姉妹みたい
「そんな恰好をしていると、ほんとに招かれ人なんだって思うぜ」
「いい感じだな」
他のハンターたちも、サラが来て安心したようで、気軽に声を掛けてくれる。
「にしても、こうやってみるとネフェルタリはきれいだなあ」
「さっき領主夫妻が挨拶に来たが、奥さんがそっくりだったぜ」
「ほんとですよね」
サラも、どちらかと言うとハンター側にいて、貴族のほうを遠くから憧れの視線で見ているほうが楽である。それにしても領主夫妻が、ハンターたちをきちんと気にかけてくれていてよかったとほっとした。
「皆さんのお部屋はどうですか?」
サラたちはお屋敷の客人扱いだが、ハンターたちはどうだろうか。
「別棟っていうのか? 普通に宿より立派な部屋をあてがわれてるから、心配いらねえよ」
「それに明日からはすぐにクサイロトビバッタの討伐に向かうからな」
ハンターは遊びに来たのではない。知らない土地に来るのは面白いにしても、長居はせず、さっさと仕事をして、さっさと帰りたいのが本音である。
しかし、アレンやクンツと十分話す間もなく、少し顔をしかめたライが、サラを目指して歩いてきた。なにか問題があったようだ。
「どうしました?」
「ああ、サラ。この場に招かれ人がもう一人来ていると知られていたらしい。ぜひ顔合わせだけでもしたいと求められてしまってな」
ライは少し困った顔をしている。
「既に薬師として働いているので、婚約者を立てるつもりはないということをそれとなく匂わせたんだが、ぜひ紹介してほしいと押し切られてしまった。それと」
ライはネリーのほうを指し示した。
「サラに紹介したい人がいる。クリスから聞いていいないか、ガーディニアの薬師ギルド長だ」
「ええっと、キーライ、さん?」
「そうだ。キーライ・ヘインズ。いいだろうか」
「うーん」
サラは面倒くさいことは嫌いだし、リアムやノエルのこともあって、すぐに婚約婚約と騒がれることも好きではない。だが、この世界ではもう一五歳だ。いつまでもライの後ろに隠れて守ってもらう年でもないし、クリスの師匠ならば顔合わせはしておくべきである。
「大丈夫です。行きます」
顔を合わせて、婚約の申し込みが来たら断ればいいだけのことだ。
サラは、アレンとクンツに行くねと合図して、ライと一緒に歩き始めた。
「アンは大丈夫そうでしたか?」
「今のところはな。先ほどノエルが来て、顔色を確かめてほっとしていたから、大丈夫だと思うぞ」
アンを取り囲んでいると思われる人垣にたどり着くと、ライに気がついた人から順番によけてくれて、すぐにアンの元にたどり着いた。アンの後ろにはラティーファがニコニコしながら守るように立っている。
アンは自己紹介する人に合わせて、一生懸命対応しようとしている。控えめだが、引っ込み思案ということもなく、しっかりしている子だなあとサラは顔に笑みを浮かべた。
「ラティ、アン。サラを連れて来たぞ」
「まあ、いらっしゃい」
「お招きいただきありがとうございます」
サラも丁寧にあいさつを返し、サラを見上げて少し不安そうにするアンに左手を差し出した。
サラの手を握ってほっとしたように笑うアンを見て、周りにいた少年が思わずといったようにつぶやいた。
「そっくりですね」
「え」
「え」
サラもアンも、お互いに似ているとは全然思わなかったが、黒髪に茶色の瞳はおそろいだ。顔を見合わせると、なんとなく楽しくなってフフッと笑った。
「仲良しの姉妹みたいに見えます」
手をつないでにっこりと微笑む二人はそう見えるようだ。
アンの年齢に合わせたのか、ノエルくらいの一〇代の少年が数人集まっていたが、ちょうどサラとも年頃が合い、王都の話や、ガーディニアの話などを思ったより楽しく聞くことができた。
自己紹介をしても、婚約の話などおくびにも出さない。ただ、どの少年たちも、王都に来た時は、ぜひ自分の家に遊びに来てほしいとさりげなくアピールするくらいだ。
一通りの挨拶がすんで、少年たちがいなくなった時、サラは思わず口に出していた。
「ヒルズ兄弟が割と強引だったということがわかりました」
「それは兄さんだけです。僕はちゃんとしてましたよ」
ちょっと口を尖らせる一四歳のノエルは、サラよりもだいぶ背が高くなり、兄に似て顔がいい。ついでに性格もいい。
「招かれ人だからって、婚約者は、持たなくていいのよね?」
アンがサラを見上げる。
「うん。持ちたいのなら別だけどね」
「よかった」
決まっていたほうが楽でしょうにと言うラティーファの視線には気がつかなかったことにする。
サラも、婚約者は持たない、ちゃんと薬師として自立すると決めるまでは面倒で悩んでいたことを思い出す。
「私は自立するために、いやおうなしに魔法も身体強化も覚えたけど、ガーディニアにいるならその必要はなさそうだしね。アンはやりたいことはないの?」
「魔法? 身体強化?」
アンの目が驚きに見開いた。サラはアレンたちの方を手で指し示した。
「ほら、向こうにいるのが、魔物を狩るハンターたちだよ。魔法師もいるし、身体強化で戦う人もいる。それから、向こうが騎士たち」
リアムはハンターと一緒にいるが、他の騎士は普通にパーティを楽しんでいる。
「剣も使うけど、魔力で身体強化も使うの。割と身近、って、そうか。ガーディニアは魔物が少ない豊かな土地だから、身近じゃないのか……」
身近に騎士やハンターなどはいないのだ。
この世界でも、魔物にかかわらずに暮らす人もいることを、どうしても忘れがちになってしまう。ローザでさえ、ハンターでない人たちはそうなのだ。サラの立場のほうが特殊である。
サラに挨拶したい人との交流も済み、ここでやっときょろきょろとネリーの姿を探すと、相変わらず一番人が集まっているあたりに、赤い髪が見えた。
「それじゃあ、私ネリーのところに行ってくるね」
サラはアンに声を掛けてネリーの元に歩み寄った。
サラの見る限り、ネリーにはそろそろ限界がきているようで、口元が引きつっている。
クリスはと言えば、珍しくネリーから少し離れた場所にいて、こちらも女性に取り囲まれている。それでもネリーを見守っているには違いないが、その距離はいつものクリスではないような気がして、サラはちょっと疑問に思う。ネリーがこれほど気疲れしていたら、この場から連れ出すなりなんなりはしていそうなものだが。
「ネリー」
サラはネリーに声をかけると同時にネリーにぎゅっと抱き着いた。
「サラ、どうした? 疲れたか?」
「ううん。ちょっと寂しくなっただけ」
「そうか」
サラが抱き着いてきたので満足そうなネリーの声を頭の上で聞いたサラは、ネリーの隣、いつもクリスがいるところに、誰か他の人がいることにやっと気づいた。




