ギルドでお仕事
サラは今、腕組みをしたマッチョに向き合っている。ギルドの食堂の料理長だそうだ。名前はマイズ。ヴィンスと同じくらいの世代だろうか。だいぶ寂しくなった頭をきれいに剃りあげている。
しばらくサラを眺めていたマイズは、やっと口を開いた。
「お前……せめてちょうどいいサイズの服はねえのか」
なにかと思ったら、着るものを見られていたとは。しかし、サラの服はネリーの見立てである。つまり、
「持ってる服、全部このサイズです」
「登録料稼ぐんなら、服に金を使ってる場合じゃねえか」
マイズはあきらめたようだ。
「いいか。厨房では服がぶかぶかしてるとあぶねえんだよ。きちんと袖とすそをまくり上げて、シャツはズボンの中。ベルトはしっかりと締めて」
「はい!」
「じゃあ、芋剥きからだな」
食堂と言えば芋剥きである。サラは張り切った。
芋を剥きながら、皿がたまれば皿を洗う。お昼の時間になっても食堂はさほど混まず、サラは自分が何のために雇われたのかちょっと疑問に思うほどだった。
「よし、今日はここまで」
久しぶりの水仕事は、歩くのとはまた違う筋肉を使う。それでも日本にいたころのようなしつこいだるさはなく、ただ仕事をした疲れが残るだけということにサラは感謝した。
「お前、思ったより使えるな」
小屋でも料理をしていたことが役に立ったようで嬉しい。
「この食堂が一番混むのは夜なんだ。ダンジョンから帰ってきたハンターたちがここで夕食を食べていくからな」
「それでお昼はそんなに混まないんですね」
「ああ。だからサラの仕事は、主に夕食の下準備だな。登録がすんで町に住めるようになれば、夕食の手伝いもお願いしたいところだが、まずは昼だけだな」
そういって、直接お金を手渡してくれた。穴の開いた銀貨三枚だ。
お弁当を売ったお金も自分で稼いだといえるかもしれない。しかし、この三枚の銀貨は、この世界で初めてもらう労働報酬だった。サラはギュッとその銀貨を握りしめた。
「よう、無事に食堂は務まったか。じゃ、売店なー」
「え?」
ヴィンスがひょいと顔を出すと、今度は売店に連れていかれた。まだやるとは言っていないのだが。
「昼の暇な時間は受付が売店を兼ねるんだが、面倒なんだよ」
サラが驚いて受付の人たちを見ると、みんなうんざりという顔で頷いた。
「五時からは専任の人が入るからさ。三時間くらい、ぼーっと座ってたら、それで一〇〇〇ギル。どうだ」
一〇時から二時までが食堂。お昼はまかないで出してくれる。二時から五時までは売店。悪くはない。
「あの、お金を見せてもらえませんか」
「金? ここの箱だが」
ヴィンスは食堂のそばにあるこぢんまりとした売店のカウンターの下にある箱を開けて見せてくれた。
「穴の開いた銀貨が一〇〇〇ギル。小さい銀貨が一〇〇ギル。後はなんでしょう」
「は?」
「あの、銀貨しか見たことなくて」
大変恥ずかしいのだが、サラは昨日初めてこの世界のお金を見たのだった。
「ああ、うん。そうか。銀貨しか見たことない。まだ子どもだからな。うん」
なぜかヴィンスは咳払いすると、受付のほうをうつろな顔で眺めた。
「うん。よし、大丈夫だ。あと四つ覚えればいいだけだからな」
「はい!」
「この銅貨が一〇ギル。この四角い銅貨が一ギル。けど、一ギルはほとんど使われない」
「丸いのが一〇ギル、四角いのが一ギル」
「それでこの四角い銀貨が一〇〇〇〇ギル。大きくて丸い銀貨が一〇万ギル」
「小さい銀貨一〇〇ギル、穴の開いた銀貨一〇〇〇ギル、四角い銀貨一〇〇〇〇ギル、大きい銀貨一〇万ギル」
六種類だけなので大丈夫だ。サラはにこっとした。
「もう覚えたのか」
「はい」
「そ、そうか。まあいい。この売店で売っているのは、ポーション、上級ポーション、解毒薬、解麻痺薬、魔力薬、上魔力薬。それと弁当だな」
カウンターの後ろの棚に、各薬の瓶が雑然と並び、そして箱が一つ置いてある。
「これは?」
「収納箱だ」
「これが収納箱!」
サラの目がきらめいた。ネリーといつか買おうと約束していたものだ。
「まあ、収納箱を初めて見る奴もいる。うん。俺は突っ込まねえぞ」
ヴィンスはまた受付のほうをうつろな目で見た。
「この中に弁当が入ってる。まあ、三種類だけだし、値段は一律三〇〇〇ギル。弁当箱を返却に来たら一五〇〇ギル返してくれ。返却された弁当箱も、収納箱に戻す」
「はい」
「あとはわからないところがあったら聞いてくれ」
「掃除道具と、それからできれば書くものはありますか?」
ヴィンスはまた遠くを見た。
「メモとペンはカウンターの内側に」
サラは内側をさっと見た。確かにある。
「掃除道具は……」
「こっちですよ」
見かねたらしいギルドの受付嬢が案内してくれた。
バケツと、カウンターを拭くための雑巾があればいいので、それだけ確保した。
「じゃあ、わからないことがあったら聞けよー」
「はい」
とりあえず昼のギルドは暇で、さらに買い物をするハンターもいなかったので、まずはお金の整理から始める。
乱雑に混じっている硬貨を、種類順に並べなおす。そして箱に残っている残金を確認する。
「収納ポーチに入れたら並べなおさなくていいんだけど、なんでそうしないのかな」
たくさんの人が扱うからだろうか。そんな疑問を持ちつつ、メモを手に取る。
「ポーションが二〇〇〇、上級ポーションが一万、解毒薬が五〇〇〇、解麻痺薬も五〇〇〇、
魔力薬が一万、上魔力薬が十万。高いなあ」
手のひらに収まる小さな薬剤の瓶を眺め、サラはため息をついた。そして自分がポーションだと思って持ち歩いていたのは、上級ポーションだと知った。そういえば、ネリーも上級ポーションだと言っていたかもしれない。
「ネリー、ちゃんと喋ろうよ……」
サラのことがかわいくて最上級品を持たせたに決まっている。それはありがたいのだが、ちゃんと言っておいてほしかった。
それから桶にお湯を出し、雑巾を絞ってカウンターを拭き、瓶を出して棚を拭き、最後にほこりをかぶった瓶をからぶきする。乱雑に置いてある瓶は左側に寄せる。数を確認する。
右側に新しいのを補充すれば、古い在庫は残らないという基本である。
サラは満足して掃除道具を片付けた。
それを暇な時間の受付があんぐりと口を開けてみているのに気づかないままである。
そうこうしているうちに、最初のお客が来た。受付に行こうとして、売店にサラがいるのに気づき、サラのほうにやってきた。
「よう、ポーション五個」
サラは棚からポーションを五個出してカウンターに置いた。
「はい、一万ギルになります」
「おう。それと弁当の返却が三つで、新しいの三つくれや」
男はポーチからからの弁当を出してカウンターに置く。
「一万四五〇〇ギルになります。お弁当の種類はどうしますか」
「全部違うやつな。ほら、一万と五千」
「はーい。おつりが白銀貨五枚っと。あとお弁当三つ、はい」
「ありがとな」
思ったよりスムーズに済んだ。
そこからぽつぽつと客が来て、やがてギルドがダンジョン帰りのハンターで少しにぎわい始めたころ、売店担当のおじいさんがやってきた。にこやかで気がよさそうな人である。
「お、手伝いが入ったのかい」
「サラと言います。二時から五時くらいまでのお手伝いですが」
「モッズと呼んでくれ。もう少し長く働いてくれてもいいんだがなあ」
「身分証がないから」
サラは苦笑いした。老後の道楽か、あるいは知り合いに頼まれて仕方なくやっているという感じである。
「サラ!」
「アレン」
サラはギルドに顔を出したアレンに返事をすると、お金の引き継ぎだけちゃんとして、ヴィンスのところに行った。お給料は日払いなのである。
「ほい、一〇〇〇ギル」
「ありがとう」
先はまだ遠いけれど、一か月頑張ればとりあえず身分証が作れる。ローザの町も案外悪くないとサラは思った。
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