君と君との間には(クンツ視点)
9月25日(水)「転生少女はまず一歩からはじめたい」8巻発売です!
(今回クンツ視点です)
「あっ!」
「やめろ! 外に出ちまう」
クンツはアレンが安全地帯の外に飛び出ようとするのを、腕を引いて慌てて止めた。
止めようとしたって普段なら止めることはできない。アレンの身体強化はもともとの素質もあってとんでもなく強いからだ。だが、身体強化を封じている今だからなんとか止めることができ、ほっとする。
「くそっ!」
普段ならしない悪態をついて、アレンは結界のぎりぎりのところでサラの後ろ姿を目で追っている。
アレンが見てるなんて思いもしないんだろうなとサラのほうを見ると、何事もなかったようにワイバーンをしゅっとリュックに収め、歩き始めた。なんとなく元気がなく背中が丸まっているのは気のせいではない。
「ワイバーンを拾う少女。絵になるな」
「成人したハンターだぜ。少女とか言うな。失礼だろ」
「いや薬師だよな。ハンターじゃなくて」
アレンの腕を引いたままハンターたちの会話に思わず突っ込みを入れたクンツであるが、サラが注目の的であることは間違いない。
「初日には迷いスライムを狩っていただろ。見たか? 魔法が曲がるんだ」
「やっぱりハンターの間違いじゃねえか?」
サラは意識していないが、その行動はよく見られている。
いつもアレンが牽制しているから、ハイドレンジアではサラに手を出す馬鹿者はいない。
だが今、サラのそばにアレンはいない。
だってケンカしちゃってるんだもんと、間に挟まれたクンツはため息が出そうになる。
「さ、俺たちは後片付けと、それから訓練だ」
もうサラは見えないところまで行っているだろうと思い、クンツはアレンに声をかける。
しかし、余計なおせっかいをする者もいる。
「そんなに気になるなら仲直りしちゃえよ」
ケンカなんて本人たちで何とかするしかない。間に人が入るとこじれるだけなのは経験済みである。
そしておそらく、問題はケンカなんてしたことがないということなんだろうとクンツは思っている。
アレンもサラも普通の子ども時代を送っていないのはなんとなくわかっている。常に大人と一緒で、近所の子どもだけで集まって騒ぐという経験はないのではないか。つまらないことでもめて、いつのまにか仲直りする。普通はそうやってちょうどいい距離感を学んでいくものだ。
だが、だからと言ってアレンの意固地な態度は少々腹立たしくもある。
つい乱暴にアレンの腕を引いてしまう。
おとなしく引っ張られて、テントや食事の後片付けをするアレンだが、数日前に死にかけたのをもう忘れいてるんじゃないかと思う。
クンツも心配したが、サラの心配具合は半端なかった。
目が覚めてからも心配するのは当然のことだ。
あとでハンター仲間にも聞いたが、エルムが言っていた通り、特級ポーションは使うと死ぬかもしれないから本当にめったなことでは使わないんだそうだ。そもそも持ってないしなと笑っていたが、アレンを心配をしながらもその特級ポーションをその場で作って、飲ませる判断までしたサラのことは本当にすごいと思っている。
お前は意識を失っている間のことを覚えていないだろうが、本当に大変だったんだぞ、特にサラはな、としつこいくらいに言ってやったクンツである。
その話にまんざらでもなさそうな顔をしていたくせに、次の日には、アレンはもう顔を曇らせていた。
自分も悪かったかもしれないとクンツは反省はしている。
アレンが下宿に戻っていることを単純に喜んで、その日の出来事をまくしたてるように話してしまったことをだ。
深層の穴の第一発見者として深層に連れて行ってもらったこと、サラと魔法の訓練をしたこと、そしてハイドレンジアのハンターギルドが、大々的に深層の探索をすることなどを、何のためらいもなく話してしまったこと。そして、
「お前が休んでいる間に、ちょっとでも追いつけるように頑張るぜ」
なんて言ってしまったこともだ。
アレンがなぜそんなに早く下宿に戻ってきたのか考えようともしなかった。もう休んでいる必要はない、日常に戻ってよいとクリスに言われたけれど、どうしたらいいか不安でも、忙しいサラには相談できないと思っていたことをクンツは知らなかった。
屋敷にいれば、ダンジョンの話をするウルヴァリエの人たちとサラの会話が聞こえて、何もできない自分にひどく焦りを覚え、逃げるように戻ってきたことも。
それなのに、パーティを組んでいるクンツも一人で先に行こうとする。
あんな動揺したアレンは見たことがなかったとクンツは思い出す。
アレンを残して、クンツだけがダンジョンに行ったら、絶対に一人で無茶をする。無茶をして、サラが心配したように、ハンターとしてこれ以上成長できなくなってしまう。
そんな未来が見えるようだった。
「アレン、落ち着け。そもそも俺がどれだけ先に行ったとしても、一ヶ月じゃお前の足元にも及ばないこと知っているだろ」
悔しいけれども、年も二つ上だけれども、クンツはアレンより弱い。しかも、だいぶ弱い。
これは事実である。
「そんなことはわかってる」
「わかってるのかよ」
ちょっと、いやかなり悔しかったのは仕方がない。
それならなんで焦っているんだと問い詰める。
「サラは」
「サラは?」
「サラはどうするんだろう」
「聞いてから屋敷を出てくればよかっただろうよ」
クンツは呆れてしまった。
「聞いてきてくれよ」
「なんでだよ」
「だってさ」
うなだれるアレンは、年よりずいぶ幼く見えた。
「魔の山と同じなら、サラだってダンジョンに行くのを嫌がらないかもしれないじゃないか。そしたらきっと、ネリーやクリスと一緒に、探索に参加するかもしれないだろ」
「あー、かもな。今日も深層ですごくいきいきしてたもんな。なんなら自分の庭みたいに走り回ってた」
「もしサラが深層の探索に参加するならさ」
アレンはその先を渋々と白状した。
「一ヶ月俺がいなくても、ぜんぜん平気だって気づくじゃんか」
「いや、お前それ」
サラは招かれ人で、本人は平和な人なのだが、すぐにやっかいごとに巻き込まれる。巻き込まれるたびにアレンも付き添う。
そうでなくても、サラに危険があると判断すればアレンはそばにいる。
周りからは、アレンがサラを守っているように見えるし、実際そうだとクンツも思っていた。
「確かに、守られる必要のない人だな、サラは」
そのことにクンツも気がついてしまった。
だが、それとサラが明日からどうするのかがどう関係するのか。
「サラが深層に行くとして、あるいは別のことをするとして、それをアレンが知ってどうするんだよ。体調が戻れば日常生活は送れるけど、無理はできないんだろう」
「サラが薬師ギルドにいるなら問題ない。けど、サラが深層に行く場合を考えて、俺は深層に行っておきたいんだ」
「アレン」
クンツは眉間に手を当て、大きくため息をついた。
深層に行った後はべつにいい。安全地帯にいるだけなら問題ない。
「深層に行くまでの間、身体強化なしでダンジョンを走りきるのは無理だ」
「無理じゃない。今日やってみたが、身体強化がなくてもちゃんと走れた」
「さっそく無理してんじゃねえか」
そんなことくらい無理ではない。
口を引き結んだアレンの言いたいことくらいクンツにもわかる。
とにかくアレンはネリーと同じ、言っちゃ悪いが体力馬鹿だ。
身体強化もえんえんと使えるほど魔力量も多いが、そもそも基礎体力が半端なく高い。
「体を使って動き回るのが俺の日常生活だ」
「けどさ」
「クンツもダンジョンに行くだろ」
「まあな。けど、深層階じゃないぞ。サラにヒントをもらったことを、俺なりにアレンジしてしっかり訓練したいんだ。なんならダンジョンじゃないほうがいいくらいだから、町の外にでも行くかもしれない」
クンツはサラに教わった魔力の盾の訓練を、体に感覚が残っている間にやりたかった。
「魔力の盾だろ。ちゃんと訓練にも付き合うから。とにかく、サラと地上にいるならいいけど、そうでないなら同じところに行きたいんだ」
「お前な……」
アレンが無茶なことを言っていると思う。
下手をすると、ハンターとしてこれ以上伸びなくなってしまうかもしれない。
そしたら、サラを守るどころじゃないってわかっているのか。
クンツの頭の中には言いたいことはいろいろ思い浮かんだが、結局一つも口に出さなかった。
「よし、わかった」
ただそれだけを言って、立ち上がる。
「いろいろ聞いてくるから、おとなしく待ってろ」
それからクンツは、ハンターギルドに行って、受付にサラに依頼が出ていることを聞いた。
受けるかどうかは本人次第だとも。
それから薬師ギルドに行ってカレンに会い、アレンに絶対させてはいけないことを改めて確認した。
もう一度ハンターギルドに行って、自分とアレンを深層探索の雑用係として雇ってほしいと交渉した。アレンのことについては渋い顔だったから、サラへの思いを代弁してやったことを、クンツは後悔していない。
むしろアレンが後で恥ずかしい思いをすればいいとさえ思う。
「なんで俺がここまでやらなくちゃいけないんだ」
真っ暗な帰り道、クンツの口からこぼれ出たのは本音である。
それでも動いたのはなぜか。
「あいつが俺にわがままを言ったの、これが始めてなんだよ」
サラはものすごくいい子だ。
だが、アレンだっていい子なのだ。
「いい子だって言ったら絶対怒る。けど、一四からこっち、ずっと見てる俺が苦しくなるくらい、いい子なんだ」
遊び歩くことも、道を外れることもない。もくもくと体を鍛え、ダンジョンに潜って狩りをする。理不尽なことがあっても怒らず、ただ流すだけ。
「もしそれが弟だったら、俺は胸元をつかんで吊るし上げてるな。お利巧すぎるだろ! もっとわがままになれよ! ってな」
真面目なことは悪くない。だけど、欲しいものがあってあがくことも、手を伸ばしてもがくことも必要だろう。それがわがままに見えたとしてもだ。
「けど、絶対に身体強化も魔法も使わせない。あいつの未来はつぶさせない。そんで、ついでに俺の盾も完成させる。頭を使うんだ、頭を」
明日には深層に行く探索隊が出発する。
雑用係はいれば助かるが、いなくても構わない。そこに身体強化が使えないアレンを無理やりねじ込むのだから、しっかり働かなければならない。そのうえで、自分の訓練もし、アレンに無理をさせずに鍛錬させるにはどうするか。
「ハンターになってから一番頭を使ってるかも、俺」
そうして、どういう立ち回りをするかさんざん説明し、身体強化と魔法を絶対に使わないことを改めて約束させ、疲れの残る体をおしてハンターギルドへと行った朝の、アレンとサラとのあれである。
「しつこいよ」
アレンが本当はそんなことが言いたかったんじゃないとクンツはわかっている。サラとあの場で顔を合わせるとは思っていなかっただろうから、焦りもあっただろう。
もっとも、あの時アレンの言った言葉は、別にひどい言葉でも何でもないとクンツは思う。自分だってしょっちゅう口にしてるし、誰かにも言われている。
けれど、あの陽だまりのように仲のいい二人の間では、雑な奴らにとっては普通の言葉でさえ、心を切り裂くナイフになってしまう。
アレンのしまったという顔、サラのガラスのような瞳、今思い出してもいたたまれずに大声で叫びだしてしまいたくなる。自分のことでもないのに。
サラが大事だから、無理してでも深奥に行きたかったんじゃないのか。
それなのにサラを傷つけてどうするんだ。
思わず引いているアレンの腕を強く握ってしまった。
「なんだよ」
「うっかり身体強化を使っていないか」
「大丈夫だ」
毎朝の訓練の前の確認である。
そうしてクンツは、収納ポーチに入れておいたつぶてをざらざらと地面に積み上げた。
「昨日、けっこういい感じに盾ができてたと思わないか」
「思う。とっさに発動する盾なんて、身体強化やバリアに比べるとゴミだと思ってたけど、そんなことないな」
こうやって話していると、アレンは汚い言葉も案外平気で使う。だからこそ、サラにはすごく優しい言葉遣いなんだとわかる。
「じゃあ、どんどん投げてくれ。ただし」
「身体強化は使わないこと」
クンツがどんなに繰り返させても、しつこいと言わず、たんたんと体を動かし、クンツの訓練にも付き合ってくれる。
そんな素直な奴が、どうしてこんなにこじらせてしまったのだろう。
サラが見ていない時に、アレンはサラを見ているけれど、サラは気がついていない。
最近いつも元気のない顔をしていて、そんな顔をさせているのが自分だとアレンはわかっているのだろうかとクンツは思うのだ。
「どうせなら、自分のことで悩みたい」
ハンター生活を応援してくれる朗らかで元気な女子がいてくれたら、アレンのように悩ませたりしないぞと誓うクンツである。




