イケオジいっぱい
その人はクリスとライの間くらいの歳の男性だった。銀髪を後ろで一つに結んでいて、全体的な雰囲気がなんとなくクリスに似ている。視線を下げると、ローブは着ていないものの、襟には薬師のブローチが留められていた。
「ええと、ネリー?」
「ああ。紹介しよう」
ネリーは隣に半分体を向けた。
「キーライ・ヘインズ。ガーディニアの薬師ギルド長で、クリスの師匠に当たる方だ。そしてこちらがイチノーク・ラサーラサ。招かれ人で、私の家族だ」
私の家族だという紹介が嬉しい。
「君が招かれ人の薬師か。噂は聞いているよ。薬師という仕事を選んでくれてありがとう」
穏やかな低い声は耳に優しい。
「初めまして。サラと呼んでください。クリスには、ガーディニアに恩師がいると聞いていましたから、お会いできて嬉しいです」
「ほう。クリスがそんなことを。恩師と思われているとは思わなかったよ」
冗談めかした口調だが、本当に驚いている様子だ。せっかくだからクリスを交えて話したいと思い、クリスの方に目をやろうとしたが、視界には見知らぬ人が目に入るばかりだった。いつの間にかネリーとサラの周りには、人が集まってきていたようだ。
「うおう、イケオジばかり」
さっきはアンを取り巻く爽やかな少年を見たばかりだが、ネリーを取り囲んでいるお相手は、おそらくは二〇代から五〇代までと幅広い、大人の男性だった。思わず口にした言葉は、おそらくトリルガイアの言葉には翻訳されていないと思うが、集まった数に驚いたのは伝わったのだろう。
キーライが笑みを浮かべて説明してくれた。
「ネフェルタリは魅力的な女性だから、仕方がないね。私は前から知ってはいたが、君が騎士だった頃だから、ずいぶん成長したものだと驚きを隠せなかったよ」
「あの頃は怪我ばかりで、薬師ギルドにはお世話になりました」
「いやいや、世話をしたのはクリスだからね」
以前クリスから聞いた、二人の若い頃の話と同じだとサラはわくわくした。
だが、若かりし頃のクリスの話を聞こうとしても、ネフェルタリの家族ということで、サラにも次々と紹介を乞う人たちが現れたし、招かれ人だとわかると、弟や息子や親戚をいずれ紹介したい人が加わって、とても面倒くさいことになった。
しかし、どうせサラは明日はハンターと一緒にクサイロトビバッタの討伐に出かけるつもりだ。招かれ人のアンについては、単に運動不足だということがわかったのだから、サラはここにいる必要はないと思うのだ。
だからこの場は曖昧な笑顔を浮かべて乗り切ればよいと割り切ったが、さすがにそろそろ疲れもたまってくる。
それに、サラが来る前から疲れた顔をしていているのがネリーだ。
こんな時こそクリスの出番なのだが、いっこうに現れない。仕方がないので、サラは少し大きい声を出すことにした。
「クリス!」
「なんだ、サラ」
現れないと思っていたが、そばにいたらしい。
すぐそこには取り残された女性たちが呆気にとられたような顔でクリスの後ろ姿を眺めている。
「なんだじゃないと思うんです。そもそも私のことじゃありません」
サラはネリーの手をつかむと、クリスにグイグイ押し付けた。
クリスが戸惑ったようにネリーに腕を差し出すと、ネリーはその腕にそっと手を載せた。
いや、載せたように見せかけて、服がしわになるほどぎゅっとつかんでいる。
「つっ。ネフ。もういいのか」
「もうもなにもない。今まで何をしていた」
小さいが苛立ちをあらわにした声は、サラ以外には聞こえなかったと思いたい。クリスにだけはわがままを言えるネリーはサラから見るとかわいいしかないのだが、他の人には少々ぶっきらぼうに聞こえないこともないからだ。
「喉がかわいた。腹も減った。もう話をしたくない」
今聞こえた言葉が、空耳だと思いたいという顔をした紳士が何人かいたので、サラの願いは通じなかったようだ。
仕方がない。社交嫌いのネリーにしてはよくここまで耐えたと思う。さすがに姉の顔は立てたかったのだろう。
「では、こちらへ」
「さっさとしろ」
二人は飲み物と食べ物のあるテーブルへ歩き去っていった。
「やれやれ、といったところかな」
笑いを含んだキーライの声に、サラはこくこくと頷いた。
「申し訳ありません。ガーディニアには今日、着いたばかりで、少し疲れているんだと思います」
クリスを呼びつけてネリーを引っ込ませたのはサラなのに、素知らぬ顔で右手を頬に当てるサラである。ハイドレンジア一行の中で、一番疲れていないのがネリーかもしれないということは言わずにおく。
サラは、自分は疲れていると言ったつもりはないのだが、察した紳士たちは気を使ってさりげなく去って行ってくれた。
「サラ、これ」
「アレン。ありがと」
向こう端のハンターのテーブルにいたはずのアレンが、サラに飲み物を持ってきてくれた。
「無理するなよ」
「うん」
そしてそのまま元のテーブルに戻っていった。歩き去っていく後ろ姿はほっそりしているものの、もうほとんど大人と変わらない。
「あれがタイリクリクガメに剣を刺したというハンターか」
「そうです。こちらにも伝わっていますか?」
「いいや。ヒルズ家の小さい薬師が挨拶に来てくれてな。その時に聞いたばかりだ」
ノエルも到着したばかりのはずだが、あちこちでこまめに動いていて、頭が上がらない。
サラなど、ガーディニアに到着したことに満足して、クリスの恩師に挨拶しに行こうなどとは考えもしなかった。
「彼は、クリスとはまた別の優秀さだな。クリスより早く薬師になったと聞いたが、それこそクリスより早く王都の薬師ギルド長に上り詰めるかもしれないな」
「そうなっても驚きません。一緒に仕事をしたことがありますが、本当に優秀な子なんです」
「私もクリスをはじめとして後進となる薬師を育てて、ほとんど引退する気持ちで東部にやってきたのだが、ここでのんびり過ごしている間に、もうひと世代先まで育っていたとはね」
キーライは感に堪えないという様子だ。
「さきほどのハンター、ヒルズ家の末っ子、君。ローザにいるという招かれ人も含めて、綺羅星のような若い世代を見ていると、本当に代替わりしたんだなあと感慨深いよ」
綺羅星とまで言われると華やかすぎて自分のことではないように思える。
「なにより、クリスの世代と比べると、人の気持ちをきちんとつかんで交流する力がある」
「んっ」
否定できないサラは、そうですねとも言えず口をつぐむしかない。クリスにしろ、ネリーにしろ、ザッカリーにしろ、確かにコミュニケーション能力に難がある人も多いかもしれない。だが、ローザのギルド長やヴィンスはそうではなかったし、そうではない人もたくさんいたからこそ、その世代もうまく回っていたのだろうと思う。
「それにしても」
ふふっと、思わずこぼれてしまったというような笑い声が聞こえた。
「出会いから二五年以上たって、やっと意中の人が振り向いてくれそうだというのに」
その目は、食べ物のテーブルの前に立つクリスとネリーの背中を追っている。
「肝心のクリスが、それに気がつかないとはな。いや、気がつかないからクリスなのか」
ネリーのクリスへの態度の変化は、サラだけではなく他の人にも伝わっているようだ。
サラはため息をついた。
「クリスに伝わってなきゃ意味ないじゃないですか」
「おや、君は賛成か? クリスは家族にするには面倒な男だぞ」
からかうような言葉には、クリスへの信愛が隠されているとサラは判断した。
「クリスは私の師匠ですよ? 確かに自分勝手だしわがままだけど、薬師としては本当に尊敬できる人なんです。それに、信じられないかもしれないけど、私のことも、たまにはちゃんと考えてくれるんです」
「ハハハ。褒めているようには聞こえないよ。だが、最後に少し、後押しをしてもいいかもしれないな」
後押しとはなんだろう。
いずれにせよ、招かれ人との顔合わせも済んだので、明日はクリスとネリーと共に、クサイロトビバッタの生息地に向かうつもりのサラは、華やかな世界にいるのは今日限りだとほっとするのだった。