
それでもいつまでもしゃがみこんでいたら、悪目立ちするだけである。
今までどんな状況だって乗り越えてきた自分には、このくらいの逆境は軽く乗り越えられるはずだ。
「失礼しました」
サラは何事もなかったかのように立ち上がると、内心の動揺を隠してコンラートと目を合わせ、にこりと微笑んだ。
「薬師のサラです。お久しぶりです」
薬師の部分をちょっと強調してしまったかもしれないが、変な二つ名で呼ばれたくはない。
「ああ、久しぶりだな。久しぶりと言えば、ハルトもだ。戻っていたのなら、声をかけてくれよ。こっちにも心構えがいるんでな」
ギルド長はハルトに親しげに声をかけている。だが、心構えがいるとはどういうことか。
ハルトは気まずげに顔をそらし、もごもごと言い訳している。
「ええと。はい。戻ってきたというか、旅の途中だったもので。少し落ち着いたら、顔を出そうかと思っていました」
「王都にはしばらく滞在するのか? 話を聞きたいから、そっちの二人、いやサラも入れて三人か、三人も、ちょっと俺の部屋に来てくれ」
王都では注目する人は誰もいないから気楽だ、などと思っていた、二〇分ほど前の自分の背中をどやしたい。コンラートのせいで、ギルド中の注目が集まっているではないか。