無一文じゃなかった
「それだけじゃないんだ、ヴィンス。薬草採った場所を教えろって。俺ももうたぶん薬師ギルドではちゃんと買い取ってもらえない気がする」
「それは本当か。薬師もよ、クリスを尊敬してんならちゃんと働けよな」
受付の人は心底あきれたという顔をした。
「アレン、お前が早く登録して代わりに薬草を売ってやればいいだろ。こっちで薬草を売ったら手数料二割取られるけどな」
「代わりに売るのは規約違反だからな。受付のくせにそんな話をするな」
カウンターの奥から出てきたのは髪を短く切った大柄な男だった。
「けどよ、ギルド長」
そのヴィンスの声を無視して、ギルド長はアレンを見た。
「登録まであといくらだ」
「一万五千」
「もう薬草はあっちでは買いたたかれるだろうなあ。仕方ねえ。さっさと雑用でも何でもして登録料を作れ。ギルドに登録しさえすれば、こっちでなんとでもなる」
「うん!」
どうやらアレンはギルドではちゃんと大事にされているようだ。町の外に泊まっても、雑用しかできなくて、食べるのにかつかつでも、ギルドに入りさえすれば仲間だから一人前に育てようという気持ちが感じられた。
「ぐー」
そこにアレンのおなかの音が響いた。
「また昼抜いてんのか……」
サラはアレンの服を引っ張った。
「お昼食べる?」
「まだ持ってんのか。うん、あ! そうだ!」
アレンは顔をぱあっと輝かせた。
「俺、お前からご飯を買うからさ。ちょっと登録するの遅くなるけど、それならお前もお金になるだろ」
「そういえば私無一文じゃなかった! 一五〇〇ギル持ってた!」
「そうだな!」
どうしようもない、詰んだ状態だと思っていたが、少しずつ頑張ればなんとかなるかもしれない。少なくとも数か月は食事には困らないのだし。サラは明るい気持ちになった。
「そこのテーブルで食べようぜ!」
「うん!」
アレンがサラを連れて行ったのは、併設された食堂の端っこの広いテーブルだった。
「大きい魔力持ちは端っこか別室って決まってるんだ。受付も一番手前」
「そうなんだ」
「お前らまだ登録前で、ギルドを利用する権利はないんだけどな」
ヴィンスが苦笑しながら言ったが、ギルドはそもそも昼は混まないのでみんな大目に見てくれるらしかった。
「お弁当でいい?」
「うん。さっき五〇〇〇ギル稼いだからな」
サラはポーチからお弁当を出した。もともとギルドの弁当箱だが、再利用したものなので大丈夫だろう。
「はい、一五〇〇な」
「ありがとう」
サラは両手でお金を受け取った。穴の開いた銀貨が一枚、小さい銀貨が五枚。そしてポーチにしまう。
アレンが蓋を開けると、いい匂いがギルドに広がった。
「これ、昨日のと違うのか?」
「今日のはね、トマトのスープと、しっぽの輪切りの煮込み」
コカトリスのしっぽを輪切りにしたものを煮込んで、骨と皮を丁寧に外してある。いっぺんにたくさんできるから、保存に最適なのだ。
アレンは自分のフォークを出すと早速肉にさして、大きい口で頬張った。
「うまい!」
「それ、ネリーも大好きで」
ネリーはいったいどこに行ってしまったのだろう。町に来れば何かわかるかと思ったのに。
「姉ちゃんさ、とりあえず町に行けといったんだろ」
アレンがもぐもぐしながらサラに言い聞かせるように言った。
「だったらさ、まず町で暮らせるようにならなきゃな」
「うん」
サラはちょっと情けなくなった。体は一二歳だが、中身は大人なのだ。それなのに一二歳の子に頼り切りなうえ、慰めてもらってしまっているなんて。
そんな二人に影がかかった。
二人が顔を上げると、ギルド長がすぐそばに立っていた。
「おい、アレン。昼抜きは駄目だけどなあ」
「はい! お弁当サラから買った!」
にこっとするアレンの頭ががつっとつかまれた。
「ちょっといいもん食いすぎなんじゃねえのか? なんだよこのホカホカの弁当はよ」
がたっと音がするとカウンターからヴィンスがこちらに歩いてきている。
「ほんとだ。おい、ちょっと味見させろ」
「やだよ! 減る!」
アレンは弁当箱を抱え込んだ。
「あの!」
「「ああ?」」
大人二人が振り返るとちょっと怖い。
「同じお弁当ならまだありますけど」
「「買う」」
サラはポーチからアレンのものと同じ弁当を二つ取り出した。
箱を返すつもりがないようで、二人は三〇〇〇ギルをサラに渡すと、ガタガタとテーブルに座り込んだ。そんな二人を見て、心なしか他の人が距離を取ったような気がした。
「なんだこれは……」
蓋を開けたヴィンスが一言つぶやくと、まず肉から食べ始めた。
「コカトリスのテール煮? はっ、まさかな」
「うめえうめえ」
「ギルド長、あんた」
おいしいのならいいのである。サラはちょっと嬉しかった。
さっさと先に食べたアレンが、からの弁当箱をサラに返し、サラはそれをポーチにしまう。後でまとめて洗って、またいつか弁当を作ろうと思っている。
「よし。俺はこれから雑用を捜しに行くけど」
「私は一回町の外に出たい」
「薬草か? 売れないのに」
「西側も見てみたいの」
アレンは迷っていたようだが、自分の用事もある。
「西側に行ってすぐが中央ダンジョンだ。それから西門もあって、西門のそばにも西ダンジョンがある。東側より人通りは多いけど、ハンターには荒くれ者も多いから気を付けてな」
「うん」
日暮れ時に中央門の外で。自然に今晩の約束をして別れた。