初めての買い物
「遅いよサラ! 待ちくたびれたぜ」
門の横でアレンが手を振っている。
「ごめんごめん。西門まで行ってたら遅くなっちゃった」
その声を聴いた門番が一瞬サラのほうを見た。
「西門? あの時間から往復できたのか。サラ、意外と体力あるな」
「そう? だいぶ体力ついたかなあ」
最初は一時間で足が痛くなっていたことを思うと、体力がついたものだとサラは笑顔になった。
「おれ、今日も外で休むけど、サラはどうする?」
昨日初めて会ったのだが、ずいぶん信用されたものだ。
しかし、サラもアレンのことを全く疑ってはいなかったから、お互い様だ。
「どうするも何も、夜は町に入れないんだよね」
「そうじゃなくて、外のどこで休むかって話」
そういうことか。
「昨日はちょっとふらふら東のほうまで行っちゃったけど、普段はもう少し中央門よりで野宿してるんだ」
「あの、家のあるあたり?」
「そう。暗黙の了解でさ、魔力量が多くて町の中にいづらい奴らが住むところ。その端っこで休んでた」
ネリーもなんだかそんなことを言っていたが、魔力量が多いとそんなに周りに溶け込めないものなのか。サラは全く何も感じないのでさっぱり理解できなかった。
「そこに行ってみたい。昨日のところでもいいけど、ちょっと中央門まで遠すぎるから」
「よし!」
なぜかアレンは嬉しそうに頷いた。
「それからさ、サラのご飯、俺、毎食は買えないからさ、夕ご飯買っていってもいいか」
「うん! 行ってみたい」
本当は一人では屋台を見るのが怖かったので、正直すごくうれしいサラである。
日は暮れようとしているのに、門の外の屋台はダンジョン帰りのハンターと思われる人たちで結構混んでいた。
「節約してるときは、パンだけなんだけど、パンもいろいろあって、あとはあっちが串焼き」
「串焼き?」
「オークだったり、ツノウサギだったりだな」
「ツノウサギ」
それなら袋に山ほど入っている。
「そっちがスープを売っているところ、あっちは飲み物だなあ」
お祭りの屋台ではなく、市場の屋台だ。働いている人が気軽に買って帰れる場所。
遅い時間までやっているようなので、アレンと二人でゆっくり見て回る。
よくネリーが買ってきてくれた黒パン一つ二〇〇ギル。節約してるときはそれ一つなんだとアレンが普通の顔で言う。柔らかいパンは三〇〇ギル。
串焼きはオークが一本五〇〇ギル。ツノウサギが一〇〇〇ギル。
「わざわざ平原で狩りをする奴はいないから、ツノウサギのほうが希少なんだよ。うまいし」
「へ、へえ」
スープが五〇〇ギル、パンに野菜とほんの少しの肉をはさんだものが三〇〇ギル。
お金の単位がよくわからないサラには、それが高いのか安いのかわからない。それでも、黒パン一つ二〇〇ギルというのは高いような気がした。
「この町では野菜は育てられないし、食べられるものはダンジョン産以外は全部南から持ってくるんだ。それで物価は高い。高くても、ダンジョンに入る力のある奴には大したことない額なんだよ」
結局、すべてそこに行きつくのである。
「じゃあ、ギルドのお弁当一五〇〇ギルは適正なんだね」
「肉がたっぷりだしな。むしろ安いくらいだと思う。でサラ、何にする?」
「あの、お砂糖をかけてあるパン」
ネリーはあまり甘いものは買ってきてくれなかったのだ。お砂糖を買ってきてはくれたから、自作のおやつはあるが、店のものも食べてみたかった。
サラは味のついていないパンより小ぶりなそれを、アレンはサンドパンを、それぞれ三〇〇ギルで買った。
異世界で初めての買い物である。
「ちょっと奮発したな」
「うん!」
それからてくてくと東側に向かう。こちら側でも壁際にぽつぽつと立つ家を見て、それからテントを見て、やがて何もないところへ出た。
「サラがいたところはもっと向こう。ここが俺が休んでるとこ。ここでいい?」
「うん」
後ろをみれば、かすかに家の明かりが見えるところだ。人気がなく寂しいが、結界箱があれば安全だろう。
サラが結界箱を配置する横で、アレンは小さなテントを収納袋から出して張っている。
「テント、やっぱり使うんだね……」
「一応、着替えとかあるからな」
「だよね」
サラは遠い目をした。女二人では着替えの時あまり気にしたことはなかったし、そもそも一日で町に着くネリーには、途中で着替えをする必要はなかったのだろう。だからテントはいらないと、そう言ったのだ。
「あの、アレン」
「なんだ?」
「あの、着替えと、体をふくのに、テント貸してくれない?」
「あ、ああ。もちろんいいよ」
実はサラは六日ほどお風呂にも入ってもいないし、着替えもしていなかった。サラは荷物から桶を出すとお湯を入れ、着替えを揃えてテントを借りた。
「アレンと知り合ってほんとによかった」
「泣くようなことかよ」
「うう、だって」
満足とは言わないが、体はすっきりした。ついでだからと髪はテントの外で洗った。
面白そうな顔をしているアレンの髪も洗わせた。
「はあ、さっぱりした」
「まあな」
温風の魔法で髪をさっと乾かしてあげるとアレンは、体も気になったようでサラから桶を借りて体もきれいにしていた。
月明りでお互いを見ても、サラの黒色の髪は黒色のままだし、アレンの砂色の髪も砂色のままだった。
「ぷっ」
「ははっ」
結局は、どんなにきれいにしても一二歳の半人前の家なしなのだ、自分たちは。それでも、一人じゃないのがなんだかとても心強かった。
「おやすみ」
「おやすみ」
そんな半人前が見上げる夜空は、やっぱり魔の山と同じだったような気がする。
あけましておめでとうございます!
今年も楽しい話をお届けできるといいと思っています。
皆さんの感想、全てありがたく読ませてもらってます。今回、感想を返すと即ネタバレしそうなので、感想返しはある程度話の区切りがついてからする予定です!
読んでますからね!ほんとにありがとうございます( *´꒳`* )