聞き取り調査
その中で、騎士隊にいたという人が手を挙げてくれた。
「俺の経験がいいかもしれないな。無理して限界値が下がり、それに耐えられなくなって騎士隊を辞めた口だからな」
それはおそらくだいぶ前のことで、だからこそもう消化できているのだろうが、それでも苦い表情をしていた。
「特級ポーションを使っても、外側から見ると何の問題もないように見えるだろう?」
「はい。アレンも疲れている他は特に具合の悪い様子はありません」
サラはアレンの様子を頭に思い浮かべる。
倒れていた時は心配だったが、目を覚ましてしまえばいつものアレンと何も変わらない。
「実は本人はなんとなくのだるさを抱えているんだが、動けないほどではないし、なんならすぐに剣も振れる。そんなの、今まで努力で力をつけてきた俺たちにとっては、早く鍛錬して力を付け直したいと思う以外ないだろ」
サラは深く頷いた。努力して力をつけてきた人たちだからこそ、頑張ろうとするのだ。
「まして、元気なのにさぼっていると思われる。いくら薬師に言われても、自分さえ理解しがたいんだから、周り全員が理解することなどできない。騎士隊のように昇進がかかっていればなおさらな」
「ハンターもそうだ。力は稼ぎに直結する。飢えたくないなら狩りをするしかない」
サラはローザで、稼げずに荒む若手のハンターを実際に見たことがあるから、ハンター側の話も理解できる。
「騎士隊の場合は組織への周知、ハンターの場合は生活の保障ってことですよね……。これは課題ということで、後でまとめてみます」
「話がずれたが、そういう焦った気持ちで、薬師に言われていたより早くに訓練を再開してしまったんだよ。もちろん、基礎的な訓練からだ。そしてそれは問題なかったと思うんだ」
当時を思い出すように、ゆっくりと語ってくれる。
「アレンも意識を失ったんだろ。ただ、そんな風に何日か休んだ分の体力の遅れは、すぐに取り戻せた。だが、俺たちは騎士だ。基礎訓練だけではなく、身体強化も使う。そこからだ、なんだかおかしいと思ったのは」
アレンも身体強化型のハンターだ。この話は真剣に聞かなければならない。サラは少し身を乗り出した。
「騎士の身体強化には、細かい調整が必要だ。自分の体に加えて剣を扱うから、剣を持った状況で最適な力が発揮できるようにならなければならない。もちろん、ネフェルタリのように力ですべてを解決できれば別だが」
思わず苦笑する元騎士の人である。
「その身体強化だが、力が抜ける感じがしたんだ」
当時のことを思い出しているのか、手のひらを上に向けて握ったり開いたりしている。
「身体強化をして力を上げるとして、八割、いや七割五分くらいか」
よほど違和感があったのだろう。
「桶に穴が開いているような、嫌な感じだ。焦って訓練すれば抜ける感じはなくなっていくが、結果としてそのまま、七割五分程度の力でとどまってしまった。その後、やさぐれてハンター堕ちしたんだ」
ハンター堕ちというのはよくない言葉なのだろう。隣に座っているハンターに謝るようなしぐさをしながら語ってくれた。ネリーのことを頭に思い浮かべてみると、今の七割五分の力であっても、強いのには変わりない。だが、前と同じ力で同じ魔物が倒せないというのは、そもそも危険ではないか。
「俺は前と同じ力を取り戻せた口だな」
サラが考え込んでいると、もう一人のハンターが体験を話してくれた。
「俺はそもそも堅実な性質で」
この三人は仲がよいのか、からかう声が飛び交ったが、どうやら堅実なのは本当らしい。
「中堅のハンターで結構実力もあったが、金も貯めていたし、そもそも無茶はしなかった。ダンジョンの同じ階で無茶しやがった奴に魔物を押し付けられて死にそうになっていたところに、たまたま近くにいたザッカリーに助けられてな」
「あの怪我でよく生き残ったよな、お前」
「その俺に特級ポーションを使ったのがお前だろうが」
そういえば、ハイドレンジアのダンジョンにはザッカリーを慕うハンターがたくさんいるんだったと、サラは最初の頃のうわさを思い出す。面倒見がよいから、ギルド長を引き受けたということなのだろう。
「ザッカリーに一ヶ月休めと言われて、金もあることだしってこれ幸いと一ヶ月休んだ。休んだから体はなまっていたが、慣れてきたら元に戻ってたぞ」
「ちゃんと休めば戻るんですね」
サラは治った人の話も貴重だと感じた。
最後の人はどうなのだろうか。サラが視線を向けると、その人は意外な話を聞かせてくれた。
「俺も焦って仕事を再開して、力が落ちた。最初は特級ポーションを使われたことに恨みもしたが、もともと高みを目指してたわけじゃない。こうしてハンターを続けられているから、今は感謝してるぜ」
そう思うまでに時間がかかったことが伝わる言い方だった。
「なんでかっていうと、ハンターを続けられなかった奴を知ってるからなんだ」
ザッカリーも含め、ここにいる四人の他にも特級ポーションを使った人がいる。
「魔法師だった。俺たちほど身体能力に頼らない分、体はすぐに戻る。無茶はしたくてもできないだろって言って、早くに仕事に戻り、そして強い魔法を出せなくなって、引退した」
「魔法を出せなくなった……」
「正確には、前ほど強い魔法は使えなくなったってことさ」
魔法は便利なもので、サラが作った壁のように、日常生活に役立つ職人ならいくらでも需要はある。だが、魔物を倒すほどの魔法を使える魔法師はあまり多くない。ハンターは身体強化中心の者が多いのだ。
「つまり、体は戻っても、無茶をすると身体強化や魔法は使えなくなるってこと、は」
サラは、頭の中で聞いた話を整理してみる。
「要は、魔力を使ったらだめっていうことなんでしょうか」
サラがポツリとつぶやくと、部屋には沈黙が落ちた。
サラがいぶかしげに顔を上げると、皆驚いたような表情だ。
「えっと」
「ああ……。身体強化は、魔力を使うんだったな」
「魔力か。久しぶりに聞いたな」
驚くのはサラのほうだ。
「身体強化を使える奴は自然に使い始めるからな。訓練の時は意識するが、それも魔力じゃなくてつまり、体の中の力だから。いや、それが魔力なんだが」
ザッカリーがなんとか説明しようとしてくれる。
「魔法師でもなければ、いちいち体の中の力を魔力なんて意識しないってことだな」
「そうなんですね」
魔力のある世界では、魔力は当たり前すぎて意識されにくい。特に身体強化型は、単に身体能力の高さと置き換えられるということだ。
「じゃあ、体は普通に動かしてもいいから、一ヶ月は魔力を使う訓練はしない。つまり、身体強化と魔法は使わない。これだけでいいんじゃないでしょうか」
「そんな簡単な……」
元騎士という人が笑い飛ばそうとして、笑みを止めた。もしかしてそんな簡単なことだったのなら、自分の苦労は何だったんだろうかということになる。それは笑えない。
「生命力って、魔力のことなんでしょうか」
サラはぼんやりと考え込みそうになって、慌てて顔を上げる。
「あの、ありがとうございます。この話、持ち帰ってカレンやクリスと相談してみていいでしょうか」
「もちろんだ」
四人とも快く承諾しくれたが、サラが挨拶して帰ろうとすると、ザッカリーに引き留められた。
「サラ。俺からも話があるんだ」
「じゃあ、俺たちはこれで」
逆に残りの三人が先に帰ることになった。
サラは改めてザッカリーと向かい合って座った。
「サラは今回も含めて、ハイドレンジアどころかトリルガイア全体を何度も救ってくれたな」
「いやいやいや、そんなたいそうなことはしてませんよ」
いきなり褒められてサラは焦ってしまう。
「だけど普通に薬師としての生活を送りたい、そうだよな?」
「はい」
サラは素直にうなずいた。
「だからこそ、サラを招かれ人として扱わない、無理は言わない、基本的には依頼も出さない。それが暗黙の了解、というか奴らの圧力というか」
ザッカリーが苦笑しながらハンターギルドの基本方針を示してくれる。
奴らとは言わずもがなであろう。
というか、取扱説明書みたいだなとサラは微妙な気持ちである。
「だから今回もサラには何も依頼していないが、本音ではちょっと手伝ってほしいんだ。せっかくギルドに来て直接話すことができたしな」
確かに、ハンターギルドに来てもザッカリーと直接話す機会はほとんどなかった。よくお願いに来たものだと自分でもその勇気に感心するくらいである。
「とりあえず、どんなお手伝いでしょう」
「開いた穴のところまで、先遣隊を連れていってほしいんだ。もちろん、行ける実力を持った者が行くんだが、なにしろガーゴイルが多すぎる」
「なるほど」
なんとなく予想していた通りだった。サラのバリアの力を考えれば、その手伝いの仕方が一番効率がいい。
「最深層でガーゴイルを倒す組と、穴の奥を探索する組と、二つに分けて進めたいんだ」
「探索組のほうが希望者が多そうですよね」
「そんなことはない。ハンターは意外と慎重派が多い。サラの周りに好戦的なものが多いだけだ」
サラ自身は、穴の先に何があるのかは正直まったく興味がない。
ただ、自分の力を生かした仕事であることは好ましいと思う。
虫の魔物のことはいいのかというと、よくはないが見なければいいというスタンスで固まっている。
薬師の仕事はと言えば、融通はきくし、ハンターギルドからの依頼なら、そっちに行っていいと言われるはずだ。
アレンの様子が見られないのが残念だが、
「帰りにカレンに聞いてみますが。許可が出たら、明日、ネリーと一緒にここに来ます」
「そうか、助かる」
まだ確実ではないからほっとされても困るなあと思うサラだが、そんなサラをザッカリーは親戚の叔父さんのような顔で見ている気がする。
「少し前なら、カレンだけでなく、ネリーが許してくれたら行くって答えていたんじゃないか。保護者の許可をもらわなくても、自分で仕事を決められるようになったんだな、サラも」
そう言われて初めて、サラもそのことに気がついた。
「あ、ほんとだ」
「ハハハ、いい返事を待っている」