帰還
「サラ? 何を言っているんだ?」
クンツがあっけにとられたようにサラを見て、すぐに表情を引き締めた。
「何か考えがあるんだな」
「うん」
アレンだけじゃない。ハイドレンジアに来てから、冒険はいつもアレンとクンツとも一緒だった。
「サラができるっていうんなら、俺は信じる。どうすればいい」
その信頼が、サラに力をくれる。
クリスとエルムは、いぶかしげに、だが口を挟まずに見守ってくれていた。
「さっきアレンをガーゴイルの下から引っ張ってきたときみたいに、バリアで担架を作って移動させます」
できるのかと言いたげに、クリスの口が一度開いたが、すぐに閉じて引き結ぶと、一言だけ口にした。
「サラに任せる」
「はい!」
その間にもサラの頭は高速で回転していた。今のクリスが一五階分歩けるとは思えない。すなわち、クリスも入れて三人を運ばなければならない。
去年運べた明かりは三つ。だが、三つに分ける必要はないのではないか?
三人横に並んでもらって、大きな担架で運ぶと考えれば、大きな一つを持ち運ぶだけでいい。
「クリス。三人まとめて運びます」
「三人。私もか!」
さすがのクリスも驚いた顔をする。
「三人並んで横になってください。バリアで持ち上げるから、クリスは傾いたりしたら教えてくれませんか」
「理解した。では」
クリスは一番怪我が重かったアレンをネリーと挟むように横たわってくれた。
「いきます」
サラは地面の三人を包むバリアを形成する。イメージを具体的にするために、手のひらを上にして両手を前に伸ばした。
「担架というより、カプセルホテル。そして私につなげて、持ち上げる」
伸ばした両手を上に上げると、バリアごと三人が持ち上がる。
「顔が見えるよう、私の腰の高さで固定」
そしてそっと両手を下げ、一歩下がると、宙に浮いた三人もサラと一緒に移動した。
「下を見る勇気はないが、硬いベッドに寝ていると思えば思えないこともない」
クリスの冷静さが今はありがたい。
「傾きすぎということはないですか?」
「大丈夫だ。このまま寝てしまいそうだ」
ここは笑うところだろうかと悩ませるようなコメントは、今はやめてほしいサラである。
クンツが心得たように、サラの結界箱を拾い集めてくれて、地面には何もなくなった。
「待て。君が結界でこの三人を包んでいるとするなら、結界箱を片付けたのに、なぜ魔物が襲ってこない」
エルムは、当然のように周りを気にもせずに片付けをしているクンツと、黙って立っているサラを交互に見て、疑問を口にした。腰を落とし、いつでも魔物と対峙できるよう警戒態勢に入っていることがよくわかる。
サラの力を知らないエルムにとって、ここまで黙って様子を見ているのは苦しかったことだろう。むしろよくここまで質問をせずにいてくれたと思う。
「サラのバリアは二重にできるんです。だよな」
クンツがサラの代わりに説明してくれた。
「そうです。だから、魔物に警戒せずに、できるだけ早く進みましょう」
「そんなことができるのか……」
驚いているエルムに、クンツがてきぱきと指示を出してくれる。
「道を知っている俺が先導します。エルムはしんがりをお願いできますか」
「……わかった」
最初はゆっくり進んでとクンツにお願いし、サラは三人を乗せたバリアのカプセルが、自分の後ろについてくように調節する。直接目に入ると不安になるから、地面と平行を保つよう、願うだけにするのだ。
「魔力は自分の思い描いた通りの力になる。自分の魔力量に応じて、無理せず、自由に自分の思い描いたように」
魔法の教本の最初の言葉を小さい声で唱える。
「思い描いた通りの力……」
サラの前に立つクンツが、なぜかサラのつぶやきをそのまま繰り返した。だが、どうしたのかと聞いている時間はない。
「準備できました」
「じゃあ、出発します」
クンツはサラを振り返りながら、最初はゆっくりと、やがて駆け足で進んでいく。
運んでいる人たちに不都合があれば、クリスが声をかけてくれるはず。
そうしてクンツが初めて足を止めたのは、十二階に入ったところの安全地帯だった。
「サラ、大丈夫か」
「うん」
いつもと違う形のバリアを張って緊張しているせいか疲れてはいるものの、行きと違って肩で息をするほどではない。
「それより、皆は?」
三人の様子を見ようと振り返り、急いで駆け寄ったが、サラと一定の距離を保つよう設定したバリアの担架はサラから逃げてしまう。
「落ち着いて、私。バリアを近くに引き寄せて」
綱を引くようにバリアを引き寄せ、のぞき込むと、サラは安心してほっと息を吐いた。
「クリスったら」
ネリーとアレンは目が覚めていないだけだが、クリスは明らかにすやすやと寝息を立てていた。
「嫌になるくらいきれいな寝顔だけど。少なくとも、無理して起きてた時より顔色はいいから、そのまま寝ていてくれると助かるかも」
「動き出してすぐに寝付いていたぞ。クリスが合理的で神経が太いのは昔から何も変わらない。自分が何もできない分、休めるなら休んでしまおうと思ったんだろうな。私なら透明な寝床など、恐ろしくて寝るどころの騒ぎではないが」
「あ、そうか」
後ろから見ていたエルムの言葉を聞いて、サラは魔女のように両手を掲げた。
「バリアの下半分、すりガラスに変化」
するとたちまち、バリアは曇った半透明の板に変化する。
「なんでもありの規格外だな」
エルムに苦笑されたが、その規格外を驚くだけですぐに受け入れているのもすごいと思う。
そんなたわいもない会話でも、緊張が取れたのか、少し体が回復したような気がした。
「じゃあサラ。このペースで次は行けるところまで行く。途中駄目だと思ったら声をかけてくれ。エルムも、サラが無理そうなら止めてください」
「了解した」
それから一度の休憩を挟んだだけで、一行はダンジョンの入り口まで駆け通した。
意外なことに、まだ夜に入ったばかりだったようで、ダンジョンの浅い部分ではまだハンターたちが狩りをしている時間帯だった。一行の異様な様子を見たハンターたちがギルドに知らせを飛ばしてくれ、サラたちがダンジョンの入り口にたどり着いた時には、担架を持った救援部隊が待機していた。
「クンツ! サラ!」
領主館にも誰か声をかけに行ってくれたのだろう。救援隊の先頭にいたのはライだった。
隣にはセディもいて、同じくサラに声をかけようとしていたようだが、一行の一番後ろを見て目を見張る。
「エルムか?」
「兄さん、話は後だ」
エルムが首を横に振る。
ライも何か言いたげなのを我慢して、バリアの担架に寝かされている三人に目を見開いた。
「なんてことかしら!」
後ろからずいっと前に出てきたのはカレンだ。怪我人がいることを聞いて駆けつけてくれたのだろう。
「落ち着いて聞いてください」
そんな混乱状態の中、一番落ち着いていてのはクンツだった。
「深層、一五階、タイリクリクガメが出てきた壁が崩落しました」
これがサラの卒業試験だったとか、そういうことは今は大事ではない。
「その際、エルムとネリーとクリス、アレンが崩落に巻き込まれましたが、エルムは自力で脱出」
クンツの説明に場が静まり返る。
「クリスはすぐに目を覚ましましたが、今は疲れて寝ています。ネリーは意識不明のままです。アレンは」
そこでクンツの声が少し震えた。
「瀕死でしたが、サラが作った特級ポーションで命をつなぎました。そして」
クンツはサラのほうに振り向き、報告を続ける。
「サラがバリアで作った担架で三人を運んできました」
「では!」
クンツは右手を挙げてなにか言いかけたライを止める。普段控えめなクンツなのに、とても堂々としている。
「休養も急ぎますが、もう一つ報告があります」
クンツはエルムのほうを見た。もう一息で報告は終わるはずなのだが、ハンターとして先輩に頼みたかったのだろう。エルムは頷いた。
「私はエルム・ウルヴァリエ。たまたまダンジョンの最深層にいた時、崩落に遭遇した。タイリクリクガメが出現したというダンジョンの壁は、ガーゴイルに変じて崩落し、崩落後の壁には大きな穴が出現した。形状は、階層間の通路そのものだった」
「まさか、そんなことが」
反応できたのはセディだけだったが、反応できただけでもすごいことなのだろう。
あまりに唐突な報告に時が止まったかのような空気の中で、パンと手をたたいたのはカレンである。
「では、私は怪我人を担当します。ライ、お屋敷をお借りできますか」
「もちろんだとも。担架を!」
担架を持った人たちが急いで前に出ようとしたが、サラは慌ててそれを止めた。
「待ってください。私がお屋敷までこのまま運んでいきます」
本当は疲れ果て、今にも膝が崩れ落ちそうなほどだったが、サラは気合を入れた。
「バリアの担架は、揺れが少ないみたいなんです。お屋敷まで、このまま大丈夫です」
「そう。なら、サラに頼むわ。歩きながら状況を伝えてくれる?」
「はい」
サラはバリアの担架を引っ張りながら、カレンと並んで歩き始めた。
「サラ、俺はここに残って、用が済み次第お屋敷に行くから」
クンツは残る。ライもセディも、エルムも残る。
だが、見捨てられた気持ちにはならない。
「俺たちはお屋敷まで護衛についていくぜ」
「私たちもです」
アレンと顔見知りのハンターたちと、それから薬師の同僚が何人か、後ろの担架をまるで彼らが運んでいるかのように囲んでくれているからだ。
筆者の別作品『竜使の花嫁』コミックス2巻が発売中です。
よかったら、ぜひご一読を!




