褒められなれていないサラ
活動報告に書影を上げました。
下の、作者マイページから飛んで見ることができるはずです。
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そして書籍7巻は25日に発売です。
「うーん」
カーテンの隙間から朝日が差しこんでいるのが見えて、サラは飛び起きた。
「早く起きなきゃ!」
「まだ寝てて大丈夫ですよ」
「あれ?」
隣のベッドに腰かけて、ニコニコとサラを眺めていたのはアンだった。
「ネリーは? 遅刻? バッタ……。うーん」
昨日のことを思い出しかけていると、おなかのあたりが得体のしれない気持ち悪さに襲われて、サラはベッドに仰向けのまま沈み込んだ。
「たぶん、水分が足りないんだと思います。はい」
アンがカップにそろそろとお水を入れて持ってきてくれる。サラは今度はゆっくりと起き上がって、カップを受け取ると少しずつ水をおなかにおさめていった。
「昨日の夕方からずっと寝ていたから、おなかもすいてませんか」
「うん、すいてる気がする」
「じゃあ、食事をもらってきますね」
アンはドアを開けて出て行った。
「この間、気を失った時は、確かそこにいたのはテッドだったな」
思い出して思わず噴き出すと、気分の悪さはだいぶ和らいだ。
「今回はアンね。気絶じゃないからまあいいかな」
アレンの背中にいたまま寝落ちしてしまったのだろうと思うから、ぎりぎりアウト寄りのセーフだと思いたい。子どもみたいでちょっと恥ずかしいだけだ。
トントンと小さくドアを叩く音がして、今度入ってきたのはノエルとアンの二人だった。
「体調はいかがですか」
「大丈夫みたい。お水のおかげかな」
サラはノエルに返事をすると、手に持ったままだったカップをアンに返した。
「なんだか病人みたいな扱いだけど、ちょっと疲れただけだよ。それより状況は?」
昨日一日はあれこれあって、まるでクサイロトビバッタの騒動が終わったかのような気がしてしまうが、おそらく今日も地面の卵から大量のバッタが孵化しているだろうし、北の方から新しいバッタが移動してきているかもしれないのだ。
昨日のようにバリアを張らなければならないほどではないかもしれないが、サラも少し休んだら、現場に出なければならないと気合を入れる。
「今朝の観察では、バッタはかなり少なくなっていました。ハンターたちも交代で休めそうなくらいですよ」
ノエルはニコッと笑顔を見せ、サラの手を取り、顔色を観察し始めた。
その向こうで、部屋の小さなテーブルの上に、アンがてきぱきと食べ物を並べていく。
「昨日のこと、たくさん聞きたいことがあります。バリアの件は、サラなら当然かと思うのでそれはいいとして」
「当然ではないし、よくもないよね」
サラとしては、理不尽な言いがかりにはいちおう突っ込んでおかなければならない。
ノエルは、サラの抗議にはニコリと笑みを浮かべただけだ。
「それはそれとして、なぜトンボのことを思いついたのかとか、いろいろです。ですが、それはちょっと後回しにして、新しい知らせがあるんです」
ノエルは、サラに手っ取り早く状況説明をしてくれようとしているのだから、これ以上突っ込まず静かに話を聞こうとサラはしっかりと体を向けた。
「昨日、夜になってからですが、ガーディニアからキーライがやってきたんです」
ノエルが話を続ける横で、アンがサラの手を引き、ベッドからテーブルに引っ張っていく。椅子にすとんと座らされると、食事を促された。
「食べながらでいいですよ。それでですね」
キーライまでやってくると思っていなかったサラは驚いたが、取りあえず目の前のほんのりと温められたパンを手に取り、ちぎって口にする。小麦とバターの香りに、途端に食欲が戻ってきた。
「麻痺薬やらポーションやらの他に、大量の飼料を持ち込んできたんです」
「飼料」
オウム返しのサラに、ノエルは詳しく説明してくれた。
「家畜の冬用の乾燥した餌ですね。それから、刈り取ってきた新鮮な雑草類です。次から次へと出てくるものだから、収納袋の本領発揮という感じでしたね」
何が面白かったのか、ノエルの目がキラキラ輝いている。
「餌が足りなくて相が変わるのなら、餌を用意してみてはどうかと考えて、とにかく人手を集めて雑草類を狩って来たそうです。今、残り少なくなったバッタに、試しに飼料を与えてみようということになっていますよ。サラも食事を終えたら見に行きましょう」
そわそわしているのは、早く見に行きたいからなのだろう。
そんな面白いことはサラだって見に行きたい。
なにより、昨日までの、一瞬も休む間のない討伐がひと段落し、お試しの実験ができるほど余裕ができたということが嬉しかった。
行儀が悪くならない程度に急いで食事を終え、サラは自然とアンと手をつないで、宿舎の外に向かった。今日は少しは余裕があるということならば、アンを連れて行ってもかまわないだろう。
アレンがどう感じていようと、ノエルがどう考えようと、アンはやっぱり招かれ人仲間なので、見せられるものはなるべく見せたいし、積める経験はできるだけ積ませてあげたいというのがサラの本音である。
「サラ! お疲れさま!」
「招かれ人だ! 昨日はすごかったな!」
すれ違う人が、次々とサラに声をかけてくる。
「ありがとうございます」
にこやかに返事をしながら、サラはこんなに表立ってほめられたのは初めてかもしれないなあと思う。普段はサラ自身が目立つのもほめられるのも恥ずかしくて、ひっそりと行動しているせいでもあるかもしれない。
宿舎の外に出て、いつもの長机に向かうと、そこはきのうまでとはまるで様子が違っていた。
「まだ狩りはしてるんだね」
薄緑色のバッタの幼生は未だに生まれ出ているし、黒いクサイロトビバッタもあちこちでチキチキ音を立てている。
だが、圧倒的にその数は少なかった。
昨日は、ハンター全員が必死でバッタを討伐していたが、今日は半分は休憩して荒れ地に座り込んでいるくらいだ。
「いや、休んでる人もいるけど、なんか人が集まってるとこがある」
狩り場の端の方に、人だかりがしていた。薬師のローブが見えたような気がしたから、キーライもクリスもきっとそこにいるに違いない。
「行きましょう」
相変わらずアンと手はつないだまま、サラは急ぐノエルの後を付いていく。
近づくにつれ、シャクシャクという今までとは違った音が聞こえてくる。
四隅に騎士が立ち、その中に山盛りの草や藁が置かれ、その中で数匹の黒いクサイロトビバッタが一心不乱にそれを食べているのだ。
「クリス」
振り向いたクリスは、サラの上から下までざっと目をやると、ほっとしたように力を抜いた。
「体は平気か」
「はい」
「よかった。昨日の英雄だぞ、サラは。よく食い止めてくれた」
手放しでサラをほめるクリスなど珍しい。
「私も頑張りましたが、飛び去ったバッタを追いかけて討伐した皆さんも、残った皆さんも頑張ったし、騎士隊も麻痺薬をまいてたし、クリスなんてバッタの数をちゃんと数えてたし、結局は最後はトンボが全部持っていったんですよね?」
これがサラの認識である。
「本当に君は謙虚だし、周りのことをよく見ているな」
そう褒めてくれたのは、サラの姿を認めて歩み寄ってきたリアムだ。
「サラがあそこでバッタを食い止めねば、追いかけたとしてもとてもバッタを退治しきることはできず、ガーディニアに大きな被害が出ただろう。サラのバリアのおかげでバッタを集中的に倒すことができたんだ。それに」
まだ言い足りないようで、リアムは大げさなくらい両手を大きく広げた。
「トンボの件は、クリスから聞いたよ。サラがいなかったら、山脈でやった実験など思い出しもしなかったし、ここで応用できるとは思いつきもしなかったと言っていた。つまり、サラが言い出してくれなければ、今日のこの平穏はないということだ」
クリスに褒められることも珍しいが、リアムに手放しでほめられるということも信じられない状況で、サラはパニックをおこしそうだった。
だが、バッタを観察していたハンターたちも、かわるがわるサラの元にやってきて口々に褒めたたえてくれた。
「でも、実際トンボが来るかはぜんぜんわからなかったし、来たとしてもバッタを食べるかどうかもわからなかったんですよ……。ほんとに偶然で」
もごもごするサラの声は、シャクシャクというバッタの音にかき消されてしまうくらい小さかった。