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転生少女はまず一歩からはじめたい~魔物がいるとか聞いてない!~  作者: カヤ
すれ違う二人

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新しい階層

「オオカミはいらない! はっ! 夢か……」


 昨日ローザに思いを馳せたせいなのか、久しぶりに魔の山の夢を見た気がする。


 窓を開けると、まだ肌寒い春の風が吹き込んできて気持ちいい。


「急いで準備して、アレンにご飯を運ばなきゃ」


 ぱたぱたと厨房に急ぐと、隅のテーブルにアレンが座ってパンをかじっていた。厨房の人が休んだり食事を食べたりするところだ。


「おはよう、サラ。早起きしちゃってさ」


 厨房の人に、少し早い朝ご飯をねだっていたのだという。


「あとさ、きっと俺のとこにご飯を運んで来ようとするだろ? もう今日からは大丈夫だって言おうと思ってさ」

「そっか。特に大変ではなかったけどね」


 サラはアレンの向かいにすとんと座ると、厨房の人に断ってパンを一つもらった。


「後でちゃんと紙に書こうと思うけど、とりあえず一つだけ注意しとくね。普通の生活をしてもいいけど、身体強化と魔法は絶対に使わないでね」

「昨日もそう言ってたけど、詳しくはどういうことなんだ?」

「ええとね」


 話そうとしてふと時計を見ると、思ったより時間がなかった。昨日夜更かしした分、起きた時間が意外と遅かったらしい。


「ごめん、今日はギルドでお手伝いがあるから、帰ってから話すね。身体強化は使わないでねー」


 念を押してからパンをもう一つ手に取ると、サラは慌てて席を立ち、食堂に急いだ。もう皆は食べ終わっている時間だ。焦っていたサラは、アレンがつまらなそうな顔で見送っていたのには気がつきもしなかった。


 メンバーにライがいるため、いつもと違って馬車に乗り込んで出発である。とはいえ、領主だからというだけで、元騎士隊長のライは身体能力でも若い人に負けたりはしない。


 馬車の中では、渡り竜の討伐で特級ポーションを使ったのがライが騎士隊長をしていた時だと教えてもらい、サラは驚いた。


「もちろん、今の騎士隊長になってからもそういうことはあっただろう。だが、サラが経験したように、竜がいつもより王都寄りに飛来してしまうと、追い払うだけでは済まないこともあってな。その元騎士のハンターも、あの時の者かと思って話を聞いていたよ」


 ライが特級ポーションを使わせたのだそうだ。


「使っても死ぬかもしれないが、使わなければ確実に死ぬ。その責任は、薬師ではなく上が取るしかないんだ。もっとも、その後の、騎士の心の中まで慮ることまではせなんだわ」


 目の色には後悔がある。


 ライのような上司がいれば罪悪感は減るかもしれないが、判断を下せるのが薬師の自分しかいない時もある。そのためにも、やはり情報は集めなければならないと決意する。


 ハンターギルドに着くと、すでにベテランどころのハンターたちが、ザッカリーの周りに集まっていた。思ったよりも人数は多くない。


 探索組にはクンツも入っていて、サラは少し驚いた。


「俺もエルムと同じ、第一発見者の扱いだから、見に行く権利がある。安全地帯から先に行けるかどうかはわからないけどな」

「でも……」


 大丈夫なのかという言葉をサラは飲み込んだ。いつもアレンと二人で行動しているので、一人ではどうかと思ったのだが、よく考えたら最強のメンバーと一緒だったし、途中まではサラが守ればいい。


「無茶はしないけど、少し背伸びしないと、アレンについていけないからな。もらった機会は生かしたいんだ」


 サラと同じように、あの事件で思うところがあったのだろう。


 クンツも強い目をしていた。


 探索組はワクワクを隠せていないし、ガーゴイル組はネリーの参戦で盛り上がっているしで、ギルドで待機のセディが頭が痛いというようにため息をついている。


「このメンバーの誰に理性を求めたらいい? サラか?」

「ええ? とんでもないです。このメンバーを御せる気がしません」

「ではクンツ」

「俺も無理ですって」


 若い二人に責任を押し付けないでほしい。


「仕方がない。ザッカリー、ギルド長として、誰も暴走しないようによろしく頼む」


 最初からザッカリーに頼めばよいのである。ウルヴァリエの誰にも頼めないという不都合な真実を指摘する人は誰もいなかった。


「サラのバリアに助けられるのは二回目だが、これは素晴らしいものだな」


 エルムが感嘆の声を上げる。


「私もサラとダンジョンに潜るのは初めてだが、バリアがあるとわかっていても周りを魔物に囲まれているというのは恐ろしいものだ。恐ろしいものだが、じっくりと生きているガーゴイルを見るという経験に、私は今感動している」


 ライがあちこちを見渡しながら、やはり感嘆の声を上げる。そうこうしているうちに、深層階の正面に例の壁が見えてきた。


「おお、確かに大きな穴が開いているな」


 ライの関心がそっちにずれてくれてほっとするサラである。


 あの時はガーゴイルがたくさんいて詳細はわからなかったが、今ならわかる。穴の先は緩やかな下り道だ。


「見た目は完全に次の層への降り口だな」

「前からあったと言われてもわからないくらいに自然だ」


 ザッカリーとエルムが近づきながら観察を始めている。


 自然と急ぎ足になる一行に、サラは張り切ってバリアを張り続けた。


 崩落の時、ちょうどクンツがいたあたりでいったん止まると、穴を中心に魔物のいない半円状の空白がある。


「安全地帯が存在するようだな。安心と言えば安心なのだが、これで下層のある可能性がぐんと高まった」


 一列に並んでいた一行は、今度はひとまとまりになって安全地帯と思われる場所に入った。


 サラのバリアにはじかれるのと同じように、ガーゴイルが近寄ってきては跳ね返されている。


「安全地帯の広さは他の階層とほぼ同じ。複数パーティが滞在する余裕は十分にある。ここを拠点にすれば、探索が楽になるな」


 ほっとしたようにつぶやくザッカリーに、ライが声をかける。


「では、行くか」

「ええ」


 二人は同時に振り返った。


 サラもつられて振り返ると、一五階では、ガーゴイルに果敢に立ち向かうハンターたちの姿が見える。きっとその中にネリーもいる。サラの仕事は終わった。ここでハンターの皆を眺めながら、ガーゴイルの被害を免れた薬草でも探そう。


 そう決意して、とりあえず一休みしようとした。


「ここは任せて、先に進もう。さあ、サラ」

「え?」


 ザッカリーに呼ばれたサラは、慌てて振り向いた。


「通路は大丈夫だとは思うがなにぶん初めて行くところだ。念のため、バリアを頼む」

「ええと。はい」


 崩落した壁の穴までバリアで皆を連れていくのが依頼だったように思うのだが、この状況で行きませんとも言いづらい。ザッカリーの言うことももっともだし、知り合いを危険にさらしたくもない。


「サラ、ワクワクするな」


 クンツの言葉に、心の中でだけ、そうでもないよとそっと答えるサラである。


 最初にザッカリーとライが、そしてエルム、クリス、クンツが。そして最後に他のハンターとサラが。


 踏み出したそこには、青い空に白い雲がぽかりと浮かぶ、懐かしい景色があった。


「ああ!」


 叫んだサラに皆の目が集まる。


 なだらかな坂に、丈の短い草がびっしりと生い茂る。ぽつりぽつりと大きな木が立ち並び、その下にはいつも大きなオオカミがくつろいでいる。


「魔の山だ……」

「ガウー」

「ガウー」


 その声さえ懐かしい。


「まずい! なんでこんなところに高山オオカミがいる! ハイドレンジアのダンジョンは、ヘルハウンドだろ!」


 ザッカリーが大きな声で警戒を促す。


 だが、サラはふらふらと前に進み出た。


「あそこに管理小屋が立っていたら。ねえ、本当に魔の山みたいだ」


 遠くにはオオツノジカの群れが見える。

 空にはワイバーンが舞う。

 サラが最初に落とされた場所。

 初めて思い切り走れた場所だ。


「わあ! 懐かしい!」


 思わず走り出そうとしたサラの腰を、クリスががっちりとつかんだ。


「サラ! どうした!」

「え?」


 サラは腰に巻きついたクリスの腕をけげんそうに眺め、そして正面に目をやった。


「ガウッ」

「ガウー」


 安全地帯を取り囲むように、高山オオカミの群れがいた。


 声に込められたメッセージは、魔の山で培ったオオカミのものではなかった。


「魔の山じゃない」

「もちろんだ。驚いたことによく似てはいるが、まったく違う」

「私のオオカミたちじゃないんだ」


 サラが余りものの骨付き肉を投げてやったオオカミではない。


 ここにいるのは、もしかしたらおいしいかもしれないという顔で、隙あればサラを味見しようとしていた愉快な高山オオカミではないのだ。


「落ち着け、サラ。ハイドレンジアのダンジョンも地下のはずなのに、森や草原、いろいろな地形があるだろう。ここもたまたま高山型の地形だというだけだ」


 たくさんのダンジョンを見てきたエルムがそう説明してくれる。


「確かに、魔の山の管理小屋のあたりにそっくりだ」


 あたりを見回すクリスからも、感心したような言葉がこぼれるが、その手はまだしっかりとサラの腰に回って離れる気配もない。


「サラにとっては、一〇の年から二年間過ごした場所だ。こんなにそっくりな場所では、思わず混乱してしまうのも無理はないが」


 そこでいったん言葉を切ると、クリスが頭の上からサラを見下ろす気配がする。


「そんな無謀な性格ではなかったはずだろう。いったいどうした?」


 そういわれるまでもなく、サラは自分が慎重な性格であるとわかっている。


 では、なぜいきなり駆け出すなどという無茶をしてしまったのか。


「だって、ここなら安全だってわかってるから」


 答えはそれしかない。


「ネリーを探しにローザに出てからは、知らない人、知らない町、知らない常識、そんなことすべてに緊張して暮らしてきたけれど」


 サラは腰に回ったクリスの手をぽんぽんと叩いた。


 もう離してくれて大丈夫だという意味である。


「魔の山では、最初こそ慣れなかったけれど、最後はのびのびと暮らしていたの。高山オオカミとワイバーンさえ防げれば、何も怖いところのない場所なんだよ」


 ゆるんだクリスの手から離れ、一歩二歩と前に歩き出す。


「サラ! 危ない!」

「大丈夫だよ」


 バリアがあったとしても心配で止めようとしたライを、サラは前を向いたまま右手で制すと、ゆっくりと進み、それからくるりと皆のほうに振り返った。


「ここが魔の山と同じなら、本当に大丈夫。見ててください」


 サラはバリアを大きめに張って、安全地帯からすっと抜け出した。


「ガウッ」

「ガウッ」


 バリアに沿って、高山オオカミがはじかれては悔しそうにまた戻ってくる。しつこいのが彼らの特徴でもある。


「さあ」


 サラはバリアを体を覆う程度まで小さくすると、高山オオカミに左腕を差し出した。


「やめろ!」


 叫ぶライを、クリスが止めているのが目の端に見える。


 一瞬警戒を強めた高山オオカミだが、自分を阻むバリアがないと気づくと勢いよくサラの腕に飛び掛かり、噛み千切ろうとした。


「キャン!」


 ガチリという音と共に牙が折れ、オオカミは尻尾をまいて群れの後ろに移動し、顔を抱えてうずくまった。


 だが、サラはかわいそうだとは思わない。


 だって、次の日になれば牙は生えてきて、かじったことなんてないですという顔をしてまた顔を見せると知っているからだ。


 賢い高山オオカミの群れは警戒して少し後ずさり始めた。


「こんな小さい私をかじれもしないの?」


 だが、サラがからかうように声をかけると、苛立ったように歯をむき出し、一匹、二匹とサラに飛び掛かってくる。だが、飛び掛かったものはすべてサラのバリアに跳ね飛ばされ、やがて飛び掛かってくる気力のあるものはいなくなった。


「ガアウ」


 やがて一頭がサラから少し離れたところで、ふわあとあくびをして座り込んだ。


 すると高山オオカミたちは、サラなんてもともといませんでしたという雰囲気で、思い思いに休み始める。


「サラッ!」

「大丈夫です」


 相変わらずのライとクリスのやり取りの後、高山オオカミたちがさっと起き上がってどこかに走り出した。


 すぐにドウンという大きい衝撃がし、その後にドサリと倒れていたのはワイバーンである。


「魔の山のワイバーンなら、私を狙ったりしないのに」


 倒れたワイバーンを狙って、また高山オオカミがうろうろし始める。


 サラは背負っていたリュック型の収納ポーチに、ワイバーンをシュッとしまい込むと、すたすたと安全地帯に戻ってきた。


「見知らぬハイドレンジアのダンジョンより、魔の山のほうがずっと楽に感じます。なによりここは虫が少ないから」


 カラッと乾いているせいか、あまり虫型の魔物を見かけないのだ。


「気持ちいい場所ですよね」

「サラッ!」


 ライが駆け寄ってきて、サラの体を上から下までバンバンと叩いてはバリアに弾かれている。


 サラは身近な人とくつろげるところまでバリアを弱め、ライにぎゅっと抱きついた。


「心配した。バリアがあるとわかっても肝を冷やす。無茶なことはやめてくれ」

「最初にオオカミに手をかじらせてみろって言ったのは、ネリーなんですよ」


 くすくすと笑うサラの背をぎゅっと抱きしめると、ライはやっと安心したように目じりを下げた。


「それでもだ。サラにはもう一度常識から教え直さなければならないかもしれん。ローザでサラの面倒を見た人たちの苦労がしのばれるわ」


 嘆くライの後ろを見ると、ザッカリーもエルムも、そしてクンツもあっけにとられたような顔をしている。


「あまりにも振る舞いが普通の少女過ぎて、時折忘れるが、確かにサラは招かれ人なんだな」


 ザッカリーの感想がすべてなのだろう。それでも悲しい気持ちにならないのは、それが単なる驚きや感想に過ぎず、サラを恐れたり忌避したりするものではないとわかっているからだ。


「それにしてもワイバーンを一撃とは。いや、ワイバーンが一撃なのか?」


 エルムが苦笑しているが、隣でようやっと落ち着いたライも、うんうんと頷いている。


「ワイバーンをもはじく絶対防御。これでサラの説明にまた説得力が増すというものだ」


 ハハハと和やかな笑い声がはじけるが、忘れてはならない。


 ここはダンジョンの最深部、しかも未探索なのだ。


「頭上のワイバーンにさえ気をつければ、それからオオツノジカの群れに巻き込まれなければ、いや高山オオカミに囲まれなければまあ問題はないか」

「問題大ありじゃないですか」


 サラの代わりにクンツがエルムに突っ込んでくれた。


「さて、行くぞ」


 探索組は出発だ。


「ネフェルが一〇年以上一人で過ごしたという魔の山の環境が、現地に行かずとも見られるとは思わなんだ」


 ライはお年がどうとか言えないほど強い人なので、サラも心配していないし、息子のエルムも特に反対していない。


「行ってらっしゃい」


 サラとクンツに手を振られて、ハンターたちは探索へと向かっていった。

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― 新着の感想 ―
高山オオカミはじゃれ合う対象なんだな…今まではびくびくしてたのに急に戦闘狂みたいになるじゃん…
アレンを見習って「アレンの顔が見たかったからだよ」くらい言ってあげて。 似てるけど魔の山じゃないって言われてるのに、話を聞かないのはお前もかい。一瞬気づいたのにまた魔の山なら大丈夫って話に戻ってるの…
高原オオカミを侍らせるサラ  「別に侍らせてないから! ワイバーンも一撃必殺のサラ  「いやいや、違うから! バリヤーだから! そして スライムをシュッと倒すサラ  「まだ見かけませんねー ゴール…
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