何から守るの?
やがて探索に出ていた面々が戻ってくると、その日は上まで戻って解散だ。
毎日行き来するのは手間なので、今日の成果をもとに、今度は人数を増やし、安全地帯に泊まりながら丁寧に地図を作ったりするのだそうだ。
また、引き続きガーゴイル狩りも行われる。
来た時と同じ顔触れで屋敷に戻ると、サラは早速アレンを探した。
「アレン様は今日から普通の生活に戻ると言って、帰られましたよ。丁寧にお礼を言って」
「それなら、明日出かけるときに、アレンの下宿に寄ってみよう。それから薬師ギルドに行って、ハンターギルドにも寄って……」
もう一階分ダンジョンが深くなったということは、領主のライや、ハンターギルドにとっては大きなことで、これからの対応は大変になりそうなのは、食後にかかわらず皆が深刻に話し合っていることからも察せられる。
だが、タイリクリクガメの時のような非常事態ではないことも、今日の探索で確かめられた。
ということは、サラはサラが成長するためにすべきことに集中したほうがいい。
「でも、今日は忘れずに、ノエルに手紙を書かなくちゃ」
明日の計画を立て、今日すべきことを終えると、サラはぐっすりと眠るのだった。
次の日サラは、早くに屋敷を出た。
もちろん、アレンの下宿に顔を出すためだ。
クンツも、昨日の今日ではあるが、これからどんな風に魔法の訓練をしていくのかも気になる。
「でも、アレンとクンツの下宿に行くなんて初めてだな、よく考えたら」
ハイドレンジアで何年も過ごしているが、用があればアレンがお屋敷にやってくるので、サラが訪ねたことはない。
「ええと、大通りから一本奥に入った、食堂もある宿、と。ここだ」
二人も料理をするのが好きというわけではないので、比較的安い宿を長期で借りているのだと言っていた。
「入り口はこれ。わあ」
入ってすぐが食堂で、食堂から二階に上がる階段があり、上が宿になっているようだ。朝早いのに、食堂はにぎわっていたから、きっと食事もおいしいに違いない。
左側のカウンターは、宿の受付と会計を兼ねているらしく、朝の今はだれもいない。
「あんた、食事かい?」
給仕のお姉さんから声が飛ぶ。
「いえ、あの、アレンとクンツに会いに来ました」
「おやおや」
からかうような声に、サラは今の言い方は誤解を招いたかと焦る。
「あの子たちは、朝ご飯を食べてもう出かけたよ?」
「ええ、病み上がりなのに」
お姉さんはすいすいとテーブルの間を移動して近くにやってくると、にこりと笑いかけた。
「なんだか、ダンジョンでひどい怪我をしたんだってね。けど、戻ってきたときは大丈夫そうだったし、今日も元気に出かけて行ったよ」
「そうですか。ポーションはちゃんと飲んだかな」
サラの心配が思わず声になってこぼれでると、お姉さんが眉を大きく上げた。
「あれれ、お子さま扱いかい。あたしもあの子たちって言ったけど、それはあたしに比べたらってことで、ハンターとしては十分一人前だよ」
それ以上は言われなかったけれど、その言葉に納得したかのようにハンターたちの視線が食事に戻ったので、お姉さんの意見がこの場の総意なんだとサラも悟らざるを得なかった。
要は、心配しすぎだということだ。わかっていても、人に指摘されるとへこんでしまう。
「ありがとうございます」
礼を言ってとぼとぼと去ろうとすると、
「今度は食事に来なよ! おいしいからさ!」
とお姉さんの声が追いかけてくる。サラはぺこりと頭を下げて店を出た。
「クリスにも言われたし、アレンを信じて自分のやることをやろう」
そう気合を入れ直すと、ノエルに手紙を出すことなどを薬師ギルドで共有してから、ハンターギルドに向かう。何も言われていないけれど、今は薬師ギルドよりハンターギルドでサラの力が求められているような気がするからだ。
ハンターギルドに向かうと、やはりいつもよりにぎわっている。
「すみません」
「あら。昨日はお疲れ様」
受付のお姉さんはサラを見てにっこりとあいさつしてくれた。
「今日も探索組なの?」
「探索は昨日でおしまいで、今日はなにかお手伝いすることがあればと思ってきました。それと、一つ依頼を出したいんです」
サラは昨日用意してきた紙をぴらりと出す。
「どれどれ。あら、薬師ギルドからの依頼ね。特級ポーション使用経験者。使用時の経験談求む。時間は一時間程度。謝礼はポーション詰め合わせ。一時間でポーション詰め合わせはとてもいい条件ね」
受付の人は満足そうだ。
「特に問題はないし、受け付けたわ。すぐにボードに貼っておくわね。それから依頼だけど」
受付の人は、ちらりと端のほうにいる集団に目をやった。
おそらく深層に行くハンターだろう。
サラもつられて目をやって、それから信じられない気持ちでもう一度そちらを見た。
「アレン!」
「見つかっちゃったわね」
おそらく受付の人が視線を動かしたのはわざとだろうが、サラはそのことに気がつかずアレンのほうに走った。隣にクンツもいる。
「アレン! クンツも!」
「サラ。おはよう」
アレンはしまったなという顔だし、クンツもちょっと気まずい顔をしている。
「おはようじゃなくて!」
サラの声は大きくはないけれどハンターギルドに響いて注目を集めてしまった。それに気がついたアレンの表情が固くなるのがわかる。
「日常生活に戻ってはいいと言われたけど、ハンターに戻っていいとは言われてないでしょ」
「サラ」
アレンの表情は、いつも見ている優しいものではなく、それがサラを不安にさせた。
「俺にとっては、ハンターでいることが日常なんだ」
「でも、ダンジョンに入ったら、必ず身体強化を使ってしまうでしょ」
「使わない」
アレンは力強くそう言った。
「使えないことは、一緒に行く仲間にもちゃんと言ってある。俺は荷物持ちと、拠点の維持の手伝いのためだけに行くんだ」
「でも」
「サラ。行かせてくれ。俺、役に立たないままではいられないんだ」
それでも言いつのろうとしたサラを、クンツが止めた。
「俺たち、どうするかちゃんと話し合ったから。そのうえで二人で荷物持ちをするって、昨日決めたんだ」
「クンツ」
「それに、サラとやったこと、拠点でちゃんと訓練してくるから」
わかったとは言いたくないが、サラは体の横でこぶしをぐっと握りしめ、口を引き結んだ。最後にこれだけは確認しておきたい。
「身体強化と魔法は……」
「しつこいよ」
それはアレンからの手ひどい拒絶だった。
「俺が何のために深層に行きたいと思ってるんだ。このまままでは、サラを、いや、誰も守れないからだろ。俺を弱いままにしておきたいのかよ」
そう言い放ったアレンは、もうサラとは目を合わせようとはしなかった。
サラは叩かれたかのように身をすくめるしかない。
「サラ! 依頼のことで確認したいことがあるの」
受付の人の声で、緊張が破られた。
「はい」
サラはくるりと振り返ると、受付の人のところまでまっすぐに戻る。
「ちょっとこっちで一緒に確認しましょ」
受付の人は、ギルド長室に続く裏手の休憩室にサラを連れ出してくれた。
「さあ、泣いちゃってもいいわよ」
「いいえ」
サラは受付の人に感謝の笑みを浮かべながら、力なく椅子にぽすりと座り込んだ。
「ありがとうございます。私、びっくりして。言い合いなんてしたことがなかったから」
日本では生きるのに精一杯で、人とケンカしたことなどなかったサラである。親しいアレンとの言い合いは、衝撃が大きすぎて悲しむところまで消化できていなかった。
「まあ、あのくらいの言い合いはハンターなら軽いほうだし、友だちだってもっときつい言い方するわよ。普通よ普通。ただね」
受付の人は優しく微笑みかけてくれる。
「アレンもサラも、誰も欠点を探せないほどいい子でやってきたからね。皆も驚いたし、本人たちだって驚いてどうしようもなさそうだったから、お節介やいちゃった」
「本当にありがとう」
サラもあの空気はいたたまれなかった。
「サラを守れないから、か。男の子よねえ」
受付の人はなんだか嬉しそうだ。
「私、守ってもらう必要なんてないのに」
サラは自分から守ってほしいとほのめかしたこともないし、言ったこともない。
「そうよねえ。昨日深層まで皆を守るよう依頼を受けたのは、誰だと思ってるんだって話よね。荷物持ち風情が何を御大層なことを言ってるのよって」
さらっと話された内容があまりにも毒が強すぎて、サラは思わずぽかんと口を開けた。
「サラより強くなければ守れないなら、アレンは一生サラのことなんて守れないわね」
「それは」
アレンはサラより強い。サラには攻撃もできないし、魔物も狩れない。
でもそれはやりたくないだけで、サラは魔物を狩ろうと思えばいくらでも狩れるし、そもそもどんな攻撃からも身を守ることはできるのだ。
けれども、渡り竜の咆哮の時、気絶したサラを背負って運んでくれたのはアレンだ。
つらいときに、味方でいてくれたのもアレンだ。
それは、強いとか強くないとか、守れるとか守れないとかではないはずなのに。
「怒っていいのよ、サラ」
受付の人の優しい声で、サラははっと自分の思考から戻ってくる。
毒を吐いたのはサラのため。どうしても人を悪く言えないのを知っていて、サラの代わりにはっきりと言ってくれたのだ。
「サラが招かれ人で強いことも、優しくて元気な普通の女の子だってことも、このギルドの人は誰でも知ってる。サラは女子職員にも人気なのよ。ネリーもそうだけど、同じハンターとして誇らしいわ」
思いもよらないところから誉め言葉が来て、サラは今度こそ泣きそうである。
「勘違い野郎なんて、こっぴどくはねつければいいのよ」
「勘違い野郎って」
とてもアレンとは思えない呼び方に思わず笑いだしそうになる。でも、アレンにだってサラの知らない面がたくさんあるのかもしれないと、切ない気持ちになる。
「そして優しくて強いサラも、お節介で過保護だから、はねつけられちゃったのかもね」
お節介で過保護。一昨日のクリスから始まって、それを突き付けられてばかりだ。
「でも、それでよくない? 一七歳は成人だけれど、まだまだ成長中なのよ」
サラの前回の一七歳は、生きるのと勉強で精一杯だった。普通の一七歳が、元気で自由に動ける一七歳が、こんな面倒な気持ちになるとは思いもしなかった。
「ぶつかって、納得できなくて。無理に閉じ込めなくていいから、ゆっくりと気持ちを整理したらいいわ」