出発
コミックス6巻、2月14日発売です。
書籍は3月25日発売です。
ガーディニアからの返事が来てから旅立ちまで、たったの二日だった。
「なんたって主人公がさすらい人だからな。準備なんていらねえ、風の吹くまま、気の向くままさ」
ハルトが絶好調だが、そのさすらい人が目の前にいるというのにこの物言い、サラはハラハラしてしまう。
「俺が主人公か」
「だろ? アンの後見人はエルムだし」
年上のベテランハンターにも気楽な態度、それがハルトである。もっともエルムは怒りもしない。寛容な人なのだ。
「そして俺たちはみんな、その他大勢だ」
「そのくらいが気が楽だよね」
アンを迎えに行って、王都で仕事をしながら楽しく過ごす。今回のお仕事はそれだけだ。
ウルヴァリエの屋敷でみんなとお別れして、ハイドレンジアの町の入り口に集合した面々は、今回の主人公らしいエルム、それに招かれ人のハルト、アレンにクンツ、そしてサラ。
他には何もない。馬車も、荷物も、お世話する人も。
「徒歩だとは思わなかったなあ」
前回ガーディニアに行った時は、ギルドから派遣されたハンターもいたし、移動は馬車だった。途中で飽きて歩いたりもしたけれど、基本は馬車に乗っていたものだ。
「このメンツを見ろよ。走ったほうが早いだろ」
「徒歩ですらなかった」
エルムがベテランハンターなのはもちろん、ハルトもクンツもアレンも若くて実力のあるハンターだ。
「あれ? ほぼ、ハンター?」
「サラだってハンターギルドに入ってるんだから、ハンターみたいなもんだろ」
アレンはいまだにサラがハンターになるのを諦めていないふしがある。
「つまり、全員ハンター」
ハルトがうむと頷いて、右手を高く上げた。
「よし! 出発だ!」
「いや、待って! それって、主人公が言うべきじゃないの? エルム、笑ってるけど、いいの?」
「かまわない」
「早くない? もう少しのんびりでいいんじゃない?」
サラの叫びが、ハイドレンジアの朝の通りに響いたとか響かなかったとか。
久しぶりの旅に、楽しくて舞い上がった男子四人は、息を切らしたサラに説教される羽目になったのは当然のことである。
「まったくもう。付いてこられた自分も素晴らしいとは思うけれど」
「ごめんって」
手を合わせるアレンは、付き合っている人としてサラをもっと大事にするべきだと思う。
「俺もごめん。今まで半年以上、一人旅だったから、みんなと一緒にいるのが楽しくて」
ハルトにも寂しそうな顔で謝られると、怒るに怒れなくなってしまうではないか。
「俺にはこの面々を止めることはできませんでした」
クンツには完全に同意しかない。
「私にもこの面々を」
「エルムは止められますよね。むしろエルムしか止められませんよね」
「すまない」
アレンを助けてくれたエルムは、昨年、王都にアレンとクンツを連れてきてくれたものの、サラ自身とは大きくかかわらずに過ごしていた。サラ自身も自分からかかわろうとはしなかったから、少し遠い大人だと思っていたが、ハルトにつられ、クンツの言い訳に乗っかろうとするあたり、本当にサラの思うようなしっかりした大人なのだろうか。
サラが首を傾げるのにつられたのか、エルムの顔も同じ方向に傾いていく。
「プッ。もう」
ほっとした顔をするエルムを、サラはそれ以上怒れなかった。
「身体強化には慣れていますが、私はハンターじゃないし、皆さんほど体力に自信がないので、ほどほどでお願いします。それから、旅は長いのだから、ちゃんと休憩を入れましょう」
はーいといい返事が返ってきたが、いざとなれば付いていかなければいいだけのことだ。
だが、最初に若さを発散したせいか、その後の旅路はサラのこともちゃんと気遣ってくれて、順調に進んだ。旅程はエルムに任せきりだったので知らなかったが、泊まる宿もだいたい決まっており、思ったより野営することは少なかった。
初めて野営したのは、フレイムバットのいる草原だ。
「懐かしい。二年前だっけ。ああ。この夜の景色をもう一度サラと見られたのが嬉しいけど、ハルトに見せられたのもすごく嬉しいな」
大きく張った結界の中で、サラとアレンは並んで座っている。
二人の視線の先には、襲い掛かるフレイムバットを盾で止めているクンツと、剣を振り回しているハルト、そしてハルトになにか指導しているエルムがいる。
クンツの盾で止められるたび、パッパッと空にフレイムバットの炎が舞う。
その炎の大きさは一定で、まるで点滅するライトのように正確だ。
一方でハルトの勢いのある剣で落とされるフレイムバットの炎は、まるで火花のように、時に大きく、時に小さく華やかに舞い散る。
「ハルト、強いのは魔法だけじゃないんだよな。だけど、あんなに激しく火花が散るのは、フレイムバットを真芯でとらえていないからなんだ。華やかに見えるけど、無駄が多いって、たぶんエルムに注意されてるよ」
「なにか話しかけてると思ったら、そういうことなんだね」
アレンに声が聞こえているわけではない。だが、狩りをする様子を見ていると、何が問題なのかよくわかるのだろう。さすがである。
「一方でクンツを見てみろよ。サラのバリアと違って、クンツの盾は、正確な角度で魔物に当てないと、同じ力で跳ね返らないんだってさ」
「そうか。滑っちゃうんだね」
「それでも身を守ることはできる。だけど、攻撃をきちんと跳ね返したほうが、相手に大きなダメージが入るんだ。そこをずっと訓練しているから、どのフレイムバットも同じ角度で跳ね返してる。きれいだな」
「うん」
夜空に輝くあの光は、魔物が燃える炎だ。
それでも、アレンと見上げる夜空は震えるほどきれいだった。
「ちょっと! 俺たちが頑張ってる横で、デートしてる奴らがいるんですけど!」
それもハルトの一言でだいなしである。
「ハハハ。言われちゃったからには、俺もちょっと行ってくる」
「うん。頑張って!」
一人残されたサラは、草原のどこよりも安全なバリアの中で、アレンの周りで舞う炎を静かに眺めた。
フレイムバットはアレンの手に触れることもなく、こぶしの先で燃え上がって落ちていく。
「バリアの応用。身体強化を伸ばす、だっけ。クンツの盾を正確って言ってたけど、アレンの動きも無駄がない」
狩りは素人のサラにでもわかる。アレンも二年前よりずっと強くなっているに違いない。
「来てよかった」
今日一日を皆と一緒に過ごせたこと、それだけでこの旅の価値はあるとサラは思うのだった。
フレイムバットの草原からすぐに、山道に入る。
馬車も通れる道だから、歩くのには問題ない。
「前回はもっと暑い季節だったから、景色が新鮮だ」
まだ肌寒さの残る春なので、新緑が出始めたばかりの山にはまだ葉の出ていない木も多く、そんな木々を透かして遠くの景色までよく見える。
「そういえば、前回はトンボがたくさん出て大変だったんだよね」
「おかげでクサイロトビバッタをなんとか始末できたんだよな」
サラとアレンの会話に、ハルトが耳をそばだてた。
「その話、詳しく」
「まだ話してなかったっけ」
前回ハルトと会ったのは、タイリクリクガメの騒動の時だから、ガーディニアの話は、招かれ人アンが落とされた地だという以外ほとんどしていない。
「私も詳しく聞いてみたい」
エルムに関しては、一年くらい聞く機会はあっただろうと言いたいサラである。
そういうわけで、山道は走ることなく、薬草採取をすることもなく、じっくりとガーディニアの話をすることになった。
「エルムはあちこち行っているのに、ガーディニアには詳しくないんですか?」
「あちこち行っているのは、主にダンジョンだからな。魔物のほとんどいないガーディニアには、長く滞在する理由がない。それに」
それに、の後は、少し言いづらそうに横を向いた。
「ラティにつかまると、滞在が長くなるから」
「ああ……」
アレンとクンツは、クサイロトビバッタの討伐が中心だったので、ラティの強烈さはサラほどに印象がない。共感できるのはサラのみである。
「できることがあるなら、してあげるのはやぶさかではないんだが、話し相手になれとか、もっと社交しろとか、そういうのはちょっと苦手で」
「そういえば歓迎会の時、ネリーのお相手らしき人がいっぱい集められてたなあ。アンもそうで、同年代の貴族がいっぱい来てたっけ」
そう思い出すと、ノエルをアンの婚約者と思われたくないから、宰相家に頼るのは控えたいというラティの手紙からは、考え方がだいぶ変わったことがうかがわれる。
「今回はそういうことがないといいですね」
「大丈夫だろう。何かあっても、すぐに王都にたてばいいわけだしな」
行く前から逃げる気満々なのはとてもおかしい。
春だからなのか、大きなトンボはまだ飛んでおらず、サラをほっとさせた山道だった。