なぜ俺も(クンツ視点)
(引き続きクンツ視点です)
ギルドの受付の人が詳細を知るわけがないので、サラの動向を知るために、アレンとクンツはネリーとクリスと共にライの屋敷へ向かった。
「指名依頼があったと言って、すぐに出かけてしまったが、私も領主でなければ一緒に王都に行って観光ができたのに」
「そう。それですよ。いつもなら私に一言くらい相談してくれるはずなのに、今回はサラは何も言わなかったものだから、ギルドで初めて聞いて驚いてしまって」
「お、おう。そうなのか。ネフェルを待たずに一人で行くことは聞いてはいたが、話もしていないとは知らなんだわ。結婚したばかりだから気を使ったか。だがアレンはどうだ? 聞いていないのか?」
ライも驚き、そしてうつむくアレンを見て、からかうように言った。
「アレンもか。ハハハ。ケンカでもしたか」
落ちた沈黙にライは何かを悟ったようだ。
ゴホンと咳ばらいをする。
「サラも暗い顔をしていたのはそのせいか。まあ、心配することもあるまい。サラも成人しているのだし、王都ではウルヴァリエのタウンハウスに滞在することになっているからな」
「ウルヴァリエのタウンハウス」
アレンはそれだけを聞き取ると、即座に立ちあがった。
「待て待て。待つんだアレン。ちゃんと話を聞こう。まだサラがどんな指名依頼で王都に行ったのかも聞いていないだろう。それにすれ違ってしまったらどうするんだ」
サラが王都に行って、アレンがすぐに謝りたいと思っている以上、アレンが王都に向かおうとするのは目に見えていたので、クンツは慌てて止めた。
そんなアレンをライが不思議そうに見た。
「すれ違う? アレン、いったいどうした。今までだって仕事で少しくらい離れたこともあっただろう。ハンターに、薬師にと、それぞれ仕事も違う。少女だったころのサラならともかく、今のサラにアレンの助けが必要とは思えないが」
それがアレンにとって問題なんですよとクンツは叫びそうになる。
「俺はサラの患者だから」
急にアレンがそう言いだした。
「サラからの許可が出ないと、身体強化が使えない。身体強化が使えないと、ハンターとして働くことができない。働けないと、生活できなくなる。だから会いに行く」
黙っていたクリスが、あきれたように口を開いた。
「アレン、そのポーチはワイバーン何頭分の物だ」
「……一〇頭分です」
「借金して買ったものか」
「……いいえ」
クリスはかすかにため息をつき、長い足を優雅に組む。
「私とネフに、さっさと家を買ったらどうですかと言ったのはどこの誰だったか」
「……俺です」
そんなことを言っていたとは知らなかったクンツは驚愕した。大きなお世話である。
「まだ一〇代の俺でも家くらい買えるのにと言ったのは?」
「……俺です」
生活のために、すぐに働く必要はないだろうというクリスの皮肉であろう。
正直に言うと、アレンと組んでいるクンツも、立派な家を買えるくらいの財産は稼いでいるから、アレンはもっとだろうというのは知っている。まして、二人とも武器にそれほど金のかからないタイプのハンターで、生活ぶりも質素である。
だが、親しいとは言え、目上の貴族に対してその物言いはない。
アレンはハイドレンジアの若手では一番強い。技術では劣るかもしれないが、ベテランでさえアレンに勝てるものはいない。狩りの成果は出ていて、失敗もほとんどない。
それなのに、威張りもせず、友ながらえらい奴だなと感心していたクンツである。
だからこそ、階層間の壁の崩落があったあの時、なぜアレンはサラのそばを離れたのだろうと、クンツはひそかに疑問に思っていた。普段のアレンなら、エルムのことが気になったとしても、サラを守るために、クンツの位置、すなわちネリーとサラの間にいたはずなのだ。
気がつかなかった。
クンツは大きくゆっくりと息を吐いた。そうでもしないと、アレンの胸倉をつかんでどうしてだと問い詰めそうだったからだ。
驕っていたのだ、アレンは。
だからクリスにも生意気なことを言えた。
そしてあの時も驕っていた。
自分ならサラを守れると。
怪我をしてもなお、それに気がつきも反省もせず、今も驕っている。
そして会いさえすればサラに許してもらえると信じているから、愚かなことが言えるのだ。
クンツの一度おさまった焦燥感が、また胸のなかでくすぶり始める。
だが、ネリーもクリスも、別に腹を立てているとかではなく、少しばかりあきれ、微笑ましく思っていただけで、会いに行くことを許そうとしている。
「どうしても会いに行きたいという気持ちは理解した。が、私もクリスも、そしてクンツもこちらでの仕事がある。一人で何とかするんだな」
このくらいゆるく突き放せば、後はアレンが行動し、サラが許すだけだ。
まるで問題が解決したかのような和やかな雰囲気に、クンツは焦りを覚える。
このまま王都に行っても、二人は元通りにはならないという、嫌な予感がした。
「なあ、アレン」
ゆるんだ雰囲気に一石を投じることに、クンツはほんの少しだけ罪悪感を覚える。
「王都に行って、謝ってもサラが許してくれなかったらどうするんだ?」
「え?」
ほら、許してくれないとはかけらも思っていないんだと、クンツは指摘したくなる。
「サラのことだから、もういいんだよ、自分もしつこくしてごめんって、きっと言ってくれるだろう」
そんなサラが目に浮かぶようだ。
「けど、口でそう言ったからって、心が納得するかは別だろ。アレンのことを見るたびに、冷たくされて傷ついたことを思い出してしまうかもしれない。それなら、いっそのことアレンが目に入らないように、距離をとろうと思うかもしれないじゃないか」
「なんでそんなことを言うんだよ」
アレンは悔しそうだ。
「だったら、どうしたらいい? 王都まで行かずに、ハイドレンジアで待っていたら、それこそ俺のことはどうでもよくなってしまう気がするんだ」
「それはそうだなろうな」
「なら!」
アレンは当事者だから面倒だろうが、クンツだって、こんな面倒くさいことを自分が考えなきゃいけないことが嫌になる。
「俺はね、こう思うんだ」
クンツは、自分が気になっていたことを最初から話すことにした。
「怪我をして命にかかわる怪我をしたから、アレンのことを被害者だとみんな思ってた。だから誰も気にしていなかったかもしれないけど、最初から問題があったと思う」
「なんのことだ?」
アレンがぽかんとするが、クンツは話を続ける。
「お前、エルムに興味がありすぎて、サラを守ることを忘れてたろ」
アレンの口が違うという形に動いたが、声は出なかった。
「アレンがサラのそばにいないから、俺がアレンとサラの間に立ってた。なにかあった時に、すぐにサラのところに駆けつけられるようにって。あの時、サラとアレンの位置が逆だったらどうだった?」
どうだったと聞いた後で、そういえばサラはバリアを張ってしているからまったく問題がなかったかもしれないと思うクンツである。
「アレンが見ていなかったせいで、サラがガーゴイルの下になったこともあり得たんだぞ。下になったとしてもサラには問題なかっただろうがな」
そしてそのことを素直に口に出した。
「結局、アレンがいようといまいとサラには何の関係もないのに、一人で守るとか守らないとか騒いだ挙句、意固地になってサラを傷つけて、それなのにまた勝手にサラに付きまとおうとしてる、やばい奴なんじゃないのか、お前」
言いすぎた。言いすぎだとはわかってはいても、もうクンツは止まれなかった。
「今のままの甘えたお前が王都に行っても、サラに迷惑をかけるだけだと思う。俺が言えるのは、なんでサラに許してもらいたいかちゃんと考えてから行けよってことだけ」
堕ちた沈黙が痛い。
「じゃあ、俺は下宿に帰ります」
クンツは誰の返事も聞かずに、ライの屋敷から大急ぎで退出し、建物から出た途端、頭を抱えてしゃがみこんだ。
「俺だけはアレンの味方でいようって決めてたのに。最大の刺客になってどうするよ。とどめを刺しちゃってないか、俺。特級ポーションみたいだな。ハハハ」
せっかく一ヶ月アレンに付きあって支えようとしていたのに、自分でぶち壊しにしてしまった。
「あああ、俺のせいで二人が永遠に仲たがいしてしまったらどうする?」
「それは絶対にないよ」
背後から響いた声に、クンツは飛び上がった。
「アレン」
「ごめん」
アレンが素直に頭を下げている。
「なんだよ。謝るのは俺にじゃないだろ」
「いいや。まずクンツにだ。本当にごめん。それに」
アレンは顔を上げてちょっと泣きそうな顔をした。
「ありがとう。いつも、いや、はじめからだ」
「なんだよ」
鼻がつんとするから、クンツは上を向くしかない。
なんで急に素直になったのかとか、なんで自分にありがとうなんだとかは聞かない。
驕っていた自分にちゃんと向き合えたなら、それでいい。
「俺、王都に行く。行ってサラに謝ってくる」
「当然だ。今回は全部お前が悪いんだからな」
「うん」
まるでこの一ヶ月間の、意固地なアレンがどこかに行ったような素直な返事だった。
ウルヴァリエの馬車を出すというライの申し出を断って、次の日には王都に行く定期便に乗ると決めたアレンは、その日のうちに動き回って、いろいろなことをさっさと決めてしまった。
「なんでエルムも一緒なんですか」
「深層は魔の山と同じだった。飽きた」
なぜかエルムも王都へ向かうという。ライの屋敷でアレンの話に参加していなかったから、まったく興味がないと思っていた。
「それに、弟子の面倒を見終わっていない」
「いつの間に弟子に!」
深層で毎日組手の相手をしていたと思ったら、クンツの知らない間に弟子認定されていたらしい。アレンは意外とちゃっかりしているのだ。
「王都のつてを頼ろうと思っている。父もアレンに剣を学ばせようとしたようだが、その前の体を動かす段階から学び直させたい。紹介状ももらってきた。ネフェルにしろ私にしろ、アレンの叔父にしろ、アレンの師は誰も教えるのはうまくはなかったからな」
ハンターになるのに、ハンターの先輩を頼ったりすることはあっても、ハンターを育てる人がいるというのは聞いたことがないとクンツは思う。だからこそ、クンツの魔法も、先輩の魔法を見せてもらったりしての試行錯誤でやっているし、アレンが叔父に学んだとしたら、それはそれで正しいやり方だ。
「身体強化前の基礎を教えるところなんてあるんですね。俺、王都にいたけど、知りませんでした」
「ある。教わっている生徒は一二歳から一六歳くらいだが、それより上だからと言って断られることもないだろう。同世代と学ぶことも必要だろうと思う」
「なるほど。ということは、行き帰りだけでも結構時間がかかるし、アレンはしばらく王都に行ったきりになるんだなあ」
その間、クンツはどんなふうに狩りをしようかと頭を巡らせた。
せっかくだから、サラと考えた盾の魔法を実践で使ってみたい。
ダンジョンの一階から慎重に潜っていくか、臨時でパーティを組むかどうかなどと考えていたら、エルムがクンツのことをじっと見ていてドギマギする。
「なんですか?」
「紹介状は二人分だぞ」
「はあ?」
「準備はいいのか?」
「はああ? 俺、行くって言ってないんですけど? というか、誘われてもいないんですけど?」
そういえば、アレンにはさんざん振り回されてきたような気がすると、クンツは遠い目をせざるを得なかった。
「意固地が消えてわがままに戻ったと。そういうことかな。ハハハ」
アレンのことは心配ではあったものの、今回の件は一人で行ったほうがいいだろうと思い、少し寂しいが快く送り出してやろうと思っていたのだ。
「クンツ! 準備できたか? 見習い騎士と一緒の訓練するなんて、前の俺たちなら考えられなかったよな」
アレンが、当然クンツも一緒だと考えていたとは想像もしていなかった。
ましてや、身体強化前の基礎を教わるのが、騎士見習いたちだとは思いもしなかった。
「何もかも聞いてないぞ! 俺、初めてサラの気持ちがわかったかも」
巻き込まれるというのはなかなか大変なことである。




