問題は?
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「ラティから手紙が来たんだが、中身はアンについてなんだ」
アンはサラの後の招かれ人だが、ネリーの姉ラティーファが嫁いだガーディニアに落とされた。
サラより六歳年下で、今は一二歳になっているはずだ。
「小さいと思っていたけど、一二歳はギルドに登録できる年ですね」
「ああ。ギルドに登録するかどうかは別として、アンは自分で自分の進路を決めたらしくてな」
とんとんと手紙を叩くライに、困った様子はないから、それほど厄介なことではないのだろう。
「手紙は後で回すが、要するにだ」
ライは封筒から手紙を出して、大事なところを拾い上げる。
「アンが一二歳になり、騎士隊入りを希望している」
ヒューと口笛を吹いたのはハルトだろうか。
サラはアンが騎士隊に興味を持っていたのは知っていたので、驚きはない。だが、騎士隊入りしたいということは、保護者の元を離れて王都へ行くということだ。まだ一二歳のアンも、アンを手離すラティも大丈夫なのだろうかと心配になる。
「グライフ家はガーディニアの領主なので、アンに付いて王都に行くのは難しい。また、騎士隊に女性用の寮はないし、あっても一二歳のかわいい娘のような子どもを一人で預けるわけには、ゴホン、ここは長いのでまとめるとだな」
ライの目線を追うと、手紙の三枚目になってやっと止まった。
よほどアンのことが心配なのだなとサラは苦笑する。
心配性はなかなかなくならないものだ。
「できればアンを、王都のウルヴァリエのタウンハウスで預かってほしい、とのことだ。これはぜんぜんかまわない。だが、ラティの願いはここからが本番だ」
表情を消したライは、ネリーのほうをまっすぐに見た。
「一二歳の子どもには保護者が必要だ。グライフ家の使用人を付けるとしても、できればきちんとした後見人がいてくれると助かる。実家のウルヴァリエから誰かを出してほしい。具体的にはネフェルが付いてくれるとありがたい、そうだ」
「私ですか。確かに、アンとは気が合うが」
ガーディニアに滞在していた時、身体強化系に才能のありそうなアンとネリーとは、確かに楽しく過ごしていたと思うから、気持ちの上では問題なさそうだ。
ネリーが誰かと気が合うと、素直に口に出せるようになったことがとても嬉しいサラである。
「だが、私はここで副ギルド長としての役割があります。昨年の新階層の出現以来、ハイドレンジアを訪れるハンターの数はかなり増えている現状です。アンのことは気にかかるが、姉さまが仕事を放棄できないように、私もできません。お断りします」
「そうだな。私もネフェルには無理だとは思っていた」
ライもわかってはいたのだろうし、ラティだって無理だとわかって書いたのだろう。
だが、どんな願いも口にしなければかなうことはない。
ラティの願いは、日本人のサラからすると、ネリーの状況を考慮せず少しわがままに感じるが、ウルヴァリエの人たちは、できることならしてくれるし、できないことならちゃんと断る。
ネリーは無理だと断ったが、それで遺恨が残ることはない。できないならできないで、家族としてどう支援していくか、これから皆で考えていくのだろう。
「招かれ人ならもちろん、招かれ人でなくてもウルヴァリエの係累なら、うちでも喜んで預かると思うが、デルトモントに問い合わせてみようか」
さっそくクリスが手を挙げている。
「私たちにとってはクリスは身内だが、グライフ家はあまりかかわりがないからな。それならは、グライフ家と親交のある貴族に頼むような気がする。それでも、念のため候補に入れてもかまわないだろうか」
「もちろんだ。それに、騎士隊に入るのであれば、そもそもヒルズ家が名乗りを上げそうなものだが」
ヒルズ家とは宰相家、つまり騎士隊副隊長のリアムと、天才薬師のノエルの実家である。
「それも書いてある。ええと、ヒルズ家は是非にと言っているが、アンと年の近い子息がいるので、ご迷惑になるかとお断りしたと。つまり、ノエルがいるから、婚約やなんだと誤解されたくないということだな」
「ヒルズ家であれば、むしろ誤解されたい家ばかりだろうに」
サラの時から、なぜかクリスはヒルズ家推しなのである。
サラも、ノエルはとてもいい子だと思うが、すぐに婚約とか何かの話になるのがとても面倒だと思う。そのくらいの年なら、男女かかわりなく友だちでいいではないか。
余計なことを考えているうちにも、話はとんとんと進んでいく。
だが、ここで思いがけない人が声を上げた。
「私ではどうだろうか」
「エルム、お前がか?」
さすらいのハンターと呼ばれるほど、一つ所に留まらないエルムだが、去年のダンジョンの崩落事故以来、ハイドレンジアを拠点にしており、時折どこかに出かけるものの、基本的にはウルヴァリエのお屋敷に滞在していた。
それはとても珍しいことのようで、そろそろまたふらりといなくなってしまうのではないかと、ちょうどネリーと話していたところだったくらいだ。
あまりに意外だったのか、ライは意味もなく手を上げ下げして、何と言っていいかわからないようだ。
「昨年、アレンとクンツ、そしてサラと一緒に王都に滞在してみて、意外と悪くないと思ったんです」
「悪くない、とは」
「その」
さすらいのハンターと言われると、無口で気ままな印象だが、エルムはそうではない。そもそもアレンを助けてくれたし、騎士隊へ口利きをしてくれただけでなく、王都に同行もしてくれた。意外とよく話すし、親切で常識人でもある。
「人と共にいること、そして後進を支える、ということが。それに、ハイドレンジアに一年近くとどまってみて、旅に出ようという気にならなかった。しばらく、どこか一か所に留まるのもいいと考え始めていたところだったのです」
ライもネリーも、驚きすぎて何も答えられずにいる。
「アンという招かれ人が一二歳というなら、俺は父親と言ってもいいほどの年齢だし、ウルヴァリエから誰かをというのであれば、俺でもいいのではないですか」
「いい、のか?」
ライは即答できずにいる。
「立場としては問題ないと思う。だが、王都という見知らぬ土地で不安な一二歳の少女を、独り者の君が支えられるだろうか」
クリスがとてもまともなことを心配している。
ローザという見知らぬ土地で不安だった一二歳の私には、クリスはけっこう冷たかったですよねと、サラは心の中でだけ文句を言うのだった。だが、そんなクリスがここまで成長したのはサラのおかげだと思うことにして留飲を下げる。
「だったら、サラも来てくれると嬉しいのだが」
「私ですか?」
意外なところからサラに流れ弾が来てしまった。
ネリーがアンの世話人を受けないということは、サラもこの件にはかかわりがないということだと思っていたので、正直なところ、どう返事をしていいか戸惑う状況である。
「安易にサラに声をかけないでほしい。ネフにもだが、サラにも仕事がある。そもそもハイドレンジアの薬師ギルドの正規の職員だぞ。しかも特薬草の採取という重要な役割もある。簡単に来てくれなどと言うべきではない」
「ハハハ、クリス、まるでサラの父親みたいだな」
クリスがサラの代わりに返事をし、そのクリスをネリーがからかっている。
サラは気軽に物事を頼まれやすいうえ、流されやすいことは自覚している。自分ができることを他人のためにすることを嫌だと思うことがないからだろう。ただ、それが行き過ぎて、いいように利用されることになると面倒だし腹が立つこともある。
サラが流される前に、クリスがかばってくれたのが嬉しい。そしてネリーの落ち着いた反応からは、サラのどんな判断も尊重してくれるだろうことが伝わってくる。
それならばサラは、ウルヴァリエに守られている招かれ人として、ウルヴァリエ式にちゃんと考えてみよう。
つまり、単純明快に、嫌なら断り、いいと思うならよいと言うということだ。
サラが王都でアンに付き添うというのはとても意外な提案だったが、なぜか嫌ではないし、いいように利用されているとも感じない。
まず、ガーディニア滞在中にちゃんとアンと交流し、仲良しになっていたことが大きい。
次に、以前は嫌な印象しかなかった王都が、今ではそうでもないことがあげられる。
王都の薬師ギルドはもはや第二の職場と言ってもいいし、研究仲間のノエルがいて、仲良しのモナとヘザーもいる。
なんならヨゼフもちょっと嫌味な上司くらいの位置づけだ。
一緒に行く予定のエルムとは特に親しくはないが、いい人だとはわかっているし、王都のタウンハウスも慣れた場所だ。
リアムは昨年結婚してしまったので、サラにとっては面倒な人ではなくなった。
では、デメリットは何か。
まず、とても居心地のいい、ハイドレンジアの薬師ギルドから離れること。
特薬草を定期的に納入できなくなること。
そして何より、ネリーと離れてしまうことだ。
サラはネリーのほうを見た。
ネリーは優しく笑うと、かすかに頷いた。
好きなようにしなさいと、そういうことだ。
それからサラは、アレンのほうを見た。
アレンは力強く頷いた。
サラが行くなら、付いていく。
そういう決意だろう。
以前のサラなら、自分の都合にアレンを付き合わせるのをすごく申し訳なく感じていただろう。だが、今は違う。
アレンなら、自分がいやならちゃんと断ってくれるとわかっているからだ。もし付いてきてくれるというなら、それはアレンが本気でそうしたいからだと信じられるようになった。
では、自分は、どうしたいだろうか。
サラはうつむいて、膝の上の自分の手をじっと見つめて考えた。
今の生活には全然不満はないけれど、だからこそ、新しいこともしてみたい。
心に引っかかるのはネリーのことだけだが、いつか離れることもあると覚悟はしていた。
サラは顔を上げてエルムを見た。
「もし一緒に行ったとしても、できることはアンの話し相手くらいです。それに私、昼間は王都の薬師ギルドで働くことになりますけど、それでもいいですか」
「もちろんだ。だが、クリスの言う通り、これは私のわがままだから、そもそもそれが通るとは思ってはいなかったんだ。サラがハイドレンジアを離れたくなければ、気にせず断ってくれ」
エルムにかぶせるように、ライも言葉を重ねた。
「そうだぞ。私が寂しくなるということも考えてくれよ」
その温かさに、ちょっと涙が出そうになる。
「少し考えさせてください」
騎士隊に進みたいというアンの決意は、思ったよりたくさんの人を動かすことになりそうである。
夕食後のお茶会なので、もうだいぶ時間も遅い。
「アレン、クンツ。ちょっと遅くなるけど、少し話してもいい?」
「もちろん」
「当然だな」
「俺もいるぜ」
ずっと静かに話を聞いていたハルトも残っている。
先のことを決めるために、ネリーよりも先に、アレンとクンツ、そしてハルトと話をする。
ネリーとはずっと一緒にいたいと思って旅をしていたのに、これは親離れみたいなものだろうかと、ちょっぴり罪悪感のあるサラである。
「急な話だったな」
「うん」
サラたち四人を残して、ウルヴァリエの人たちはさっさと解散していった。彼らなりの気遣いである。
「サラは行きたい? 行きたくない?」
迷う暇もなくアレンが切り込んできたから、サラも迷うことなく答えられた。
「行きたい」
「そうか。じゃあ、俺も行く」
行ってもいいかでもなく、行こうかどうか迷っているでもなく、行く。
相談するまでもなく、サラとアレンの行動は決まってしまった。
「俺も行くぜ。なんたって、実家があるからな」
クンツが力強く参加を表明する。
「じゃあ、俺も行こう」
なぜかハルトも参加を表明した。
「何がじゃあなんだよ」
アレンがすかさず突っ込んだが、ハルトはニヤリとした後、真顔に戻る。
「そりゃ、招かれ人には会ってみたいに決まってる」
「私の時はそうでもなかったのに?」
招かれ人だと公開していなかったこともあるかもしれないが、サラが招かれ人と知ってからも、特に興味を持たれた記憶がない。
「あの時は、たぶん初めて外国に行った日本人みたいな気持ちだったんだと思う」
サラも外国に行った経験はないが、初めて外国に行った時の日本人の反応と言われてピンときた。
「外国人の中で日本人を見て嬉しくなる人と、せっかく外国に来たんだからと避けたい人と二パターンあるもんね」
「うん。その後のほうだったんじゃないかな。この世界で立った二人の同国人なのに、なんであの時もっと親しくできなかったんだろうって、ずっと悔やんでた。あと、単純に女子と話すのは緊張する」
そこでアレンが大きく頷いた。
「なんかこじらせてたもんな、あの時」
「ほっとけよ」
笑いにできるくらいには、消化できているようだ。
「確かに、その後会った時は普通に話せてたもんね」
「だろ? その時はもう友だちだったからってこともあるけど、俺ってば成長しすぎだぜ」
この自己肯定感の高さがハルトである。
「俺一人、わざわざガーディニアに会いに行くのも違う気がしてたから、行こうかどうかちょっと迷ってたんだけど、合法的に会う機会ができたんだから、会ってみたいと思うのはおかしくないだろ」
「合法的ってなんだよ」
もちろん、ハルトが一緒に行くことにまったく不満はない。そもそも、アンにはハルトとブラッドリーを早めに紹介したいと思っていたから、ちょうどいいくらいである。
ひとしきりみんなで笑った後は、真面目な話に戻る。
「それで、ガーディニアには迎えに行くのか?」
「それは、どうするんだろ?」
さっきの話し合いでは、アンの保護者としてエルムが行く、できればサラもということしか決まっていなかった。
「じゃあさ、迎えに行こうぜ」
「そもそも王都に行くかどうかを決めている段階なのに?」
迎えに行こうというハルトは飛躍しすぎな気がする。
「だってさ、俺、ハイドレンジアの次は、招かれ人の件がなくてもガーディニアを行き先に考えてたんだ」
「百パーセント自分の都合じゃない」
サラはあきれて突っ込まざるを得なかった。
「そしたら、ざっとトリルガイアを一周することになるし」
「話を聞こうか」
さらに突っ込みを入れるが、人の話を聞かないこの感じ、ハルトらしいなと楽しくなる。
結局ハルトに流されているサラと違い、クンツが真面目にハルトに問いかけた。
「ハルト、お前、次のことばかり言ってるけど、一度魔の山に戻らなくていいのか? ずっと気になってたんだが、実はブラッドリーに心配かけてるんじゃないのか」
「かけてないし」
プイっと横を向くハルトが二十歳を越えているなんて信じられない。
「いや、本当だって。むしろ、ブラッドリーには、魔の山を出るときに、こんな寂しい場所でよく何年も我慢できたなって褒められたくらいだよ。あんなに落ち着きがなかったのにって」
ハルトがかつて落ち着きがなく、しかも人の話を聞かない少年だったのは確かだ。
人の話を聞かないのは今でも変わらないが、先ほどのお茶の時間に、ほとんど口を挟まなかったことから見ても、ずいぶんと成長したものだとサラも思う。
「仲たがいとかそんなんじゃないし、いずれは顔を出そうと思ってるけど、ガーディニアに行くにしろ行かないにしろ、しばらく王都に落ち着こうかと思っていたのもほんとなんだ。だからちょうどいい」
「ちょうどいいって言われてもね。いや待って。よく考えたら、ガーディニアに迎えに行って悪いわけではないよね」
アンの話が突然出てきて、サラも一緒にどうかという唐突な展開に頭がいっぱいで、ハルトの提案が全然頭に入ってきていなかったが、落ち着いて考えると悪くないような気がしてきた。
「問題点はと言えば、旅行費用が余分にかかることと、遠回りする分、日にちがかかることだけど……」
それは本当に問題点だろうか。
サラが顔を上げると、そこには少年の頃と変わらず、ワクワクを隠せない三人がいた。
ここは勢いで決めてしまおう。
サラはすうっと息を吸い込んだ。
「お金は?」
「「「ある!」」」
「時間は?」
「「「ある!」」」
「問題は?」
「「「ない!」」」
どっと響いた笑い声を、屋敷の人たちはどんな気持ちで聞いていただろうか。
ハルトとの再会に驚いたこの日は、サラがハイドレンジアからの旅立ちを決めた日でもあった。




