ちゃんとしたデート
【お知らせ】
2月14日「転生少女はまず一歩からはじめたい」コミックス6巻発売、
3月25日「転生少女はまず一歩からはじめたい」書籍9巻発売です!
「わかった!」
向こうに隠れてと言われたが、サラは少し考えると、さっきのアレンのように木の上に登った。
こんな時でも、するすると木の上に登れる元気な体であるのがとても嬉しい。
よく考えたら、バリアがありさえすれば隠れようと隠れまいとサラには被害は出ない。むしろ、オオツノジカのほうに被害が出ないようにするならば、そこだろうと思うのだ。
それに、木の上からだとアレンがよく見える。
「わあ」
高原に一人立つアレンがいる場所は、さっきサラがバリアを張っていたところだ。
「確かに、複雑な色の緑の中に、単色の緑は違和感があったろうな」
色だけではなく、おそらく光と影、そして風によるゆらめきを再現できないとどうしたって不自然になる。
「オオツノジカが来る」
オオツノジカは高山オオカミよりもずっと大きい。それが群れて飛ぶように走ってくる様子は壮観だった。
「このままだとアレンが巻き込まれちゃうけど」
アレンが残ったのは、オオツノジカを狩るためだろう。逃げ足の速いオオツノジカは、追いかけて倒すのが難しい。こちらに向かってくるのなら、それは狩りたいよねとサラも理解している。
「大丈夫。アレンは強い」
これがネリーなら、何の心配もしない。アレンだって、最下層の常連なのだから心配する必要はないと自分に言い聞かせる。
「心配しないったら、心配しない」
目に入るから心配なのだ。無理やりアレンから目を離したサラが木の下に目をやると、そこには特薬草が生えていた。
「これは採取しなくちゃ」
木からおりて特薬草を摘みながらも、周辺に目をやり、移動しながら分布範囲を探っていく。
「サラ!」
「あ……」
アレンの声に慌てて立ち上がると、オオツノジカの群れは既に去った後だった。
「見てくれてたかと思ったら、これだよ。まあ、こっちがサラの本業だからな」
狩りにあまり興味がないのを知っていてくれているので、苦笑いで済んでいる。
「怪我の心配とかされてないの、俺を信頼してくれてるからだよな?」
「もちろんだよ。あ、アレン。高山オオカミが!」
サラに見せたかったのだろう。狩ってそのまま置いてあるオオツノジカに、高山オオカミが忍び寄ろうとしていた。
「お前ら! 自分で平気で狩れるくせに、なんで人の獲物を取ろうとするんだよ」
「ガウ」
「ガウ」
だって人の獲物を盗ったほうが楽だし、という声が聞こえる気がする。アレンに追われて、高山オオカミはすたこらと逃げて行った。
それから見晴らしのいいところでお弁当を食べ、ダンジョンをもう少し奥まで進み、さわやかな秋の高原を堪能して楽しく帰ってきた。
「オオツノジカの査定をお願いします」
「私は薬草分布に付け足したいところを見つけました。あとワイバーン一頭」
せっかく狩りもしたし、特薬草が生えているところも見つけたしで、最後にハンターギルドに寄った二人である。
「あのね」
ギルドの受付のお姉さんは、額に手を当ててため息をついた。
「珍しくクンツが一人で来たから聞いただけなんだけどね」
サラはアレンと顔を合わせて、クンツもやっぱりダンジョンに行ったのかと、思わず笑い合った。
「今日はやっと二人がデートに行くんだって言ってたわ。だから自分は一人なんだって、なんだか嬉しそうに。それなのになぜ?」
なぜと言われて、サラは首を傾げた。
「百歩譲って、ダンジョンにデートに行ったとして。もちろんダンジョンはデートの場所じゃないということは置いておいてもね」
とんとんと指でテーブルを叩くお姉さんは、頭が痛いという顔だ。
「なぜ仕事をしているのかしら」
「あ」
「あ」
二人が一緒にいて、当たり前のようにそれぞれの仕事をする。それが楽しくて、満足して帰ってきたのだが、よく考えたら、いつもと何も変わりないことにやっと気がついたのである。
変わったことと言えば、クンツやネリーがいないことだけだった。
「いいのよ。ハンターギルドとしては、魔物の納品はいつでも大歓迎だし、薬草の分布を報告してくれるのもとてもありがたいの。でもね、ちょっとだけアドバイスしてもいいかしら」
お延さんはにこりと微笑んだ。
「デートはね、魔物と薬草のないところでするべきよ」
口元は微笑んでいたけれども、目が怖い。
「はい……」
「はい……」
サラもアレンも素直に返事をする以外になかったのだった。
それからいろいろと忙しくて、受付のお姉さんの言ってくれたようなデートをする機会がやっと取れたのが、今日というわけなのだ。
「サラの薬草採取に付き合うのも、毎回楽しいんだけどな」
「アレンが狩りで生き生きしているのもいいと思うよ、私は」
アレンは悩んだあげく、こうしてやっと町デートを提案してくれた。
肩を並べて向かうのは、アレンの下宿屋だ。
基本はハンター向けの宿だが、食堂もあって長期宿泊者も受け入れているので、ご飯を作りたくないアレンやクンツのような単身者には人気なのだと聞いている。
自分がいつも食べている食事を、サラにも味わってもらいたいからと、アレンにお昼に誘われた時、サラは行こうかどうか少しだけ悩んだ。
「前ね、アレンが怪我をした時、一度顔を出したことがあるんだ」
「そうだったんだ? あの時は本当にごめんな」
「ううん。そのことはもういいんだけど」
本人たちにはそのつもりはなかったが、ハンターギルドまで巻き込んだ二人の初めてのケンカは、仲直りするまでずいぶん時間がかかったものだった。
あの時、アレンの宿のお姉さんにも、アレンを子ども扱いしているとちくりと皮肉を言われたことが、今でもとげになって心の中に残っている。だが、アレンがお世話になっている人にそんなことは言いたくない。
「その時にね、そういえば今度は食事においでって言われてたんだった」
「そっか。ちょうどよかったな」
屈託なく笑うアレンは、周りの人にどうおせっかいされたかなんてもう覚えていないだろう。
そのおせっかいだって好意から行われたものなんだから、サラももう忘れるべきだ。
そう切り替るチャンスだと考えて、今日はやってきたサラである。
ドキドキして食堂に入ると、やはりあの人はいた。
「いらっしゃい! ああ、アレン。予約のお客様だね」
「そう。いつものランチを二つお願い」
アレンは慣れた雰囲気で頼むと、サラを自分で窓際の席に案内した。
「ランチはいつも一種類なんだけど、おいしくてすぐに出てくるんだ」
「そうなんだ。楽しみ」
食堂に気にせず入れたことにほっとすると、とたんにお昼が楽しみになる。ランチが一種類だけで選べないというのも、思い切りがよくていい感じだ。
「はい、お待ちどうさま」
とんとんと目の前に置かれたのは、大きな塊のお肉と根菜の入ったスープで、その後すぐに二人分のパンの入った籠と、オムレツみたいな付け合わせが運ばれてきた。
「パンはお替り自由だよ。スープの肉はツノウサギ、オムレツはコカトリスの卵さ」
サラのための説明だろうと思ったら、アレンのためでもあったようだ。
「コカトリスの卵なんて珍しいね」
アレンがいつもと違うぞという顔で出された料理を眺めている。
「たまたま手に入ってね。地元の卵料理の味も知りたいだろうと思ってさ」
親しげに交わされる会話を横に、サラの視線は料理にくぎ付けだ。
それに気がついたのか、お姉さんは肩をすくめると、
「ごゆっくり」
と立ち去り、すぐに他の席に料理を運び始めた。
あちこちから、先ほどのアレンのような声が聞こえてくるから、コカトリスの卵が出てくるのは珍しいのだろう。よい日に来たものだと、サラはニコニコと卵に手を伸ばした。
「わ、キノコがたくさん入ってる。あとは玉ねぎと、味付けは塩コショウだけどキノコの出汁が出ていておいしい。今度作ってみよう」
コカトリスの卵はくせがなくてなんにでも合うが、キノコを合わせることは思いつかなかったサラである。
「そういえば、キノコの町にも行ったよね」
「ああ、ニジイロアゲハとシロツキヨタケ。懐かしいな」
「また行きたいね」
「今度は魔物とは関係なしに行きたいな」
ツノウサギのスープもしっかり煮込まれていておいしかった。
「煮込み料理ならすぐ出すことができるし、スープに大きな塊のお肉を使うなんて考えたこともなかった。やっぱり時々は外のご飯も食べると勉強になるね」
少し早めに来たサラたちが食事を終えるころ、ちょうどお昼のかき入れ時に入ったようで、食堂はほぼ満席である。
「そろそろ出る?」
サラが気を使って腰をあげようとしたら、食堂のお姉さんから声がかかった。
「ちょっと待った! 大丈夫だからそのまま座ってて」
サラは上げかけた腰を戻したが、アレンは気にせず最初から座ったままだ。
「お昼はさ、混むことは混むけど並ぶほどじゃないからさ。ほら、これはアレンから。ヤブイチゴのジュースだよ」
お姉さんがお盆に載せて持ってきてくれたのは、甘酸っぱい匂いのする赤いジュースだった。
「俺、こればっかりだけどな」
「わあ」
照れたようなアレンだが、そういえば何かあるとヤブイチゴのジュースをおごってくれる。
そしてもう一つ、中身がぎゅっと詰まったケーキが数切れ、きれいにのっている一皿だ。
「そしてこれがあたしから。あんた、もう覚えちゃいないかもしれないけど、あたし、去年意地悪なこと言っちゃったからさ。ずっと謝りたいと思ってたんだけど、接点がなかったからね。あの時はおせっかいなことして、ごめんねえ」
「ええと、はい。大丈夫です」
突然のことで何と返していいかわからなかったサラは、無難な返事をするしかできない。
「つい余計なこと言っちゃったけど、あの後店のお客さんにさんざん叱られたんだよ。あたしはアレンの大家だからさ、ついアレンの側から口を挟んじゃってね」
アレンも知らなかったことらしく、途中からはアレンにも説明する口調になっている。
「アレンを子ども扱いしているのはあたしだろうって。もし親だとしても、心配して訪ねてきてくれた友だちに言うことじゃないし、大家としてならそれこそ余計なお世話だって」
二人のケンカは、サラの知らないところでも小さなもめごとを引き起こしていたらしい。サラは申し訳ない気持ちと、あの時周りの視線が冷たいと思ったことが自分の思い込みに過ぎなかったことへの反省がどっと押し寄せて、とっさに返事ができなかった。
「あの当時店に来るハンターは、どちらかっていうとみんなあんたの味方だったね。ハハハ」
味方という言葉は嬉しいけれど、やっぱり話題を提供していたのかと思うとものすごく気まずいサラである。
「秋に採れた栗のケーキさ。おいしいから、食べていきな」
サラからの言葉は別に期待していなかったらしいお姉さんは、自分の謝罪が済んでほっとした顔で去っていった。もともとさっぱりした人なのだろう。
「なんだかいろいろあったみたいだな」
「いろいろじゃないよ。顔を出したの、ほんの一瞬だったんだから。あ、ケーキがおいしい」
どっしりとした栗のパウンドケーキは、気まずさを一緒に飲み込むにはちょうどよかった。
「俺のせいだよな。あの時はほんとにごめんな」
「もういいから。っていうか、どうして嬉しそうなの?」
サラが複雑な感情を嚙み殺しているというのに、アレンはなんだか嬉しそうにしている。
「だってさ。あの時、サラとケンカしたからこそ、こうして今デートしたりできるんだろ」
「アレンは本当に……」
基本明るくて前向きなのだ。あんなに面倒だったケンカでさえ、アレンの中では前に進むためのイベントという扱いなのだろう。
慎重で、前に進むのもためらいがちなサラにはちょうどいいのかもしれない。
「さ、ご飯が終わったら、ええと今度は」
アレンは胸のポケットから何やら紙を出した。折りたたまれたそれは結構な大きさだ。
「南通りの店に、雑貨の店があって、女子に人気」
「なにそれ?」
「みんなが教えてくれた、ハイドレンジアの人気スポット」
アレンが素直に見せてくれたそれには、おすすめスポットがいろいろな人の筆跡で書いてあった。
「これ、せっかくだから、全部行こうな」
「うん!」
申し訳ないけど、アレンはダンジョンにしか興味がないと思っていたサラは、思い切りアレンを見直した。
「一日じゃ回りきれないから、また別の日の楽しみにしような」
「そうだね」
次があることも、一生懸命調べてくれたこともとても嬉しい。
最後にウルヴァリエの家族へのお土産に、マーシャおばさんのクッキーを買って、この日のデートは終わった。
受付のお姉さんの言ったことは本当だった。
ダンジョンはデートの場所ではない。
ただし、ダンジョンに行くのも、町中でデートするのも、アレンと一緒ならとても楽しい。
それがサラの正直な感想である。