俺はまだ成長できる
ハンターたちが出かけた後、強者の気配を感じて遠巻きにしていた高山オオカミも、ちらほら戻ってきている。
「あいつらはあれだな。俺を狙ってるな」
「たぶんね」
サラは強いから狙わないけれど、その隣の弱い奴なら行けるかもしれない。高山オオカミはそういう生き物である。
「第一発見者の権利でここまで連れてきてもらったけど、この先は自信がなくて行けなかったな」
「仕方ないよ。この辺りは魔の山の上のほうだから、騎士隊の人たちでも油断するとここまで来られないんだもの」
サラとクンツは安全地帯の地面に直接座り込んで、のんびりと休んでいる。
「サラはこの依頼の後は薬師に戻るのか?」
「うーん、悩み中なんだ」
「俺、相談があって。新しい階層もすぐに解放されるだろうし、アレンが戻るまでは、どこかのパーティに入れてもらおうかとは思ってはいる。でも、もしサラが少しでも時間があるなら、頼みたいことがある」
「なんだろ。聞いてみないと何とも言えないけど」
クンツがサラに頼み事とは珍しい。
「バリアを教えてほしい」
「バリアを?」
そういえば、クリスやヴィンスなど、魔法が得意な大人たちは苦労しながらではあるがバリアを身に着けていたが、同じ魔法師でもクンツはバリアには興味はなさそうで、試してるのを見たことがなかった。
「魔力量が多い大人や招かれ人のハルトがやっているのは見てたけど、魔力量がそれほどでもない俺は無理だって、はなから諦めてたんだ。けど、この間サラ言ってただろ」
「何を?」
「魔力は自分の思い描いた通りの力になる」
「ああ。私の言葉じゃなくて、魔法の教本の最初に書いてある言葉だよ」
「うん。でも、そんな最初の言葉なんて、ポエムだろ。誰もまともに覚えてやしないよ」
それは教本を書いた人にはちょっとつらい話である。
「でも、サラはそれを唱えてた。魔力は自分の思い描いた通りの力になる。その言葉から生まれたのがバリアなんだろ?」
「それはそう」
「じゃあ、その言葉は、ポエムなんかじゃなくて、招かれ人だけじゃなく、俺たち普通の人にだって真実のはずなんだ」
魔法がありふれたこの世界では当たり前のことが、サラにとっての当たり前ではなかった。だからこそ最初の言葉は、サラにとってはポエムではなく、大切な宝物のような言葉だった。
「だったら、魔力量がどうとかじゃなくて、俺にもできるはずじゃないかと思ってさ」
「うーん。バリアの考え方は教えられるから、まずは試してみたらいいと思う。バリアはダンジョンの中じゃなくても挑戦できるし、人を傷つけるものでもないからね」
サラはさっそく、クリスとヴィンスにバリアを教えた時のことを思い出してみた。だが、あの時は、バリアを出たり入ったりして、勝手に二人が会得したので、サラがなにか教えたわけではなかった。
「確かあの時、盾の魔法を全方位に張ったものか、とかなんとか言ってた気がする」
「盾の魔法?」
「そう。私自身は、コカトリスの卵が弾むのを見て、こんな風に丸くて跳ね返せるものが自分の周りにあったらいいなっていうのが一つのイメージなんだけど」
「コカトリスの卵なんて見たことないぞ」
確かにあまり見た人はいないかもしれない。
「私は弱いし警戒する力もないから、全方位守りたいっていうのがバリアの目的なんだ。でも、クンツは違うでしょ」
魔力を食うとか食わないとかではなく、バリアを使えるクリスでも、身体強化も使えるからバリアを使えても使う必要がない。
「クンツは私と違って、気配の薄いガーゴイルに気づくこともできるし、ワイバーンが上空を飛んでいるのに気がつかないなんてこともないでしょ。だったら、どんな時に使いたい?」
「そうだな」
クンツが思い描くバリアとは何だろうか。
「一瞬でいいから、目の前に飛んでくるガーゴイルを弾けるような、そんな盾のようなバリアがいい。アレンの負担にならないように、自分の身を守り、逃げる時間を稼げるだけの力が欲しい」
「それなら全方位じゃなくていいから、盾をイメージしてやってみない?」
実際に、魔法師に盾の魔法を見せてもらったほうが早いのかもしれないが、今いるのはサラだけだ。
「盾か。俺は身体強化がそれほど得意ではないから、自分の身から離れたところで攻撃を弾くのが合ってるかもしれない」
クンツは左手を前に出した。
「右手は攻撃用の魔法に使うから、左手でイメージしておく。大きさは」
「大きさは?」
サラも盾を持っている人をしげしげと見たことはないので、イメージしにくい。
「とりあえず上半身を守りたい。盾」
つぶやきと共に、何かがふわんとクンツの前に出たような気もするが、それは形にならずに消えていった。
「できなくはない気がする。だけど、目に見えない盾って難しいな」
「目に見えない盾、か。いや、待って」
サラは勢いよくクンツのほうを見た。
「目に見えてもいいんじゃないの? ほら、私のバリアには色を付けられるでしょ」
「そういえば、担架にも白い色を付けてたよな」
つい何日か前のことなのでクンツの印象にも残っていたのだろう。
「私はバリアがガラスのように透明だから、そのまま曇りガラスをイメージしたけど、クンツは盾と言ったらどんな色をイメージする?」
「俺は木と皮の茶色だな」
「それなら、魔力に茶色をまとわせたらどうかな」
サラは自分の目の前に、サラのイメージする盾の形のバリアを出して見せた
「こんな風に半分透けて見えるくらいがよくない?」
「すげえな」
「感心してないで、微調整するよ。盾の大きさや形は?」
「もう少し大きくて、縦長な感じがいい」
サラはバリアの形を希望通りに変えて見せた。
「こんな感じ。よし、やってみよう」
「それはちょっと待って」
サラはクンツを止めた。
「色や形もだけど、どういう盾にしたいかも考えて」
「どういう盾?」
「私のバリアは、基本的に当たったものをそのままの力で跳ね返すの。攻撃なら攻撃を、魔法なら魔法をそのまま。普通の盾なら、そこまで跳ね返さないでしょ?」
「確かに」
クンツはサラの盾をじっと見ながら、そこに剣を打ち込む想像をしているらしい。
「せっかくだから、サラと同じように相手の攻撃も魔法も跳ね返したい」
「うん、それなら」
こんな風にサラとバリアについて向き合ってくれたのはクンツが初めてだから、サラもだんだんと楽しくなってきた。
「私がこの盾で魔法を受け止めてみるから、クンツは何かをぶつけてみて。つぶてとか」
「え?」
「つぶてとか、風とか」
「無理だよ。知り合いの女の子に攻撃するなんて」
知り合いの女の子という響きはとてもいいなとサラはちょっとニヤニヤした。
「でも、ハンターには女子もいるじゃない。訓練する時、ためらったりしないでしょ」
「魔法をぶつけたりはしないよ……」
魔法攻撃をしてくる魔物はあまりいないので、そういう訓練はしないのだそうだ。
「でも、どう跳ね返るのかは見ておこうよ。ほら」
「じゃあ、小さい石つぶてを」
構えるサラのバリアに、こん、と小さな音がした。
「クンツ……」
サラはバリアをちょっとよけた。
「ワイバーンの攻撃だって弾くんだよ。せっかくクンツのためにやってるんだから、どんな風に魔法が跳ね返るのかちゃんと見てて」
「わかった。行くよ」
構えたサラのバリアに、今度はびしっと衝撃が走る。
「うわっ!」
バリアをよけると、クンツが驚いて変な体勢になっている。
「ほぼ自分のところまでつぶてが戻ってきた……」
「それがそのまま跳ね返るってことだよ。次は剣で」
剣と言っても、クンツが持っているのは短剣である。
「行くよ。やあっ」
多分普段は声を出したりしないのだろう。すごく恥ずかしそうに、でもサラにわかるように声を上げ、剣をバリアに叩きつけた。
「うっ!」
サラがまたバリアをよけてみると、クンツは短剣を取り落とし、震える手首を反対の手で握っている。
「すっげー衝撃。たたきつけた衝撃が戻ってくるって、こういうことなのか。そりゃ、高山オオカミの牙が折れるわけだ。俺の手首も折れるところだった」
クンツは震える手を握ったり開いたりしながら、何かぶつぶつと考えている。
「俺は石もブロックも作ることができるんだから、硬いものを作ることはできるはずなんだ」
それからまっすぐ立つと、サラがよくやるように両手を前に掲げ、目をすがめた。
「サラの盾。なんでもそのまま跳ね返す、硬いけどつるつるで、そう、鏡のような」
ふおん、と茶色い盾がクンツの前に形作られる。
「サラ、俺の短剣で叩いてみてくれ」
「う、うん」
衝撃が跳ね返ってくるのは嫌なので、剣先で軽く叩いてみる。
パリン。
「ああー。割れた。鏡をイメージしたら駄目だ」
「で、でも」
サラのほうがあわあわしてしまう。
「半分成功じゃない?」
「うん。うん」
クンツはそのまま座り込むと、膝を抱えてうつむいた。
サラはクンツがどうなったのかわからなくて、クンツの周りをうろうろと歩き回るしかできない。やがてクンツは袖で目をごしごしとこすった。
上げた顔を見ると、目の周りが赤い。
「作れるんだな。思った通りのものが」
「うん」
「盾まではまだ無理だけど」
「うん」
アレンと組んでいなくても、クンツは若手では優秀な魔法師だ。それでもタイリクリクガメに刃を通し英雄視されるほどのアレンと組んでいると、どうしても足りない面ばかり見てしまうのだろう。
「今はあれで精一杯だ。けど」
クンツは元気に立ち上がった。
「これだけ使っていても、魔力がまだなくならない。イメージがどれだけ魔力を消費するのかはわからないけど、サラが言うようにダンジョンの外でできる練習もある。俺はまだ」
両手をぐっと握りしめた。
「俺はまだ、成長できる」
サラは隣でぱちぱちと拍手をした。
サラの潤沢な魔力と想像力を使って、まだできることがあるかもしれない。
それがクンツやアレンに役立つなら、それもいいなあと思うのだった。




