現場では
活動報告に書影を上げました。
下の、作者マイページから飛んで見ることができるはずです。
「まず一歩」書籍7巻は11月25日、
コミックス4巻は同じく11月14日に発売予定です。
それから、これから(すでにですが)
バッタがもりもり出てきますので、虫の苦手な方はご注意を!
夜はバッタは動かない。
そしてハンターにも休息が必要だ。
前線に用意されている宿舎に着き、沸かされている湯で体を流し、食事をとると、疲労困憊のハンターたちは食堂でゆったりと過ごしたり、さっさと寝てしまったりと自由だ。
サラは途中からだったし、肉体労働とはちょっと違うことをしているので、そこまでは疲れていないが、改めてハンターが依頼に応えるとということは大変だなあと思う。
「サラ」
風呂も食事も終えたアレンが、さっぱりした顔をして食堂のサラの元にやってきた。
サラはネリーとクリスと一緒に食後のお茶を楽しんでいた。宿舎は古いが、ちゃんと整えられていて、百人以上の人が泊まっても大丈夫なように、食事を作る人も掃除や洗濯をする人もきちんと揃っている。
食堂の人に聞いたら、臨時で雇われているが好待遇で不満はないとのことだった。
「アレン、お疲れさま。毎日こんな感じなの?」
「ああ。大変だけど、いかに効率よく数をこなすかっていう訓練だと思ってやってるよ。ハイドレンジアのハンターは皆そんな感じだ」
アレンは肩をすくめた。
「アレンはいつもそうだよね。チャイロヌマガエルの時も、去年のタイリクリクガメの時も、ハンターとしてたんたんと仕事してるって感じ。つらいとかあんまり言わないんだもの」
「ハンターはそもそも、つらいとか、あんまり言わないぜ」
なんとなく残っていたハンターたちが、アレンの話に同意なのか大きく頷いている。
「そうだな、どう説明すればいいかな。ハンターをやってて、一番倒すのが大変なのはワイバーンだろ? 渡り竜はこっちが手を出さなければ攻撃してこないから、数に入れないぞ。それにタイリクリクガメは論外だからな」
誰が話したのか、こいつがタイリクリクガメに剣を刺した奴だぞという噂が、地元のハンターに今ごろ伝言ゲームのように伝わり始めている。サラはアレンの話を聞きながら、片方の耳ではざわざわと噂が伝わっていく様子をうかがってしまう。
だが、アレンがぐっと握ったこぶしを見せたので、気を散らさずにちゃんとアレンに向き合うことにする。そもそもサラの質問から始まった話だ。
「俺はワイバーンは、手の届くところに来さえすれば倒す自信はある」
ヒューというからかいの口笛があちこちから鳴り響いた。
アレンはいつの間にか周りで話を聞いているハンターたちがいたことにやっと気がついて、よせよという顔をしたが、そのままサラに話を続けてくれた。
「だけど、それがゴールじゃない。トリルガイアにはいろいろな魔物や生物がいて、ハンターにはすべき仕事がいろいろあるだろ。ほとんど役に立たないニジイロアゲハを大量に倒すとか、チャイロヌマガエルを大量に倒すとか、クサイロトビバッタを大量に倒すとかさ。俺たち、これ全部こなしてきたよな」
「どれも大量すぎたよね」
サラもうんうんと頷く。
「どんな魔物でも倒したいし、どんな仕事でも、ちゃんとできるようになりたいんだよ。あいつに頼めば大丈夫だって言われるように。ネリーみたいにさ」
「私か」
黙ってお茶を飲んでいたネリーが驚いたようにアレンの方に目をやった。
「だろ? 俺の師匠なんだからさ」
「そうだな。姉様に婚活をさせられて、依頼に間に合わなかった情けない師匠だがな」
ネリーが冗談を言うのは珍しいが、笑える話でもないので微妙な沈黙が広がり、なんとなく気まずいサラである。
「それでその、婚活はうまくいったんですか」
切り込んできたのは、風呂上がりという風情のクンツである。
「やめろ。そう言うことは聞くもんじゃない」
そして紳士なアレンにたしなめられている。
「すみません。ちょっと興味本位で」
クンツも普段は紳士のはずなのだが、疲れすぎて抑制が効かなかったのかもしれない。
「気にするな」
ネリーは鷹揚に謝罪を受けた。
だが、その後に続いた沈黙は、それで結局、どうなったのかが気になっていたからに違いない。
さすがのネリーにもそれは伝わったらしい。少し照れた顔でこんなことを言い出した。
「あー、そうだな。成功、といったところか」
「なんだって!」
ガタガタと椅子から立ち上がったのは、ハイドレンジアから来たハンター仲間だったから、そのショックを受けた顔を見るに、サラはいろいろと察してしまった。これもクンツが事前に、そういう可能性もあると教えてくれていたからである。
アレンは、ネリーの隣で腕を組んでいるクリスとネリーを困ったように交互に見たあと、クンツを睨んだ。
「い、いや、すみません。俺、本当に余計なことを聞いてしまって」
アレンの責めるような視線に耐えられなかったのか、クンツは慌てたように謝罪した。しかし、もうどうせだからと思ったのだろう。直立して、こう口を開いた。
「ええと、おめでとうございます!」
それをきっかけに、食堂にいた人たちから温かいおめでとうの声が上がる。
「ありがとう。ありがとう」
大勢の人に囲まれて、照れたように片手を上げてそれに応えるネリーなど、会った頃からは想像もできなかったなあとサラは思う。
だが、クンツは再び特大の爆弾を投げ込んできた。
「それで、お相手はどなたです?」
「馬鹿! お前、いい加減にしろよ!」
珍しくアレンが声を荒げてクンツに詰め寄ろうとしたとき、クリスがネリーと同じように片手を上げた。
「私だ」
「はあ?」
「私だ」
クンツの間抜けな返事と共に、またしても食堂に沈黙が落ちた。
そしてそれを破ったのも、クンツだった。
「わざわざガーディニアまで来て、ご領主夫妻に婚活で引き留められて、結局はクリスですか」
それは言っちゃいけないよねと、誰もが心の中で思ったことだろう。
「そういうことになる」
「そういうことになるじゃねえよ。おせーんだよ」
小さな声でクリスに突っ込みを入れたのが、さきほどガタガタと椅子から立ち上がったハイドレンジアのハンターだったような気がするが、定かではない。
「ネリー、クリス、おめでとうございます!」
めでたさで何もかもごまかしてしまおうと思ったサラは、お茶のカップを掲げて、大きな声で二人を祝った。
「おめでとう」
「おめでとう」
再び食堂は祝福の声に湧き、それから二人の元には大勢のハンターが押し寄せて背中を叩き、食堂のおばちゃんからはお茶とお菓子が追加されて大騒ぎとなったのだった。
「なんで黙ってたんだよ」
アレンとクンツには後で詰め寄られたが、
「本人たちが言い出す前に、私がしゃべっちゃだめでしょ? それにそんなこと話す時間なんてなかったじゃない」
「正論だけどさー。言ってくれてたら、俺、あんなこと聞かなかったのに」
情けない顔でクンツに言われても、駄目なものは駄目なのである。
結局はクンツが余計な口を滑らせたせいで、早いうちに皆に知れ渡ったから良かったとも言えるのだが、次の日に他の人からそのことを聞かされたライが、なぜ最初に自分に話さなかったと激怒し、サラもネリーもクリスも叱られたのも、いつかいい思い出になるに違いない。
それから数日、サラとネリー、そしてクリスの参戦は良い結果をもたらした。
クサイロトビバッタの数が、目に見えて減ってきたのだ。
「どうやら地中にはまだ卵があって、どんどん孵化してはいるが、成体を倒す数のほうがそれを上回っているようだ」
という観察結果に、一〇日近く狩りを続けてきたハンターも騎士たちも、少し肩の力を抜くことができた。
また、それだけではない。
「おーい! 妹さんたち!」
グライフのお屋敷の陽気な門番の声が聞こえたかと思うと、その後から続々と馬車がやってきたのだ。
「いったいなんだろう?」
といぶかしがるサラたちの前に止まったのはひときわ豪華な馬車だ。
そこから降りてきたのは、ガーディニアの領主グライフだった。そして馬車から降りたグライフが手を伸ばすと、ぴょこりと顔を出したのは、少年のような動きやすいかっこうをした招かれ人のアンである。
サラは唖然としたが、それは来たことに対してではなく、本当に来られるだけの体力があったことに驚いたからだ。
「サラ!」
「アン! 体は大丈夫なの?」
「うん! 途中でも魔法の訓練をしていたから。訓練をしていると、疲れないことに気づいたの」
数日で体重が変わるわけではないからアンはほっそりしたままだが、最初に会った時と比べて、明らかに生気がみなぎっている。
魔の山では、サラは毎日バリアの訓練をしていたから、訓練で元気になるということは全然知らなかった。
「サラ。ネフェル、それにライ、クリス。そしてリアム。すまない。サラが前線に出てから、ラティの心配性と過保護が復活してな。無理してでもこちらに連れてきた方がアンのためだと判断した」
「姉様」
ネリーが頭が痛いというようにこめかみに手をやった。
急きょやってきた小さい子は多少は奇異な目で見られたが、それは本人が気にしなければいいことだし、そもそもグライフがやってきたのはアンをここに連れてくるためではない。
「今までは、地元のハンターと、依頼に応えてくれたハンターで十分だったが、今回は騎士隊が来てくれてもまだ足りないと聞いてな。ハンターじゃなくても、屈強で役に立ちそうな男たちを集めて連れてきた」
後ろの馬車からぞろぞろと降りてきたのは、どう見ても農夫だった。なぜなら、それぞれが鍬や鋤を持っていたからだ。
「ガーディニア付近の農地にもたまにクサイロトビバッタが侵入してくることがあるんだ。数が少なければ害がないかというと、あの大きさだろう。一匹でも農作物の被害がすごいことになる。だから、農業をやっている者は、たいてい退治の経験があるんだ」
そんな農夫たちに声を掛けたら、自分たちの農地がやられる前にバッタの討伐に参加したいということで、付いてきてくれたそうだ。
「ハンター諸君の邪魔にならないようにしながら、一匹でも多くのクサイロトビバッタを間引けるのではないかと思ってな。もちろん、追加の食料や布団なども用意してきてある」
妻のラティをニコニコしながら見つめるだけの領主だと思っていたサラは、その行動力に驚いた。よく考えたら、無駄だと思われながらもきちんと、クサイロバッタの観察を続けているのはこの領主がいるからこそなのだ。
「それならサラは、今日は麻痺薬を作るほうに手を貸してほしい」
ノエルが出した長机にサラの長机も足して、ノエルの左にクリス、右にアンとサラ。アンのためには椅子も用意する。
アンが真ん中になるように結界箱を置く。サラは移動する可能性があるので、サラのバリアに頼るのは危険だからだ。
「アン、クサイロトビバッタは初めて見ますね」
「はい」
サラが説明しようとしたら、ノエルが解説を始めている。話をしていても、動かす手は正確なのはさすがである。
「遠くから見ると、小さく見えますが、アンだと抱えていられないほど大きいです」
「わかります。狩りをしている人と比べると、すごく大きいですよね。形は日本のバッタと同じなのに」
「さすが同じ国から来た招かれ人です。サラが言っていたことと同じですね」
ノエルが頬を緩めるが、すぐに厳しい顔に戻る。
「退治とは殺すことです。見ていて具合が悪くなりませんか」
「今のところ大丈夫です」
いい感じでアンの相手をしてくれているので、サラは久しぶりの調薬に集中することにした。
麻痺薬をすりつぶしたり、魔力を一定に注ぎ込んだりするのは、バッタの数を減らすよりもずっと楽しい。そしてその間にも、ノエルがポーションとは何か、麻痺薬とは何かなどを、ゆっくりとアンに教えている。
だが、ノエルがこんなことを言い出した時は危うく調薬を間違えそうになった。
「アン。僕と婚約しますか?」
「ノエルと?」
ノエルは、かすかに笑みを浮かべた。サラと違って調薬の手は確かだ。
「もともと、ヒルズ家として、東部に現れた招かれ人に挨拶に来るのが目的でもありましたからね。一足飛びに婚約者になったとしても、僕はかまいません。ただし、僕も」
ノエルは今度はニヤリと悪い顔をする。
「サラの元、婚約者候補ですけどね?」
「ええ?」
アンのびっくりした顔がおかしくて、思わず笑い出してしまった。
「ラティもそうだけど、招かれ人は大事に囲わなきゃ、って思ってるみたいなんだよね。放置されたり冷遇されたりするよりよっぽどいいとは思うけど。婚約の話はこれからも来ると思うから、覚悟しといたほうがいいよ」
アドバイスするサラにかぶせるように、ノエルもとんでもないことを言い始めた。
「とりあえず、婚約者よけのために、僕を仮の婚約者としてもいいと思いますよ。僕だってまだまだ結婚するつもりはないし、お互いに利はあると思うんですよ」
「はあ」
まったく気乗りのしないアンの反応に、サラは思わずにやけてしまうが、アンは真面目に答えた。
「はっきりさせておきたいんですけど、ノエル」
「はい」
咳ばらいをして、なんとなく居住まいを正すアンに、ノエルもまじめな顔で返事をする。
「私は、本当に好きな人ができた時に、胸を張って好きと言える立場でいたいです。だから、仮にでも婚約者はほしくありません。ごめんなさい」
アンは頭を下げる。ずるいことのできない子なんだなあと、サラは温かい気持ちになる。
「あーあ。招かれ人二人に振られたの、僕だけじゃないですか?」
おどけるノエルは、本当にいい人なのだ。
「仲のいい友だちってことでいいじゃない。それだって、招かれ人とのつながりには違いないんだし」
サラの提案に、ノエルは微妙な顔だ。
「そうでしょうか。うん、そうですね」
「私も! 私も友だちってことでお願いします!」
にぎやかな薬師の机の前では、討伐の人数が増えたため、クサイロトビバッタの数が目に見えて減っている気がする。
「あれ、でも、どこまで減らしたらこの依頼は終わるんだろう」
頭によぎった疑問は、後でネリーに聞いてみようと思うサラだった。




