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参戦

「本気を出すぞ」


 サラの様子を見ながらだが、ネリーとクリスはいつもよりスピードを上げている。サラも去年のタイリクリクガメの護送では、トリルガイアの南から北まで一気に走り通したので、身体強化がいやおうなしに鍛えられた。半日くらいなら頑張れる。


 そうして移動しながらも、周囲を観察するのは忘れない。クリスが連絡に戻ってきた昨日の時点では、まだ前線は大丈夫だったが、一日で状況が変わることはよくある。


「まだ大丈夫のようだな」


 注意深く周りを確認するクリスに、ネリーが尋ねる。


「そんなにひどい状況なのか」


 大変な状況ということだけは聞いたが、早くたどり着くことを優先して、サラもネリーも詳しい話は聞いていなかった。


「ひどい状況というのどうか。とにかく数が多いから、減らすと言っても焼け石に水という徒労感はあるが、バッタがそこにとどまっているうちは問題がないんだそうだ」


 地元で観察しているハンターがそう言ったのだろう。


「だが、一匹飛び立ったら、それをきっかけに、群れが一斉に飛び立ち始める。そうなると、餌を食い尽くしながら、移動し始めるらしい。だが、少なくとも、ここにはまだ来ていないな」


 途中の草原や農地はあおあおと葉が茂り、ときおり大きなトンボやチョウが遠くに見えるだけで、クサイロトビバッタなど影も形も見えない。バッタどころか、ツノウサギが一匹もいない草原など、サラには本当に初めての経験だ。


 やがて遠くにあった山がいつの間にか近くに見えるようになってきた。それに伴い、いつの間にか草原が荒れ地に変わり、むき出しの岩肌が見える土地が目の前に広がっている。


「クサイロトビバッタが東部でも北側にとどまっているのは、この山からつながる荒れ地のおかげだな。餌になる草がない」

「でも、羽が生えきったら」

「風を受けて、軽々と飛び越えるだろうな」


 おりしもビィーンという音を立てて、大きなトンボが軽やかに頭の上を飛んでいく。


 荒れ地は意外と長く続き、いったん狭まってから拓けていった。


「今年は北側は雨不足で、いつもより荒れ地が広がっているらしい。慣れぬ土地というのは、人から聞いた情報ばかりでもどかしいものだな」


 さっきから、伝聞でしか語れない自分がクリスは悔しいようだ。


「見えてきたぞ」


 三人の中で一番目のいいネリーが教えてくれる。


 地元のハンターが百人あまり、騎士は一五人規模の小隊一つ。そしてハイドレンジアのハンターが一〇人。百人以上いるはずなのに、広い荒れ地に散らばっていると、その数はとても心もとないものに思えた。


 その真ん中に、司令塔のようにどっしりと立っている人は、ネリーと同じ赤い髪の男性だ。


「父様!」

「ネフェル! 早かったな。おお、サラも来たか」


 ライはサラたちのほうに振り向くと、嬉しそうに顔を崩したが、その顔には疲れが色濃く出ている。


「父様、すみません。本来は私が責任を持つべきことなのに」

「言うな。それを言えば、ラティの暴走は私が責任を持つべきだった。情の深い子だとわかっていたのにな。少なくとも、この件とは別に、もっと早く顔を見せてやればよかったのだ」


 ライにも思うところがあるようだった。


 だが、それどころではなく、サラは目前の光景を呆然と見つめた。


 チキチキ。


 チキチキと。


 その音が出ているのは、羽なのか、顎なのか、それとも足なのか。


 無機質の何かが絶え間なくこすりあわされているような耳障りな音が響く中、地面にはうごめく黒いまだら模様がバッタで描かれている。


「ひっ」


 相が変わったとは聞いていた。だが、サラにとってはバッタは緑色だという認識だった。


「そもそもクサイロバッタって名前じゃない。色が変わったって言っても、真っ黒だとは思わないよね……」


 寄り集まってはチキチキ音を立てる黒いクサイロトビバッタを、ある者は殴り飛ばし、ある者は突き刺し、切り捨て、そして魔法で叩き潰していく。


 それがハンターの戦い方だ。


 だが、騎士たちは違う。


 五人ずつ三組に分かれ、麻痺薬を散布し、動きを止めたバッタにとどめを刺していく。


 そしてライのいるあたりが狩り場の一番後ろなのだろう。バッタが跳ねた時に備えて、魔法を使えるハンターが控えているように見えた。


「エドには状況は報告済みで、すぐに対策をしてくれるそうです。とりあえず、我ら三人は先行してきました」

「ありがたい」


 クリスの報告に、ライが少しだけ力を抜く。


「とにかく数を減らしたい。ネフ、行けるか」

「はい。行ってきます」


 ネリーの参戦に、ハイドレンジア組のハンターから小さい歓声が沸く。それでも手を休めず、バッタを殴り飛ばしている中に、アレンの姿も見える。


「クリス! 麻痺薬の予備はないか!」


 騎士服がよれよれになったリアムがクリスを見て声を掛けてきた。


「キーライから予備を預かっている!」

「ありがたい!」


 バッタの間を、リアムの元へクリスが駆け抜けていく。


 さて、サラの働くべき場所はどこか。指示を待つのではなく、自分で探さねばならない。


 ふと目を戻すと、ライのすぐ横では、まるで薬師ギルドの中のようにテーブルを出して、ノエルが調薬をしているのに気づいた。


「ノエル!」

「サラ! よく来てくれました!」


 挨拶してる間も、調薬の手を止めないノエルはさすがである。


「調薬しながらもちゃんと周りも観察していますよ。大変な出来事ですが、実に興味深いです。ところでサラ、気がつきましたか?」

「何に?」


 サラは、自分のポーチから、パンパンに詰まった薬草かごを取り出しながら聞き返した。ガーディニアにたどり着くまでに採取した新鮮な麻痺草や魔力草が入っている。


「さすがです、サラ。助かります。こんなに麻痺薬が必要になるとは想像もしていませんでした。兄さんたち騎士隊は、麻痺薬は使おうとはしていましたが、あくまでもクサイロトビバッタへの実験のつもりだったみたいなんです」


 ひとまずはサラが持ってきた麻痺草への感謝を述べると、ノエルは手を忙しく動かしながら話を続けた。


「気がついたかと聞いたのは、騎士隊の動きについてです」


 餌となる草を探すのに忙しいバッタは、かなり近くに行っても襲ってはこない。それを利用して、麻痺薬を低い位置からバッタの小集団にまんべんなく吹きかけている。


 チャイロヌマドクガエルの時は、かなり高い位置で麻痺薬を拡散させ、風に流れた麻痺薬で逆に騎士たちが麻痺してしまっていた。あの頃と比べると、ずいぶん効率が良くなったものだ。


「僕もサラからその時の話を聞いていましたし、渡り竜やタイリクリクガメのときの動きを見ても、兄さんには悪いですが、騎士隊は正直、いてもいなくても同じかと思っていました。ですがぜんぜんそんなことありませんでしたね」


 その声が誇らしげなのは、やはり兄がそこにいるからだろう。


 サラはそう言われて改めて騎士隊を観察してみた。


 麻痺薬で動かなくなったバッタの命を、最小限の動きで絶っている。力いっぱい切ったり殴ったりするより、消耗が少ないのは確かだ。


 だが、麻痺薬の効果は確実ではなく、少し離れたバッタはすぐに動く力を取り戻しているように見える。


 サラなら、麻痺薬の範囲をバリアの中にとどめることができるのに。


「サラ、何をするか悩んでいるのなら、ここで僕と一緒に麻痺薬を作ってくれると助かります。サラの仕事は戦うことではないでしょう」


 サラの迷いに気づいてくれたのか、ノエルが提案してくれた。現にノエルも、自分の得意なことで協力できている。


「騎士隊について触れたのは、弟として、サラに兄さんをちょっとだけ見直してほしかっただけなんです」


 こんな時だけれどいたずらっぽい口調は、サラの負担を軽くしてくれようとしているのだと思う。

 だが、その気遣いは逆に、自分のできることをしなければならないというサラの決気持ちを固めることになった。本当はやりたくないのだけれども。


「仕方ない」


 サラは大きく深呼吸をした。


「私、騎士隊と一緒に戦ってくる」

「サラ?」


 サラはチキチキと音を立てるバッタの間を、先ほどのクリスのように走り抜けた。


「クンツ! いる?」


 走りながら大きな声で最初に呼んだのはクンツである。


「サラ? ちょっと待ってろ!」


 アレンを見かけたからクンツも近くにいる。サラの読みは当たった。

 次に呼んだのはこの人だ。


「リアム!」

「サラ! 君はハンターではないだろう! ノエルと一緒にいてくれ!」


 サラは首を横に振った。


「リアム。聞いて」


 サラが騎士隊の邪魔にならない場所で止まってそう話しかけると、ちょうどクンツも走ってきたところだった。サラは、クンツとリアムと騎士隊に静かに話しかけた。


「私のバリアなら、麻痺薬の効果を確実に効かせることができるの。知ってるでしょ、私のバリアは麻痺薬を弾くこと」


 ローザで、騎士隊に王都に連れ去られそうになった時のこと。自分とアレンを麻痺薬の散布から守ったとき、指示を出していたのはほかならぬリアムだ。

「あの時のことを思い出させるか。君は厳しいな」

「覚えてるならそれでいい」


 言い合いをしている場合ではない。


「外に弾くということは、中に閉じ込めることもできるということなの。それからクンツは」


サラはクンツの方を見た。


「たしか竜巻みたいな魔法ができるんだよね。私のバリアの閉鎖空間で、麻痺薬を効果的に拡散できるよね」

「ああ、できる。俺の攻撃魔法はバッタには効率が悪かったから、こっちで手伝えることがあるならかえって助かるよ」


 クンツはすぐに頷いてくれたが、リアムはそうではない。 


「しかし」

「リアム。麻痺薬は限られているぞ。ノエルと今から作り足したとしても、早晩足りなくなる」


 その場にいたクリスが現実を突きつけた。


 ハイドレンジアにいた時は、騎士隊がやらかすから、あるいは麻痺薬に対抗するバッタが出るかもしれないから、などと可能性を考えていたが、現場に来てみたら、とにかくやれることはやるしかない状況だった。それほど数というのは暴力なのだ。


 しのごのいうより、やって見せたほうが早いとサラは判断した。


「バリア。すりガラスで」


 サラは、一瓶の麻痺薬が効く範囲を考え、バッタの上のお椀のようにバリアをかぶせた。


「このくらいの範囲で囲えば、麻痺薬を効果的に使えませんか」


 タイリクリクガメを防ぐ壁を作る時に使った、色付きのバリアである。


「お願いできるか」

「はい。やってみましょう。クンツが麻痺薬を散布したら即座にバリアで覆います」


 リアムの要請に応え、サラは足を肩幅に開くと、体の力をぬいてゆったりと両手を構えた。


 麻痺薬の瓶を持ったクンツはそれを放ると、つぶての魔法で瓶を壊し、そのまま風魔法で拡散する。複数の魔法を組み合わせて使うのは難しいのだが、クンツはそれができる。だが、クサイロトビバッタとは相性が悪かったようだ。


 サラは風魔法が発動した瞬間、お椀のようにバリアをかぶせた。


 竜巻で拡散された麻痺薬の成分が、サラがバリアで閉じ込めた空気中を巡り、すぐにチキチキ音を立てていたバッタの動きが止まった。


「おお……。範囲内、全部動きが止まっています」

「では、バリア解除」

「よし。やれ」


 騎士がとどめを刺している間、サラとクンツは次の小隊に回って同じことをする。こうして三つの小隊を順番に回り、動かないバッタが積み上がっていく。


 やがて日が暮れ、チキチキという音も聞こえなくなってやっと、休憩の時が訪れた。

 

「まず一歩」書籍7巻は11月25日、

コミックス4巻は同じく11月14日に発売予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] バッタの群体相は色が黒く羽が大きく長くなってグロい
[気になる点] なんでもかんでも麻痺薬をばら撒くのはどうなんだろうなあ… [一言] 忌避薬撒いてトンボに食べて貰うか、結界を張って内側を冬にしてしまえば虫なら行動不能に出来ると思うんだけど、サラにそこ…
[気になる点] 別に騎士隊の面子を守らんでも、主人公が一網打尽にできるよね、実は(やりたいかどうかはともかく、本当に効率を考えればそれが一番に思える……やはり主人公を引き留めた毒姉が毒だったとしか思え…
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