王都薬師ギルドにて
9月25日、8巻が発売です。
詳しくは活動報告をどうぞ!
それから一週間後、王都に着くころには、サラはすっかりと元気を取り戻していた。
手紙を送るより先に自分が到着したので、ドキドキしながらウルヴァリエのお屋敷のドアを叩くと、顔見知りの執事の人がにこやかに待ち構えていた。
「旦那様から早馬で連絡がございました。まずサラ様からということで、いつものお部屋をご用意しております」
「ありがとうございます」
まずサラからというのはどういうことだろうと思いながらも、渡り竜の時に滞在した部屋に案内してもらう。その後のタイリクリクガメの時も、ローザからの帰りにお世話になっていて、このタウンハウスもすっかりなじみとなっている。
「仕立て屋と宝石商はいつころ呼びましょうか」
「いやいやいや」
サラはレディらしからぬ姿で手を横に振った。ライが気を使ってくれたのに違いないが、面倒くさいのでお断りである。
「今回は仕事ですので、ドレスも宝石もいらないと思います」
「サラ様はいつでもお仕事だとおっしゃる」
執事は残念そうだが、それでもサラの意をくんで、それ以上は推してはこなかったので、サラもすぐに今回の本題に入れた。
「早速ですが、今日のうちに一度、薬師ギルドに顔をだしたいんです」
「すぐに馬車を用意いたします」
薬師ギルドに着くと、サラは職員が入る側ではなく、ポーションを売っている側に向かった。指名依頼ということは、今回は薬師ギルドに招かれたお客様だ。ちゃんと受付を通したほうがいいだろうという判断である。
「あの」
そう忙しそうでもない受付の薬師に声をかけると、受付の薬師はサラを上から下まで眺め、ふんと馬鹿にしたように鼻息を吐いたので、サラは思わずくすっと笑ってしまった。
王都はよくも悪くも、前回サラが滞在していた時のままだ。
サラはまともそうな人を選んで、指名依頼の封筒を手渡した。
「ノエルかヨゼフをお願いします。顔見知りなので」
「承知しました。少しお待ちください」
サラはあっけにとられている受付の人に目をやると、ちょっと胸を張ってふふんという顔をしてやった。
「サラ!」
受付と静かな争いをしていたせいで、奥のドアから飛び出してきたノエルに、変な顔をみられてしまい、サラは衝動に身を任せてしまったことをちょっと後悔した。
「ノエル! 久しぶり! ええ?」
ノエルとは去年ガーディニアで出会って以来だが、顔は同じでも、目の高さが違う。
「いつの間にそんなに大きくなっちゃったの」
「親戚の叔母様じゃないんですから」
苦笑するノエルは、もうアレンとそんなに身長が違わない。
「誘ってみたものの、サラがこんなに早く来るとは思っていなかったので、まだほとんど準備ができていないんですが」
「手紙を読んだ次の日に出てきたから」
「サラの話、これは自分だけが知っておいていいことではないなと、ギルド長に相談させてもらったら、あっという間に話が動き始めてしまって。どうやらハイドレンジアから、特級ポーションの成果の報告だけは来ていたようで、王都でできないことを歯がゆく思っていたらしいです」
「それで特薬草を収めるようにという指名依頼が来たんだね」
サラの言葉に、ノエルははっとしたようだ。
「のんきに旧交を温めている場合ではありませんでした。サラが来たということは、つまり」
「特薬草、採ってきたよ!」
今度のふふんは心からのものである。
ノエルがギルド長室をノックすると、すぐに入室の許可が出た。
ノエルの後に続いてサラが入ると、正面の椅子からギルド長のチェスターがガタリと音を立てて勢いよく立ち上がった。
「よく来てくれた! それで、特薬草は!」
チェスターは落ち着いてお堅い印象だったので、その勢いに驚きつつも、サラはまず挨拶をする。
「お久しぶりです」
横にヨゼフが不機嫌そうな顔で控えているなと思いつつ、サラは新しい収納ポーチから、籠を二つ、ぽんぽんと机の上に出した。
「おお……。確かに」
紫色の葉を、押し頂くように籠から取り出したチェスターの手は、少し震えていた。
「ちょうどタイミングが良くて、ダンジョンの薬草調査のついでに採取してきました。急いだほうがいいかと思ったので、数は二〇〇本です」
「二〇〇! これで主だった薬師には調薬を経験させられるな」
主だった薬師ということは、二〇〇本でも足りなかったということである。サラはもう少し採ってくればよかったかと少し後悔したが、仕方がない。
「それで、特薬草を納めたら、私の研究に協力していただけると書いてあったのですが」
「うむ。それについてはヨゼフに一任してある。私は特薬草をどう配分し、どう作らせるか改めて考えねば」
チェスターは最悪の提案をしておいて、よほど待ちわびていたのか自分は籠を抱えるとそわそわとギルド長室から出て行ってしまった。
そしてギルド長室には気まずい沈黙が落ちている。
「まず座りましょうか」
一任されたはずのヨゼフがそっぽを向いて動かないので、ノエルが仕切り始めた。ギルド長室には客人用に、ソファーセットが置いてあるのだ。
ヨゼフが役に立つ気がないのを見て取ると、サラはため息をついてノエルと話し始めた。そもそもはノエルにだけ頼もうと思っていたことなので、薬師ギルドの協力がなくても問題ない。
「要は、特級ポーションの回復期の過ごし方をちゃんと説明できるようになっておきたいっていう話なんです」
「本当に要点ですね」
ノエルがくすっと笑ってくれた。
「アレンに」
サラはそこで思わず言葉に詰まってしまう。
「アレンに特級ポーションを使って、やっと目が覚めた後、クリスやカレンに、日常生活は送っていいけど、一ヶ月無理はいけないって説明されたの。だけど、ハンターや騎士にとって、日常生活ってどこまでで、無理って何を指すのかが難しくて」
サラは無理に顔を上げると、収納ポーチから、ハンターギルドに集まってくれた経験者の体験談をまとめたレポートを取り出した。
いつの間にかそっぽをむいていたはずのヨゼフが、サラのレポートを手に取って、立ったまま読み始めている。
「レポートをもとに、身体強化と魔法を使わないようにってアレンには言ったんだけど」
そこでなぜか、サラの声は震えてしまう。アレンのことはもう大丈夫だと思っていたのに、なぜか改めて口にすると胸が痛む。
「俺にはこれが日常だからって言って、ダンジョンの深層部の探索に、雑用係として参加してしまって」
突然ヨゼフがソファに座り、ごそごそとポーチから紙に包まれた何かを取り出すと、ぼそぼそと言葉を紡ぐサラの前にポンと置いた。
「これは?」
「ヒツジ飴だ」
「ヒツジ飴?」
初めて聞いた名前だが、警戒よりも好奇心が勝り、サラはそれを手に取ると紙包みを開いてみる。
「わあ、雲みたい」
真っ白なマカロン、いやむしろ小さいカルメ焼きのようなお菓子が出てきた。
「ワタヒツジに似ているから、ヒツジ飴。一口でいけ」
「なるほど」
飴よりは大きなそれを、サラは勧められるまま大きな口でぱくりと食べる。
「んー、おいひい」
あまり甘くはないけれど、口の中でかしゃりとほどける触感は、雲をお菓子にしたらこうだろうかと思わせる楽しいものだった。
「特級ポーションを使ったのは、アレンだったんだな。あの秋、君のお守りをしていて、次の年にはタイリクリクガメにただ一人刃を通した英雄になったハンター」
サラはもごもごとしていて返事ができなかったが、アレンがヨゼフにも知られているハンターになっていたことに驚きが隠せない。確かにタイリクリクガメの件では有名になったと知ってはいたが、ハイドレンジアでは身内でからかうくらいで、王都でまで評判になっているとは思わなかった。
「そして君の親友か。そうか」
ノエルがさりげなく水を出してくれて、サラはやっと口の中のお菓子をすっきりさせることができた。おいしいけれども、口に張り付いてなかなか厄介なお菓子である。
「安易に特級ポーションを使ったと誤解していた。事情を知らず、すまなかったな」
「はい、いえ」
あまり性格のよろしくないヨゼフにお菓子をもらったうえに謝られて、サラはドギマギしてしまった。
ヨゼフはふうっと大きな息を吐くと、手に持ったレポートを指先でトントンと叩いた。
「私もまだ薬師になりたてだったころに、特級ポーションを使ったことがある」
それはもしかすると、カレンと同じときだろうか。
「渡り竜討伐の時のことですか」
「なぜそれを知っている。そうか、カレンか」
サラの予想は当たっていたようだ。
「幼馴染だった。あいつは騎士で、私は薬師。道は別でも、同じ王都でしかもかかわりのある仕事。あの時も、新人の私と見習い騎士のあいつは南の丘で、下働きで走り回っていたんだ」
サラにもわかる。飛んでくる竜の咆哮を見定め、時には追い払い、無理なら落として討伐する、緊張に満ちた冬の匂いを思い出す。
「落とした竜を仕留めきれなかった。暴れる竜は、後方に控えていた見習い騎士のほうに倒れこみ、そして」
ヨゼフの友だちは、致命的な怪我を負ったのだろう。
「結局、友は帰らなかった」
「お気の毒に」
他に言葉も出ない。
「あの時、特級ポーションで回復した騎士もいれば、そうでない騎士もいた。なにがその差を分けたのか、薬師のせいではなく、与えられる患者の怪我の程度と生命力次第だとわかってはいても、割り切れない思いが残ってね」
貴族のおぼっちゃまとしか思っていなかったヨゼフに、そんな過去があったとは思ってもいなかったサラだが、悲しい気持ちには共感しかない。
「そんなつらい判断を薬師にさせたくせに、薬師の責任だと言って騒ぐ無能な騎士どもの愚かさほど馬鹿らしいものはなかった」
毒を吐く元気があるのなら、元気になったのだろう。
「君のレポートは助かった後のことだから、私の割り切れない思いを解消するのには何の役にも立たないが」
とても元気そうである。サラは思わずこめかみがひきつった。
「薬を与えるか与えないかの苦しい決断をした君に敬意をこめて、レポートの作成には全面的に協力しよう。それにしても君のアレンは愚かしいな。せっかく命をつないだというのに、それを投げ捨てるような真似をするとは」
君のアレンではないとか、命を投げ捨てたわけではないとか、いろいろ言いたいことはあったが、協力を得られるなら文句は言うまいと決意するサラである。
「ではまず、効率的に聞き取るために、質問表を作りませんか。基本的に答えてほしいことは決まっていますから、そのひな形を作れば統計も取りやすいでしょうし」
静かに話を聞いていたノエルの提案である。
「それももちろんだが、まず聞き取り用の依頼表をどう作るかだ。サラ。ハイドレンジアでは、依頼票と報酬はどのようにした?」
「依頼票はこんな感じで、報酬はポーション一式のセットです」
「ふむ。一時間ほどの聞き取りに対して高額すぎる気もするが、ハンターが狩り以外の面倒なことに時間を割くには、そのくらいはあってもいいかもしれん。原価はそれほど高くないしな」
悪徳業者のような話ではあるが、ポーションを作るのはやはり特殊技能なので、言っていることはもっともではある。
わいわいと三人で話し合い、すぐに聞き取りの形式を整え、明日にはハンターギルドに依頼票を出すことに決まった。
「騎士隊はどうしましょう」
カレンの経験もヨゼフの経験も、渡り竜がらみのものだし、ハイドレンジアでも騎士からハンターになった人の経験は貴重なものだった。
「薬師ギルドからの正式な依頼を出してもらえれば、僕が持っていきますが」
「いや、私が持っていこう。副隊長の弟なら話は早いだろうが、身内ではなく、薬師ギルドという組織からの依頼という形を取ったほうが言うことを聞かせやすい」
ノエルの提案を、ヨゼフがより良い形にしたはずが、なんとなく悪人臭がしてしまうのはサラの偏見だろうか。
次の日からサラは、薬師ギルドで監督官のような立ち位置で過ごすようになった。
見かけは十七歳の新人だが、特薬草をもたらし特級ポーションを作り、しかもそれを実際に使った薬師として一目置かれる存在になったようで、なんとも面映ゆい感じである。
そして依頼票を出してすぐに、まず騎士隊から、そしてハンターギルドから経験者が現れ始め、サラとノエル、そしてヨゼフはその聞き取りに奔走することになった。