調べてみよう
ただ心配して看病するだけではなく、どう回復させるのかきちんと計画を立てるべきではないのか。
してはいけないこととは具体的には何なのか、サラはちゃんと調べてみることにした。
と言っても、聞く相手はカレンかクリスしかいない。
アレンとおやつを食べてすぐに、サラは薬師ギルドに向かった。
クリスとネリーはいちおう怪我の療養中なのだから、カレンに聞くほうがいいと判断したからだ。もっとも、休んでいる人が職場に行くなど、日本では考えられなかった自由さだなとサラは楽しい気持ちで薬師ギルドのドアを開けた。
「こんにちは! サラです。カレンいますか?」
「サラ! 大丈夫なの?」
お疲れ休みだと知っていても心配してくれる同僚たちは、サラの予想した通りに口々に特薬草のお礼を言ってくれ、特級ポーションの自慢で盛り上がった。
そのうち一人がサラの言葉を思い出し、慌ててカレンを呼びに行ってくれた。
「あら。今日はお休みだと思っていたけど、仕事する?」
「いえ」
すぐに断ってしまうくらいにはちゃんと休暇を満喫しているサラである。
「今日は特級ポーションを使った時の回復期について、詳しく聞かせてもらいたくて来ました」
「回復期? 無理せず日常生活を送るって話したわよね」
「はい」
サラは頷いて、詳しく説明を始めた。
「普通の人ならそれでいいんですけど、ハンターや騎士など、体を使った仕事の人は、どこまでが無理なのか具体的に知りたいんです」
「なるほど」
「私のいたところでは、休んでいるばかりじゃなくてできるだけ早く普通の生活に戻るよう、歩いたり機能を戻す訓練をしていたりしたんです。ですから、無理できない一ヶ月、ハンターとしての力をできるだけ落とさずに過ごすにはどうしたらいいかなと」
「アレンのためね」
カレンの言葉にちょっと生温かい空気が漂ったが、サラは照れたりしない。
「それもですが、アレンやネリーみたいな深層に行くハンターが身近にいるんだから、この先特級ポーションを使うこともあるかもしれないって思って。その時に、できれば迷いなく使いたいし、使ったらちゃんと、回復できるよう見守りたいんです」
まずサラが取り組もうと思ったのはこれである。
アレンも、段階的にリハビリして力を戻せるなら、きっと無理せず過ごしてくれる。
「剣を振ったり、筋肉を鍛えたりするのはいいのか、身体強化はどこまでならいいのか」
「うーん、そこまでは私もわからないわ」
カレンも詳しくは知らないようだ。
「経験者に聞くのが一番なんだけれど、それこそハイドレンジアにそんな経験のある人がいたかしら」
たいていのハンターは、一つのダンジョンにとどまらず移動する。ましてや薬師ではハンターの顔や経歴などいちいち覚えていなくて当然だ。
サラは素直に立ち上がった。
「それじゃあ、直接ハンターギルドに行って、ギルド長に聞いてみます。でも忙しそうだったら日を改めることにします」
「ハンターギルドでは、サラのほうが知り合いが多いものね。何かわかったら私にも教えてくれるかしら」
「もちろんです」
そろそろダンジョン帰りのハンターで込み合う時間だし、そもそも深層に穴という衝撃的な事件があったから忙しくて迷惑かもしれないとも思うが、そう思うなら断ってくれるだろう。サラは今度はハンターギルドに急いだ。
サラの予想通り、ハンターギルドはダンジョン帰りのハンターたちでにぎわい始めていたが、サラに気づいた知り合いが、アレンやネリーの無事を確かめに声をかけてくれたりと、特にいつもと変わらない雰囲気であった。
サラは空いている受付に向かう。
「あの、ギルド長はいらっしゃいますか」
「あら、ネリーはどんな感じ? 大丈夫かしら」
このようにいつも通りである。
「元気ですけど、クリスが念のためと言ってのんびりさせてます」
「あらまあ、目に見えるようだわ」
受付の女性はくすくすと笑うと、席を立ってサラを誘ってくれた。
「ネリーとクリスが出てこないとどうしようもないから、ちょうどいま暇を持て余していると思うわ。話し相手になってあげて」
ネリーが騎士隊時代に同僚だったザッカリーが現ギルド長なのだが、ハイドレンジアは、そもそも王都からの代理の人がギルド長をやっていても、ほぼ不在でごまかせるくらい仕事のないギルドだったらしい。いまだにそんなに面倒なことはないので、私が副ギルド長でも大丈夫なのだとはネリーの言葉である。
サラから言わせると、魔物は大量発生するわ、珍しい草が発見されるわ、タイリクリクガメが出てきちゃうわで面倒極まりないハンターギルドのような気がするので、その長であるザッカリーのことは素直に尊敬している。
ちなみに、優秀ではあるが個性的なネリーとクリスを抱えても、滞りなく運営しているところもすごいと思っているのは内緒である。
「ザッカリー。サラが顔を出してくれたわよ」
「通してくれ! アレンは? ネリーはどんな様子だ?」
受付の女性がノックしてドアを開けたとき、ザッカリーはといえば椅子に寄りかかってぼんやりと天井を眺めていたが、サラが顔を出したと聞いて跳ねるように立ち上がったのは、よほどやることがなかったからに違いない。
「ネリーは全然大丈夫ですが、アレンはまだ安静にさせてます」
「そうか……」
ネリーは明日来るとわかっているからか、真っ先にアレンのことを聞いてくれたのがなんだかうれしい。
「まあ、座れ」
サラはまだ用事が何かも言っていないが、話を聞いてくれる時間はあるようだ。
「サラが一人で来るなんてめずらしいな。とりあえず、深層からハンターたちを連れ帰ってくれたことに感謝する」
「いいえ。一応私もハンターですから」
サラは収納ポーチからごそごそとハンターのカードを出して見せた。サラの最初の身分証だが、こうして誰かに見せたのは久しぶりのような気がする。
「そういえばそうだったな。いつかアレンとクンツと組んでくれたら最強のパーティになるんじゃないかと思っていたのを忘れていたよ。あれはニジイロアゲハの時だったか」
アレンもその気持ちを諦めずにいたことをサラも知っている。
「だが、薬師としてこれだけ優秀に育ってしまっては、ハンターとして引き抜くわけにはいくまい。まさか特級ポーションをその場で作って使うとはな」
優秀な薬師と言われて嬉しくないわけがない。だがザッカリーは不愉快そうに眉根を寄せた。
「特級ポーションを飲んだ後のだるさはなんとも言えないものだ。しかも、自分は治っているつもりなのに薬師は動くなとうるさいしな。ああ、すまん」
サラはあっけにとられ、それから前のめりになる。
「それ、それを聞きたかったんです」
「それ? 特級ポーションについてか?」
「はい」
そこからサラは、アレンの今後のためにどうリハビリをすればいいのか悩んでいる話をした。
「生命力が戻らないってどういうことなのか、特級ポーションを飲んだ人の話を聞いてみたくて」
ザッカリーは立ち上がると、どたどたとギルド長室を出ていってしまう。
「え? もしかして他にも特級ポーションを飲んだ人がいるの?」
戸惑っている間に、戻ってきたギルド長は、三人のハンターを連れていた。サラも顔だけは知っている、ベテランのハンターたちだ。
「よう、ガーディニア以来だな」
中には去年の遠征で一緒だった人もいる。
「それで、特級ポーションの使用感について知りたいんだって?」
「はい。回復期に何をしたらいいんだろうって。カレンやクリスの言う、日常生活を普通に送って無理をしないっていうのがとてもわかりにくくて」
「なるほどなあ」
三人はザッカリーと同世代で、やはり騎士隊にいて渡り竜の討伐で怪我をした人もいたし、ローザのダンジョンで怪我をしたという人もいた。ハンターにもいろいろな経歴があるものだと感心する。