受けて立つ
次の日、三人についてきたサラが、騎士隊の場所について馬車から降りると、リアムの他二人の騎士が入り口で待ち構えていた。
リアムはサラに目をとめると、からかうように微笑んだ。
「連日のお勤めご苦労様です。それともアレンの付き添いかな」
サラはその皮肉っぽい言い回しにあいまいに微笑んでごまかしたが、リアムはサラの返事など求めていなかったらしく、エルム、そしてアレン、クンツへと順番に視線を移動させた。
「元近衛所属、エルム・ウルヴァリエだ。父から書簡が来ていたと思うが」
「ええ。元騎士隊長、ライオット・ウルヴァリエ殿からの私的な依頼ですね」
私的なというところを強調したような気がするが、ピリピリした雰囲気がそれ以上高まることがなくてサラはほっとする。
「元騎士隊長の依頼とはいえ、個人を騎士隊の訓練に参加させるなどということをいちいち聞き入れていては、騎士隊の仕事は成り立たない。また、退役した以上、元騎士とはいえ融通を聞かせる理由は本来ありません。ですが、参加するのがアレンとクンツ、すなわちタイリクリクガメ作戦の英雄ということで、許可が出ました」
「嘘だろ。なんで俺の名前も入っているんだよ。アレンにその他一名でいいじゃないか。目立っていいことなんて何もないのに」
クンツが顔を背けてぶつぶつと文句を言っているのが、サラにはその気持ちはとてもよくわかる。
「何より、英雄の参加を見習いの騎士たちは楽しみにしている。さあ、こちらへ」
サラは不安になって思わず一歩前に出た。
「あの」
「サラ、大丈夫だ」
そしてすかさずアレンに止められた。
「約束は絶対に守る。騎士隊から学べるものは全部学んでくるから」
「うん」
サラは心配性なので不安は消えることはないだろうが、アレンの人生はアレンが決める。サラは口出ししない。ただしアレンはサラの心配をきちんと受け止める。
昨日二人で決めたことだ。
「今日は特級ポーションの経験者は集めていないので、薬師の君は来る必要はないよ」
せっかくここまで付いてきたサラは門前払いである。
だが、サラにはちゃんと薬師ギルドという居場所があった。
特級ポーションの経験者はその後もぽつぽつと表れたが、数は少なく、レポートをまとめるのはそれほど大変ではなかった。結果として、サラが感じていた通り、回復期の無理というのは、身体強化か魔法か、つまりいずれにせよ魔力を使うかどうかということであることがはっきり見えてきたのが成果だった。
「特級ポーションの販売時に、飲むことで死を早める可能性があるということだけでなく、回復期の過ごし方の説明を聞かない限り売らない、という条件を付けたらどうでしょうか。売るのは薬師ギルドかハンターギルドの売店なんだし、統一できると思います」
「サラのおかげで、王都の薬師ギルドにも在庫ができたことだしな。騎士隊はもちろん、ハンターからも既に引き合いが来ているんだ。売るのは少しためらっていたのだが、ハイドレンジアだけでなく、深層に潜るハンターは持っておきたいという声は前々から多かったんだ」
ギルド長のチェスターも乗り気である。
「売るほうには面倒くさい手順が一つ、増えるが、それを徹底すれば、元通りの力で仕事に復帰できる騎士やハンターがいくらかは増える。これは大きい」
もともと使う人が少ないのだから、大きい影響があるわけではない。だが、後遺症に苦しむ人が一人でも減るならやってみる価値はあると思うのだ。
「明日、アレンが一ヶ月の回復期を終えるそうだな」
「なぜそれを。あと、一ヶ月ではなくて実質二か月ちょっとです」
突然その話になり、サラは焦るが、つい正確な情報を伝えてしまう。
「ヨゼフを向かわせる。アレンが身体強化を使う場に立ち会い、完全回復を確認して、このレポートのまとめとしよう。そしてサラの提案通り、販売する時に使用後の注意を徹底させることとする」
「はい! ありがとうございます!」
ケンカの原因になったことで、特薬草も特級ポーションも嫌いになりそうだったが、きちんと向き合った結果として、サラのように悩む薬師が少しは減ることになるだろう。
「だが、今のところ特薬草の群生地は、ハイドレンジアにしか見つかっておらず、さらに採取に行ける者が限られる。できればだが、定期的に採取してくれると助かるのだが」
「ええと」
今までのサラだったら、ダンジョンに行くことは頭から断っただろう。だが、自分が最初からかかわった案件で、しかも自分が王都の薬師ギルドまで話を広げたのだ。
これは、サラができることで、やりたいことで、やるべきことだと思う。
「はい。私にできる範囲でですが」
「それは」
そばで一緒に話を聞いていてくれたノエルが、思わずというように口を挟んだ。
「ほぼ何でも大丈夫ということと同義ですよ。無理のない範囲で、ということにしておきませんか」
「そうする」
サラはありがたくアドバイスを受け取り、チェスターが、余計なことを言うなという目でノエルをにらんでいたのには気がつかなかったふりをすることにした。
次の日、サラは薬師ギルドには向かわず、アレンたちと一緒に、騎士隊に向かった。
二か月ぶりに身体強化を使うというのに、アレンは興奮した様子もなく、馬車の座席に静かに座って窓から外を眺めている。
「俺のほうがそわそわするぜ。不安じゃないのかよ。もしかしたら、もしかしたら力が戻ってないって可能性もあるんだぞ」
クンツのほうが落ち尽きなく膝を上下させている。
「うん。そうだな」
あまりに静かなので、サラも不安になってくる。
「でもな、俺」
アレンは窓から視線を馬車の中に戻した。
「力が戻っていなくても、仕方がないと思うんだ」
「どうして!」
サラは思わず立ち上がりそうになって、慌てて座り直した。
「あんなに頑張ったのに。そりゃ、仕方ないっていえば仕方ないのかもしれないけど」
「うん。サラを守るために、サラに並ぶためにと思って必死に強さを求めてきたけど、どんなに強くなってもそれはかなわないってわかったから」
かなわないというのは諦めの言葉だけれど、サラを見るアレンの目には諦めの色はない。
「逆にどんな俺でも、弱くても強くても、俺が俺であれば、サラはそばにいてくれる。そうだろ?」
「うん。だって、人は誰だって、怪我をしたり病気になったりして、弱ることは必ずあるもの。強さだけが価値のある事なら、弱い自分も弱い他人も許せなくなっちゃう」
サラがどんなに体が弱くても、家族の愛は何も変わらなかった。アレンの力が戻らなくても、サラはそばにいる。
「クンツもだろ」
「無理に仲間に入れなくても平気だって」
「ハハ。うん。でも、たぶん大丈夫だ」
アレンは右手でこぶしを作って見せた。
「俺、なんか強くなってる気がするんだ」
騎士隊に着くと、アレンは静かに鍛錬所に向かった。
「じゃあ、行ってくる」
右手を軽く握ったり開いたりしているのは、身体強化の確認だろう。その後ろを、まるで守るようにクンツが歩いていき、待っていたリアムの横に立った。アレンの鍛錬に最後まで立ち会うという覚悟が見える。
「準備運動や素振りはどうする」
リアムに聞かれ、アレンは首を横に振った。
「いらない」
「そうか。では」
「俺がやろう」
保護者としてずっと付いてきてくれていたエルムが、静かにアレンに歩み寄った。
「弟子になれるかどうかと、アレンの身体強化を試したのは、ネフェルの一太刀だと聞いた。では、再起の一太刀は、ネフェルの兄である私が振ろう」
「勝手なことをするな! アレンの相手は、同じ見習いと決めてある!」
すかさずリアムが止めているから、最初から決まっていたことではないのだろう。
「大丈夫です。リアム」
アレンはそのリアムに笑って見せると、エルムに向きなおった。
「今のあんたが、五年前のネリーより強いかどうか、俺が確かめてやるよ」
挑発するようにこぶしを構えたアレンに、エルムは剣を抜いた。
確かにあの時、アレンはネリーの剣を弾くことができた。だが、エルムはそんなネリーよりも強いはずだ。
思わずやめてと言いそうになる自分をサラは必死に抑えた。
アレンができるというなら、それを信じよう。
一瞬ののち、ドゴンと。
ただワイバーンがサラのバリアにぶつかるような重い音が聞こえたと思ったら、アレンの交差した腕が、エルムの剣を支えているのが見えた。
「おお……」
「防いだ……」
「防いだぞ!」
歓声を背後に、アレンとエルムは舞うようにこぶしと剣を交える。
剣を受けても、まるで体が鉄でできてるようにすべての攻撃を防いでいくアレンは、どう見ても前よりも強くなっているように見えた。
最後にガツンと交差すると、二人は自然に距離を取り、礼をした。
「わあ!」
歓声が上がって、見習い騎士たちがアレンに駆け寄ってくるのを見ると、どうやら一ヶ月楽しく過ごしたらしいということがわかる。
「待ってくれ」
アレンは両手を上げるとサラのほうにすたすたと歩いてきた。
「サラ」
「うん」
アレンの目はキラキラと輝いており、何も聞かずとも、完全に復調したことが伝わってきた。
「俺、サラに許可を取るのを忘れてた。身体強化、使ってもいいか?」
「もう使ってるじゃない。もちろん、いいよ」
「ありがとう。助けてくれて、本当にありがとう」
「うん」
特級ポーションを使って本当によかった。うるさく思われても、身体強化を使うなと言い続けて本当によかった。
アレンの心からの笑顔を、もう一度見ることができてよかった。
「じゃあ、俺、もう一つやらなきゃいけないことがある」
「うん?」
アレンはつかつかと鍛錬場の中央に戻っていった。
「こいよ」
「はあ? 俺?」
アレンが声をかけたのは、クンツだった。
「自分ばっかり進化しやがって、身体強化を使えるようになったら、絶対一発入れてやろうってずっと思ってたんだ」
「なんのこと? ねえ、俺なんかした?」
戸惑うクンツに、こぶしを構えたアレンが踏み込んだのが見えた。
「おらっ!」
「うわっ!」
なぜこういう状況になったのかはわからないが、この場にいた全員が、魔法師であるクンツが殴り飛ばされたと思ったことだろう。
ドウッと、重い音がして、アレンとクンツが同時に飛び退った。
「ほらな? 俺の渾身の一撃を跳ね返しやがって。エルムの剣を防いだ俺のこぶしだぞ?」
「ちょっ、待て。待てって。いきなりすぎるだろ」
アレンのこぶしを、クンツが前に伸ばした手が弾く、弾く、弾く。
身体強化が苦手なはずのクンツがなぜ、と、周りの人は思ったに違いない。
「ああ、バリアの盾だ。ずっと練習してたもんね」
よく見ると、茶色の薄い盾がクンツの手の先に現れてはこぶしを弾き、そして割れるように消え去っている。
「アレンのこぶしを弾けるなら、ワイバーンも弾けるかも」
いつの間にかクンツも、自分なりの武器を身に着けていた。
「俺の陰に隠れて、目立たないつもりでいたんだろうけど、そんなずるいこと許さないからな。お前も一蓮托生だ!」
「嫌だ! 俺は目立たなくていいんだ!」
クンツのその叫びは、リアムのらんらんと輝いた目を見れば無駄だとわかる。
「アレンはタイリクリクガメの件で、騎士隊にも目をつけられていましたからね。パーティを解消するつもりがないなら、クンツも覚悟を決めるべきでしょうね」
ノエルの指摘は、サラには意外なものだった。タイリクリクガメの件では、いわば手柄を取られた形となった騎士隊は、アレンのことはむしろ敵視しているかと思っていたのだ。
「ガーディニアの件もちゃんと王都には伝わっていました。サラ、あなたも目立たないつもりでいるのでしょうが、無駄ですよ。毎年毎年、何かしらの成果を上げているんですから。今回の特級ポーションの件も、それを後押ししました。そろそろ覚悟を決めたほうがいいのかもしれませんね」
覚悟を決めたほうがいいなんて、人に言われたい言葉ではない。
けれども、サラは夕陽の差すハイドレンジアの湖のほとりで、決めたではないか。
皆と肩を並べて歩きたければ、もっと力をつけなくちゃいけないと。
どんな薬師になりたいか、そのために何をしなければならないか、ちゃんと考えようと。
「できることなら、受けて立ちます」
自信をもって、一歩進んでいけるはずだ。
目の前ではしゃいでいる、子どもっぽくて、でも信頼できる仲間が一緒だから。
(すれ違う二人:終わり)
これで一区切りです。
今週水曜日、9月25日発売の8巻もよろしくお願いします。
それから、来週の月曜日、転生幼女の再開です。