結婚式
更新再開です。
サラ17歳編になります。
穏やかに晴れた春の空には、ぷかりぷかりと白い雲が浮かんでいる。
サラの脳裏に浮かぶのは、懐かしいローザの平原だ。
「ワタヒツジみたいな雲」
のんびりしたサラの言葉に、隣でブフッと吹き出す音がする。
「それはずいぶんとやっかいな雲だな」
「見た目はかわいいから、いいの」
サラと同じように空を見上げているアレンのほうを向いても、その表情はわからない。目に入るのはがっしりとした肩だけだからだ。
いつの間にか背が止まってしまったサラと違い、アレンはまだ成長している。今ならきっと、テッドと並んでも確実にアレンのほうが背が高いとわかるだろう。
悔しがるテッドを思い浮かべるとなんだかおかしくて、思わず笑みがこぼれてしまう。
だが現実にはローザではなくハイドレンジアにいて、周りを見れば、背後にはウルヴァリエのお屋敷があり、目の前のきれいに整えられた庭園には、着飾ったたくさんの人が飲み物を片手におしゃべりに興じている。
そう、今日はネリーとクリスの結婚披露パーティなのだ。
主役は今、教会にいて、サラたちはその帰りを待っているところである。
女神に転生させられた割に、サラは教会には縁のない暮らしをしてきたが、トリルガイアの人々は当たり前に女神を信じており、教会も町に一つはある。だが、あまりにも女神が身近なため、教会が権力を持つことはないらしく、冠婚葬祭という人生の節目に女神に祈り、報告と感謝をする場に過ぎないらしい。
そんな教会で結婚の誓いをしているだろう二人を思い浮かべると、やっぱり気持ちは懐かしいローザに向かう。
「そうだな。あれから何年たっただろう」
サラが何も言わなくても、思うことをわかってくれる。そのくらい、いつも一緒にいる二人だ。
「もう五年だよ」
サラとアレンは去年の秋、一七歳になった。
そして、二人が出会ったのは、一二歳になったばかりの秋のことだった。
「出て行ったきり、帰ってこない親戚の姉さんを探してるって、あの時言ってたよな」
出会った頃の思い出がくすぐったい気持ちにさせる。
「うん。今思うと、私、ローザの皆に、捨てられた子どもだって思われてたんだろうな」
「どうだったかな」
ごまかすように笑ったアレンだが、五年前のことを忘れるわけがない。すぐに真顔に戻ると、ちゃんと説明してくれた。
「捨てられたにしては身なりがよくて上品で。何にも知らなくて、大事に育てられた、訳アリの貴族の子どもなんだろうなって、俺は思ってた。だからこそ、なんで捨てられたんだろうって」
「やっぱり怪しかったよね」
中には意地悪な人もいたけれど、そんな怪しい子どもを受け入れてくれたローザには、今は感謝しかない。
「だけどさ、そんないるかいないかわからない親戚の姉さんはちゃんと存在してて、しかも初めて見たときはギルド長を吊るし上げててさ。サラは泣いてるし、いったい何があったのかって思ったよな」
「ほんとだよね」
あの頃のことを思い出すと鼻の奥がつんとするが、泣いている場合ではない。
わあっと歓声が上がるほうに体を向けると、そこには、ハイドレンジアの領主であるウルヴァリエ家の豪華な馬車が、静かに止まったところだった。
「今更だけど、教会には行かなくてよかったのか? ネリーにとって、サラは家族だろ」
「いいの。結婚の誓いをするときは、子ども抜きにしてあげたかったんだ」
止まった馬車のドアを、ウルヴァリエのお屋敷の執事がうやうやしく開けると、まずは領主のライが姿を現し、馬車を降りて待機する。
それから現れたのが、サラの大好きなネリーだ。
集まった人々から感嘆の声が漏れる。
いつも高く上げている髪は低い位置でゆるく結われ、レースがたくさん使われているものの、落ち着いたアイボリーのドレスがネリーの緑の瞳と赤い髪を引き立てていて美しい。
ネリーは父親のライに手を取られ、ゆっくりと馬車を降り、微笑みを浮かべたクリスが最後に登場だ。
幸せそうな二人を、ネリーの兄のセディとその家族が取り囲む。
ガーディニアにいる姉は領地を離れられず、もう一人いる兄は放浪の身で、連絡が取れなかったのが残念だとライが言っていたが、それを補って余りあるほどの人が祝いに駆けつけてくれている。
サラの知っている結婚式のように、花やお米が飛んだりはしなかったけれど、クリスもネリーもたくさんの人に囲まれて祝われている。
「ネリーにとって私は、妹のような、子どものようなものでしょ。バリアを信頼してくれてはいるけど、それでもいつでも私のこと守らなきゃって、思ってくれてるのがわかってるから。ネリーの目に入るところにいたら、クリスじゃなくて私に気持ちが向いちゃう」
「そうか。それでわざわざ残ったんだな」
「うん。今日は絶対クリスの邪魔をしたくない。というか、二人の邪魔はしたくないと思ったの」
「おい! 二人とも、何やってるんだ! こっち来いよ!」
ネリーのそばで、こちらに向かって叫んでいるのはクンツだ。
ネリーを見れば、誰かを探すように視線をさまよわせている。
「昔の思い出に浸っている場合じゃないよね! 大切なのは今なんだから」
サラは急ぎ足で、アレンはその後ろをゆっくりとネリーのほうに向かう。
「ネリー、クリス。結婚おめでとう! とってもきれい!」
駆け寄ったサラを、ネリーが照れくさそうに、だが両手を広げて迎えてくれた。
「教会に行く前にも見ただろうに」
ぎゅっと抱きしめるネリーに、サラも遠慮せずに抱き着く。
「何度見てもきれいだもの」
人生は短く、何があるかわからない。思ったことは何度でも伝えるべきだとサラは思うのだ。大事にしてくれた家族に、普段から感謝を伝えておけばよかったというのが、サラの小さな後悔なのである。
サラがネリーから離れると、アレンも照れくさそうにおめでとうと言う。さらに照れたネリーと嬉しそうなクリスは、そのまま人波に流され、いろいろな人から祝福を受けている。貴族だけでなく、見知ったハンターや薬師たちもたくさん来ていて、だれもがネリーとクリスに笑顔を向けていた。
披露パーティには、クリスの母親だけでなく、すでに家督を息子に譲って自由が利くというクリスの父親も来ていた。ネリーの兄のセディの家族もやってきているので、サラは一気に親戚が増えたような気持ちでいる。
その皆がサラに好意を向けてくれるのは、招かれ人だからなのかもしれないし、ネリーとクリスの庇護下にあるからかもしれないが、その中の少しは、サラが自分で勝ち取った成果だと思ったりもして、自分が誇らしくもある。
「それにしても、結婚を機に独立するというのに、ウルヴァリエと同居なんて。ええ、もちろんライに含むところがあるわけではなくってよ」
「いえ、わかりますよ」
クリスの母のため息に、サラもうんうんと頷いた。
ウルヴァリエは招かれ人としてのサラの後見をしてくれている。ハイドレンジアにはそのために来たのだし、ネリーの実家ということもあって、サラは遠慮なくお世話になっているが、クリスもずっとウルヴァリエの屋敷に客人として滞在している。
だが、結婚するとなると、さすがにウルヴァリエの屋敷を出て、ネリーとクリスの二人で暮らすのかとサラは思っていた。
自分は一七歳でもあるし、新婚夫婦の邪魔はしたくない。
自分一人だけライのお屋敷に住まわせてもらって、時々ネリーのところに遊びに行こうと思っていたのだ。
ガーディニアでようやっとプロポーズできたクリスだが、その後のことはあまり考えていなかったらしい。四〇もとうに過ぎているというのにもじもじと話が進まない二人に焦れたのは周りのほうで、各方面への連絡を含め、披露パーティの準備が強制的に整えられたのが年が明けた春、つまり今この時というわけである。
披露パーティを考えられなかった二人が、新居のことなど考えているはずもない。
パーティの準備もそこそこに、相変わらず精力的にダンジョンに潜っていた二人は、なし崩し的に、ウルヴァリエの屋敷の一隅で、新婚生活が始まるということになる。
もちろん、ライは娘のネリーと離れずに済んで大喜びだ。
「無駄に広い領主館だ。どう使ってくれても構わない」
ということで、ネリーが部屋を移動する以外は結婚前となんら変わらない生活になるはずだ。
それでいいのかとも思うが、生活力皆無な二人なので、結果としてよかったのかもしれない。
やがてパーティの賑わいが去り、すべての招待客が去ると、屋敷の皆には心地よい疲労感だけが残った。
いや、新郎新婦も当たり前のように普段着に着替えて、夕食後もお茶の席に残っていることが、サラにはちょっとおかしかった。
多少疲れてはいるのだろうが、今日が結婚式の当日だとは思えない、いつも通りの一日の終わりだ。だからこそ、サラには確認したいことがあった。




