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羽には羽を

活動報告に書影を上げました。

下の、作者マイページから飛んで見ることができるはずです。


「まず一歩」コミックス4巻は

昨日発売です。

ネリーと再会する巻なのでぜひどうぞ。

 たくさんいるハンターの一人くらい、アンを避けようが避けまいが気づかれもしない。むしろ張り切って狩りを続けるアレンを皆、温かい目で見ているような気がする。


 気持ちを切り替えたアレンにハンターたちも影響されたのか、その日の狩りでバッタはずいぶん減った。バッタの相は変わらないものの、あと数日でほぼ狩り尽くせるのではないかと安堵の空気が流れた次の日のことである。


「大変だ!」


 日が差す時間に合わせて早めの朝食が出されている食堂に、朝一番で狩り場に観察に出ていた地元のハンターの声が響いた。


「卵が! 卵が大量にかえり始めている!」


 ガタガタと立ち上がったのは後から来た農夫たちで、席についていたハンターたちは、もくもくと朝食をかき込んでいる。


 そもそも今までも、狩るそばから卵が孵化していたので、いまさらという気持ちもあるのだろうが、これから大量のバッタを狩るのならば、腹ごしらえが大事だという冷静な判断もあるはずだ。


 やがて朝食を食べ終えたハンターたちは、次々と宿舎を出ていく。


 サラも食事を済ませると、いつも調薬している長机の前に急いだ。


「ノエル。クリスも」

「サラ。すごいです。こんなのは初めて見ました」


 既に机の前に来ていたノエルはいつもなら始めている調薬もせずに、呆然と目の前の狩り場を見つめている。


 クリスも調薬をせず腕を組んで狩り場を見ているが、ノエルよりも冷静に観察しているように見える。サラもその視線を追ってみた。


「うわっ」


 どこに卵が埋まっていたのか、地面からみりみりとせり上がるように薄緑色のバッタが一面に生まれ出ている。


「孵化したてで柔らかいうちに叩き潰せ!」


 残酷だが、そうするしかない指示がネリーから飛ぶ。


 騎士隊も今は麻痺薬を使っている場合ではない。


「戦う力のない僕たちは、いざという時のために、ひたすら麻痺薬を作りましょう」

「そうするしかないね」


 目の前で起きているのは数の暴力だ。


 生まれ出てくるバッタをとにかく叩いていくしかない単調な作業である。


「いつ生んだ卵なんだろう」

「おそらく、今年でしょうね。クサイロトビバッタの卵は、冬を越すものの他に、その年に生まれてその年にかえるものと二種類あると、文献にありました」

「今年たくさん生まれたクサイロトビバッタが、もうたくさん卵を産んでいたってことか。それってすごくたくさんってことだよね」


 語彙力のない自分を許してほしいと思うサラである。


「すごくたくさんってことです」


 賢いノエルでさえ、語彙力を失ってしまうほどひどい状況だということになる。


「サラ」

「はい! どうしました?」


 目の前のバッタに気を取られていたサラは、後ろから声を掛けられ困惑し、振り返った。


「エドモンドさん。アンも」


 さすがに非常時だから、アンは宿舎の中にいるものだと思っていたサラは、エドモンドに連れられているアンを見て戸惑った。


「申し訳ない、今日はアンをハンターの方には行かせられないから、ここで預かってはもらえないか」


 昨日まではハンターにも余裕があって、アンのお手伝いも順調だったが、今日はそれどころではない。休憩所に小さい子どもがいたら邪魔なのだ。


「正直に言って、バッタはレンガ積みの建物には興味を持ちません。建物の中のほうが安全ですから、今日は宿舎にいたほうがいいです」


 サラが何か言う前に、ノエルがきっぱりと断ってくれた。


「だが、私も今日は一日外であれこれの手配で忙しく、一緒にはいられない。それなら、アンも同じ招かれ人と一緒のほうが安心だろう」


 エドモンドの気持ちはわかるが、子どもの安全を守る保護者としての意識が甘すぎる。


 アンの安全はグライフ家の責任であって、サラが反省する必要はないと、昨日ノエルが言ってくれた意味がはじめてわかった。アンに対する態度に問題があるのはラティだけではないのだ。


「サラは、必要に応じて戦闘にも加わるし、調薬もします。ここにずっといられるわけではないので、今日はサラを当てにするのはやめてください」

「わかりました」


 しっかりと返事をしたのはアンだ。


「もともと、ちゃんと言うことを聞くという条件で連れてきてもらったんです。今すぐ戻って、宿舎で仕事をしている皆さんと一緒にいます」


 一人でいると、かえって危ないということをわかっているのだ。


「非常事態だから、そうしてくれると助かるよ」

「はい! エド、私、戻りますね。ちゃんとおとなしくしているから」


 アンはエドモンドにもちゃんと断ると、宿舎のほうにすたすたと一人で歩き始めた。アンのほうがよほどしっかりしている。


「エドモンドさん。申し訳ありませんが、アンを宿舎まで送り届けてあげてくれませんか」

「そ、そうだね。仕事はそれからでも間に合うか……」


 責任者の一人として、補給の手配や何かで忙しいのだろう。それでもアンの後を追いかけようとした時だ。


「ジジジ」


 サラは耳慣れない音に当たりを見回した。


 何かがこすりあわされるような低温の音が、狩り場のあちこちから聞こえてきている。


「バッタならチキチキ言うはずだし」


 何が起きているのかわからないサラの隣で、ノエルが息を呑んだ。


「サラ! バッタが!」

「バッタ? あ!」


 ジュッという、焼けた金属が水に浸されたような音と共に、黒い影が顔の真横を通り抜け、風がサラの髪を揺らす。


 クサイロトビバッタだ。

 

「跳んだ? アンは!」


 振り返るより前に、バリアを横に大きく広げる。


「きゃあ!」


しゃがみこむアンの目前でバッタがバリアに弾かれた。


「間に合った! アン! 目をつぶってて!」


 サラはそのままアンをバリアで包み込むと、バリアごとグイッと引き寄せ、ふわりと自分のそばに下ろした。


「え? 私どうして?」

「いったい何がどうなった?」


 浮遊感が収まって戸惑うアンとエドモンドには、ノエルが後で説明してくれるだろう。

 

 今、調薬の長机の回りにいる人はサラのバリアで守られている。


 だが、その周りをビュン、ビュンと大きな音を立てて、次々にバッタが飛び跳ねていく。


「始まってしまいましたね……。恐れていた大災害が……」


 ノエルのつぶやきに、エドモンドがガクリと膝をついた。


「なんということだ……。これでもう終わりだ」


 一時より、バッタの数は目に見えて減っていた。視界を埋め尽くすほどの移動にはならないはずだが、今年の作物の収穫は絶望的だろう。


 だが、サラにはまだできることがある。


 サラは急いでポーチから結界箱を出すと、長机を囲うように結界箱を置いていく。


「バン!」


 さっそくバッタがぶつかって落ちたので、これで結界箱が効いていると確認できたサラはほっとする。


「この結界箱の範囲から出ないでください」


 そう言い置くと、サラは長机の前に回りこんだ。


 これはチャイロヌマガエルが、カメリアの町に向かった時の状況と同じだ。


 サラの前には、バッタが跳ねる前に一匹でも多く倒そうと必死なハンターたちがいる。こうなってくると、生まれたばかりのバッタは後回しだし、誰も飛び去ったバッタを追いかけている余裕などない。


「ならばその余裕、私が作ってみせる」


 あの時は、押し寄せてくるカエルに向けて、盾を反対にしたようなバリアを作り、その進行を妨げたサラである。


「けど、その盾のイメージでは、飛んでいくバッタが両側からはみ出てしまう。高さは必要ない。横に長いバリア。どうする、私」


 考えていた時間は長くなかったと思う。


「羽には羽をだ。翼を、バリアで!」


 サラは両腕を真横に広げ、自分の手に翼が生えた姿を思い描く。クサイロトビバッタが跳ねる範囲をすべて覆いつくすような大きなしなやかな翼だ。


「魔法は、自分の思い描いた通りに。バリア」


 バサリ。


 サラのバリアに音などしない。


 だが、まるで鳥が翼を広げるように、サラのバリアが広がっていく。


「ガン! ガガン!」


 バッタは、ぶつかった勢いそのままにバリアに弾かれ、あるものは落ちてひっくり返り、あるものは行くべき方向を見失ったようにふらつき、そしてあるものはそのままつぶれて動かなくなる。


「私のバリアは、ワイバーンをも弾く、絶対防御!」


 サラの声が狩り場に響く。バリアを張るまでに、いったいどのくらいのバッタが飛び去っていっただろか。だが、それもこれまでだ。サラは声を張り上げた。


「もう一匹も行かせない! 今のうちに、お願い!」


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― 新着の感想 ―
[一言] 光の翼!これがオーラ力(ちから)の導きなのかっ! 聖薬師(笑)の加護か!南無三!! サラが某富野アニメの主人公に見えた(爆)。
[良い点] サラかっこいいぜー!
[一言] 商業版とコミックス版にしかない、塔での暮らし。楽しく読ませていただきました。ありがとうございます。
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