ちゃんと休もう
もちろんクンツはお見舞いに来ていて、アレンの下宿から着替えや必要そうなものを運んできてくれ、ついでにハンターギルドの様子も知らせてくれた。ハンターギルドの最大の関心事は、ネリーやアレンが怪我をしたことではなく、最深層の壁が崩落して、階層間の通路らしきものができていることだ。
すぐに調査に向かいたくても、副ギルド長のネリーは休んでいるし、こういった時に付き添う薬師のクリスの同じく休養中である。
しかも、最深層には今、大量のガーゴイルがうごめいているらしい。
調査に行く前に、まずガーゴイルを倒さなくてはならないということで、ギルドはてんてこ舞いだという。
そんな話をしながら、くつろいでいた時のことだ。
とんとんと性急なノックの音がしたかと思うと、アレンを見ていてくれた薬師がドアを開けた。
「目が覚めましたよ。異常はないようですが、クリス様がみてくださると助かります」
ここにもクリス信者がいる。だが、特級ポーションを使った後の患者だから慎重を期したいのだろうと思う。
そんなことが頭をよぎりながらも、サラはクリスを待たずに食堂を滑り出て、アレンの部屋へと走った。
「アレン!」
アレンはといえばベッドに起き上がっており、窓からぼんやりと外を眺めているところだった。
「サラ」
サラはアレンのそばに駆け寄ると、顔を両手で挟み、しっかりと顔色を確認した。
情けなさそうな表情以外、問題になりそうなところはない。
「よかった、よかったよ」
サラはへなへなとベッドの横の椅子に座り込んだ。
ダンジョンの最下層で、思い出しても恥ずかしいほど泣いたので、もう涙が出たりはしない。アレンに情けないところを見られなくてよかったとほっとする。
「事情は聞いた?」
サラの質問にアレンは首を横に振った。
「後で、一緒にいた人たちに聞いてくれって言われた。俺が覚えてるのは、ガーゴイルがたくさん落ちてきたところまでで」
アレンは右手を頭の後ろに当てると、その先は思い出せないのだというようにうつむいた。
「ええと、クリスとエルムが来てからまとめて話したほうがいいかな」
「エルム。そうだ、俺、ネリーが二番目の兄さんのこと、尊敬するハンターだと言ってたのを聞いて、すごく興味があって」
それでネリーたちのそばでワクワクしながら話を聞いていたのだろう。
サラはうんうんと頷いた。
「サラ」
「うん?」
よく考えたら、部屋に入ってきて初めてアレンと目が合ったような気がする。
「サラは大丈夫だったのか?」
「うん。そもそも離れていたし、クンツが手を引いてくれたから、巻き込まれなかったんだ」
「クンツが。そうか、じゃあクンツも無事だな」
「うん。ネリーとクリスは巻き込まれたけど、アレンより先に回復してるし」
ネリーもクリスもすぐにやってくるだろうから、話を聞くといいと思うサラである。
だが、アレンはまたうつむき、ぽつりと口にした。
「俺、サラを守れなかったんだな」
「ん? でも私、別に守ってもらう必要なかったよ? ガーゴイルからは離れてたし、そもそもバリアがあるし」
アレンはいつもさりげなく付いてきてくれるが、それはあくまで気持ちの支えであって、本当に守ってもらっているつもりはサラにはない。
気にしないで、体を治すことに専念してほしいとサラは言いたいだけだった。
「アレン!」
飛び込んできたのは、ネリーでもクリスでもなく、下宿に戻っているはずのクンツである。
部屋に入ってくるなり、ベッドに飛び乗らんばかりの勢いでアレンに詰め寄った。
「なんだよ、お前! 勝手に倒れやがって! 俺が一人でどれだけ大変な思いをしたと思ってるんだよ!」
あれだけ冷静に対処していたクンツだったのに、まるで泣いているかのように声が震えていた。
「ごめん。悪かったよ。油断していた」
「最深層で油断なんかするなよ。ちょっと強いからっていい気になりやがって!」
「ほんとにごめん」
「サラに謝れよ! 一番大変だったの、サラなんだぞ!」
二人の友情に感動して油断していたサラはびくっと飛び上がりそうになる。
「……ごめんよ、サラ」
「いいよ、ぜんぜん。大丈夫だから」
サラは顔の前で必死に手を振り続けた。
話題の主役になるのは苦手なのだ。
「アレン! 無事だな」
そうしているうちにネリーやクリス、それにエルムも部屋に入ってきて、ウルヴァリエ家の広い客室が狭く感じるほどである。
ちなみにライは朝早くから領主としてギルドに詰めているので不在である。
大人たちからかわるがわる事情を聴いたアレンは、サラの予想通り、自分の怪我のことよりもガーゴイルの下から現れた穴に興味津々だった。
だが、特級ポーションを使った自分の体が一ヶ月は安静に過ごさねばならず、その後も体力が戻るまで鍛錬して初めて仕事に復帰できると聞いて、絶望の表情に変わった。
「特級ポーションを使った患者の体がどう治っていくのか、サラに勉強させるためにも、この一ヶ月はきちんとサラの治療を受けるように」
そんな絶望は無視して、クリスはそれだけ言ってさっさと客室を出てしまったし、クンツとアレンを残して、ネリーもエルムも退室した。
「アレン」
自分が瀕死だったこと、サラの特級ポーションで助かって、意識のないまま担架で運ばれてきたこと、これから回復するまで思うように動けないこと。意識が戻ったばかりで、たくさんのことを詰め込まれて大変だろうとサラは思う。
それでも、カレンから聞いたこれだけは言っておかなければならない。
「あのね、よく聞いて」
サラのほうに向けたアレンの瞳はどよんと濁っていたが、少なくとも話を聞く気はあるようだ。
「一ヶ月安静にしなくちゃいけない理由を話すよ」
「どうせ無理するなってことなんだろ」
やさぐれた感じになってしまうのは仕方がないことだ。サラは気に留めないようにして、話を続ける。
「特級ポーションは、生命力と引き換えに命を戻すの。その一ヶ月は、アレンの目に見えない生命力を元に戻すために必要なんだって」
「生命力。初めて聞いた」
「私もカレンから聞いて初めて知ったの」
どうやら興味を持ってくれてほっとする。
「一ヶ月たたなくても、動くことはできるの。でも、そこで無理をすると、生命力が戻りきらずに固定してしまうらしいよ」
どういうことだとアレンが眉を寄せる。確かに分かりにくい説明だが、サラもどうすればわかりやすいか探り探り話している状況である。
「つまり、無理すると、そのあとどんなに鍛錬しても、元の力には戻れないんだって」
「それは、弱くなって、そのままってことなのか」
「そう」
強くなりたいハンターにとってはとても大切なことだ。サラはそのことがアレンにしみこむまで、じっと待った。
「俺は、つまり」
アレンは、ゆっくりと話し始めた。
「ふてくされずに、ゆっくりと生命力が戻るのを一ヶ月待たなければならないってことか」
「うん」
「最悪だな……」
天を仰ぐアレンの目には諦めの色が見える。だが、もともとアレンはサラよりもずっと大人びた考え方をする少年である。先ほどまでのよどんだ気配はもう消えていた。
「わかったよ、サラ。頑張らないよう、頑張る」
「うん。一緒に頑張ろう」
「俺もだ」
隣で話を聞いていたクンツもにかりと笑う。
肩を並べて歩いてきた今までの三人とは違う状況に戸惑いもあるが、サラはきっとなんとかなるだろうと胸を撫でおろすのだった。




